3話:ターミネーターは知っていた
天使様?
この女は、妙なことを言ったものだ。
勿論、ホントの天使様が降りてきた、何てコトは思ってないだろうが、
もしそうなら、私をさらっているどころでなくサッサとお脳の医者にかかるべきだろう。
天使様、みたいなのが、私たちを追っかけてきている、
言うなれば神罰か?
なんて、まるでバカみたいな話。
彼女の顔を見た際の、その予期せぬ発見により、なんだか恐怖は何処かへ行ってしまい、
挙げ句の果てにはなれなれしくも声を掛けていた。
『で、あなたの名前は?』
『あたし? ってか随分落ちついてんな』
『どっちかと言えば驚いてるわ』
『すか』
『で、名前よ、名前、ナンにせよJane Doeじゃ不便でしょ?』
『んー、リザ=……キュルテンだ』
『リザ? リサじゃなくて?』
『ん、リサは死んだ。今のあたしはリザ=キュルテン』
『ですか』
『おぅ、で、他に質問は? 今ならタダにしとくぜ』
『ではー、あなたはー、私のナニ?』
『ナニって? 何?』
『顔よ、かお、そっくりじゃない、生き別れの姉妹?』
『あ、あーそのコトか、ん、ま、4分の1ぐらい合ってる』
『正解は?』
『異父姉妹、そんな感じか?』
『あー、ナンか解ったかも』
『そか?』
私は、正確には父と母の子ではない。
生まれたときから子供の作れない身体だったお母さん、
そんな彼女が自分の子供を手に入れるために利用したのが卵子バンクだった。
端的に言ってしまえば第三者の、私の知らないお母さんの卵子と、父さんの精子、ソレから作られたのが私、そう言うコト。
両親にしても、残された最後の手段、と言った感じだったんだろう。
とりあえず子供は作ったは良いが、何だかんだで持て余し、
愛情を注ぐも、虐待するも、何もできなかった。
結局は心労も重なり、母は体調を崩し、そしてそのまま逝ってしまい。
父は、自分と、見知らぬ女との間にできた子供を抱え、こんな田舎に引っ込んでしまった。
と、そう言うコトだ。
『で、さ、ドウするの?』
『どうって、どう?』
『私を、さらって、ドウするの? 居場所も知らない遠い親戚が、ナンの手違いでこんな辺境に訪ねてくるのよ? 一応私にだって生活とかあるし、できれば厄介事にはかかわりたくはないンだけど』
『あ、まぁ、ムリ』
『なんでよ』
『えー、そりゃアレだ、言っちゃえば生まれた時点で巻き込まれてるンだよ、何て言うのかね、まぁ、それは運命か? 全部手遅れです』
『巫山戯てる』
『まぁ、いまさらどーしょーもナンねーよ、生きてるだけ喜びな』
『えー、っと、なに、それは、あまり聞きたくないのだけれど、つまりは私は結構命が危ないってコトかしら?』
『ご名答、あれ、言ってなかったっけ?』
『巫山戯てる』
『だ、か、ら、あたしが来たんだろ、守りにさ』
『あーもー、巫山戯てる、フーザーけーてーる、いくら私がまだ夢見る乙女だとしても、こんな夢みたいな出来事はいらないわ、願い下げよ』
『いってろ、今に蜂の巣どころか網の目状に穴開けられて、血煙吹いて泣くに泣けなくなるぜ』
『そんなのイヤよ』
『だろ? だったら、ねーさんの言うことは、聞くモンだッ、ぜッ』
そう言って彼女は、コートから引き抜いた黒い鉄塊を通路の闇へと突き刺した。
ばがん、ばぐん、闇夜が一瞬だけど、明るく照らされ、鈍く、そして激しい轟音が細い路地に木霊する。
初めて聞いた、本当の銃声、激しいには激しいが、ヒトを殺すには、あまりにも地味で、寂しげな音だ。
『な、なに……敵? 天使様?』
『だ……と思う、不味いな、ンなに早く来たか』
『ドウするのよ、守るんでしょ』
『ああ』
