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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

解明編

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14/21

悦ばしき知恵

 長らく昏睡状態だったラウムが、ようやく意識を取り戻した場所は薄暗い牢の中だった。
 劇場で進一郎に撃たれて意識を失ってからここに運ばれたのか。未だおぼろげな意識の中、必死に思考を巡らせる。

 団内に牢獄がある場所は一つしかない。ブラックシネマパーク下層45階。団の秩序を司る魔人、安藤真理恵の支配層。そこは罪人を閉じ込める刑務所だった。
 その事実に気付いたラウムは、すぐに脱獄しようと身体に力を入れる。
 しかし、どれだけ力を入れようともラウムの身体はぴくりとも動かない。拘束の類は一切されていないが、まるで見えないコンクリートで全身を塗り固められたかのようだった。

「ようやくお目覚めですか」

 かつん。かつん。無機質な監獄に足音が響く。
 悠然とした態度でラウムの前に現れたのは二神進一郎。彼女を投獄した張本人だった。

「身体がまるで動かない。あなた、私の身体を弄んだわね?」
「私は何もしていませんよ。今、貴女の全身を支配しているのは頭領の『怒り』です」

 進一郎は鍵を使って牢の中に入るとラウムの眼前にまでやってきて、抑揚のない声でその身に起きた異常について淡々と説明し始めた。

「貴女は頭領がなぜ『不可視の魔人』と呼ばれ、恐れられているかご存じですか?」

 ラウムとブラックシネマは共に神の神殿を建てる手伝いをして以来の長い付き合いだが、彼の操る魔術のことについて詳しくは知らなかった。
 戦闘の際にはまるで煙のように眼前から消えるという噂は聞いているが、魔王クラスの大悪魔の操る魔術について詮索するような真似など、おこがましくてラウムにはとてもできない。

「不可視と言っても透明になっているわけでも、貴女の変身能力のように人に視認されにくい姿に化けているというわけでもありません。前者は不合理、後者はただの小細工です」
「御託はいいから早く話しなさい!」

 自身の魔術を貶されて憤るラウムに、しかし進一郎は態度を改めない。
 敬語こそ使ってはいるが、まるで能面のような無表情で、その瞳の奥底には裏切り者に対する侮蔑の色があった。

「人が透明人間になれるもっとも簡単かつ合理的な方法――それは視認対象の意識を支配することです」

 進一郎は拳銃を取り出すとシリンダーから弾丸を一発だけ抜き出しラウムに見せる。

「この魔弾は着弾対象の意識を奪い、そして支配する。その後の効果は頭領の意志によって様々に変化します。ブエルに撃ち込んだ弾丸は頭領の『慈悲』。弾丸は彼の意識だけを粉々に打ち砕き、痛みひとつ感じさせずに安らかに昇天させました」

 どこが慈悲だとラウムは内心毒づく。
 ブエルが進一郎に始末されたと聞いたとき、ラウムの心中は決して穏やかではなかった。
 偉大なるソロモンの悪魔を人間ごときが粛正するなど悪魔全体に対する侮辱行為。劇場での襲撃はそんな不敬な輩に対する制裁が主な目的だったのだが、左反殺害の容疑をかけられたおかげで幹部二人をも敵に回してしまったのは完全に誤算だった。

「そして貴女に撃ち込んだこの弾丸は頭領の『怒り』。弾丸は貴女の意識と四肢の連動を完全に遮断しました。身体は眠っているが頭だけは起きている、言わば金縛りに近い状態と思っていただければわかりやすいかと思われます」
「あら、相手を殺さないなんてずいぶんとお優しい弾丸なのね。こちらのほうが慈悲と呼ぶに相応しいんじゃない?」

 ラウムは嘲笑わらった。
 身動きが取れない以上、進一郎に生殺与奪の権利を握られているも当然であると理解はしていたが、ラウムはソロモンの悪魔の威厳を見せるべく、あえて余裕のある態度をとってみせた。

「この弾丸が慈悲深い? ははっ、ご冗談を」

 そんなラウムの強がりを看破したかのように進一郎は乾いた笑みを浮かべると、摘んでいた弾丸を軽く親指で弾く。
 円を描きながら重力に従い落下する弾丸は、壁にもたれかかってうずくまっていたラウムの足の甲に当たって小さく跳ねた。

「――――――――ッ!」

 次の瞬間、強烈な痛みの信号がまるで稲妻のように足下から頭へと駆け上がり、ラウムはたまらず悲鳴をあげた。
 苦痛から逃れるべくのたうち回りたくとも、やはり身体はびくとも動かない。今のラウムには、ただ時が経ち痛みが引くことを祈ることしかできなかった。

