挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

エクストリーム3枚のお札

 とっぷりと日の暮れた山の中、俺は地面に座り込んでいた。
 懐には、念のためにと寺の台所からかっぱらってきた出刃包丁。
 そして、和尚さんから貰った3枚のおふだ
 俺の切り札。生命線だ。

「小僧さん、小僧さん、こんな山奥で何をしているんだね」

 背後からの声に、俺は振り返った。
 そこには、にこにこと微笑む優しげな老婆。
 俺はこいつの正体を知っている。
 人を取って食う化け物、山姥やまんばだ。

「山菜を取りに来たのですが、いつの間にか日が暮れて山を下りれなくなってしまって……」

 弱々しい声で言う俺に、老婆は相変わらずにこにこと微笑んでいる。

「そうかい、そうかい。それなら、今夜はわしの家に泊まるといい。夕飯もごちそうしてあげよう」

 老婆はそう言うと、しゃがみ込んでいる俺の手を取って立ち上がらせた。
 しわしわで枯れ枝のような手だが、掴む力はかなり強い。

「ありがとうございます。お世話になります」

 引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔に変え、俺は老婆に礼を言った。
 あと数時間もすれば、俺はこいつと死闘を繰りひろげることになるだろう。
 想像しただけで足が震えそうになるが、服の上からお札を擦って気を落ち着かせる。

 大丈夫。
 大丈夫だ。
 絵本に出てきた小僧さんですら、殺されずに寺まで逃げ延びることができたではないか。
 俺ならもっと上手くやれる。
 あの小僧さんよりも、きっと上手くやれるはずだ。

「ほれ、ここがわしの家じゃ」

 老婆に手を引かれ、古びたあばら家にやってきた。
 中に入ると、何かが煮込まれるいい匂いが鼻に漂ってきた。

「さあ、食事にしようかね。たんと食べてゆっくり休むといい」

「ありがとうございます。ご馳走になります」

 俺は囲炉裏の前に座り、老婆に頭を下げた。
 お札の使用は最大でも2枚、可能なら1枚もお札を使わずに、こいつを始末してやりたい。
 すべてのお札を使ってしまうなど、もってのほかだ。
 それは敗北と同義語なのだ。

「どれ、布団の用意をしてやるからね。先に食べてておくれ」

 そう言って背後の部屋に行こうと、俺に背を向ける老婆。
 俺は静かに懐に手を入れると、出刃包丁の柄を握り締めた。



―――「エクストリーム3枚のお札」―――



 さかのぼること12時間。
 大学入学を期に1人暮らしをすることになった俺は、実家の自室で引越し先に持っていく荷物の選別をしていた。
 部屋中をひっくり返し、文房具や寝間着に使っているスウェットなど、必要なものをぽいぽいとダンボール箱に放り込んでいく。

「おっ、絵本か。懐かしいな」

 押入れの中を漁っていると、数十冊の絵本を発見した。
 小さい頃、何度も繰り返し母親に読んでもらった楽しい記憶が蘇る。

「『3匹の子ぶた』か。確か最後は狼が末っ子ぶたに逆に食われちゃうんだっけ」

 本を手に取っては懐かしさを噛み締めていると、その中の1冊に目がとまった。

「『3枚のお札』か。これ大好きだったんだよな……」

 『3枚のお札』とは、山に山菜採りに出かけた小僧さんが、和尚さんから貰った3枚の呪札を使って山姥から必死に逃げるストーリーの昔話だ。
 呪札の力で身代わりを作って山姥をだましたり、大水や猛火を召喚して足止めをしようと試みる。
 結局すべて山姥に攻略されてしまうが、小僧さんは何とか寺に逃げ帰ることに成功する。
 クライマックスは、寺まで追いかけてきた山姥と和尚さんの直接対決だ。
 今まで圧倒的な強さを見せつけてきた山姥に和尚さんはなぶり殺しにされてしまうのではと思いきや、山姥は和尚さんの口車に乗せられてテンションマッハ。
 すごいすごいと調子に乗せられて豆粒大に小さく変身したところを、餅と一緒に噛み潰されてしまうという衝撃的ラストの作品だ。

