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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

解明編

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天使の核

 真理恵が部下たちと共に大量のビデオテープの入った段ボールを押収してきたのは、ミュセルが地獄に還ってすぐのことだった。

「まさかホントに処分されずに全部残ってるとは思わなかったよ」

 真理恵は呆れたように肩をすくめる。残しておけば決定的な証拠になりかねないのだから当然の反応だ。

「映像を愛するブラックシネマ団の一員として易々とテープを捨てるわけにはいかない」

 とはラウムの言葉。
 半信半疑ではあったが、これで裏がとれた形になる。
 ブラックシネマからラウムの処遇を一任されていた進一郎だが、どうやら寛大な処置で済ませられそうだ。

 ――『箱』の件がなければの話だがな。

 陣とて完璧ではない。ミュセルの言うとおりすでに時代遅れの古臭い手法であり、対抗手段もいくつか存在している。進一郎もそこまで陣による強制力を信用してはいない。
 しかしミュセルが、ラウムに訊けばすぐにバレるようなどうしようもない嘘をつく理由があるとは進一郎にはとても思えなかった。

「まさかと思うけど、これも全部観るの?」
「当然だ。五倍速、十倍速で観ていけばさほど苦でもあるまい」
「それでもこれだけの量よ」

 真理恵がうんざりした顔で言うので「ここから先は俺の仕事だからおまえは持ち場に戻っていい」と冷淡に返す。

「もう、しょうがないわねえ……デビルドラッグ団の残党も狩り終えたことだし、今日は進ちゃんにつきあってあげるわ」

 ぶつくさと文句を言いながらも、しかし真理恵は部下だけを帰して一人残り、押収したテープをデッキにセットして進一郎の横にちょこんと座った。

「ずるいですよ真理恵さま。ぬけがけはいけません」

 負けじと布留火も進一郎の横に座る。
 幹部間で情報は共有したほうがいいということで、結局ビデオは三人で仲良く鑑賞することになった。

「……近すぎる。もう少し離れろ」

 ビデオ鑑賞のために用意したソファは三人一緒に座ってもでも十分ゆとりがあるが、なぜか二人は詰めて座ってきた。
 暑くてかなわないので何度か指摘するが、時間が経つにつれて離れるどころか少しずつ距離が縮まっているような気がするのだ。
 左反の部屋の前を観るころには密着寸前まで近づいており、特に真理恵の大きな胸が時折腕に当たって反応に困った。

「おまえたち……男の俺をからかって遊んでいるのか?」
「からかってなどいません。これでも本気で誘惑しているつもりです」
「その……実は私は前からずっと、布留火さんのアドバイスに従っているだけなのですが……」

 ――おまえら、いい加減にしろ!
 進一郎はすり寄ってくる二人を強引に引き剥がして距離を開けるよう命令した。

 年の離れた弟でもできた感覚なのだろうか、布留火と真理恵はここのところ頻繁にちょっかいをかけてくる。二人は受肉したとはいえ高名な悪魔のご令嬢であり、自分は人間とはいえ成人を控えた健全な男子なのだ。
 仲間とはいえ少しは立場をわきまえて欲しいものだ――進一郎は嘆息した。

 余計なもめ事で時間を使っている間に、左反の部屋の前を映した録画映像は、ラウムと進一郎との会話を終えて真理恵が左反を昼食に誘う場面に差し掛かっていた。

「おい、倍速をやめろ」

 進一郎は真理恵からリモコンをひったくると倍速を解除する。
 ここから先だけは面倒でも等倍で観ていきたい。

「ワンディスプレイだと食堂の様子が同時に観れないのが残念だな。真理恵、左反さんの様子で何か気になることはなかったか?」
「思い悩んでたのか、少しだけ元気がなかったように思う」