「代わりに痛覚に意識を集中させていますので。平時より何十倍も痛みに敏感になっているものと存じます。決して楽には殺さない。これこそが頭領の『怒り』です」

 ――おわかりいただけたでしょうか。
 進一郎は深々と頭を下げるがもうしわけないとは微塵も思っていない。現にその口元からは軽薄な笑みが消えていなかった。

「あなた……とんでもないことをしてくれたわね。ソロモンの悪魔であるこの私に対して!」
「もう一度言いますが、私はまだ何もしていません。ただ頭領の右腕としてあの御方の意志を貴女に届けただけ」

 進一郎はラウムに顔を近づけると、口の両端を大きく釣り上げて嘲笑い返す。

「私がとんでもないことをするのは、これからですよ」

 ラウムは戦慄した。進一郎の瞳の奥に潜みし漆黒の狂気に。そして痛感した。自らが敵対した人間がすでに人で在らざる者であるという事実に。
 あのブラックシネマが見出したという時点で気付くべきだったのだ。
 悪魔と怪人だらけの組織内で、何食わぬ顔で幹部を続けている時点で理解するべきだったのだ。
 目の前で嘲笑うこの男こそが、真の『魔人』なのだと。

「これからする質問に嘘偽りなくお答えください。もしも貴女が嘘をついたと私が判断した場合、その御身体に対する保障は一切いたしません」

 この魔人には逆らってはならない。
 本能がそう警告していた。
 ここに来てラウムは、ようやく観念せざるをえなくなっていた。

「先に言っておくけれど、私は左反殺しの下手人ではないわよ。これは嘘偽りのない真実であると天地神明に誓うわ」
「それはもう聞きましたし、まあ信じてもいいでしょう。しかし直接的に関わっていないだけで、何かしらのサポートをした可能性はあると踏んでいます」

 その一言でラウムの顔色がわずかに変わったことを進一郎の眼は見逃さない。

「貴女にはスパイ容疑がかかっています」

 その一言はラウムの顔を一瞬ひきつらせたが、すぐに平静を取り戻して自らを弁護する。

「スパイの件は國生博士がうっかり漏らしてしまったということで落着したじゃない。頭領も仕方のないことだとお許しになられたとお聞きしているわ」
「それはブエルの一件だけの話です。そもそもスパイの存在は私が幹部に就任して以来ずっと感じていたことです。確証がなくて今まで黙っていましたが、何者かの手によりどこかに情報が漏れている気がしてならなかった。いい機会ですのでこの際、ハッキリさせておきたいのです」

 落とした弾丸を拾い上げて進一郎は言う。

「イエスかノーでお答えください。貴女はスパイですか?」

 獲物を狙う狩人のような鋭い視線が、ラウムの心を恐怖で震わせた。
 虚偽は得策ではない。おそらくはある程度の確信があっての発言だ。事の終わりを悟ったラウムはしばしの沈黙の後、破滅の引き金となるかもしれないその質問に神妙に答えた。

「ええ、あなたの言うとおり。私はスパイとしてこの団に送り込まれたのよ」
「やはりそうでしたか。では教えてください、貴女の真の頭領はいったい誰ですか?」

 弾倉に拾い上げた弾丸を再装填しながら、進一郎は核心に迫る質問の回答を求める。
 そしてラウムは口にした。鋼の精神を持つ進一郎をも一瞬、動揺させたその黒幕の名を。

「魔王ルシフェル――私は左反さま直属の部下よ」

                 ※

 本日の取り調べをつつがなく終えた進一郎は、広い牢獄を出て幹部二人の待つ待合室へと戻った。

「お疲れさまです。何か収穫はございましたか?」

 最初に笑顔で出迎えたのは布留火だった。
 最悪拷問も辞さない取り調べに二人を同行させるのは忍びないと思い、待機命令を出しておいたのだが、健気にも進一郎の帰りを立ったまま待っていたようだ。

「やはりラウムはスパイだった。頭領には残念な報告をせねばならんな」
「そうですか……誠に遺憾です」

 布留火は仲間の裏切りに顔を曇らせる。
 進一郎よりもずっと長い間、共に働いていた仲間なのだから無理もない。

「進一郎さまは、あの御方を始末なされるおつもりですか?」
「それは頭領の決めることさ。個人的には不要だと思うがね」

 ラウムが左反のスパイだと判明した後もいくつか質問をしたが、彼女は古い悪魔の観念に囚われているだけの、小心者の悪魔にすぎないというのが進一郎の判断だった。
 さんざん脅してやったので生かしておいても今後、自分に復讐しに来るということはまずないだろう。

