4話:エクソンはそして決断した
次の瞬間、弾は私の耳元をすり抜け、
天井を穿って空に消えた。
私の頭に、ピタリとつけられていたはずの銃口は、
その切っ先を大きく逸らし、天井の穴を覗いていた。
『ば……っ』
天使様の銀の猟銃には、どこから飛んできた出もない鉛の弾が、数発食い込んでいる。
片手撃ちの格好いいアクションでは、その反動を押さえ込むことが出来ず、その先端は何てコトのない明後日の方向を貫いた。
『りざっ……!』
『だから』
『うん……』
『そう簡単には死なねェて』
天使様の表情には、少しばかりの曇りと、
チョットばかりのいらだちが見えたような気がした。
『馬鹿な……何て言うなよ、そんなのは、チャチ過ぎだぜ』
舞い散る煙の中から出てきたリザの身体には、
当然というかあちこちに銃弾が食い込んでいたのだけど、
ソレでも彼女は映画の中のターミネーターのように、
顔色1つ変えることなく、天使様と対峙するのだった。
『誰が……言いますか』
ジャコ、とポンプアクション。
そして再びソレを再び構えなおすガブリエル。
天井の穴から流れ込む月の光で、納屋の中はまた少し、明るくなった。
『アイリーン』
『は、はっい』
『今度こそ逃げろよ』
『う、うん……わかった』
『オーライだ』
そうして、リザは私の頬をすっと撫でて、そして銃を構えた。
そんでもって、私は逃げ出す。
今度こそ、振り返ることがないように。
少しばかりの情けなさが、ふわり尾を引いていた。
実はと言うと、耳元を銃弾が通り抜けたときに私は少しばかり失禁していて。
実はと言うと、私の下半身はぐっしょりと湿っていて、
何かこう、走るたびに気持ち悪くて仕方がなかった。
逃げるって、何処に逃げれば良いんだろうか、
待ち合わせの場所なんて、決めただろうか。
そもそも、再開するつもりはあるのだろうか。
夜風は、本格的にその鋭さを増し、
空腹に満たされた身体が、なんとなく私を寂しくさせた。
『ならなくていいって』
仕方がないから、腹の音とのおしゃべり。
盛り上がるはずもなくて、一方通行のソレは、やっぱり寂しい。
ぁあ、もう、何だって言うのだろうか、
何が面白くて、こんな時間にびたびたのパンツで夜道を逃げ回り、
空腹と戦わねばならないのか、
何が好きで、こんな目に合わねばならないのか……。
何というか、やっぱりもう、疲れましたので、
疲れたときは、家に帰ります。
もう、ほっといてくださいよ、今はただ、家に帰って眠りたいです。
運命とか、本当の親とか、そう言った何処かロマンチックなことも良いのだけれど、
やっぱりどうして、現実に立ち返った私には、いつもの白いベッドの方が、魅力的に感じてしまうのでした。
『ただいま……』
力無くつぶやいた私の顔は、酷くやつれていただろう、
まぁ、もっとも見てくれる人がいればの話だけど。
パパは、何を見るでもなく、タダ、何も映らぬテレビを見つめており、
電気すらもつけていないその様は、我が父ながら、ハナハダ不気味なモノだった。
『おかえり』……と、チョットこちらを向き、そして、
『後で話がある……』
『ヤダ』
『そうか……』
『……?』
『いや、ならいい』
『そう』
『ああ、後それとだ』
『なに』
『スカート、濡れてるぞ』
『知ってる』
そして私は、自室へと駆け込んだ。
何というか考えることもオックウで、そのままベットへと倒れ込む。
暖かな毛布にくるまれて、その暖かな優しさに、少しばかりの涙をこぼしてみた。
リザ、どうなっちゃんたんだろうか。
いくらタフなあの女でも、流石にあの変態には勝てないんじゃないだろうか、
だとしたら、負け……死んじゃった?
