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魔王密室殺人事件 ― Satan Cross ― 作者:飼育係

捜査編

12/21

ソロモンの悪魔

「……真理恵はまだか」

 ブラックシネマパークの最上層にあたる映画館のロビーで、ちらちらと腕時計を確認しながら、進一郎はいらだち紛れに布留火にぼやく。
 週に一度の休日を利用して幹部三人でラウムの部屋を訪れる予定をしていたのだが、約束の時間はとうに過ぎていた。

「すでに三十分オーバーだ。いくらなんでも遅過ぎる!」

 自身の日頃は時間にルーズだが、一度交わした約束を守らないのは我慢がならない性質だ。
 進一郎は八つ当たりだと言わんばかりに何度も壁を拳で叩く。

「落ち着いてください進一郎さま。女の子の身支度は時間がかかるものなんですよ」

 布留火が可愛くウインクして優しくたしなめると、進一郎はバツが悪そうに腕を降ろした。

 ――どいつもこいつも、まったくもって不愉快だ。
 布留火も真理恵も頭領も、みんな自分が女心のまるでわからない朴念仁だと思っているようなのだ。進一郎からすれば甚だ不本意で実に嘆かわしい話である。

「待たせちゃってごめんなさい!」

 真理恵が息を切らせてやってきたのは、それから更に五分後のことだった。

 平時と変わらぬいでたちの進一郎たちとは違い真理恵は私服だった。
 普段の色気のなさとはうって変わって露出度の高い服装で、モデル顔負けの抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している。顔には薄く化粧まで施してある。護身用に常に身体に巻き付けている魔蛇も今日は消しているようだ。

「どの服を着ていこうか迷ってたら時間がかかっちゃった。あとお化粧も久しぶりだったから手間取っちゃって……あの、もしかして怒ってる?」
「……いや、別に」

 事情が事情なだけに面と向かって怒るわけにもいかず、進一郎は口ごもる。
 今回の訪問はラウムへの尋問が一番の目的なのだが、実は真理恵にはそのことを報せていなかった。
 教えれば反対するに決まっているのであえて伏せておいたのだが、あまりにも無邪気で無防備な真理恵の姿を見ていると、もしかしたら失策だったかもしれないと少しだけ後悔した。

「それにしても二人とも、せっかくの休日なのにどうして仕事着なの?」
「俺も布留火も団内ではこれが普段着だ」

 嘘ではない。むしろ外出もしないのに気合いを入れた準備をしている真理恵のほうが珍しい。

「それにラウムさんの部屋に遊びにいくんだ。あまりちゃらついた格好をしていくわけにはいかないだろう」

 進一郎の指摘に真理恵は自分の服装を改めて確認し、自らの不徳に気付き恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
 どうやら服装を選ぶのに夢中でその辺りの気配りができていなかったようだ。

「ラウムさまも派手好きな御方ですし、むしろ喜ばれると思いますよ。さあ時間も押してますしそろそろ参りましょうか」

 慌てて着替えに戻ろうとする真理恵を布留火がやんわりと言葉で引き留める。
 格好は少々不適切かもしれないが、これ以上時間を食うとラウムとの約束の時間に間に合わなくなるので仕方がない。
 布留火の判断を支持した進一郎は懐に隠した拳銃を確認し、真理恵のせいで緩みかけた気持ちを引き締めた。

「ねえ進ちゃん。この格好、似合ってるかな?」

 真理恵から上目遣いでそのようなことを言われたのは、進一郎が決戦の覚悟でラウムと想定されうる会話の対応を考えていた時だった。
 今頃になって露出度の高さが恥ずかしくなったのか、頬をほんのり赤く染めて身体をじもじさせている。
 進一郎はそんな真理恵の全身をじっくりと値踏みするように観察すると、

「戦闘には不向きだな。特にそのヒールの高いサンダルが」

 それとなく真理恵の気持ちを引き締める妙手だと思ったが、後ほど無言の怒りを見せる布留火に耳を引っ張られた。

 ――……何故だ?

