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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

解明編

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19/21

真相

 バエルから預かった三脚を金庫に厳重に保管し、式典用の礼服を脱いで普段の安物のスーツに着替えると、進一郎はその足で布留火の部屋へと向かった。

 下層44階にある布留火の支配層は、本人の意向によりそのほとんどが空き部屋となっていた。彼女が利用しているのは広大な敷地の中のほんの十数畳だけである。敷地を余すところなく利用していたラウムとは正反対といっていい。
 進一郎の支配層には日頃利用している執務室以外にも鍛錬用のトレーニングルームや書庫、コレクションである銃の保管庫などを所有しているため、布留火の倹約精神には素直に関心する。
 ちなみに真理恵の支配層はそのほとんどが牢獄になっており、前回戦闘行為におよんだデビルドラッグ団の構成員たちのほぼ全員がこの中に収監されているそうだ。
 牢の近くを通ると時おり恨み節が聞こえてきて気が滅入るとのことで、これはこれで頭が下がる思いだ。

「パーティの準備で忙しいところをすまないね」
「いえ、本日はバエルさまからお暇をいただいておりますので」

 質素だが品のある木製の椅子を勧められると、進一郎は軽く会釈してから腰掛ける。
 布留火はすぐに台所に向かい、熱い紅茶の入ったポットとお茶菓子を持ってきた。

「本日のパーティは知り合いや一般客を招いた屋外パーティということで配膳ケータリング会社に外注したそうなのですが、何もやることがないと手持ちぶさたで困ります。準備を手伝おうにもバエルさまから止められていますので……」
「俺もだよ。就任式の日ぐらいは働くなと命じられたのだが、自分の部屋にいると無償に働きたくなってきて困る」

 ――だからここに逃げてきたんだ。
 進一郎がそう告げると布留火は光栄ですと朗らかに笑った。

「少し早いですが、二人きりで就任パーティをいたしましょうか」
「ああ。それはいいな」

 布留火は二人分のティーカップに紅茶を注ぐと、自らも進一郎の前に座る。
 香りのいいアールグレイを一口含み、進一郎は失礼にあたらない程度に部屋を見渡した。
 布留火の部屋は無機質で人工的な団内のイメージを払拭するかのような、自然物を中心としたインテリアだった。
 家具はもちろん壁や床もすべてが木製。しかも所々に手作りと思われる荒さがある。
 尋ねてみると果たしてその通りで、日曜大工と部屋のコーディネイトが趣味とのことだ。
 なるほどそれなら層全体に手を回すのは無理だなと進一郎は納得する。

「せっかくの機会ですので苦言を呈させていただきますが、事前に用意した口上を無視して演説していただくのは困ります。暴動が起きたらどうするつもりだったんですか」

 予想はしていたがさっそくのお小言だ。進一郎はやれやれと大きく肩をすくめる。

「堅苦しい形式ばった挨拶などくそ食らえだ。我が団の方針にも反するしな」
「百歩譲ってそれは構いませんが、そういうことはちゃんとこの布留火に相談してからにしてください」
「おや、相談すれば何かしてくれたのかい?」
「事前に『さくら』をご用意いたしましたのに」

 実に悪の組織らしい提案に進一郎は腹を抱えて笑った。
 布留火も釣られて口を押さえて笑い出したので、場の雰囲気は一気に和んだ。

「……進一郎さまがブラックシネマ団にきて早二年。バエルさまの鶴の一声で幹部になられたあなたが、まさか頭領にまで上りつめるとは当時は思いもしませんでした」
「それもバエルさまの鶴の一声だけれどな。むしろ反対しない君たちのほうが予想外だ」

