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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

出題編

2/21

曙光

登場人物紹介 その①
二神進一郎ふたがみしんいちろう 人間。魔人ブラックシネマに見初められ悪の組織の大幹部に抜擢
ブラックシネマ 魔人。地獄ではアマイモン・バエルと呼ばれる大悪魔
左反正右さたんしょうすけ 魔人。魔王ルシフェルの人間体。バエルとは盟友
 二神進一郎ふたがみしんいちろう群羊県高砂市ぐんようけんたかさごしを本拠地とする悪の組織『ブラックシネマ団』の大幹部である。
 魔力を有していない十七歳の人間の少年ではあるが、一念発起して悪の道へと進み、現在は世界征服という大いなる野望を果たすために日々まい進していた。

「ところで進一郎くん、先日愚かにも我々の縄張りに侵犯してきたデビルドラッグ団の件についてだが」

 35ミリフィルムで埋め尽くされた書斎にて、進一郎に近況報告を求める礼服の男は、ブラックシネマ団の頭領である魔人ブラックシネマ。
 その正体は地獄に飽いて地上へと這い上がってきた、ソロモン七十ニ柱の頂点に君臨する大悪魔バエルの人間体である。

「どうやら私の留守中に少々やんちゃをしてくれたようだな」

 かつて地上の覇権を巡って天使と争い、結果痛み分けに終わった第二次聖戦だが、休戦の際に天使との間で交わされた条約の中に地上不可侵条約なるものがある。
 その名のとおり、地上を中立地帯として天使も悪魔も侵犯してはならないというものなのだが、実はこの条約には意図的に空けてある抜け穴が存在した。

 そう、天使や悪魔が地上を侵犯してはいけないのであれば、地上に生息する生物に生まれ変わってしまえばいいだけなのだ。

 バエルは自らの強大な魔力を天使たちの手により厳重に封印され、人間化した悪魔――魔人として、名をブラックシネマと改めて地上で活動していた。

「先ほど監視カメラの映像を確認したよ。彼らの蛮行の数々は、すべて『ここ』に納めさせてもらった」

 ブラックシネマは黒光りする厳つい頭部を指でこつんと叩く。
 バエルは他の魔人とは異なり、本人たっての希望により、特例として頭部を映画撮影用のカメラに改造していた。
 本来は完全に人間と同じ五体を持たねばならぬ決まりであり、また神の似姿である人間体になることに異議を唱える者は少ない。故に天使はおろか悪魔の中にさえ、変わり者だと陰口を叩く者もいるが、映画好きで映画を撮影したいがために地上行きを決意したブラックシネマらしいお洒落といえるだろう。

「麻薬で世界を支配しようなどと考える実に愚かしい連中だ。そろそろ根絶やしにしてやろうと考えていたところだが……私が直接手を下す必要はあるかね?」
「頭領の手を借りるまでもありません。監視カメラの映像どおり、デビルドラッグ団からの刺客はすべて我々の手により返り討ちにいたしました」
「末端をどれだけ始末しても頭を潰さねば意味がないぞ」
「ご安心を。魔人ブエルはすでに始末済みです。残党狩りはまだ終わっていませんが、デビルドラッグ団は事実上壊滅しています」

 進一郎が膝をついたまま朗報を告げると、ブラックシネマは満足げにうなずいた。

「路地裏で出会ってから早二年……すっかり頼もしくなったものだ。やはり私の眼に狂いはなかったようだ」
「私は何もしておりません。すべては頭領からお借りした優秀な部下たちのおかげです。それより頭領、お忍びによる地獄への帰郷の理由……そろそろ私にも教えていただけませんでしょうか」

 地獄の使者からの密命を受け、ここ一週間ほど団を留守にしていたブラックシネマだが、その理由はいまだ聞かされていない。有事の際には団を預かる立場である進一郎としては、主の動向は極力確認しておきたい重要な案件だった。

「君を信用していなかったわけでは決してないのだが……」

 地獄の情勢的に極めてデリケートな話だったので他言しにくかったのだと断りを入れてから、ブラックシネマは姿勢を正し、その驚くべき理由わけを進一郎に告げた。

「先の召集は、ルシフェルの地上外遊の打ち合わせだったのだ」

 進一郎は緊張で身体を強ばらせる。
 ルシフェルといえば悪魔に詳しくない者でもその名を知る高名にして偉大な魔王だ。ブラックシネマから一代限りの爵位を賜っているとはいえ、ただの人間にすぎない進一郎にとっては雲の上の存在である。

