十七話目
要するに――と言おうと口を開きかけたけど、先五月ちゃんが声を出した。
「あたしのもう一人のお父さんで――」
「私のもう一人の夫」
五月ちゃんの後を葉月さんが次ぐ。
「後は僕が話します」
少し辛そうにしている二人から了承を得て、新ためて話を始める。
「今二人が言った通りなんだけど、おじさん…朝陽おじさんには僕も色々とお世話になったんだ」
お世話になったのは、僕だけじゃなく家族でなった。
そもそも、僕ら一家が朝陽おじさんと知り合ったのは葉月さんが起因している。
葉月さんと母さんは大学時代に知り合った友人同士らしい。どういう経緯で知り合ったのかはなぜか教えてくれなかったけど、気が合ったらしく互いに結婚した後でも頻繁に会っていたみたいだ。
伊織家との付き合いもある一方で、須能家とも家族ぐるみで付き合うようになると朝陽おじさんは我が子の様に僕を可愛がってくれた。
もちろん、そんなおじさんに僕も父さんと変わらず接し、大好きだった。
だけど。
おじさんも事故で亡くなった。
母さんが死んでから数年は経っていたとはいえ、近しい人が同様に交通事故というのは何か因果めいたものを感じずにはいられない。
実際には何の関係がなくても。
それは父さんや葉月さんも同様に感じたようで、特に葉月さんの取り乱し方は尋常ではなく、その姿はとても痛々しく。
そんな葉月さんを励まし、元気を取り戻すまで父さんは傍にいた。五月ちゃんと僕の面倒を見つつ、葉月さんを支え仕事もいつも通りにこなすという厳しい状況の中で、弱音や愚痴を言うこともなかった。
後の父さんの話では、「受けた恩を返しただけ」ならしい。
母さんが死んだ時のことを言っているのだろう。その時の父さんも酷い様子で、母さんの後を追い兼ねない程だった。
須能夫婦がいなければ確実にそうなっていたことは間違いない。
朝陽おじさんが亡くなってから時間が経ったものの、そんな二人が結婚すると聞いた時は驚きこそしても反対する気などこれっぽっちもなかった。
だけど周囲の人間はそんなことはなく、同類相憐れむと言うような嫌味な反応ばかり。表立って反対する人はいなかったけど、おそらく皆内心は止めたかっただろう。
そして、結婚後の今に至る。今後も親戚の誰かが口を挟んでくることはないはずで、僕ら堅城家は全くと言っていいほど疎外化されている。
外聞を気にする人間ばかりなので、関わりたくないのだろう。
「大体はこんな感じかな」
一通り喋り終えて軽く息を吐く。
「そうか…簡単に聞くものではなかったな。すまん」
「いいよ、もう過ぎたことなんだし」
人に容易く話せる事でもないけど、隠しているつもりもないし。親しく、信頼出来る人なら構わない。伊織なら良いと思って僕は話したのだから、伊織が気にすることでもない。
「あの…兄さん」
「ん、どうしたの?」
控えめな感じで話しかけてきたのは五月ちゃんだった。朝陽おじさんの話だったから、気持ちが下向きなんだろう。
「言いづらいんだけどね…」
「いいよ、気にしないで言って」
「お母さんなんだけど」
「葉月さんがどうかしたの?そこに立って……」
居ないよ。
ナンテコッタイ。
周囲を見回すも葉月さんの姿はない。
僕が話し始めた時にはちゃんと近くにいたのに、言われて見ればいつの間にか消えてる。
「えええ?え、え、え、え?なんでいないの?さっきまでここにいたよね?」
葉月さんの立っていた辺りを指差し、五月ちゃんに問いかけた。
「それが…兄さんが話してる途中に寝室に入ってちゃって、そのまま戻って来てないの」
あの人はまったく!真面目な話をしてる時にそういうことをするんだから。自分も関係あることなんだから、大人しくしてくれればいいのに。
寝室に向かうと、ちょうど葉月さんが出て来た。肩に掛けた鞄はパンパンに膨らんでいて、明らかに詰めすぎなことを表している。
「あ、ちょうど良いタイミング。お話終わったの?それじゃあ、私俊彦さんの所に行くから後ヨロシクね」
ニッコリと笑う。
「ヨロシクね、じゃないですよ葉月さん。人が真面目な話ししている時に居なくなって。それにまだ父さんの……なんでこっち向いて両手広げてるんですか」
言葉を続けたかったけど、葉月さんの行動の方が気になって聞いてしまった。
持っていた鞄を左側に置き、腕を伸ばし左右に広げている。前倣えをして、そのまま腕を開いた形だ。
「ハグ」
「え?」
「さっき言ったでしょ、ママって呼んで抱きしめて♪」
「そ、それは葉月さんが父さんの居場所を言ったらの――」
「代金前払いになりまーす」
この人は…
「どうするの?私はどっちでもいいんだけどなー」
躊躇っている僕に、余裕な口調で聞いてくる。ちょっとムカつくな。
「わ、わかりましたよ!やります、やらせて頂きますよ!その代わり、ちゃんと教えて下さいよ」
「もちろんよ〜」