『ドウするの?』
『逃げる』
『何処に?』
『んなモンどっかだよ、あたしに聞くな』
『だぁ、もう使えないわね……』
『うっせ、うっせ、どのみち足が無くてはなんともなんねーよ、なんで車1つとまってないンだよこの町は、どんだけ田舎なんだよ』
『盗んじゃダメよ』
『ぬすまねーよ、借りるだけだ』
『何処の子供』
『うっせ』
『ったー………………もー、そっちよ』
『そっちってどっちだよ』
『がぁ、もぅ、イイから、ついてきなさいっ、逃げ道だけはエスコートしたげるわ』
そう言って私は彼女の手をふりほどき、担がれていた肩から飛び降りる。
沸いて出てきたバカ姉は思った以上に役に立ちそうもないので、
仕方がないから私が頑張るのだ。
私だって一応はこの街の住人だ、道ぐらいは知っているつもり、
逃げる、とは言っても何をすれば良いのかは解らないが、とりあえずは足があれば良いんだと思う。
『トム爺さんのトコロに行くわ!』
『だれだよ』
『誰でもいい、爺さんのところに行けばハーレーがあるわ、走るよりかはマシよね?』
『ああ、マシだな』
『なら行くわよ』
『チョイ待ち、盗むのか?』
『借りるのよっ』
『何処の子供』
『私は、まだ、子供よ』
そう言って私は走り出す。
トム爺さんの家は村外れの大きな牧場だ。
昔からコドモたちの遊び場でもあり、以前は私もよくよくそれに混じっていた。
牧場には、爺さんと、豚と、羊と、少しの牛と、ソレから爺さんが昔ぶいぶい言わせていたというハーレーと、あとは周囲の自然くらいしかなかったが、
コドモたちは何かを持ち寄り、何かを作り出し、時にはイタズラをし、日々をソコで過ごしていた。
爺さんは偏屈な人で、周囲の大人はだいたい誰もが多少の煙たさを交えた目で彼を見ていたが、その分コドモへは優しく、その誰へも笑顔で接してくれていた。
全部過去形なのは、とどのつまりトム爺さんがもういないからで、
数年前の寒い冬の雪の日に、一人寂しく冷たくなっていたらしい。
爺さんが死んでから、私も、そしてエルザも彼の所へ行くことはなくなり、
いつの間にか記憶の片隅へ追いやられてしまっていた。
いろんな記憶や思い出が、あそこにはあるハズなんだけど、
大人になるってこーゆーことなのか、その大半は記憶から抜け落ちてしまっていた。
『で、どこだよ、ハーレー?』
『確か納屋にあったはずだけど、もしかしたら動かないカモね』
『だったら死ぬかもな』
『動いてくれますように』
『まったくだ』
夜の牧場は灯り一つなく、星の光だけが数少ない照明だった。
吹く風に揺れる荒れた野原は、ザワザワと不気味に互いを擦りあわせる。
当然のことならがらも、牧場にはすでに豚も、羊も、牛も、勿論爺さんもいなく、
もぬけの殻に近いその姿に、何だか不安感も込み上げてくる、
後ろを確認する回数が少しずつ増え、その行為自体が少しずつ、目に見えぬ恐怖を産みだしていた。
幸いなことに、施錠されているような場所な無く、私たちは逃げ込むように、と言うか事実、納屋へ逃げ込んだ。
『あった……』
埃っぽく、薄汚れた納屋に、ハーレーデイヴィッドソンはぽつりと残されていた。
その姿に、何故か私は孤独死したトム爺さんの姿を重ねてしまう。
『動くか? てか運転できンの?』
『わかんない』
『どっち、運転の方?』
『運転は出来るわ、無免許で良いなら』
『あたしがポリか何かに見えるかよ?』
『大丈夫、逆さにしたって見えないから』
『そりゃよかった、日頃の行いのおかげだ』
『たく……行いが悪いから、不味いわね……動かないかも』
『マジか?』
『7割ぐらいマジ』