「名目上は地上の視察だが、バカンスのための来訪だと思っていい」
「御立場を考えるといささか軽率では? 魔王の命を狙う賊がどこぞにいるやもしれません」
「そのとおりだが私は嬉しいよ。今まで私的な理由で地上に赴いたことの一切なかったあの御方が、ようやく私のところに遊びに来てくれるのだからね」

 会議の結果、ルシフェルの身柄は盟友であるバエル――つまり自分が引き受けることに決定したとブラックシネマは言う。
 魔王の身辺警護をブラックシネマ団が一手に引き受ける。進一郎たちの責任は重大だった。

「ルシフェルの滞在期間は一週間。とうぜん魔人として来訪するが、その正体は幹部以外には決して口外しないこと。部下たちのことは信頼しているが、人の口に戸は立てられない。のちのち余計な面倒が増えるかもしれないからね」

 ――心得ております。
 進一郎は立ち上がると主に向かってうやうやしく一礼した。

                 ※

 ルシフェルの来訪は、進一郎がブラックシネマの話を聞いてから三日後のことだった。
 お忍びでの外遊ということで従者を引き連れてくるようなことは一切なく、道中の護衛はブラックシネマが直々に務め、情報が外部に漏れることを極力防いだ。

「ブラックシネマ団にようこそルシフェル。いえ、地上ここでは左反さんとお呼びするべきですね」

 書斎に連れてこられたルシフェルを見て、進一郎は少しだけ落胆した。
 すっかり禿げあがって染みの付いた頭に皺だらけの顔。枯れ木のようなそのひょろ長い身体は風が吹けば飛んでいきそうだ。
 ――近所に住んでいる盆栽好きのじいさんにそっくりだ。
 人間体だから仕方がないとはいえ、地獄を統一した伝説の英雄と対面したという感動は、残念ながらあまり得られなかった。

「ではさっそく団内をご案内させてもらいます。私が直接案内しますと何も知らぬ部下たちが怪しみますので、我が右腕である進一郎くんを付けさせてもらいます」

 ブラックシネマに紹介されて進一郎は深々と頭を下げる。

「二神進一郎と申します。人間の身でありますが頭領から伯爵の爵位を賜りブラックシネマ団の運営の一部を任されております。若輩者ではありますがこの一週間、誠心誠意対応させていただきますので御用の際には何なりと申しつけてください」

 ちなみに進一郎には本名がバレないよう『フィルム伯爵』という魔人名があるのだが、命名した本人を含めて団内では誰もその名では呼ばない。今では開き直ってすべて本名で通すことにしている。

「君の話はエルからよく聞いているよ。見ての通りの老いぼれで、何かと迷惑をかけるかもしれんがよろしく頼むよ」

 魔王ルシフェルこと左反正右さたんしょうすけは、進一郎に頭を上げるよう促すと、優しく微笑み握手を求めてきた。
 元天使故にかなりの人格者であるという噂はどうやら真実のようだ。

「案内の前に、もうひとり紹介しておきたい者がおります」

 左反の握手に応じると、進一郎はパチンと指を鳴らす。
 それを合図に室外にて待機していた少女がおずおずと入室してきた。
 清潔感のあるローブに身を包み、その上からでもわかる豊満な肢体に白い大蛇を巻き付けた、絶世の美少女だった。街に出れば振り返る男が後を絶たないことだろう。
 少女の名は安藤真理恵あんどうまりえ。真名はマリ=エ。ソロモン七十ニ柱が一柱にして地獄の正義を司る大悪魔、アンドロマリウスを祖父に持つエリート悪魔だ。そしてブラックシネマ四天王と呼ばれる大幹部の二人めでもある。

「ま……真理恵と申します。おじいちゃ……マリウス伯の跡を継ぐために今はブラックシネマ様の許で働かせてもらっています。修行中の身ですが、どうかよろしくお願いします」

 真理恵は震える声で手短に自己紹介を済ませると、少したれ目がちの大きな瞳を涙で一杯にして、最後にはとうとう泣き出してしまった。

「すみません。魔王様とお会いできたことが嬉しくて、つい涙が……」

 名家のご令嬢が情けない。進一郎は眉をひそめる。
 これから真理恵には魔王の警護を一手に任せる予定だったのだが、途端に不安になってきた。

「見苦しいところをお見せしましたが、腕のほうは確かです。祖父譲りの断罪の魔は必ずや左反さまのお役に立つことでしょう」
「特技は料理、特にチャーハンが得意です。機会があれば食べていただきたいです」

