5話:スプライシングは実行されて
部屋の中は大きく吹き飛び、それはあたしやアイリーンにとっても同じ事。
覆い被さられたことでアイツは大丈夫だったけど。
手榴弾より吹き出した鉄片が、あたしの身体にも至る所に突き刺さっているのが解った。
そしてソレは、爆発の中心にいたアイツの親父も同じ事で、いや、同じなどじゃぁない、ソレはとてもアイツに直視できるようなモノではなかった。
『い』
叫び声は喉に詰まり、身体の外に出ることすらできないようで。
その代わりに、吹き上がる吐瀉物がその隙間を埋めてしまった。
アイツの親父を殺したヤツ。
ソイツは部屋には入ろうとせず。
無くなったドアの付近から、拳銃だけを室内にさし込みこちらへと打ち込んでくる。
何発かが身体にあたり、鈍い音を立てて、あたしの中にとどまった。
『アイリーン!おい、アイリーン!?』
眼には焦点が無く、身体には力が無く、肌には色がない。
親父さんが吹っ飛んで、一緒に正気も吹っ飛んでしまったようで、
いくらゆすろうとも奇妙な叫び声と、吐瀉物だけが帰ってくるだけだった。
『ったくそ、ふざけやがって……』
何発かの仕返しを打ち込んで、あたしはアイリーンを抱えてマドから飛び出した。
底の抜けたような奇声を上げるアイリーンを意識しつつも、ソレを気にしていることもできそうにはない。
兎に角今はこの場を離れないと、
こいつがこんな状態では、応戦することすらままならないわけで、あまりにもよい状況とは言えない。
『りざ……』
『おう、話せるか、ダイジョブか?』
『家の、裏に、キャンピングカーがあるから、お父さんの…』
『おう、わかった』
『ちゃんと、生きて帰らないと、お父さんと、話せないから…』
『ああ、そうだな……』
『お父さん、待っててくれるよね?』
『そう思うぜ』
『だよね』
なんて、誰にでもなく自分に言い聞かせているようで、
あたしまでなんだか妙に切なくなってきた。
キャンピングカーは言うとおりのそこにあった。
埃にまみれているモノの、モノ自体はとても綺麗なモンで、
あまり使われるコトがなかったんじゃないかと、
なんだか余計なことばっかり頭が働いてしまう。
あいつは、あの親父にコレでどっかへ連れてってもらえたのだろうか、
とか。
キーは無かったので壊させてもらった。
エンジンがスムーズに滑り出し、間髪開けずに本体も滑り出す。
コレなら何とかなると、あたしにも少しだが余裕が生まれていた。
だけどまぁ、世の中には随分と足の速いヤツがいるもので。
行く先には既にアイツが待っていた。
ホントにもう、タチが悪いとしか言いようがない。
一発目は、フロントガラスにめり込んだ。
二発目は、大きくマトをそらし。
三発目は、タイヤ付近のコンクリをえぐる。
四発目が、車体にめり込んだ所で、ヤツは目と鼻の先にいた。
『ひッッたりゃぁぁ!!』
がッ、とかではなくて、ズン、とかでもなくて、
ベコン、と言う感じに、あたしは天使様を轢き潰す。
羽根が舞ったりはしないモノの、車体が浮くほどの衝撃が突き抜け、
それは確かな手応であるべきだった。
まぁ、だが、実際は、ソレとは随分異なっていた。
『ど、どう、やっつけた…?』
『ん……やっつけてない』
『だって、轢いたんじゃ?』
『轢けてない』
『なんでよ』
『なんでもだよ……くそ、張り付かれたよ!』
大きくへしゃげた助手席には、まるでめり込むように天使様が乗り込んできた。
あまりにも荒っぽいヒッチハイクに、あたしも目を丸くするばかり。
ズボと車体にめり込んだ腕を引き抜き、
『逃がしませんよ』と粘着質な一声。
押しつけられた拳銃を弾き、代わりに数発撃ち込んだ。
『アイリーン、ハンドル頼む!』
『ぶ、ムリよ……!? 操縦何てしたこと無いから!』
『いいんだよ! 止まらなければ! 目的地は何処でも良いから!』
『わかった、やってみる、だけどっ』
『なに?』
『ミスってもお咎めはナシで』
『わあったって』
天使様は距離をとり、車体の屋根に陣取った。
バックには青い夜空が広がり、頭越しに月明かりが彼女の輪郭を縁取っている。
そして彼女はおもむろに、これからが本番だと、そう示すように、
ダボダボとした法服を脱ぎ去った。
中から出てきたのは真っ白なライダースーツのような、そんなモノ。
身体のラインを強調するようなエロティックな作りに、
魚のような細かな鱗片がちりばめられていた。
そのそれぞれが微細な光りを写し出し、反射し、身に纏う。
ソレはまるでからだ全体が青白く発光しているかのようなそんな光景、全身を輝く羽毛が包み込むようなそんな光景だった。
まぁ、もっとものコト、ダダ目立ちなのは当然なのだがね。
『いーじゃん、いーじゃん、やってやんよ』
スポロポレニン・スキン。
仕掛けはワリとは知れていた。
穴だらけになったコートを脱ぎ捨て、
アイツとは正反対な真っ赤なスーツに衣替えて、車体のリングへと上った。
あたしの腋には7丁のAMTハードボーラーが、まるで露店の景品のように吊されている、
なんで奇数なのかというと、その8丁目がアイツ手元にあるわけで、
先ほどもみ合った際に奪われたモノだった。
そして二人は、同じ拳銃を持って、車の上でにらみ合うのだった。
先に動いたのはあたしだ。
決して辛抱がないわけではないが、いろいろ好き勝手をされて待っているのも性に合わないモンだ。