 純粋な疑問だったが、布留火はさも当然と言わんばかりに「だって他にいませんもの」とくすくす笑う。

「第一候補だったラウムさまは退団。残りは真理恵さましかいませんが……少々失礼ですが、彼女に組織の頭領はいささか荷が重いでしょうし、組織の運営のほとんどを任されているあなたに白羽の矢が立つのは必然ですよ」
「君がいるじゃないか。私がいない時はバエルさまと二人で運営していたと聞くぞ」
「そうなんですよ。それはもう忙しくて忙しくて目が回るほどでして、趣味の日曜大工もろくにできない有り様でした。進一郎さまが来てくれたおかげで本当に、本当に助かりました。心よりお礼申し上げます」

 どうやら布留火は頭領になる気がまるでなさそうだ。
 昔からそうなのだが、布留火は地位や名誉というものにまるで興味関心がない。いいことなのか悪いことなのか。

「悪いがまた同じ状況に戻ってもらうぞ。バエルさま不在の団を支えるには俺独りでは力不足だからな」
「もちろん覚悟はしています。ただ人員の補充は早急にしてくださいね」

 ――そいつは難問だ。
 進一郎は苦笑する。

 悪の組織の運営を任せられるような人材となると人間から募集するのは難しい。
 となるとバエルのつてを頼りに地獄から派遣という形になるのだが、人間の頭領に仕えさせるとなるとトラブルの種になるだけとしか思えなかった。

「仕事の話はやめにしよう。今日はオフだ」

 進一郎の提案に布留火は同意する。
 本当は単に話を逸らしたかっただけなのだが布留火はすべて承知の上だろう。昔から彼女にはどうにも頭が上がらなかった。

                 ※

 しばしの間、二人は世間話に華を咲かせた。
 進一郎は拳銃の種類と銘柄に関するくだらない蘊蓄を傾け、布留火は趣味の園芸について得々と語った。
 互いに仕事が好きで会えば仕事の話しかしないことが多いが、たまにはこんな時間も悪くないと思えた。

 楽しい時間が過ぎるのは早い。
 気付けばすでにパーティの開始時刻が近づいていた。

「もうこんな時間……名残惜しいですが、そろそろ行きましょうか」
「まだ早いさ。だから、もう少しだけ俺の話に耳を傾けてくれないか」

 進一郎は急に真顔に戻り布留火の顔をじっと見つめた。

「今日は君に見せたいものがあるんだ」

 その真剣な眼差しにあてられ、布留火は頬をうっすらと赤く染めた。
 高鳴る心音を相手に気付かせないよう、両手で胸を押さえつける。

「あの……おっ、お気持ちは大変嬉しく思うのですが、布留火はまだ心の準備ができておりませんので……」
「もうしわけないが待てない。話を切り出すのに躊躇してしまい、こんな時間になってしまったからな」

 進一郎は懐から『見せたいもの』を静かに取り出すと、ゆっくりとそれを布留火に突きつけた。

 それは冷たく鈍い輝きを湛えた大口径のリボルバーだった。

「それは、先ほど教えていただいたコルトパイソンという銘柄の拳銃ですね。間近で見るとすごい迫力。男の方が夢中になる気持ちもわかる気がします」
貴女あなたの返答次第ではその威力も間近で見られますよ。フルカニア王女」

 布留火の心臓が大きく跳ね上がった。本名を呼ばれたことよりも王女と呼ばれた事実に驚き大きくうろたえた。

「王女に対してこのような無礼を働き誠にもうしわけなく思っています。しかし貴女が相手では私も一切手が抜けませんのでどうかご容赦ください」
「……バエルさまから布留火の過去を聞いたのですね?」

 青ざめた顔で布留火が訊くと進一郎は肯定する。

「フルカニアさま、貴女はフルカスとルシフェルの娘との間にできた子供だ」

 布留火は目眩を感じた。
 地獄では公然の秘密ではあるが、進一郎には知られたくない過去だった。

「フルカスは当時、近衛として仕えていたルシフェルの一人娘シルヴィナと恋に落ち、身籠もらせた末に駆け落ちした。激怒したルシフェルはシルヴィナを勘当しフルカスの爵位を剥奪した。名門だったフルカスの一族が没落した理由をこのような形で知ることになるとは思いもしませんでしたよ」
「私が物心つく前の話ですが、当時は大変だったらしいですよ。一時は御家存続の危機にまで陥ったらしいですが、騎士として末代まで魔王に忠誠を誓うという条件でどうにか免れたそうです」