「……んん?」

 作業の手を止めてポテチをつまみながら絵本を読み直してみたのだが、なんともすっきりしない感覚が残った。
 首を傾げて、もう一度最初から読んでみる。
 そうして3回ほど読み返した後、その違和感の正体に気づいた。

「このお札、ものすごくもったいないんじゃないか?」

 俺は、小僧さんの手にしているお札の性能に興味を惹かれていた。
 このお札、自動応答の身代わりになったり、巨大な川や広範囲の猛火まで召喚できる高性能品である。
 小僧さんは上手く使いこなすことができなかったために、3枚すべて使っても山姥を仕留めるどころか若干の足止め程度しかできなかった。
 もし俺が小僧さんの立場なら、もっと上手くやってお札を節約できるだろう。
 そして、残ったお札を使って、かわいい女の子や大量の金銀財宝を召喚して末永く幸せに暮らす。
 そう考えると、何とも小僧さんがバカに見えて仕方がなくなってきた。

「この小僧、ホントにバカだな。ていうか、最初のお札で便所に身代わりを作るってなんだよ。すぐにばれることなんて少し考えれば分かるだろうに」

 絵本の小僧さんを、俺はひたすら馬鹿にし続けた。
 考えなしだの、場当たり的対応ばかりしてるんじゃねえぞなど、絵本の登場人物に対して言いたい放題だ。
 1分近くアホだの間抜けだの罵声を浴びせていると、不意に絵本に描かれている小僧さんの口元がぴくりと動いたような気がした。

「……ん?」

 見間違いかと、まじまじと絵本に顔を近づけて小僧さんを観察してみる。

「……ろ」

「え!?」

 絵本の中の小僧さんの口が、もごもごと動いていた。
 よく聞き取れないが、何か言っているようだ。

「……みろ」

 俺が目を白黒させていると、小僧さんの口がもう一度動いた。
 そして、俺にもはっきりと聞こえるような大声で彼は言った。

「そ れ な ら お 前 が や っ て み ろ !!」



 気づくと俺は、寺の本堂で和尚さんを前に座り込んでいた。
 服装は小僧さんのものと同じ袴姿になっているが、髪は丸刈りではなくフサフサのままだった。
 呆然と座り込んでいる俺に、和尚さんは絵本の内容とまったく同じ台詞を吐き、俺に山で山菜を採ってくるように申し付けた。

「もし山姥に襲われたら、このお札を使いなさい」

 俺は和尚さんから3枚のお札を受け取ると、山とは反対方向に向けて全力で駆け出した。
 何がどうなっているのかよく分からなかったが、お札さえ手に入ればこっちのものだと考えた。
 たとえここが絵本の中の世界だとしても、このお札があれば現実世界よりも面白おかしく生きていける。
 かわいい女の子を召喚して、大量の金銀財宝を召喚して、後は最新型のハーレーダビットソンでも召喚すれば俺の人生は薔薇色だ。

 未来は俺の手の中にある。
 本気でそう思った。
 だが、そう上手くはいかなかった。

 山と反対方向に走り出して数分後、気がつくと俺は、寺の本堂に戻されていた。

「もし山姥に襲われたら、このお札を使いなさい」

 目の前には、先ほどと同じ台詞を吐く和尚さん。
 俺はお札を貰うと再び逃げ出したが、何度やっても和尚さんの前に転送された。
 出会い頭に和尚さんに殴りかかりもしたが、俺の拳が和尚さんを捉える前に、俺の顔面に和尚さんのノーモーションジャブがクリーンヒットして昏倒した。
 そして目が覚めると、目の前には何もなかったかのようにお札を差し出す和尚さんがいた。
 その時気づいたのだが、どうやら身体だけでなく時間まで巻き戻されているようだった。

 その後も似たようなことを数十回繰り返しては振り出しに戻され、俺はこの状況から逃げ出すことは不可能なのだと悟った。
 仕方なく山姥を退治することに決めたが、少しでも状況を有利にすべく、俺はお札以外の武器を探した。
 山に向かうまでには数分の余裕があることは数十回の繰り返しで分かっていたので、無いよりはマシだと台所で出刃包丁を調達し、今に至る。

