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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

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魔王

登場人物紹介②
安藤真理恵あんどうまりえ 魔人。大悪魔の孫娘で天才との呼び声高き美少女。巨乳のドジッ娘
槍衛布留火やりえふるか 魔人。同じく大悪魔の一人娘だったが現在は没落している。貧乳メイド
デューク・シャーク 怪人。組織で製造された戦闘用サメ型怪人。脳筋だが涙もろい一面も
 進一郎の朝は決して早くはない。
 朝八時頃に自宅のベッドからのっそりと這い出ると、緩慢な動作で身支度を整え朝食をとりに向かい、九時頃になってようやく出勤する。本質的に夜行性の人間なのだろう。悪の組織の幹部らしくて結構だと彼自身は思っている。
 とはいえ、今週だけはそういう訳にもいかない。何しろ今のブラックシネマ団には魔王がお忍びで滞在しているのだから。
 魔王の滞在を知る者は幹部の四人だけ。その内の三人――真理恵は身辺警護、布留火は身の回りの世話、そして進一郎はそれらの統括を任されている。ひとりでも欠ける訳にはいかないし責任も重大だ。特にこの件について二人の上司に任命されている自分が殿様出勤などできない。これは進一郎の面子に関わる由々しき問題である。
 進一郎は普段より一時間以上も早く起床すると、眠い目をこすりながら出勤した。

 ――飯を食うのを忘れた。

 ようやく目の覚めた進一郎がその事に気付いたのは、ブラックシネマパークに到着した後だった。
 別に朝ぐらい抜いても構わなかったが、昨晩布留火に健康に気をつけろと釘を刺されたばかりである。渋々ながらも進一郎は食堂へと向かった。

 パーク上層部にある集団食堂は団員たちのたまり場だ。安くて美味い料理を休むことなく提供してくれるので皆が利用している。ブラックシネマに必ず帰宅するよう厳命されている進一郎も、どうしても帰りが遅くなる時は利用しているが、正直言って母親の作る飯よりずっと美味い。
 その代わり、治安は決して良くはない。ただでさえ血の気の多い団員たちが一同に集まるため、ここではとかく揉め事が絶えないのだ。
 そのような危険な場所で進一郎は、本来なら居てはならないはずの人物が、堂々と食事をとっているところを目の当たりにした。

 その人物とは無論、魔王ルシフェルこと左反正右である。
 左反は食堂の中央にある長机にあぐらをかいて座り、異形の団員たちに囲まれながら、何やら楽しげに世間話をしていた。
 進一郎は血相を変えて左反の許に駆け寄り一言、

「このような場所でお食事をとらなくとも、布留火に用意させますが」

 本来なら怒鳴りつけてやりたいところだったが、魔王相手にさすがにそれははばかられた。

「余計な気遣いは無用だ。それに独りで食う飯はまずくてかなわん」

 ――そっちが良くてもこっちが困るんだよ。
 進一郎は頭を抱えた。血の気の多い団員と万が一にもトラブルでも起こされようものならこちらの責任問題に発展しかねない。
 しかし、そんな彼の心労などどこ吹く風と言わんばかりに、左反は周囲の団員と肩を組みながら楽しく談話を続けていた。

「この陽気なじいさん、すげえ地獄の事情に詳しいんだけど、うちの新しい職員かい?」

 尋ねてくるのは、団内きっての武闘派である鮫型怪人のデューク・シャーク。名前にデュークとついてはいるが爵位は持たない一般構成員だ。
 高い戦闘力を持つが気難しいことで有名で、進一郎も入団したての頃は何度も衝突した。最終的には決闘までして上司であることを認めさせたのだが、左反に対してはやけにフレンドリーだ。
 魔王のカリスマか、それとも自分が接し方を間違えたのだろうか。進一郎は少し複雑な気持ちになった。

「はぁい皆さん、チャーハン一丁お待ちでーす」

 大きな皿に炒飯を山盛りにして持ってきたのは真理恵だ。
 なんでおまえは、左反を諫めもせずにこんなところで飯を作っているんだ。進一郎は真理恵の耳元で小声で叱りつける。