 すでに平静さを取り戻した布留火は、進一郎をきっと睨みつける。

「それがどうしたというのですか。どこの誰から生まれようとも布留火は布留火です。過去になどなんの意味もございません」
「普段の私なら貴女と同じことを言ったでしょう。ですが今は事情が違う。少なくとも貴女には、魔王を殺す動機があるということが判明したのですから」

 布留火は普段の優雅さを忘れたかのように荒々しく立ち上がった。

「没落した貴女の御家を再興するにはルシフェルを始末するしかない。魔王とフルカス、双方の魔力を受け継いだ貴女の『真の火占術』なら、おそらくそれは可能でしょう。戦乱の世を生み出し成り上がるか、もしくは貴女がルシフェルの孫として後継者を主張するか……いずれにせよ、まずはらねば事が進まない」
「進一郎さまは、布留火が左反さまを殺したと仰りたいのですか!?」

 布留火は叫んだ。
 布留火にあわせて立ち上がった進一郎は、決して彼女から視線を外さず、突きつけた拳銃をそのままに話を続ける。

「それは私が貴女に訊きたいことです。私が知っていることは犯行時刻に貴女が左反さんの部屋にいたという事実だけです」
「なぜそのようなことが進一郎さまにわかるのですか」
「最初に疑問に思ったのは鑑識のクローディアに室内の指紋の内訳を教えてもらったときです。幹部全員の指紋が残っていたとのことですが、どうして布留火の指紋が残っていたのかと」
「布留火は左反さまの身の回りの世話を任されていました。なんの不思議もないと思いますが」
「果たしてそうでしょうか。左反さまは他人に世話をされることを嫌い、身の回りのことはほとんど一人でこなされていました。貴女のすることと言えば布団のシーツの取り替えや差し入れを持ってくる程度でしょう」
「部屋には進一郎さまやラウムさまの指紋だってあったはずです」
「問題は指紋の位置ですよ。照明のスイッチについていた指紋は二人。知ってのとおり真理恵と貴女です。遺体を発見した真理恵はともかく、左反さんが在住している間しか部屋には入れないのに、照明のスイッチに貴女が触れる機会が果たしてあったでしょうか」
「左反さんも、その……もうお歳ですから、自分で照明のスイッチを操作することが億劫おっくうになることもありますよ。私は、ただ頼まれてやっただけです」
「リモコンもあったのですがね。まあ百歩譲ってそれはいいとして……訊くところによると、客間以外にも書斎の机や本棚付近にも貴女の指紋が相当数ついていたらしいですよ。いくらなんでもそれは不自然だと思いませんか?」
「それは……左反さまに書斎の掃除を頼まれたときに……」
「部屋の掃除をしていたのに指紋がべたべたとついているようでは本末転倒だ。貴女はそのような大雑把な性格の魔人ひとではありません」

 進一郎が指摘すると、布留火は苦渋に満ちた面もちで押し黙った。

「決定的なのは事件当日の監視カメラの映像です。フルカニアさま……貴女、事前にテープの一部を火占術で焼き切りましたね? 不本意ながらテープを解体して調べましたが、このような芸当ができるのは私が知る限り貴女だけです」

 布留火は顔面を蒼白にする。
 その様子はすでに罪を認めたも同然だった。

「てっきり、ラウムさまの手により破棄されているとばかり思っていたのですがね……」
「残念ながら彼女はああ見えてシネマスタジオを持たないかとバエルさまに持ちかけられるほどのテレビ、映画が大好きな悪魔でしてね。テープを処分するという発想が浮かんでこなかったそうですよ」

 以前ラウムが進一郎のことを部下にしたいと言っていたのは、このスタジオの運営スタッフにならないかという話だったらしい。どうせ口からでまかせだろうが、彼女の下でこき使われる未来もあったかもしれないと思うとぞっとする話だ。

