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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

捜査編

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9/21

変心

登場人物紹介⑥
國生文七こくしょうふみなな 半人。希代の錬金術師。研究漬けで女を捨てている
 翌日の早朝――昨日得ることのできた情報を余すことなくすべて主に伝えると、ブラックシネマは驚きの声をあげた。

「たったの一日でそこまで調べあげたのか」

 別に驚くようなことではありませんと進一郎は淡々と答える。
 実際、特別なことは何もしていない。神と出会えたのもただの偶然だ。

「さすがだな。私のほうは、ほとんど収穫なしだよ」

 ため息をついてブラックシネマは顔写真のついた二枚の履歴書を進一郎に投げ渡す。

「アイムとハウレスという悪魔を知っているかね」
「ソロモン七十二柱の二柱で、どちらも炎を操る悪魔であるということぐらいは」

 言いかけて進一郎はブラックシネマの思惑に気付く。
 左反ほどの魔人を暗殺するとしたら相応の実力が必要になる。しかも遺体の状況から見てまず間違いなく焼殺。その二つを満たす者と考えれば自ずと数は絞られてくる。

「その二柱なら左反暗殺も不可能ではないと思い探ってみたのだが、残念ながら両者共に地獄から一歩も出ていないという完璧なアリバイがある。だから彼らの子孫を洗ってみたのだが……」

 渡された二枚の履歴書はその二柱の子孫のものらしい。
 一枚は屈強な身体つきをした老年の男性。もう一枚は目の下にくまのできた冴えない中年女性。どちらもまったく知らない顔だ。

「事件当日のアリバイこそないものの、二人とも悪魔にしては珍しい一般市民だ。正直、彼らが左反を殺害したとはどうしても思えない」
「仮に彼らが無実だとしても、その子供はどうでしょうか」
「そちらも約一名の例外を除いて一般市民だ。たいていは人間と結婚して幸せな家庭を作っているよ。だから、あまり余計な詮索はしたくないな」

 人間の十倍以上の寿命を持つ魔人が、一般人と同じ生活をしているのは極めて珍しいケースだ。それだけ地上と人間を愛しているということであり、同胞であり同志でもあるブラックシネマがあまり触れたがらない心情は察して余りある。
 だから、そういった汚れ仕事は人間である自分がすべて引き受ける。進一郎は後の調査は任せていただけるよう進言した。

「くれぐれも迷惑をかけないようにな」
「心得ております」

 恭しく頭を下げて答えるが、同胞ではない進一郎はブラックシネマほど魔人に対して配慮はしない。もしもクロだと思える情報が見つかれば容赦なく追求する腹積もりだった。

「私はそろそろ地獄に還るが……進一郎くん、最後に君に渡したいものがある」

 ブラックシネマはひざまずく進一郎に歩み寄ると、かたく握り締めた拳を眼前で開いてみせる。
 手のひらからこぼれ落ちたのは数発の弾丸だった。柔らかい絨毯の上に音もなく落ち、進一郎の眼前に転がった。

「それは私の『怒り』だ。親愛なる犯人に届けてやってくれないか?」

 進一郎は落ちた弾丸を残らずすべて拾い上げると、

「必ずや」

 万力の力でそれを握り締め、壮絶な笑みを浮かべた。

                 ※

 報告を終え執務室に戻ると、ラウムが自分の机に腰を降ろして待ちかまえていた。

「以前より頭領に依頼されていた裏切り者の件について報告に来たのだけど……あなたで構わないわよね?」

 薔薇のように紅い唇を指で撫でながら、妖艶な微笑を浮かべるラウムに進一郎は無言でうなずく。
 ブラックシネマが地獄での会議や、左反の死を隠蔽するための裏工作で多忙なため、団の指揮権はすべて進一郎に委任されていた。現在はラウムを含めた幹部すべてが進一郎の部下だ。

「裏切り者が見つかったのですか?」
「残念ながら。なかなか尻尾を出してくれなくて。だけど容疑者だけはあなたにも伝えておくわ。進一郎は私が働いてないって思ってそうだから」

 机の上に置かれた書類がどうやらそれらしい。
 進一郎からすればラウムが働いていようがいまいがどうでもいい話だった。元々あてにはしていないのだから。しかし上司として部下の仕事を把握しておかないわけにもいかない。
 進一郎は書類を手に取ると素早く目を通す。

「容疑者は十三名か」

 ざっと見ただけだが、調査内容は進一郎が思っていたよりも詳細かつ丁寧であるように思えた。リストの中にミヤコが入っていないことを喜ぶべきか嘆くべきか。

「ドクターの名がありますが、本当に調べたのですか?」

 最後の書類に張り付けられた写真に目を疑った進一郎がラウムに訊く。
 他の容疑者は進一郎も要注意人物としてマークしていた素行の悪い怪人であるし、始末したところでどうということもないのだが、ドクターこと國生文七こくしょうふみななだけは話が別だ。万が一彼女が裏切っているとなると、団は深刻な不利益を被ることとなる。