 そこは大きな問題ではない。神との邂逅の翌日だ。思い悩まないほうがむしろおかしい。
 他に確認すべき重要なことはないだろうか。

「食事の最中、左反さんはおまえに何か言ってなかったか?」
「そう言われても……食堂のおばちゃんと世間話をして、ここの料理は宮廷で出されるものより美味いって誉めてたぐらいかな。後は私の手料理も食べたいと言われたので、ちょっとしたまかないものを作って、それでおしまいだけど」
「なんでおまえの料理を? 食堂の飯を食ったばかりじゃないか」
「そんなことを私に聞かれても……食べたかったからじゃないかな、としか答えられないよ。ていうか進ちゃんその時、食堂にいなかったの?」

 該当時刻の進一郎は神に対する知識を得ようと書庫で勉強していたので食事は布留火の作ったサンドイッチで済ませていた。けっきょく聖書に書かれている程度の情報しか手に入らなかったので完全に無駄足だったのだが。
 こんなことなら、左反さんを誘って一緒に食事をとるべきだったかもしれないと進一郎は軽く後悔する。

「左反さんとは食堂で別れたのか?」
「うん、だからそろそろ戻ってくるんじゃないかな」

 真理恵の言葉どおり、少し待つと録画映像に自室に戻ってきた左反の姿が映った。
 左反はズボンのポケットから団内専用の携帯を取り出すと、どこかに連絡を入れてから部屋へと戻った。

「おまえたち、該当時刻に左反さんから連絡をもらったか?」

 二人は同時に首を横に振る。
 進一郎ももらっていないので、電話の相手はブラックシネマかラウムということになるが、その話しぶりからしておそらくはラウムだろう。いったい彼女になんの用事があったというのか。

「しかし、どうして室外で携帯を? 室内で座って使えばいいじゃないか」
「足腰の鍛錬のためかな。それとも電波遮断の結界でも張ってあるとか」

 真理恵の冗談めいた言葉に進一郎はわずかに反応する。

「あの携帯は魔力で動いてますから電波なんて遮断しても無意味ですよ」
「そもそも盗聴防止のために団内の内壁はぜんぶ電波遮断処理がされてたっけ」

 朗らかに笑いながら雑談を続ける二人に挟まれながら、進一郎の顔は映像が進むにつれて次第に険しくなっていった。

 ――嫌な予感がする。

 今まで眠っていた毒蛇がここに来てようやく鎌首をもたげてきたような、薄気味悪い感覚がまとわりついて離れない。
 そんな進一郎の悪い予感は、夕方の映像をもってして確信へと変わる。

 それは真理恵が左反を夕食に誘ったと証言した時刻の一時間ほど前の出来事だった。
 左反の部屋の前にラウムが現れた。その右手にはミュセルが証言していたものと同一であろう金属製の箱が握られていた。
 全身の毛穴という毛穴が開いた気分だった。冷たい汗が進一郎の頬を伝う。
 一目でわかる厳重な包装が嫌な予感と直結し、今までの調査で得た様々な情報を材料にして、進一郎の中で恐るべき仮説を形成し始めたのだ。

「まさか……まさか、そんな馬鹿なことを……!」

 まるで進一郎の心情を汲み取るかのように、真理恵が左反に外食を断られたシーンを最後に、記録映像は遮断された。

「あれ、映像終わっちゃいましたね。デッキの故障かな?」
「テープの保管状況が悪かったのではないですかね」

 進一郎は無言で立ち上がると銃器類を隠した上着を羽織り、布留火たちに告げる。

「ラウムのところに向かうぞ」

 冷静な態度とは裏腹に、その瞳には激しい怒りの焔が灯っていた。

                 ※

「あら進一郎、私にまだ何か用事でも?」
「よくもまあぬけぬけと……貴様『箱』のことを俺に隠していたな」

 牢獄につながれたままのラウムに進一郎は吐き捨てるように言う。怒りのあまり体面を取り繕うことすら忘れていた。
 そんな進一郎を見て溜飲を下げたのか、ラウムは薄笑みを浮かべた。