「私の契約悪魔には再生を得意とする者も多い。貴女に焼き切られたテープも、おそらくは復元できるでしょう。確たる証拠が出てくる前に自白してはいただけませんか?」

 布留火は身体を震わせ双眸きつく閉じる。しばしの逡巡の後、覚悟を決めたかのように口を開いた。

「……一つだけお聞きします。その事実を知る者は、進一郎さまだけでしょうか」
「だとしたらどうする!?」

 進一郎が身の内に宿る魔人の殺気を遠慮なく曝けだした瞬間――布留火の姿は、彼の視界から消えていた。

「もうしわけございません! なにとぞ、なにとぞご容赦ください!」

 予想に反して布留火は、地に頭を伏して進一郎に謝罪していた。
 てっきり攻撃してくるものとばかり思っていたが……こうも必死に謝られると何か策があるのではないかと逆に警戒を強めたくなる。

「頭をあげろ。曲がりなりにも継承権を持つ王女が情けない姿を見せるな。包み隠さず事実だけを話せ。許せるかどうかはその内容次第だ」

 布留火は恐る恐る頭をあげると、切々と事の真相を語り始めた。

                 ※

 真理恵からのディナーの誘いを左反が断ったことを本人から直接聞いた布留火は、まかないの夕食を作って左反の部屋へと向かった。

 ところが部屋には明かりが点いているにも関わらず、何度チャイムを押しても左反は応答を返さない。
 不審に思った布留火はスペアのキーカードを使って室内へと進入した。

 そこにあったのはすでに灰と化した左反の遺体だった。

 ――左反は神の打倒に失敗した!

 瞬時にそう判断した布留火はテーブルの上に置いてあった『箱』を回収すると書斎に向かい、遺書の確認をした後に部屋を出たという。

                 ※

「ちょっと待て。それだと君は左反さんの企てをすべてを知っていたことになる」
「実は気付いておりました。布留火の特技は諜報活動ですので」

 ――ほう、やるじゃないか。
 情報秘匿は褒められたことではないが、進一郎は改めて布留火の能力に感心する。
 ルシフェルが罰した罪人であるにも関わらず再び爵位を与えようと思うほど、バエルに重用されていただけのことはある。

「遺書は場合によっては偽造するつもりでしたが、これは杞憂で済みました。一番の問題である『箱』も無事回収し、その足で布留火の姿を映した事件当日の映像を焼き切りました。それで証拠はおおかた消したと思っていたのですが……」
「照明を消したのはまずかったな。几帳面で倹約家な君のことだから無意識にやったことだろうが。テープの始末も、もう少し別のやり方があったかもしれない」
「進一郎さまがここまで真剣に犯人を捜索するとは思わなかったのですよ。冷静になって考えてみれば、照明に残した指紋やテープなど関係なく、いずれ布留火の犯行は明るみに出ていたことでしょう」

 その通りだと思った。現にミヤコからは犯行時刻付近に布留火が左反の部屋を出入りしていたという証言を得ている。布留火の部下たちから事情聴取をすればもっと有益な証言や証拠が出てくることだろう。

「一つ聞かせてくれ。なんでそんな馬鹿なことをやった? 君が疑われる危険が増えるだけじゃないか」
「地獄には二度と神に刃向かってはならないという絶対の掟があります。神に殺されたのならともかく神を殺そうと企んだと知られれば、遺された遺族は無事では済みません。遺書には神を害する意志は見受けられませんでしたが <天使の核> を持ち込んだ事実だけは、どうにかしてもみ消さなければいけませんでした。『箱』の中身に気付いているであろうラウムさまも、できれば始末したかったのですが……今はあの御方の忠誠心を信用するしかありませんね」

 ブエル暗殺の時は真理恵と共にあれほど渋っていた布留火が、ラウム捕縛の際には妙に乗り気だったのにはそういう裏があったのか。進一郎は納得して頷いた。
 私設シアターでラウムを殺し損ねた後は、進一郎が彼女を殺してくれることを期待したのだろうが、身内に対しては存外甘い進一郎の気質を見誤ったのだろう。