相手との距離を一歩積め、至近距離から頭部を狙う。
狙いこそは正しかったモノの、銃身をハジかれた弾は耳をかすめて明後日へ飛ぶ。
力の抜けた腕から銃はかすめ取られ、これで6対2、
見た目重視の彼女は、すぐさま両手に構え、再びにらみ合うこととなった。
『いや、てか、とんなよ』
『良いじゃないですか、沢山持ってるんですし』
『そーゆー問題じゃねー』
『あなたの、お姉さんもそうでしたよね』
『なんだよ……』
『今回のクライアント、彼女なのでしょ? いつも懐に貯えたがる、彼女は何を考えてるんですか?』
『そんなこと知るかよ、今のあたしは…』
『ベクターですよね、それはそうですよね、部外者でいる方が気が楽でしょうし』
『んだと……』
『ホントは、知ってるんじゃないんですか? 彼女が何故世界中から自分の家族を集めているのかも、そして家族みんなで何をしようとしているのかも』
『……何にも知らないで、粛正気取るヤツには言いたかないね』
『じゃあ、私知ってますよ、アレックス=ホイットマンの本当の目的』
『……』
『知って、ますよ』
『ソレがどうしたよ』
『知りたがらないんですか……?』
『あいにくな』
『ですか』
『ああ、おしゃべりはお終いか?』
『ええ、今のところは、喋りたいことには興味を持ってもらえませんでしたしね』
次ぎに動いたのは向こうの方だった。
両手の銃が火を噴いて、幾筋かの閃光があたしを激しく突く、
躰に走る電撃のようなソレは、
もはやあたしには心地よいようなモノで、
それは、また、あたしの心を沸き立たせていった。
躰にめり込む弾も、めり込まない弾も、
それら全て、有る無しを関係ナシに。
あたしはそのまま相手の躰へとぶつかっていった。
肉を切らせて、ではないが、
必要なのは、相手をヤる一撃それだけで、
足場おぼつかぬ月下の決闘は、何てコトのない体当たりがその一撃となった。
天使様の躰は文字通り空を舞い、脚はリングから離れた。
車から落ちることコソ無かったモノの、この時点で勝負はついた。
車両の後部へしがみついたソイツの手をあたしは小気味よく踏み躙った。
『ざーんねんだったな』
『……ですね』
『あーこれ、なんだ、あれだ』
『なんです?』
『アイツの親父の、弔いだ』
キンッ、と、またピンの抜ける音。
あたしはソイツの手元にソレを置いて、押し潰れた助手席へと駆け込んだ。
『ぁ……リザ、無事?』
『ああ、無事も無事』
『アイツは……?』
『んー、それなら……』
と、そこで爆風が吹き上がり、車体前面がどうと浮き上がる。
少しの浮遊感の後に、運転席は再び地面へと戻ってきた。
我ながらのナイスタイミング、ナイス演出。
『と、こうだ』
『何も、車まで吹き飛ばさなくても良いのに』
『まぁ、色々あんだよ』
『……?』
『それよか、運転できてるじゃん?』
『んふ、まぁ、ゲーセンの賜ね』
『でっすか』
『じゃー、このまま運転頼むわ、とりあえず進路は南、海を目指していざススメ』
『いぇっさー』
『よーし』
『あー、あとさ』
『なに?』
『途中……服買って良い?』
『なんで?』
『あのさ』
『どのさ?』
『いや、今はいてないのよ』
『何を?』
『……』
『黙んな』
『下を……』
『あ、あー……………』
『脱いだときに襲われたから……』
『んー、まぁ、あれだ、気にすんなよ』
『随分な対応ね……』
『や、だって、まぁあたしもはいてないし』
『なに、そのタイツの下……?』
『おう』
『………まぁ、なにかしらね』
『うん、なに、ブロンド美女二人の南へ向かうノーパンの旅ってコトで』
『多いに容認しかねます』
街を抜け、荒れ地に残された廃ガソリンスタンドでその日は夜を明かした。
とは言っても、既に空は白みだしていたので結局二人して、
昼近くまでガッツリと寝ていたのだが。
あたしが横になって、静かになると、
アイリーンはゆっくりと立ち上がり、朝と夜とが入り混じった空を見て、
嗚咽を隠すことなく泣いていた。
泣きたければ、泣けばいいとは思うけど、
あいつは、誰に隠すでもなく、声に出すようなことはせずに、
ぐぇ、ぐぇ、と、
むせび泣くだけだった。
愛されないのは、あたしらのサガだし、
愛している者に、逃げられるのも、あたし達のサガだと思っている。
サガって、ある意味逃げだけど、
どんな状態でアレ、何かしらの形を付けないと人間というのは不安になるモノで、
私たちもこうやって、
愛してもらえない生き物として、
1つの纏まりを得て、何か一種の連帯を得て、
ソレでとりあえずの安心をしていた。
でもさ、だけどさ、やっぱり愛されないのは辛いと思う、
人間誰だって、そうなんだと思う。
それは、そう、人間を愛している者ほど、
その辛さは、耐え難いモノとなって押し寄せてくる。
我らは恋する、
ソレも片想い、
人間という生き物に、
片想いする生き物。
ソレはモハヤ生まれてきたときからの運命で、
あたしという存在がある以上、
どうしても否定できないことなんだと思う。
『泣いてるか?』
『………別に……起きてたの?』
『まぁ』
『そう』
『まぁ、あたしも泣いたよ』
『涙腺ついてるんだ』
『失礼な……』
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