「隠していたとは心外ね。訊かれなかったから答えなかっただけよ」
「ならば今すぐ答えてもらおうか。左反さんに渡したあの箱なんだ!?」

 進一郎の怒りをはぐらかすかのように、ラウムは首をすくめる素振りを見せるが、魔弾による束縛により顔の表情をわずかに変えるのみに留まった。

「箱の中身は知らされていないし、開けてみることも禁じられていたわ。私はただミュセル坊やから箱を受け取り、左反さまの命でそれを渡しに行っただけ」
「数多の盗みの魔術を操る貴様のことだ、箱を開けずとも中身ぐらいはわかるだろう」
「わからないわよ。だってあの箱は特定の魔力以外をすべて遮断する特別製だもの。あれを開けられるのはきっと左反さまだけね」
「……」
「箱の中身はわからない。でも推測ぐらいはできる。確証の一切ない仮説だけど、それで良ければ教えるわ」

 進一郎がうなずくと、ラウムは一転して真剣な面もちで、聞き慣れない単語をつぶやいた。

「『あれ』の中身は <天使エンゼルコア> よ」

 進一郎の背筋に冷たいものが走る。
 まるで聞き覚えのない単語だったが、それがとてつもない危険を孕むものであるということは直感で理解できた。

「地獄で秘密裏に開発された対天使用の兵器よ。人間が開発した核兵器を参考にして、その元となった <悪魔デビルズコア> に倣って命名されたわ」
「余計な蘊蓄うんちくはいい。それがどのような性能なのか簡潔に教えろ」
「そうね……あなた中性子爆弾ってご存じかしら?  <天使の核> はそれに近い性質を持った爆弾よ」

 進一郎は拳銃以外の近代兵器について決して明るくはないが、中性子爆弾が核爆弾の一種で、大量の中性子を放出することによって人体だけを破壊する兵器だということは知っていた。
 それが地獄で作られた兵器とどのような関係があるというのだろうか。

「進一郎も知ってのとおり天使の身体はアストラル体――要するに大量の霊子によって形作られているわ。この爆弾は天使が持つ霊子と同じ性質を持った特殊な粒子を魔力によって大量に発射するの」
「よくわからんな。その程度のことが天使にとって有効打になりうるのか?」
「有効打どころか致命打よ。規則正しく並んだ霊子の配列に強制的にそれが割り込んで来るのよ? 霊子を持たない悪魔にとってはなんでもないことだけど、被爆した天使は身体構造を無茶苦茶に乱されて生命活動を維持できなくなるわ。天使の本体を直接攻撃するから <天使の核> 。わかりやすいでしょう?」

 恐るべき悪魔の兵器をラウムは涼しげな顔で語る。
 今のラウムの話で進一郎が理解したことが二つある。
 このような戦略兵器を秘密裏に製造していたということは、左反は天界への侵略を諦めてはいなかったということ。もう一つは、地獄の最重要機密であろうこの戦略兵器の概要を知るラウムが、本当に左反の側近であったという事実だ。

「簡単に言えば天使だけを殺せる爆弾ってことか。しかし、なんでそんな物騒なものを団内に持ち込む必要がある? そのような突拍子もない仮説に至った根拠が知りたい」
「根拠は二つあるわ。一つは『箱』があまりに厳重に封印されすぎていること。二つめは左反さまのご遺体よ」

 ――遺体? 進一郎は聞き返す。

「悪魔と同様、たとえ受肉したとしても天使の身体は人間と同じにはならない。その身体にはかならず大量の霊子が含まれることになる。 <天使の核> によって身体構造を狂わされて死んだ天使がその後どうなると思う?」

 そこでいったん言葉を区切ると、ラウムは強い悲しみの籠もった声で、その痛ましい事実を進一郎に宣告した。

「生まれる以前の姿に――つまり、ただの灰へと還るのよ」

 受肉した部位は、おそらく対天使粒子がアストラル体に衝突した際の摩擦熱で跡形もなく焼き尽くされたのだろうとラウムは苦々しげに語る。その様子からは、彼女の左反に対する特別な想いが、まざまざと伝わってきた。