「しかし、どうしてそこまでルシフェルの一族に荷担する? 爵位を剥奪され君の御家を断絶寸前まで追い込んだ怨敵ではないか」
「祖父だから――では理由になりませんか?」

 布留火は少し寂しげな顔で言った。
 左反と布留火の間にどのような絆があったのか、進一郎には知る由もない。
 ただ事実として、左反の遺書には後継者の一柱ひとりとしてフルカニアの名前が記されている。父親の爵位を剥奪し母親を勘当した祖父ではあるが、孫娘との関係は良好だったのだろう。

「最後にもう一つだけ。どうしてその事実を俺たちに黙っていたんだ。そんなに俺たちのことが信用ならないか?」

 進一郎の質問に布留火は少しだけ返答を躊躇うが、しばらくすると「はい」と笑顔で答えた。

「だって、皆さまは悪の組織ですから」

 ――違いない。
 進一郎も笑うと、そこでようやく構えていた拳銃を降ろした。

「……で、首尾のほうは?」

 その言葉は、布留火に向けたものではなかった。
 進一郎の声に応じるように、備え付けのランプに照らし出された彼の影がゆっくりと起き上がり、黒いドレスの妙齢の女性へと変わっていく。

「上々ですわ」

 地獄のマグマで溶解し精製された、特殊合金製の『箱』を片手にラウムは快活に答えた。
 それを見た布留火は「ほら、やっぱり信用できない」と少し嬉しそうにつぶやいた。

「布留火さんを疑うなんて酷いですよお」

 影から一緒に出てきた真理恵を無視して、進一郎はラウムから『箱』を受け取る。

「もしかして私のことも疑ってたんじゃないでしょうね!」
「アホらしくておまえのことは疑う気にもなれなかった」

 阿呆とはなんだと猛抗議する真理恵の相手をラウムに任せ、進一郎は改めて布留火のほうを向く。

「『箱』の中身は確認したか?」
「していませんが、開封された形跡がありません。ですから布留火は、最初にあのように申し上げたのです」

 ――この殺人は神の御業である――……か。

 これで自殺の線は薄くなったが、廻り廻って結局そこに戻ってくるのか。
 進一郎は深いため息をつく。

 残念だとは思う。
 しかし徒労だとは感じていない。
 なぜならブラックシネマ団は結果ではなく過程を追い求める悪の集団であり、進一郎の辞書には勝利という単語は載っていない。負け戦上等。あらゆる事実を結果として、あるがままに受け入れよう。

「それで、これから君はどうするんだ?」
「なんなりとご処罰のほどを。その代わり、このことは誰にも口外しないでください」
「その件はもういい。俺が聞きたいのは君の今後の身の振り方だ」

 布留火の犯行はどう考えても杜撰ずさんすぎて計画的なものとは思えない。
 一時の激情に敗れるほど左反は弱い魔人ではないし、すでに復元済みの映像を観るかぎり、左反を殺したにしては部屋から出てくるのが早すぎる。
 いくら結界があったとはいえ、室内に争った痕跡がまったくないというのも布留火犯人説の線を薄くする要素だ。
 それでも真実を求めて布留火への尋問を実行に移したが、これ以上仲間を疑う気にはとてもなれない。組織への背信行為を働いたことは事実だが、たとえ甘いと言われようとも、そのことで彼女を罰する気はなかった。

「左反さんは自分亡き後は一王独裁を排斥し、子孫たちで協力して地獄をまとめるよう遺言を遺している。その中の一柱として君の名が挙げられているわけだが……」
「はぁ……確かにそのようですね」

 布留火は生返事を返した後に、

「処罰されないというのであれば、布留火は今後の働きをもって、進一郎さまに報いたいと思います」

 と、いかにもすまなさそうに深々と頭を下げた。

「俺の話をいまいち理解していないのか。君は地獄に還れば魔王になれるということだ。後見にバエルさまもおられるし地位は盤石だぞ」
「進一郎さまもご存知のとおり、布留火はそういうものにあまり興味がありませんので」
「御家のほうはどうなる。君が魔王になれば復興だって可能だろう」
「そう申されましても……布留火の両親は現状の地位に満足しておりますし」