「それで、ラウムさまを操っていた黒幕は判明したのでしょうか」
「にわかには信じられん話かもしれんが、どうやらラウムの背後には左反さんがいたようだ」

 二人は絶句した。新参者で地獄の情勢に詳しくない進一郎でさえ、最初は動揺したのだから無理もない。

「左反さんは地上に出た悪魔の動向を監視するために大きな組織には必ず子飼いの悪魔を送り込むらしい。ああ見えてただの孝行爺ではなかったということか」
「そんな馬鹿なこと……頭領と左反さまは盟友ですよ。スパイを送り込むだなんて、にわかには信じられません」
「俺もだよ。だから君に裏付け調査を頼みたい」

 地獄の機密を探れというとんでもない要求に最初は戸惑いを見せる布留火だったが、すぐに気を取り直し「かしこまりました」と一礼をもって応じた。
 相変わらず頼れる女性だと進一郎は心中で深く感謝する。

 ――問題は、こちらの微妙に頼りない女のほうだが……。
 備え付けの長椅子に少しうつむき気味に座って聞き耳を立てている真理恵に、進一郎はできるかぎり優しく声をかけた。

「部下を呼んでラウムの支配層を捜索してくれないか。彼女の証言によると監視室から盗んだ事件当日のテープがまだ残っているそうだ」

 進一郎の言葉に真理恵は、自分の仕事を思い出したかのように重い腰をあげる。

「うん、わかった」

 言ってうなずくが、その声には力がなかった。

「ひとつだけ聞かせて。さっきから何度か悲鳴や銃声のようなものが聞こえてきたような気がしたけど、ラウムさまに酷いことはしてないよね?」
「もちろんだとも。彼女の美しい肌には傷一つつけていないよ」

 嘘ではない。忠誠心こそあるのだろうが、精神的には薄弱なラウム相手にそこまでする必要は元よりない。
 ――ただ、手が滑って何度か拳銃を落としたり誤射しただけさ。
 しかし進一郎の言葉などまるで信用していない真理恵は大きくため息をつくと、頭を抱えて悩み出した。

「どうしよう、ブエルさまに続いてラウムさまにまで手をあげてしまった。永らく地獄の権威であった七十二柱を、私の手で傷をつけてしまうだなんて……」

 おそらく待っている間、そのことでずっと苦悩していたのだろう。進一郎は真理恵の様子を見て顔をしかめる。
 アンドロマリウスの一族は代々規律と規範を重んじる厳格な悪魔であり、真理恵もまたその例に漏れない。
 神殿造りという雑務とはいえ、神に選ばれたという誉れを持つソロモン七十二柱の悪魔は、真理恵にとっては尊敬を越えた一種の崇拝に近い対象である。同じ七十二柱である彼女の祖父もさぞ誇らしく孫娘に語っていたことであろう。
 しかし真理恵も決して分別のつかない女性ではない。組織の裏切り者は誰であろうと処罰されるべきであると頭ではわかってはいる。
 ただ、感情が理性に追いつかないだけなのだ。
 そんな真理恵を軟弱であると切って捨てるのは簡単だ。しかし進一郎はそれをしない。いやできない。

「すべては俺が勝手にやったことだ。おまえは何の関係もない。憎むなら自分ではなく俺にしろ。昔のように、いつでも相手をしてやるからな」

 ――もちろん、ただでやられはせんがな。
 自信ありげにそう言って笑ってみせると、真理恵は頭を上げて「本気で喧嘩したら進ちゃんズタボロになっちゃうよ」と、ようやく少しだけ元気を取り戻した。

「進ちゃんは強いね。私にはとても真似できないよ」
「……いいや、俺もおまえと一緒さ」

 それは嘘偽りない本心からの言葉だった。
 進一郎も真理恵と同じく、尊敬し崇拝する者のために動いているにすぎないことを理解していたからだ。
 一時はそれでいいと考えた事もあった。
 自分はブラックシネマの右腕であり、腕は頭のためだけに動くものだと。
 しかし、進一郎はすでに考えを改めている。
 隷属の感情はただの依存にすぎず、無限の可能性を秘めた強き人間の意志を求める主の望みとは相反するものなのだ。

                 ※

「まだまだ未熟者だ」

 真理恵たちと別れ、自らの支配層に戻ると進一郎は独りごちる。
 頭では理解している。
 しかし今の進一郎はブラックシネマのためでなければ働けない。強く在れない。それは自らの恥ずべき欠点だった。

 ――成長しなければならない。
 頭領のために。そして俺自身のためにも。

 決意も新たに進一郎はラウムから得た情報を整理するべく執務室へと向かう。
 休日ではあるが休んでなどいられない。今回の事件は進一郎に成長せよと神が自らに与えた試練だと受け取っていた。
解明編序章です
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