「進ちゃんは生真面目すぎます。自室で缶詰なんて王宮に居るのと何も変わりませんよ。私もきっちり護衛してますし、なんの心配もいりませんって」

 真理恵の反論に進一郎は何も言えずに黙り込む。
 魔王警護という大任を任され、少し神経質になりすぎているのかもしれない。進一郎は大きく息を吐くと、手渡されたメレンゲで真理恵の作った炒飯をすくって口の中に放り込んだ。
 ――美味い。
 炒飯が得意と豪語するだけあって真理恵の腕はなかなかのものだった。
 米の一粒一粒が立っており、口の中で弾けるような食感が楽しめる。炒飯なんて誰が作っても同じだろうと思っていた進一郎だが、これは考え方を改めざるを得ない。

「こんなに美味い飯なら毎日作ってもらいたいぐらいだ」

 進一郎がそうつぶやくと、なぜか真理恵に背中をバンバンと何度も強く叩かれた。
 理不尽な暴力に首を傾げながらも進一郎は、初対面とは思えぬほど仲良く同僚たちと接する左反に、地獄の英雄と呼ばれた堕天使の才能の一端を垣間見た気がした。

                 ※

 左反はブラックシネマ団の活動内容について強い興味と関心を持っており、進一郎の許可を得ると自らの足で団内を散策して情報を集め始めた。
 進一郎は貪欲に知識を得ようとする左反の行動力に感心し、仕事を抜きにして彼に与えられる限りの情報をすべて提供することにした。

 ブラックシネマ団は映画による世界征服を企む悪の組織である。
 映画をこの世でもっとも優れた娯楽とし、その最終目的は世界のすべての人間が映画を心から楽しむことができる環境を整えることである。力で世界を征服することより何倍も困難であろうその大いなる野望に向けて、団員は一致団結して日々の努力を怠っていない。
 それとは別に、一応は悪の組織であるため、正義の味方と対決することも活動の一環である。
 天使が差し向けた魔法少女せいぎのみかたを悪の組織の怪人が迎え撃つという形だが、これらはすべて生中継で報道される。
 言うまでもなくほとんどの対決が負け戦だが、テレビ局から渡される出演料は貴重な活動資金の一部となる。

「それにしても君は、どうして悪の組織なんてものに入ろうと思ったんだね」

 殺風景ではあるが、様々なセキュリティを張り巡らせた専用の個室にて二人きりで話していると、左反がふとそんなことを尋ねてくる。

「アウトローな人生に憧れる人間の屑なんて、それこそいくらでもいますよ。私もその中の一人だったというだけです」
「わしにはとてもそうは思えんがね。これでも魔王だ、もしもやむにやまれぬ事情があるようなら相談に乗るぞ」

 お人好しな魔王もいたものだ。進一郎は思わず苦笑する。
 もちろん嫌々悪の組織に在籍しているわけではない。進一郎は自らの意志で進んでこの道を選んだのだ。

                 ※

 それは約二年前――進一郎が十五歳だった頃の小さな逸話エピソード
 当時不良だった進一郎は頻繁に学校を抜けだしては、あてもなく繁華街を彷徨く行為を繰り返していた。
 特に深い理由があった訳ではない。ただ授業が退屈だっただけだ。時間を拘束され、机にかじりつき、黒板に書かれた特に興味もない暗号のような文字の羅列をノートに書き写すという行為に意味が見いだせなかったのだ。学びたいことがあればその都度独力で学べばいい。それが進一郎の持論だった。
 また、進一郎は仲間も作らなかった。
 価値観の違う人間とどれだけつるんだところで、この退屈が紛れるとは思えなかったからだ。校内の不良グループに入ることを頑なに拒否し常に一匹狼を貫き通した。おかげで学校側からは煙たがれ、同類であるはずの不良グループからも激しく敵視されるという、完全に孤立した存在となっていた。