 肩書きなんて気にしていたら最初から駆け落ちなんてしていませんよと布留火は言う。
 不平不満どころかフルカス自身は、自分の義父を護れる騎士という職業は大変に誇らしいものだと布留火に常々語っていたそうだ。

「お父さまは身勝手なんですよ! 自分は恋愛の自由を掲げて駆け落ちしたくせに、布留火には『おまえもそろそろいい歳なんだから良い縁談を』とか言って勝手に結婚相手を決めてくるんですから。それで頭にきたからケンカして家出してきたんです!」

 布留火はぷんぷんと怒りだす。どうやら口に出したせいで当時の怒りが蘇ってきたらしい。
 進一郎は嘆息した。
 親とは往々にして理不尽な存在であるが、この場合は純粋に父が娘を想ってしたことであり、微笑ましい痴話喧嘩といえるだろう。

「王位は謹んで辞退させていただきます。あっ、これはお父さまとの確執はいっさい関係ありませんよ。今の布留火は大きな野望を抱いてこの地上におりますので」
「ほう、それは初耳だな。是非とも聞かせてくれ」
「布留火の大いなる野望にして夢。それは我が主である進一郎さまが世界征服をなされる瞬間を、この眼にしかと焼きつけることです」

 ラウムもそうだったが――いったい、どれだけ俺のハードルを上げる気なんだ。
 進一郎は心中で嘆いた。

「こちらとしては非常にありがたい話なのだが……そんなことで王位を捨てるのか」

 進一郎が呆れたように言うと、布留火は元気いっぱいに「はい!」と即答した。

 ――好きにしろよ。君がいなけりゃ俺も困るさ。

「行こう。そろそろパーティの始まる時間だ」

 用件が済んだ以上、終わったことにいつまでも拘る趣味はない。進一郎は話を切り上げると、三人に身支度をするよう命じた。
 それは二代目ブラックシネマとして下した初めての命令だった。

 先代に比べて進一郎は、頭領としてはあまりにも非力。そのことは彼自身が一番よく理解していた。だから彼には信頼できる仲間が必要なのだ。
 布留火、真理恵、ラウム。この三名の魔人が、自分というカメラを支えてくれる三脚になってくれることを、進一郎は心から期待していた。

「……世具さんは、どうして俺にあんなことを言ったんだろうな」
「世具さん? 誰それ?」

 部屋を出る前に進一郎がぼそりと漏らした独り言を、真理恵が聞きつけ質問する。

「神の人間としての名前だよ。以前、神に会いに行ったときにそう呼べと言われた」
「ふ~ん、変な名前」

 ――まったくだ。
 バエルを筆頭に他の神々を駆逐してまで唯一の存在になったのだから、もはや名前など不要だろうに。
 進一郎は真理恵に同意する。

 おかしなのはそれだけではない。自らの手で左反を天に還したのだとしたら、どうして進一郎に事件を追えと言ったのか。
 なぜこのように進一郎を試すような真似をしたのか。
 神とは気まぐれで理不尽な存在であるとは聞いてはいたが、こうして直接相対するとそれを痛感する。

 しかし、それでも進一郎は、どうしてもあの神のことが嫌いにはなれなかった。初対面のときの悪感情が嘘のように。

「……まさか、な」

 取り留めのない妄想を頭から振り払うと、進一郎はパーティ用の礼服に着替えるために執務室へと戻った。

                 ※

 翌日、地獄から再びやってきた使者のミュセルに進一郎は、遺書の写しと共に「魔王ルシフェルの死は天使の使命に疲れ果てての自殺である」と報告した。
 それは、ブラックシネマ団の地獄への正式回答であり、進一郎の頭領としての初めての仕事だった。
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