 ――もうおまえは黙ってろ。
 呆れて物も言えない進一郎とは裏腹に、左反は真理恵のことをいたく気に入ったらしく、君さえ良ければ今度、ぜひ手料理を振る舞ってくれないかと実に上機嫌だった。
 一方、真理恵のほうは左反から差し出された手をしっかり両手で握りしめながら、感極まってまた泣いていた。

                 ※

 簡単な自己紹介を済ませた後、進一郎は左反と護衛の真理恵を連れて団内を案内した。
 進一郎たちが勤務するブラックシネマ団本部、通称ブラックシネマパークは表向きはただの映画館だが、その地下には全48層にも渡る巨大な秘密基地が潜んでいた。
 下層には幹部の、中層には四千名を越える団員たちの住居区域があり、もっとも多くの層を利用している上層には怪人開発の研究所や映画撮影用の設備等が点在している。その規模はもはや小国家と呼べるレベルであり、進一郎ですら団内のすべてを把握しきれているというわけではない。
 とはいえ、一週間ほどバカンスを楽しむだけなら生活に必要な場所を教えるだけでいいだろうと判断した進一郎は、地上にある映画館と最上層にある集団食堂と売店を見て回る程度に留めた。

 最後に中層の住居区に用意した個室に案内すると、進一郎は左反に黒塗りのIDカードと携帯電話を手渡す。

「カードのほうは部屋に入るための鍵となっています。中央エレベータを利用するためにも必要となりますので外出の際には必ずお持ちください。そちらの携帯は団内でも使える特別製です。私たちの番号が入っておりますので御用があればいつでもおかけください」

 携帯には警報ブザーもついており、緊急時には大音量と共に警護担当の真理恵に直接危機を報せることができるようになっているため、進一郎は左反に携帯の使い方を丁寧に説明した。

「本来なら最下層の貴賓室にて最上級のもてなしをしなければならないところ、このような狭苦しい部屋に押し込めてしまい誠に申し訳ございません」
「謝る必要はない。すべてはわし自身が望んだことだ」

 左反の言うとおり、あくまでブラックシネマの配下のひとりとして滞在したいという本人の要望を呑んだ結果ではあるが、地獄の魔王をヒラの団員たちと同等の扱いをするというのは進一郎からすればやはり気が引けるし、セキュリティ面を考えてもあまりよろしくはなかった。
 悪の組織という性質上、血の気の多い団員は数多い。左反が要らぬトラブルに巻き込まれぬとも限らない。進一郎は左反が部屋に入った後、真理恵に危険な団員には常に目を光らせておくよう改めて釘を刺した。

「オッケー進ちゃん。あたしに全部任せといて」

 ――激しく不安だ。
 進一郎は護衛の人員追加を急遽決意した。

                 ※

 ブラックシネマ団の事実上のNo.2である進一郎は多忙である。
 その仕事は多岐に渡り、構成員の統括管理はもちろんのこと、団内制作の映画のプロデュースから他団の調整役まで任されている。左反の警護を命じられたからといって、それが消えてなくなるわけではないし、誰かに丸投げするわけにはいかない案件も多すぎた。

 下層46階にある執務室で進一郎が、左反への応対で遅れた分の仕事を取り戻そうと躍起になっていると、先ほど呼びつけた布留火がお茶を煎れてやってきた。

「進一郎さま、そろそろご自宅にお帰りになられたほうがよろしいのでは?」
「本日中に片づけねばならない仕事が残っているのに帰るわけにはいかないだろう。頭領にはすでに伝えてあるから心配は無用だ」

 質素なメイド服に身を包んだ白髪の少女――槍衛布留火やりえふるかは、ソロモン七十ニ柱の一柱に数えられる悪魔フルカスの娘だ。かつてはバエルと同じく地獄の最上位である公爵だったが、今は諸々の事情で没落しており爵位はない。
 有能故にブラックシネマから改めて伯爵の爵位と幹部の地位を与えられてはいるが、どういう訳か爵位のほうは頑なに固辞している。魔王一族との確執がその背景にあるらしいが、進一郎は仲間の過去はあまり詮索しないことにしていた。