「あまり大きな声では言えないけど、國生博士は私の中で最重要容疑者よ。だって彼女、デビルドラッグ団の頭領ブエルの血縁者だもの」

 進一郎は驚きもう一度資料を凝視する。
 資料に記された家系図を見ると、確かに遠縁にブエルの名が刻まれていた。

「いくらなんでも遠縁すぎる。ドクターはブエルの顔も知らないかもしれない」
「それはないと思うわ。だって彼の祖父も高名な悪魔の子孫だもの」

 大きく開かれたドレスの胸元から、ラウムは一枚の写真を抜き出し進一郎に渡す。
 古ぼけた写真に映った老人の顔に進一郎は見覚えがあった。

「博士は悪魔ハウレスの子孫でもあるのよ」

 なるほどこれは軽々には踏み込めない。進一郎はラウムやブラックシネマが、裏切り者の捜査に慎重になる理由を理解した。
 二柱の偉大な悪魔の血を継ぐうえに団の功労者ともなれば、確たる証拠もないうちから疑うことはできない。ならば、
 ――俺が踏み込んでやるよ。
 幸いなことに進一郎は純粋な人間だ。おまけに孤児なので血縁関係の一切が不明瞭。故に何のしがらみもなく容疑者を疑うことができる。
 もちろん、殺すこともだ。
 ブエルも真理恵たちが躊躇するため進一郎がこの手で直接始末した。たとえ高名な悪魔の子孫であろうと組織に弓引く敵に容赦はしない。

「ドクターは私が受け持ちましょう。ラウムさんは引き続き他の容疑者の調査を頼みます」

 命令を受けたラウムは机から降りて、軽く会釈をしてから進一郎に背を向ける。
 小さくなっていくその背中に、進一郎は突然声をかけた。

「昨晩、部下から監視カメラのテープが盗まれたとの報告を受けました」

 その言葉に退室しようとしたラウムの足がピタリと止まる。

「同業者として何か心当たりはありませんか?」

 かつて大盗賊として三界にその名を馳せた悪魔は、少し間を開けてからこちらに振り向き「ないわね」と一言、甘く囁くように呟いた。

「その件もついでに調べておくわ」

 その言葉を最期に、ラウムはまるで影のように部屋から消え去った。

 ――ミヤコかラウムかドクターか。はたまたそれ以外の第三者か。
 団内に潜む裏切り者。それを摘発することは、左反の死の謎を解き明かす大きな鍵になるであろうと進一郎は確信していた。

                 ※

 青緑色の培養液が一杯に詰まったカプセルが並ぶ無機質な部屋の中を、進一郎は特に大きな感慨もなく進んでいく。
 団内でもっとも広いスペースが割り振られている研究所は、ブラックシネマ団の要といっても過言ではない。科学兵器や撮影道具の開発等を行う部門もあるが、進一郎が歩いている場所は世界征服の尖兵となる怪人の開発製造を専門に行う極秘の研究室だった。

「シンか、久しぶりだね。その様子を見ると相変わらずオレより多忙なようだ」

 部屋の奥にある実験机でビーカーで作ったインスタントコーヒーを飲んでいるのは、この研究室の室長であるドクターこと國生文七だ。
 おかっぱ頭にびん底眼鏡、運動不足な細い身体をよれよれの白衣で包む、典型的な研究者の外見をしている。男のような名前と言葉遣いだが、これでも性別はいちおう女性だ。目の下のくまと荒れた肌のせいで老けて見えるが歳も若くまだ三十路手前らしい。

「どうしてわかる? これでもドクターとは違い、身だしなみには気をつけているほうなのだが……」
「肌の艶を見れば昨夜は徹夜していただろうということぐらいはわかるさ。髪も洗っていないようだから風呂にも入っていない。オレが言うのもなんだが、睡眠ぐらいはしっかりとったほうがいい。仕事のクオリティに影響が出る」

 國生は現代に生きる錬金術師だ。19世紀末に設立された秘密結社『黄金の夜明け団』の異端児 <堕落の魔王> アレイスター・クロウリーの提唱したホムンクルス製造技術を師から受け継ぎ、ブラックシネマ団はその恩恵に預かっている。
 その秘術は一子相伝であり、國生以外にその詳細を知る者はいない。また、仮に知り得たとしても、その知識を団内の構成員が生かすことはほぼ不可能に近い。故に彼女は貴重な人材として、一般構成員でありながら幹部クラスの待遇を受けていた。

「そんな多忙なおまえがわざわざこのオレに会いに来たんだ。団にとって極めて重要な案件であろうことは容易に予想がつく。互いに時間を惜む身だ。もったいぶらずに用件を言いたまえ」