「……お婆さん」

 俺はそっと立ち上がると、右手に持った出刃包丁を頭上高く振り上げた。

「ん? どうし」

「うああああ!!」

 振り返った老婆の脳天めがけ、俺は渾身の力で出刃包丁を振り下ろした。

「たばっ!?」

 まるでカボチャに包丁を叩き付けた時のような音が響き、老婆の頭に包丁が生えた。
 老婆は状況が理解できていないのか、驚愕の表情で自分の頭に生えた包丁に目を向ける。

「死ねっ! 死ねええええ!!」

 俺は傍らにあった木の椀を掴み、中の汁物をぶちまけながら包丁の背に椀を叩き付けた。
 何度も何度も、渾身の力を込めて包丁の背を殴り続ける。
 老婆の頭が割れ、すさまじい量の血液が床に広がった。

 どう見ても致命傷だ。
 さすがの山姥も、ここまで頭を割られては生きてはいられないだろう。

 俺は勝利を確信しながらも、半狂乱になってひたすら殴り続た。
 だが、殴った回数が二桁に到達しようとした時、椀を持った俺の手首を老婆ががっしりと掴んだ。

「ひっ!」

「……やりおったなあ」

 大きく頭が割れて歪んでしまった顔で、老婆はにやりと笑って見せた。
 俺がとっさに老婆の顎に膝蹴りをかますと、老婆はぱっと手を放して後方に跳んだ。
 隣部屋の壁際まで一息で跳び、頭に刺さった包丁の柄を片手で掴む。

 なんということだ。
 脳天をかち割られているという重傷を負いながらも、まるでピンピンしているではないか。

「やれやれ、どうしてばれてしまったのやら。もう隠しても仕方がないわなあ」

 メキメキ、という音を立てて包丁を引き抜き、ぽいと床に投げ捨てる。
 両手で頭を押して額を合わせると、あっという間に傷が塞がった。

「覚悟せえよ。楽には死なせてやらんからなあ」

 ざわざわと老婆の髪の毛が逆立ち、めきめきと音を立てて骨格が変化し始めた。
 老婆形態から山姥形態に変身するつもりだ。

 俺は変身が始まると同時に、あばら家の外へ飛び出した。
 「あ……あ……あ……」などと言いながら変身完了まで見守るほど、俺はお人よしではない。
 とにかく距離を稼ぎ、態勢を立て直さなければ。

「くそっ! 頭が割れても生きてるとか反則だろうがっ!」

 俺は懐に手を突っ込むと、お札を1枚取り出した。
 ハーレーダビットソンを召喚できなくなるのは惜しいが、四の五の言っている場合ではない。
 この1枚で山姥を倒すことができれば、残ったお札で金銀財宝を召喚することは可能なのだ。
 ハーレーの代わりに牛車でも買って、理想の女の子と一緒にいちゃいちゃするのも悪くないだろう。

 俺は立ち止まると、お札を天高く掲げた。

「アメリカ海兵隊フォースリーコンになあれっ!」

 俺が叫ぶとお札が輝き、轟音とともに周囲に複数の雷が落ちた。
 もうもうたる煙の中からは、迷彩服に身を包んだ12人(1個分隊)の海兵隊員。
 一番近場の海兵は、手にM4カービン、頭には暗視ゴーグル、腰のホルスターにはハンドガンも装備している。
 他の海兵はどんな装備かと目を向けると同時に、その海兵によって俺は肩を抱えられ、強制的に身をかがめさせられた状態で走らされた。
 引きずられるように走りながら後ろを振り返ると、海兵たちが散らばりながら木々の中へと消えていくところだった。

「Please don't look back.Please hurry.hurry」

 俺の肩を抱えている海兵が、小声で囁いた。
 振り返るな、急げ、というようなことを言っているようだ。
 この海兵たちは、状況をすべて理解しているらしい。

 その有無を言わさぬ雰囲気に息を飲み、暗い山の中を寺へと向けてひたすら走る。
 迷彩服を着た海兵に抱えられながら走る、わらじを履いた小僧さん。
 傍から見たら、さぞかしシュールな光景だろう。