                 ※

 ブラックシネマパークの地下には各所にエレベーターや非常用階段が点在するが、幹部の住居区域である下層に降りるには中央の大型エレベーターを利用するしかない。
 幹部専用のIDカードをリーダーに読み込ませると、タッチ式のパネルに下層が表示されるという仕組みだ。一般構成員も利用可能ではあるが幹部が最優先されるため資材運搬目的以外では非推奨とされている。

 進一郎は映画を視聴しにやってきた一般客に気を配りながら、自分のカードを利用して中央エレベーターからラウムの待つ下層47階へと降りていく。
 下層は全5層。最下層に位置するブラックシネマの支配層から数えて、ラウム、進一郎、真理恵、布留火の順にあてがわれている。それはすなわち、ブラックシネマ不在時には組織の全権を委譲される進一郎よりも、形式的な立場ではラウムのほうが上ということだ。
 世間で大悪魔などと呼ばれる悪魔の中では決して大物とは言えないラウムだが、進一郎たちから見れば雲上とまでは行かぬものの高嶺の存在であることは揺るぎない事実だった。

 つまり今回の件は進一郎たちからすれば、決して失敗の許されぬ大捕り物ということだ。
 エレベーターから降りてラウムの支配層にたどり着けば、いやがうえにも緊張するし足取りも重くなる。

「早く行きましょうよ。私の無意味でくだらない愚かな支度のせいでラウムさまを待たせてしまったかもしれませんし……」

 そのような中、まるで事情を知らぬ真理恵の存在はとてもありがたい。
 見ていると緊張がほぐれるということもあるが、よくよく考えてみれば遊びに来た者が全員仕事着で張りつめた顔をしていてはラウムにいらぬ警戒をされかねない。
 特に真理恵は嘘がつけない性質だからなお更だ。先ほどから何故か意気消沈しているが、それもいいカモフラージュになるかもしれない。

 ――なかなかいい格好だぞ、真理恵。
 進一郎は心の中で真理恵を褒めたが、当然ながらそれで彼女の機嫌は直らなかった。

                 ※


 地下とは思えぬ広大な敷地を音を立てぬよう静かに歩く。その間、進一郎はラウムの支配層を注意深く観察していた。

 来訪者の姿が映り込むほどに磨き抜かれた床。高い天井に釣り下げられた極上のシャンデリア。随所に置かれた彫像。敷き詰められた大理石のモザイク。室内用の噴水。おそらくは本物であろう世界的に有名な作家の描いた絵画――一言で言えば豪邸であり、進一郎から言わせれば無駄の極みだった。
 トレーニング設備や銃火器にしか金をかけない進一郎にとっては、無意味な浪費以外の何者でもない。おそらくは住み心地も良くはないだろう。このような無駄を嗜むことを古来より贅沢と呼び、主に金持ちや権力者から愛されているそうだが実に不可解な趣味としか言いようがない。仮にブラックシネマ団が世界征服を成し遂げたとしても、こんな悪趣味を楽しむ気には到底なれなかった。

 そしてもう一つ、進一郎にとって不可解なことがある。
 それは真理恵の様子だ。
 早く行こうと率先して前を歩いていたはずなのに、今では進一郎たちの後ろにいるのだ。何故か内股で短いスカートを必死に手で抑えながら歩いているので、少し心配になってきて声をかける。

「あの……床があまりに綺麗に磨かれているから、鏡みたいにその、パンツが映っちゃって……ううん、なんでもない」

 体調不良でなければ問題ない。進一郎はすぐに視線を戻すと、テーブルに置かれたベルを鳴らしてラウムに来客の到来を告げた。

「いらっしゃい進一郎。こうして私の部屋に皆で集まるのはいつ頃だったかしら」

 従者である鴉たちを従えてラウムはすぐに姿を現した。
 黒いドレスときらびやかな宝石類に身を包み、二階から悠々と三人を見下ろすその姿は、まるで一国の女王のようだと進一郎は思う。事実、地獄では多くの盗賊団を率いる盗みの女王なのだろうが、いつまでその表情を保ったままでいられるか今から少し楽しみだ。