もし、リザが負けてしまったのならば、そしたらアイツは間違いなくココにも来るだろうし、
そうすればたぶん、待っている未来は……。
『一家惨殺とか?』
『随分物騒な独り言だな』
『ぶはっ!?』
リザだった。
私のセンチメンタルな妄想などはお構いなしのようで、
どっから現れたのか、マドからこちらを覗いている。
相変わらず体中穴だらけだが、なんかまぁ元気そうなので、自然と私も元気にはなったのだが……。
まぁ、なんかまぁ、納得行かない気もする。
『ぁ……どーやって解ったの……?』
『ナニが?』
『場所よ、場所、ココにいるってどうやって解ったの?』
『あー、そりゃ』
『そりゃー?』
『アレだよ、あれ、お前のことだからさ、ドロシーみたくお家が一番ってさ』
『失礼ね』
『事実じゃねーか』
『ウルサイいなぁ……』
『五月蠅ければ、帰るけど?』
『解った、解ったわよ、ゴメンナサイ、嘘です、嘘つきました』
『よろしい』
『で、あれよ、あれ、あいつは?』
『ああ、まだ生きてる、だから、さっさと逃げるぞ』
『うん……いや、うん』
『なんだよそれ』
『いや』
『ん?』
『もうイヤよ……こんなの嫌』
『ああ、そゆことか』
『そゆことって、どーゆうことよ……』
『別に、お前のことだからダダこねるんじゃねーかとは思ってたって、そーゆーコトだよ』
『そう……』
『あれ、反論するかと思ってたけど』
『しないわよ、普段から、私は、恨めしそうな顔してるから』
『そか』
『そう』
何か、居心地の悪い沈黙、私だって、命を捨てる覚悟で家に残りたいとまでは思わない、
だけどさ、こんなのってあんまりだと思う、
急に、ワケも分からないまま襲われて、ソンでもって、命が危なくて、
私が、ナニをやったというのか、と言うかそもそもナニもやってないのだけれど。
何かこんなのって嫌だ。
どこまで言っても理不尽だ。
『あー、まーまーまー、納得行かないならさ、親父さんとでもゆっくり語らって決めるんだな』
そう言ってリザは、バムとドアを開け放つ、
ソコには何か、妙に小さくなったパパがいた。
『立ち聞きは、オギョーギが悪いぜ、おとーさん』
『いや……ああ、すまない』
『ホラよ、親父さん登場、コレが最後のチャンスかも知れないぜ』
『そんな、ホラって言われたって……』
私には、チンプンカンプンだ。
それはパパだって同じ事だろう、だから、ホラなんて言われても困る。
困るのに。
『お前が……』
『……何パパ?』
『お前が何処かに行きたいというのなら、私は止めないよ』
『パパ……』
『情けない話じゃないか、自分の娘が…………怖いだなんて、誰に言えるだろうか』
『怖い?』
『そう、ナニを怖がるモノかな、不思議がって当然だろうよ、自分の血が流れた娘のナニが怖い』
『分かんない、意味分かんないって、そもそもなによ怖いって、私がパパに何かするとでも思ってるの?』
『そんなことはないよ、そんなことはない、お前は良い子だよ、私に似ずね』
『……』
『自分の子のハズなのに、まったく似てやくれないし、何なんだろうな、説明できない何か怖いモノがお前にはいるような気がしてな……いや、お前にいるんじゃなくて、お前がそうなんだよ、きっと』
『そんなこと言われたって、私は何も……』
『そうだよ、生まれたときからだった、お前はイッサイ、何も選んではいない、これは、きっと運命だ』
『また、そんな馬鹿なコト』
『運命だよ、でなければ宿命だ。私はお前を愛してやりたかったが、どうやってもソレは上手くは行かない、妻が心労で倒れた辺りから、どうしても、どうしても私は愛すべき娘としてではなく、自分の娘ではなく、その他の、何かから、押し付けられたような、そんな、逃避をしてしまっていたんだ。お前に、お前のせいにして、逃げていたんだ』