両手を軽く前に出し、葉月さんをの顔をジッと見る。一気に終わらせて早く聞きたいんだけど、恥ずかしさやら何やらでなかなか行けない。
すり足でズリズリとちょっとずつ進んでいると、後ろから――
「ええい、煩わしい。男ならバっと済ませてしまえ」
ガスッッ。
「痛っ!」
蹴られた。
「うわっとっとっと」
踏鞴を踏んで片足を出し持ち堪えようとするも、しかしその先には葉月さんがいるからそのままいけば思いっきりぶつかってしまう。
どうしようかと、今までにないくらいの早さで頭をフル回転させた。
それでも、やっぱり僕の頭程度じゃあ思い浮かぶ訳もなく、体を捻って無理矢理に進行方向の軌道をずらすことが精一杯。
「とあっちょ」
意味不明な掛け声を出しながら右に逸れる。
体の向きが後ろ向きになるも、なんとか衝突だけは免れ気が抜けた。そのまま体勢を整えようと、体の傾いた方向に足を出すと、踵が何かに引っ掛かりまたしてもバランスを崩してしまった。
「うょわあ!」
流石に今度ばかりは堪えきれず、そのまま転んだ。
大きな音と共におしりを強かに打ち付ける。勢いは収まらずに、後頭部まで思いきり床に叩き付けられてしまった。
「がふっ」
頑丈どころか、どちらかと言えばひ弱な僕に耐えられる痛みではなく、頭に受けた衝撃で意識まで薄れる。
響く痛みと暗くなりつつある視界の中、足に掛った物が葉月さんの荷物だったのを僕は見た。
そして、転びそうな僕を誰一人として助けてくれないことを不満に思いつつ、僕の意識は完全に闇に包まれたのだ。
顔に張り付く冷たい感触。呼吸もまともに出来ず、息を吸おうとすると何かに塞がれる。
漸く戻った意識だけど、何故か息が出来ない。その上目を開けても真っ暗。
「んむ、ぐ…むむみ…い」
自分では苦しいと言ったつもりだったのだけど、顔に張り付く何かのせいで思う通りに喋れない。
「お、目が覚めたのか、たっくん」
顔に張り付いた物が剥がれる。
「ぶはっ」
口に貯まった息を吐くと直ぐに、足りなくなった酸素を荒く吸い込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…。み、みーちゃん」
「大丈夫か?息が荒いぞ」
「うん、なんとかだいじょ…う…ぶ」
心配させないように笑って顔を向けたのだけど、伊織の持った物を見てそのまま固まった。
「みーちゃん」
「なんだ、喉が渇いたか。それなら飲み物を――」
「ちょっと、その前に色々聞きたいことがあるんだけど」
「あぁ、葉月さんのことだな」
「それもあるんだけど…その前に、その右手に持っているのって」
「これか?ハンカチだ。」
ですよね。
でも、そこじゃなくて…
「それってもしかして」
「あぁ、さっきまでたっくんの顔にかけてあった物だ」
やっぱりですか。
「なんで濡れてるの?」
「倒れた時に、頭をぶつけていただろう。だから冷やした方がいいと思ってな」
うん、そこまでは嬉しいよ。
「なんで顔にかけてたの?おでこに置くとかさ…」
「そう思ったんだがな、どうせなら一部分より全体を冷やした方が効率が良いだろう」
自信満々に語る伊織。
あぁ…
「伊織さん?」
「む、たっくんは苗字で呼ぶな。それで何だ?」
「江戸時代には間引きという習慣があってですね」
「知っているぞ。貧窮な家庭で産まれた赤ん坊を、育てられずに殺すといった風習だ」
よくご存知で。
「その方法の一つにですね、濡れた半紙を顔に被せるといったものがありまして」
「それは残酷だな。息が出来ないではないか」
「そうなんですよ、息が出来ないんです」
………
……
…
静寂。
「それで、ハンカチとなんの関係があるんだ?」
それを破って、伊織が何事もなく声を出す。
「なんでもないデス…」
僕の話した意図に気付かず問掛ける。
それで、って…伊織天然だったっけ?
「そんなことより、葉月さんのことは良いのか?」そんなこと…。
いいけどさ、別に。
「うん、それで葉月さんは?」
それに五月ちゃんもだ。
いくらなんでも真横で倒れた人を放って行くなんてことは――
「とっくに出かけたぞ」
あった。
ひどい…
「五月ちゃんも?」
「おじさんに呼ばれてたらしいからな。一緒に世話すると大分ごねていたが、私に任せて行くように言ったんだ」
「五月ちゃんそんなこと一言も――」
「出る直前に言われていたからな、知らなかったんだろう。おかげで私はたっくんと二人きりに…ふふふふ」
その含み笑い、怖いよ。
ふと思いつく。
「みーちゃんまさかさ…」
「む、なんだ?」
「いや、なんでもないよ」
手を振って応える。
流石にないとは思うけどさ、ここまで先読みしてたなんて事はないよね?
まさかね?
「ふふふ…思った通りだ」
ボソッと呟く伊織。
幸か不幸か、僕の耳はそれを聞き取れてしまった。
ホント、何者ですか伊織さん。 |