「まるで左反さんが爆弾で死んだかのような口振りだが、そんな強力な爆弾が爆発したら耐震耐核構築の部屋自体はともかく家具類が無事では済まないぞ」
「さっき自分で言ったじゃない。 <天使の核> は天使だけを殺す爆弾だって。あれは爆発しても悪魔に限らず他の物質には一切影響を及ぼさないわよ。もちろん爆弾だから爆風等で生まれる二次被害がないわけではないけれど、そこは繊細な左反さまのことだから事前に部屋全体に結界を張り巡らせるぐらいのことはすると思うわ」

 進一郎はぎりりと奥歯を強く食いしばった。真理恵が冗談混じりに言っていた結界の話は、当たらずしも遠からずだったのかもしれない。

「あの爆弾、ちょっとした魔力でもすぐに探知して爆発してしまうから、強力な魔力遮断封印を施さないと持ち運ぶことさえできない。だからミュセルがあの『箱』を持って地上に現れた時すぐにピンときたわ」

 それは映像を観ただけの進一郎でもすぐに直感したことだ。直接触れて感じて、試しに魔力も通してみたであろうラウムなら気付かないはずがない。
 しかしここまで話を聞いていて、どうしても腑に落ちないことが一つだけある。

「……その爆弾、どうやって使うんだ? ちょっとした魔力でも暴発しちまうんじゃ遠隔操作というのも難しいだろうに」

 あるいはそれは決して触れてはならぬ竜の逆鱗だったのかもしれない。
 しかし真実を求める進一郎は、それでも訊かざるをえなかった。

「地獄の幕僚が考案した使用方法は二つ。一つは爆弾の影響を受けない悪魔に直接持たせて使う方法。人間爆弾ならぬ悪魔爆弾ね。もう一つは罠として天使の陣営に送り込む方法。後者は不安定かつ不確定だから、前者が採用される見込みなのだけれど……」
「おい、左反さんは元天使だぞ! そんなものを渡されたところで使いようがない!」

 進一郎は声を荒げるがラウムはすぐには答えなかった。
 しかし、その悲しげな瞳は、進一郎に伝えたい事実をつぶさに訴えかけていた。

「き……貴様はっ、左反さんが自殺したとでも言いたいのかッ!」

 進一郎は叫んだ。
 それはビデオの映像を観て、真理恵の話を聞いたときから抱いていた、ただの憶測のはずだった。決してあってはならぬ真相だった。

「もしくは、何者かと相討とうとしての特攻だったのかもしれない」
「相討ち……だと? いったい誰と!」
「それはこの事件を追い続けてきたあなたが一番よく知っていると思うわ。だからこそあなたは『箱』の存在を知った途端、血相を変えて私に詰め寄ってきた」

 ――神!
 進一郎の脳裏にその名を持つ者から託された左反の遺言が甦る。

『わしが地上に出て一番嬉しかったこと。それは君という人間に出会えたことだ』

 その言葉を聞いたとき、進一郎は真っ先に考えた。
 左反にとって神との出会いは喜びではなかったのか――と。魔王より遺言を遺されたことを光栄に思うより、正体不明の不安が先立ったのだ。
 喜びではないとしたら、いったいどんな感情だったのか。神の前でこぼした涙はいったいなんだったというのか。左反が神を殺すために地獄から爆弾を調達してきたと考えれば、すべての謎が解けるような気がした。

 ――あの涙は、安堵の涙だったとでもいうのか?

 長年見失っていた標的をようやく見つけ、決着をつけることができることに安堵し涙腺が緩んだとでもいうのか。
 もしもそうだとしたら、あの日流した涙は喜びの涙であると同時に怒りと憎しみの血涙でもある。

「左反さんは神を愛していた」
「同時に憎んでもいたわ。これは古株の悪魔なら誰でも知っていること」
「左反さんは神の気持ちが理解できると仰っていた」
「理解はできても納得できないこともあるわ」
「左反さんが神を殺そうとするなどありえない!」
「かもしれない。だけどあの御方は終わりたがっていた」

 左反の生涯は神に捧げたものといっても過言ではなかった。
 神を愛し、神を諭し、神を捜し、神に願い、神を憎み、神と戦った。
 気が遠くなるほどの時間を神に費やした。
 その心境がいかほどのものか、進一郎には想像すらできない。