『私が、ママとの間の子じゃないから?』
『そうじゃない、そんなハズない。私たちは子供が欲しかったんだ、長年ね。繋がりじゃないんだ、たぶん……』
『ああ、私が、悪いって、言いたいワケ』
『悪いんじゃないんだ…………ただ』
『ただ……?』
『ソコのお嬢さんが……この家に来たときな、私はお前と同様の恐怖を彼女から感じた……そして、思ったんだよ、お前は何なのだろうか、と』
『だから、ソーユー事はあたしに聞かないでよ、私が知ってるワケ無いんだから』
『そう……だな、すまない』
『何者か知って、どうする気だったのよ』
『…………………』
『いいわよ、もういいわ』
『アイリーン……』
『……別に、いいわよ、別に、そんな顔しなくても』
『だけど……っ』
『もういい。理由がどうであれ、私はパパが望むような子ではなかったわけだし、だからさ……』
『……すまない』
『だけどさ』
『……』
『……だけど』
『……』
『私は、パパのコト愛してたから』
嘘ではなかった。
パパが、私のことを何処かわだかまりを持って接していたのは、有る程度は感じ取っていた事だし。
心から愛されてはいないのだろうという、一種のあきらめのようなモノも、
少なからずは常日頃から持ってはいた。
だけど、私にとっては唯一とも言える血のつながった肉親なのだし、
向こうがどうであれ、愛するのも愛さないのも自由だと思うから。
少なくとも、私はパパのこと、
嫌いではなかった。
その時のパパの顔は、今後も、そしておそらくこの先一生忘れることの出来ないモノで。
普通の人間だった私が与えることの出来た、最後の笑顔だったのかも知れない。
そして、パパはグッと何かを噛みしめて、
目頭をじっと押さえて、
私の手をとり、そしてひと思いに抱きかかえた。
それは、長年躊躇っていた抱擁とも思え、
そして、コレまで17年間の私の人生、記憶に残る最初で最後の抱擁だったと、そう思う。
『リザ』
『お決まりか、お姫様』
『うん……一緒に逃げるわ』
『おーけー、あたしとしても助かるよ』
『うん、それじゃ、パパ、また、ホラ、安全になったら戻ってくるからさ』
『ああ…………すまない、待ってるよ。その時はまた、こうやって話せれば良いな』
『パパ……』
『私は、まだお前のことを知らなすぎたのかもしれない、事情は解らないが、今は無事であってくれ、私がバカだった』
『わかったわ』
『ああ、それと、コレを、持っていくと良い、無いよりかはマシだと思う』
そう言ってパパは私に小ぶりな拳銃を手渡す。
普段から護身用としてパパの書斎にあったものだ。
『ワルサーか』
『知ってるの?』
『銃ならござれだ、まぁ、持っといてソンはないだろうよ』
『わかった』
『それじゃー』
『それじゃ?』
『まぁ、とりあえずそのパンツ脱げよ』
『ああ…………そう』
少し気まずそうな顔をしつつも、パパは『ソレじゃあ私は寝るよ』と腰をぐぐっと持ち上げた。
そう言えば私も、パパとしっかり話したコトなんてあまり無かったな、と少しばかりの後悔の念が押し寄せてくる。
やっぱり、ちゃんと生きて帰ってこよう。
もう一度、ハグしてもらえるように、パパと分かり合いたかった。
多分、私はパパが朝起きるまでにはココにはいないだろう。
だけどパパはソレを知りつつも、あえて何かを言おうとはせず、
最後にチョット私の顔を見て、そして部屋を出ていった。
その直後、パパはドアを突き破って部屋に帰ってきた。
お腹から白い手を生やして、帰ってきた。
ソノ白い手には、丸くてごつごつした鉄のパイナップル。
キッ、とソノ安全装置が空を舞う。
『伏せろ!』
私に覆い被さったリザで、その爆炎は見えなかった。
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