大きくため息をついたリザが扉の隙間から外を見張り、愚痴るように言った。
『くそ、主賓の到着だ、あたしら牧場で穴あきチーズになるぞ』
『ヤな冗談』
彼女のそばに駆け寄り、私も一緒に外を覗いてみる。
青い草原に立っているのは、ローマ法王も驚くようなド派手でダボダボなローブに包まれた銀髪の女。
その全身からあふれ出る異様な雰囲気は、リザが天使様と形容するに相応しい気がする。
何がしたいのかは知らないケド、相手のターミネーターも随分とまた、頭が悪そうだった。
天使様は、きょろきょろと辺りを見回し、私たちを捜している。たぶん。
どんなコスプレ野郎であるにしろ、その威圧感は圧倒的で、私は自然と息を潜めてしまった。
『もう、ハーレーはいい』
『ん、ゴメン』
『いいよ、とりあえず、そこの、裏の、そう、そこから外に出て、ああ、逃げろ』
『リザはどうするの?』
『しゃーねーだろに、足止め、すっから、ササッと逃げろ、後から追いかけてやる』
『あー、んー』
『歯切れ悪いな』
『だって』
『ダイジョブだよ、そうそう死にゃしねーって』
『コレで死なれでもしたら、あたしだって気分悪いわよ』
『だから、ほら、さっさと行け、死ぬぞ?』
『解った』
足下の悪い納屋の中を、私はゆっくりゆっくりと、奥へと進んでいった。
時々、リザの方を振り返ると、さっさとしろよと、怪訝そうな顔でこちらを睨んでいる。
何だかんだ言ったって、彼女から離れるほどにその恐怖心は増していくようで、
彼女がいたおかげでこの得体の知れないメルヘンを、半端な心持ちで享受できていたのだと理解させられる気がした。
抜け落ちそうな床や、外の小さなざわめきに怯える私の姿は、まるで可愛い女の子みたいだったとさ。
扉の前まで到達して、振り返って、そして、リザに向かって。
『リザーッ』
『んだよー』
『死なないでよっ』
『だから解ってるっていって……』
その瞬間、バチュウン、と何かが弾けるような音が響き、
リザの姿が、消えた。
『あ……れ?』
木屑や、埃なんかが宙を舞い、
壁に空いた大穴から、我先にと月の光が流れ込む。
そしてまた、その光から一歩遅れ、その光を跳ね返しながら、銀色の髪がさぁとなびいた。
『り、りざ……?』
返事が無いどころか、正直、彼女の身体が何処に行ってしまったのかも分からない。
跡形もない壁が、天使様の持つ、鈍い、銀の光沢をタタえた巨大な金属の塊によって、うち砕かれたと、そしてまた、彼女もそうなのかと。
更には自分もそうなのではないかと、私は突如濃密さを増した死の予感に、立ちすくむことしか出来ずにいた。
『りざ! 嘘! ホントに、役立たずで、死なないでよ!?』
そんな事は意に介さず、天使様は、ゆっくり、ゆっくりと、
私に歩みを向ける。
『無駄ですよ』
『ぇ……?』
『直撃して、生きているハズがありません』
『そんなの…………』
その冷徹な様は、寒々とした夜の空気も暖かく感じるようであり、
そしてまた、その空気達も、彼女を避けて通るようで、
空間がうねるように、そう錯覚する程に、私の中で何かが膨らんでいった。
『何の、因果なのでしょうかね……』
彼女は少し寂しそうに、納屋の中を見渡し、そして、問う。
『アイリーン=リブナットですね』
鈴のような、澄んだ綺麗な声、透き通るような夜空に、同じく染み渡る。
『……………………はい』
『私は、ガブリエル』
彼女のソノ銀色の銃口が、ゆっくりを、私の額にあてられて。
『私は、あなたを救いに来ました』
そしてゆっくりと、その引き金は握られた。
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