 だが、しかし、それはきっと――まさに地獄のような苦しみだったであろう。

 左反はずっと味わい続けていたのだ。地獄の底で本当の地獄の苦しみを。孤独に、誰にすがることもできずに。

「その爆弾……神にも通用するのか?」
「天使は神の分身よ。常識的に考えれば効くわね。だけど遺灰の量は一人分しかなかった」

 悠久の刻を変わらぬ姿で過ごし、津波を起こし人の言語を乱し悪魔の大軍をたった独りで退ける。そんな超越的な存在に常識など通用するはずがない。

 ――無念。
 進一郎は静かに目を閉じる。

 ラウムは言外にこう言っているのだ。
 その殺人は神か人か――その答えは後者、つまり左反の自爆による自殺であると。そしてその自爆は無駄に終わったのだと。

「あの日、左反さまは『箱』を持ってきた私にねぎらいの言葉をかけ、お茶を勧めてくれたわ。箱の中身が予想できていた私には、それがまるで最後の晩餐であるかのように思えた」
「……」
「私と飲んでいた時のカップがそのままになっていたということは、その後すぐに惨劇は起きたのでしょう。的中するのは悪い予感ばかりね」
「……」
「現場の保存ということでそのままにしてある左反さまの部屋だけど、一度隅々まで捜索したほうがいいと思うわ。もしかしたら何か出てくるかもしれない」
「……もういい。訊きたいことはすべて聞き終えた」

 ぼそりとつぶやくと、進一郎は懐から拳銃を取り出して、ラウムの眉間に突きつけた。

「貴様はもう用済みだ」

 ゆっくりとハンマーを引き起こしトリガーに指をかけた。進一郎の身の内に潜む魔物が歓喜の雄叫びをあげる。
 てっきり取り乱すものかと思われたラウムだが、主君の後を追うことを受け入れたかのように、その表情はどこか穏やかだった。

 ――バン!

 シリンダーが廻り、耳をつんざく発砲音と共に鮮血が宙を舞った。

 リボルバーから放たれた大口径のマグナム弾は、ラウムの眉間を貫き瞬く間に脳へと到達した。
 本来なら魔人といえども即死は免れないであろう一発。しかしラウムの意識は失われることはなかった。

「罰する気も失せた。どことなり消え失せるがいい」

 進一郎がブラックシネマから預かった『赦し』の弾丸は、すでにラウムの四肢に自由を返していたのだ。

「こんなところで拘束を解いてしまってもいいのかしら。もしかしたら、今すぐあなたに復讐するかもしれないわよ」
「好きにしろ。ちょうどひと暴れしたい気分だ」

 まるで暴れる気を感じさせない、弱々しい声だった。
 進一郎は、牢の錠を開けっ放しにしたままラウムにその小さな背を向ける。

 ラウムは、進一郎に襲いかからなかった。
 代わりに、その後ろ姿を優しい眼差しで見送りながら、あえて進一郎に聞こえるようにつぶやいた。

「一時は血も涙もない恐ろしい魔人かとも思ったけれど……頭領の仰るとおりの優しい人。あなたはきっと悪の組織には向いていない」

 普段の進一郎ならばその言葉に怒り狂ったことだろう。しかし彼はラウムの声に応えず、無言でその場を後にした。

                 ※

 後日、進一郎の命により真理恵たち警備班が左反の部屋を徹底的に捜索した結果、書斎の机の奥から魔術により厳重に保管された左反の遺書が発見された。
 解術して検めたその内容は、神を恨みながら生きることに疲れたため自らの生命を絶つという、ラウムの推測を裏付けるようなものだった。
 これを受けて団内で行われた幹部会では、魔王殺害事件は左反の自殺ということで処理する方針に決定した。

「これで良かったんだ」

 ――事件性がないことは喜ばしいことだ。
 幹部会の最後にそう語った進一郎の顔は、言葉とは裏腹にどこか悲しげだった。
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