 ――話が早くて助かる。
 研究者らしく理路整然。國生のこういうところは嫌いではない。お言葉に甘え、進一郎は単刀直入に裏切り者の話を切り出した。

「ブエルに団の情報を漏らしたのはオレだ」

 厳しく尋問するまでもなく、國生はあっさりと自らの罪を白状した。
 本当に話が早くて助かると進一郎は心から感心する。返礼としてこちらも素早い対応を心がけねば。
 進一郎は素早く懐から拳銃を抜くと、それを國生の眉間に突きつけた。
 拳銃は普段愛用しているオートマチックではなく、シングルアクションのリボルバーだった。格納弾数こそ少ないが頑丈で信頼性に優れ特殊な弾丸にも対応できる。ブラックシネマの『怒り』を正確に伝えるための特注品だ。

「誘われて飲みに行った時に、つい口を滑らせて頭領の不在を教えてしまった。隠していたわけではなく、ただ言い出す機会がなかっただけだ」
「敵対組織の頭領と酒を酌み交わすとは、あらぬ疑いをかけられるとは思わなかったのか?」

 ハンマーコックを起こした。
 後は引き金を引くだけで音速のマグナム弾が國生の明晰な頭脳に直接届けられるだろう。単刀直入ならぬ弾頭直入の対応というわけだ。
 しかし國生は、大人しく両手を上げながらも不敵な態度を崩さずに続ける。

「ソロモン七十二柱に数えられるほどの悪魔の誘いは誰にも断れないよ。それにオレはあの御方の親戚だ。血縁というのは悪魔にとって爵位以上に大切なもの。話せばきっと頭領も理解してくれるさ」
「甘いぞドクター。我が団は裏切り者を決して許さない」
「オレは裏切ってなどいない。それは愛しい我が子らが身体を張って証明しているはずだ」

 進一郎は大きく舌打ちする。
 ブラックシネマの不在を狙って襲ってきたブエルの私兵を、圧倒的な実力差で片付けたのは他の誰でもない、國生の製造した怪人たちだった。彼女の造った怪人は非常に優秀で他の組織の追随を許さない。

「本気で裏切るつもりなら、デビルドラッグ団にも怪人を提供してるさ。我が団の怪人の弱点だってすべて把握している。シンたちに勝ち目はなかった」

 悔しいが國生の言うとおりだった。進一郎もその事実を理解していたからこそ、容疑者リストに彼女の名が乗っていた時に目を疑ったのだ。
 おそらく國生はブエルの仲間ではないだろう。
 しかし、だからと言って左反殺害事件の犯人ではないとは決して言い切れない。

「ドクター、あんた一昨日は何をしていた?」

 進一郎には、先日起きた襲撃騒動が魔王暗殺のためのなんらかの布石であるという疑念が捨てられない。國生には左反来訪の事実を伝えてはいないが、顔の広い彼女ならどこかから嗅ぎつけてきてもおかしくはないだろう。
 そして國生ほど優れた錬金術師ならば、ありとあらゆるセキュリティをかい潜り左反を暗殺することも、おそらくは可能であろうと進一郎は考えていた。

「研究に決まっているだろう。頭領から新型怪人の依頼を直々に受けているのでね」

 想定通りの受け答えだった。
 先ほどからずっと顔色を伺っているが、嘘をついているような気配もない。どうやら國生については真理恵に徹底的に洗ってもらうしかないようだ。

「この件は頭領に報告させてもらう。沙汰は追って下すので首を洗って待っていろ」

 団の要であるドクター國生を軽々しく始末することはできない。心情的にもクロとは思いにくく、これ以上の追求は無意味であると悟ると、進一郎は渋々ながらも銃を降ろした。
 それを見た國生は安堵のため息を吐くと、上げていた手をゆっくりと降ろす。

「オレは、ブエルは優しい悪魔だと信じて疑っていなかった。薬学を修め、人の身体を癒すことに喜びを見出し、クロウリーの友人を初め多くの人々の病気を治したと伝え聞く。オレと会うときもいつも紳士的な態度で身体を気遣ってくれた」
「優しい悪魔が麻薬を世界中にバラまくものかよ。奴のせいで人生を狂わせた人間が、いったいどれだけいると思っているんだ」

 進一郎の指摘に國生は大きく肩をすくめる。

「歳を食うと変わるものなのかな、人も悪魔もさ。実は君のことを少しだけ恨んでいたのだが、君があの御方を止めてくれて良かったのだと思おう」

 ――人は変わる、か。

 進一郎の脳裏に左反の顔が浮かぶ。
 神の言葉が真実ならば、左反は神との出会いに大きな喜びを見出していなかったということになる。
 敬虔な天使も永い月日を経て心変わりするようなことがあるのだろうか。ならばあの涙は、あの日の左反の心中に生まれた感情はいったい何だったのか。

 まさか――

 進一郎は自らの疑念を振り払うかのように大きく頭を振った。
 憶測は事実を歪ませ真実から遠ざける、推理とは真逆の忌むべき思考。進一郎にできることはただ一つ。捜査に専念することだけだった。
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