 そんな進一郎がブラックシネマと出会ったのは、路地裏の片隅で寝転がって、蒼く透き通った空をぼんやりと眺めていた時のことだった。

「なかなか高尚な趣味じゃないか」

 それがブラックシネマにかけられた最初の一声だった。
 もちろん好きで転がっている訳ではない。以前から目を付けられていた不良グループに襲われたのだ。進一郎も必死に応戦したが多勢に無勢、あえなく見たくもない空を眺めなければならない状態になったのだ。
 全身傷だらけで節々が痛い。頭から流れている血は手で押さえていても未だに止まらない。
 ただ、負けることは嫌いではなかった。

「復讐する気なら力を貸すが?」
「放っとけよ。俺は今、気分がいいんだ」

 進一郎は薄笑みを浮かべながら答えた。
 自分を襲った不良グループに対する怒りはなかった。むしろ少しは退屈が紛れて感謝していたので、復讐など考えてすらいなかった。

「あんた俺の母さんの元上司だろ? こんなところで何ぶらついてんだよ。俺と同じで暇してんのか?」
「ほう、私のことを知っているのか。初対面だとばかり思っていたが」

 頭を映画撮影用のカメラに改造している酔狂な悪魔なんてあんた以外にいやしないと進一郎が言うと、ブラックシネマは「それもそうか」と腹を抱えて笑った。

「本日は君をスカウトしに来た」

 ブラックシネマの勧誘は唐突だったが、進一郎は驚かなかった。いつかはこの日が来ると覚悟はしていたからだ。

「もしも私の誘いを受けてくれるなら、幹部の地位と伯爵の爵位を用意しよう」

 地上不可侵条約により天使の手により魔力を封じられた悪魔が、地上で魔術を使う方法が一つだけある。
 それは、地上に存在する様々な自然エネルギーを魔力に変換して供給してもらうことだ。
 その変換、供給を行うのが <変換器コンバーター> と呼ばれる者で、そのほとんどが現地の人間である。進一郎が生まれつき <変換器> として高い才能を持っていることは両親から教えられて自覚していた。
 この才能がなければ、養子として二神家にもらわれてはいないであろうということも。

「この日のために育てられたんだ。断る権利はねえなあ」

 世界中のどこの誰を裏切ろうとも、両親を裏切るわけにはいかない。進一郎が観念して受諾しようとすると、ブラックシネマは持っていた杖を彼の鼻先に突きつける。

「どうやら大きな思い違いをしているようだ。君の母親はむしろ君の入団に反対しているのだよ。私としても今の君の力などさほど必要とはしていない」
「ああそうかい。だったらなんでわざわざ俺に会いに来たんだよ」

 ブラックシネマは紅蓮に燃え盛る焔の外套マントをはためかせ、まるでそれがさも当然のことであるかのように断言する。

「君が私のことを必要としているからだ」
「……は?」
「飲み込みが悪いな。『悪』を必要としているのは君だと言っているのだ」

 ――貴様に俺の何がわかる!
 進一郎は怒りに任せて立ち上がると、血塗れの手でブラックシネマの襟元を激しく掴みあげた。

「人生に退屈しているのだろう? ルールで雁字搦めにされたこの世界に飽き飽きしてるのだろう? 何をやってもくだらないつまらない締まらない。情けない、今の君はまるで死人だ」
「黙れっ!」

 進一郎はブラックシネマを殴りつけようとしたが、目の前に居たはずの魔人は、いつの間にか煙のように消えていた。

「燃えるように熱いものが欲しいのだろう? 全力を尽くしたいのだろう? 全身全霊を捧げられる何かと出会いたいのだろう?」

 いったいどのような魔術を使ったのだろうか。路地裏の入り口で太陽の光を背にしたブラックシネマは、両手を翼のように大きく広げて高らかに宣言する。

「私が提供しよう! 君が望むすべてのものを!」

 言葉と同時にブラックシネマの姿は、まるで光に溶け込むかのように消え去った。
 すべてが静止した世界で、ブラックシネマの声だけが進一郎の鼓膜に直接響く。

『私は自らの意志なき傀儡を必要としていない。欲しいのは我が右腕足りうる人材だけだ。もしも君が、ブラックシネマ団の大いなる野望のために全身全霊を捧げる覚悟があるのなら、母親を説得して我が団の門戸を叩きたまえ』