「あまり根を詰められても困ります。進一郎さまは我が団にとってなくてはならない御方ですから。どうか御自愛を」
「おだてても何もでないぞ。それと以前から伝えているが、私に敬語は不要だ」
「悪魔にとって身分の差は絶対です。伯爵であるあなたと対等な口を利くことなどできません」
「ここは地獄ではなくブラックシネマ団だ。幹部同士に身分の差は存在しない」

 前回と変わらぬやりとりをするが、布留火は首を横に振って頑なに受け入れようとしない。
 たかが十七歳の若造に何を遠慮することがあるのかと進一郎はため息をつくが、言い争っても仕方がないので今日のところは諦めることとする。

「頑固者め」
「お互い様ですよ」

 言って互いに笑い合う。関係が良好なだけに要らぬ敬語は壁を作られているようで、やはり少し不満だった。

「布留火、君に左反さまの警護を任せたい」

 勧められたお茶を一口飲むと、進一郎はすぐに用件を切り出した。

「左反さまの警護は、真理恵さまの御役目では?」
「数は多いに越したことはない。君の本来の仕事は俺が代わりにやるので真理恵を補佐してやってくれないか」
「真理恵さまが怒りますよ。進一郎さまとて彼女の実力を知らぬ訳ではないでしょう」

 地獄の警察、大悪魔アンドロマリウスの血をもっとも濃く受け継ぐと評される真理恵の実力は折り紙付きだ。頭領ブラックシネマを除けば間違いなく団内最強の魔人であるし、犯罪行為に関する鼻も利く。
 しかし今の真理恵は警護対象に少々入れ込みすぎている。
 気合いが入るのは結構なことだが、入りすぎて視野が狭くなった結果空回りするということは往々にしてある。ならば冷静な第三者を介入させたほうがいいという進一郎の判断だった。

「てっきりお茶汲みをさせるために呼ばれたのだとばかり思ってましたが……」

 そんな訳がない。お茶ぐらい自分で煎れる。

「……わかりました。心配性の進一郎さまのために布留火が一肌脱ぎましょう」

 それは助かる――言いかけた進一郎がぎょっと目を見開く。
 布留火はメイド服のボタンに指をかけると、ひとつまたひとつと外していき、清楚なブラジャーに包まれた胸をはだけさせていたのだ。

「おい、何をしているんだ!」

 これでも思春期の少年である進一郎は、顔を真っ赤にしてすぐに布留火の胸元から目をそらす。

「ですから一肌脱ごうかと」
「本当に脱いでどうする!」

 陶磁器のように透き通った美しい肌を進一郎の前に惜しげもなく晒しながら、布留火は脱ぎ捨てたメイド服に魔力を用いて着火した。

「進一郎さまは火占術パイロマンシーをご存じでしょうか」

 もちろん知っている。文字どおり、自らの魔力で生み出した炎で物体を焼くことで未来を占う魔術だ。布留火の父である悪魔フルカスのもっとも得意な魔術としても有名だ。
 しかし進一郎が知る限り、焼く物はなんでも良かったはずだ。なぜわざわざ自分の服を焼くのか。

「布留火の火占術は長年着用した術者の衣服を焼くことで最高のパフォーマンスを発揮するのです」

 そういう話は脱ぐ前にして欲しい。
 進一郎はすぐに着ていたスーツを脱いで布留火に投げ渡した。

「これより左反さまの安否を占います。衣服の焼け方にご注目ください」

 進一郎は布留火の魔力によって焼かれるメイド服に注視する。
 メイド服は火の粉を飛ばして勢いよく燃え続けていたが、いっこうに燃え尽きる様子がない。布留火曰く衣服は左反の生命、炎の勢いは左反の人生の盛衰を現しているそうだ。

「……」

 燃え盛る炎をしばらく二人で見守る。
 布留火は真剣な表情で炎の揺らぎを見つめていたが、しばらくするとさも当然の結果だと言わんばかりに微笑み炎を消した。

「占いの結果、左反さまは末永くご健在と出ました。布留火が差し出がましい真似をする必要はないようですね」

 ――それでは進一郎さま、どうかお身体をお大事に。
 布留火は最後にそう言って一礼すると、焦げ目のついたメイド服を回収して部屋を出ていった。

「末永くご健在……ね」

 占いは所詮占い。しかし父親譲りの布留火の火占術の精度は高く、近い未来については百発百中であると評価は高い。

「……杞憂だったかな」

 進一郎は独りごちると、思考を切り替え自分の仕事へと戻った。
出題編です
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