「私の幹部就任以来です。あの時は快く歓迎していただきありがとうございます」

 内心に抱える暗い感情を隠しながら進一郎は恭しく一礼した。
 プライベートでは団内の地位の上下に関係なく、年長者のラウムを敬うのが順当だろう。

「あら、歓迎なんてしていないわよ。当時は私、あなたの就任に反対してたもの」
「初耳です。私に何か至らぬ点でもあったのでしょうか」
「人間の幹部なんて前代未聞だったからよ。それもどこにでもいるひねくれ者の不良少年。いくら才ある <変換器> とはいえ反対しないほうがどうかしてるわ」

 ――ごもっとも。
 この点については進一郎も同意せざるをえない。

「私から言わせれば <変換器> なんてその名の通りただの道具よ。小銭でも握らせて魔力を提供してくれればそれでおしまい。渋るようならちょっと暴力をちらつかせてやれば一発よ。規律の緩かった昔はもっと酷くて拉致監禁して、まるで家畜のように飼っていた組織も数多くあったそうよ」

 そう、だからこそブラックシネマは <変換器> としての進一郎を、さしたる価値なしと断じたのだ。
 代わりに人間としての進一郎を高く評価してくれたのだ。
 ブラックシネマは、入団後の進一郎のことを <変換器> などという無機質無感動な名称で呼んだことは一度たりともない。他人に進一郎を紹介するときは、彼は必ず誇らしげにこう言うのだ。

『二神進一郎は我が右腕である』と。

 ブラックシネマは、進一郎を人間として見てくれた唯一の大人だった。
 世界でただ一人、ブラックシネマだけが器としてではなく、その中に宿る魂に価値を見出してくれたのだ。

 ――それが俺にとってどれほどの救いだったか、貴様ごときには生涯わかるまい。

「あなたのご両親もそうでしょう。修道院からあなたを買って、組織のために今まで飼っていた」
「事の始まりはそうかもしれませんが、現在は純粋に息子として愛してもらっています。あまり人聞きの悪いことは仰らないようお願いします」

 二神進一郎はブラックシネマと出会って救われた。
 進一郎にとっての神は世具ではなく彼だった。
 自由気ままで奔放で少しだけひねくれ者で、しかし人の持つ可能性を誰よりも強く信じる、心から敬愛すべき魔神だった。
 その覇道を邪魔する者は何人たりとも許さない。
 この身に宿るすべての力を以てして、あらゆる敵を掃討することだろう。

「それでは、今でも私のことは認めていらっしゃらないのでしょうか」
「まさか。だったらこんな話はしていないわよ」

 ラウムはくすくすと笑うと階下へと降りてきて進一郎の真正面に立つ。

「頭領の眼は正しかった。今は幹部としてだけじゃない、この私と対等の存在であると認め一目置いているわ。もしも私が組織を立ち上げる日が来たらいつでも訪ねてきなさい。最高のポストを用意して待っているわ」
「前向きに検討させていただきます」

 進一郎は爽やかな顔で心にもないことを言った。
 個人としては噴飯ものの話だったが、情報としては大きな収穫があり、進一郎は一連のやりとりに満足していた。

 ――ラウムは頭領の許を離れて独立した組織を作ろうとしている。

 安定した今の地位を捨ててまでの独立。
 ソロモン七十二柱の悪魔の肩書きがあるとはいえ、世界各地に悪の組織が溢れかえっている昨今、業界のシェアに食い込めるだけの何かアテでもあるのだろうか。果たしてそれは左反暗殺と何か関連があるのだろうか。とかく関心は尽きない。

 ようやく捜査が進展するかもしれないと思うと嬉しくて仕方がない。
 進一郎はラウムの前で笑い出してしまいそうになるのを懸命にこらえた。
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