 その言葉を最後に、ブラックシネマの気配は路地裏から完全に消え去った。

 あまりにも突然で唐突な出会い。このような不審人物、普通の人間ならば決して信用したりはしないだろう。進一郎も一度は質の悪い夢だったとして記憶から消そうとした。
 しかし、何度忘れようとしても、どうしてもあの日の言葉が脳裏から離れない。
 退屈極まりない日常からの脱却を渇望していた進一郎にとって、それはあまりにも甘美な悪の道への誘いだった。
 燃えるような生き方をしたい。進一郎の想いは日に日に強くなっていった。

 そして中学卒業を機に、進一郎はとうとう母親に相談し、ブラックシネマ団の門戸を叩くことを決意したのだ。

                 ※

「あの頃は半信半疑でしたが、頭領の言葉に嘘はありませんでした。今では深く感謝しております」

 そして現在――進一郎は同じ価値観を共有する仲間たちと共に、世界征服という大いなる野望のために全身全霊を捧げていた。
 右も左もわからぬ素人故に勉強の毎日だが、目的のためと思えばまったく苦にならなかった。とにかく見るもの触れるものすべてが新鮮で、何をやっても楽しかった。ここが自分の居場所だと魂で理解した。
 悪の世界は、大人たちの言う「正しさ」に飽きた進一郎の理想そのものだった。

「すまない、どうやらいらぬ世話だったようだ」
「こちらこそ客人につまらぬ話を聞かせてしまいました」

 それにしても少ししゃべりすぎた。自分の過去をここまで話したのは初めてのことかもしれないと進一郎は思う。

 ――いや、しゃべらされたのかもしれないな。
 進一郎は左反がブラックシネマと同様、人の上に立つ者が持つ資質を持ち合わせていると確信する。
 自らが持たぬ資質を羨みはすれど妬みはしない。そのような人物を見出し仕えることが、自らの資質であると進一郎は理解していた。

「いつの日かわしも、君たちと同じ野望を抱きたいものだ」
「ご冗談を。あなたは地獄全土を統べる魔王ではありませんか」
「わしももう若くない。引退を考える時期が来ているということさ」
「失礼ながら、我が団は老人ホームではございません。引退なされるのであれば地獄にてご隠居なされるのがよろしいかと」

 これは手厳しいと左反は笑う。
 進一郎は気付いていた。左反が地獄を出て地上で暮らしたがっていることを。それが地上からならいつでも天が仰げるという理由からだということを。
 気付いていながらもなお、無礼を承知で進一郎は言わねばならない。

「我が団に志なき者は必要ありません。我らの野望に全身全霊を捧げる覚悟がおありなら、改めて我が団の門戸をお叩きください」

 返答は聞くまでもなかった。
 ブラックシネマに世界征服の野望があるように、左反にも三界統一という大いなる野望がある。そしてそれは、今なお達成されてはいないのだ。

 ――そんなに天が拝みたければ、奪い取ってみせてくださいよ。
 進一郎は無言で立席すると左反のカードを使って電子ロックを解除してドアを開けた。

「……なんでインターホンを使わないんだ」

 ドアの前には茶菓子を持ってきた布留火と驚いて腰を抜かしている真理恵がいた。

「男の世界に女性が割り込むのは野暮であると布留火は考えます」
「わわわっ、私は護衛なので! 外で待機していたのであります!」

 部屋の前で幹部二人が雁首揃えて立ち往生していたら部下に怪しまれるだろうが。進一郎は入団の際にブラックシネマから授かった杖で二人の頭をこつんと叩いた。
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