 1分ほど走った頃、背後から大きな破裂音が響いた。
 ゲームでいつか聞いたことのある音。
 クレイモア(対人地雷)の起爆音だ。
 俺は驚いて足を止めかけたが、海兵は無言で俺の肩を抱いたまま走り続ける。
 数秒の静寂の後、今度は激しい銃声が背後から響き始めた。
 腹に響くような軽機関銃の銃撃音や、先ほどとは若干違う乾いた破裂音も耳に届いてくる。

 さらに数秒置いて、複数の男の絶叫がこだました。
 今まで以上に激しくなる銃声。
 響いては消える男たちの絶叫。
 背後の光景を想像し、俺はガタガタと震えながら必死で足を動かした。

 一心不乱に俺が走っている間、海兵は他の海兵と無線で連絡を取ろうとしているようだった。
 不意に、銃声も絶叫も止んで後方が静かになった。
 そのまましばらく走っていると急に海兵が立ち止まり、俺の肩から手を放した。

 何事かと振り向くと、海兵は口から血の泡を吹いていた。
 その腹からは、筋張った血まみれの腕が突き出ている。
 ぎょっとして俺が後ずさりすると、海兵はどうとその場に倒れこんだ。
 その背後から、鬼のような形相をした血まみれの山姥が姿を現した。

「もう逃がさんぞ。生きたまま内臓を食らってくれるわ」

「あ……あ……あ……」

 俺がガタガタと震えて失禁しながらその場に尻餅をつくと、突然山姥に背後から何かが覆いかぶさった。

「むっ、まだ生きておったのか!」

 先ほど倒れた海兵が、最後の力を振り絞って山姥を羽交い絞めにしていた。
 山姥は海兵を振りほどこうと暴れるが、いくら振り回しても海兵は手を放さない。

「Run……away……」

 ごぽりと血の塊を吐きながら彼は言うと、山姥を羽交い絞めにしている手の片方を揺すった。
 その手にはM26手榴弾。
 山姥もろとも自爆するつもりだ。

「ボ、ボブさん……!」

 俺は涙を流しながら、彼の名前を呼んでいた。
 自己紹介などされてはいないが、俺には分かる。
 彼の名前はボブだ。
 言葉はなくとも、彼の気高い魂が俺に訴えているのだ。

 俺は必死に立ち上がると、歯を食いしばって駆け出した。
 ボブの努力を無駄にしてはならない。
 俺は生き抜かねばならないのだ。



「Good……luck……」

 彼は走り去る青年の背を見つめてにこりと微笑むと、手榴弾のピンを引き抜いた。
 残った力を総動員し、もがく山姥の口に無理矢理手榴弾をねじ込む。
 ヘッドロックする要領で山姥を押さえつけた瞬間、手榴弾の炸裂音とともに彼の意識は永遠に途切れた。
 スティーヴン・デイビスは、その気高き精神を最後まで持ち続けたのだ。



 背後から響く炸裂音を聞きながら、俺は全力で走っていた。
 間違いなく、山姥はまだ生きているだろう。
 残りのお札は2枚。
 だが、使えるのは1枚だけだ。
 すべて使い切ってしまうと、理想の女の子を召喚することができなくなってしまう。
 それは敗北と同義語なのだ。

「フォースリーコンより強いやつって誰だよ!? いったい何を召喚すればいいんだよ!?」

 FPSゲームにドハマリしていた俺にとって、アメリカ海兵隊フォースリーコンこそ地上最強の存在だった。
 そのため、まさか彼らがこうもあっさりとやられてしまうとは夢にも思っていなかった。

「まてえええ! くそがきがああああ!!」

「ひいいいい!」

 背後から響く恐ろしい声に、俺は無我夢中でお札を掴む。

「ええと、ええと! ……そうだ! 山姥みたいな化け物が存在するんだ、これだって召喚できるはずだ!!」

 起死回生の案を思いつき、俺は立ち止まると振り返った。
 追いかけてくる山姥をキッと睨みつけ、お札を持った手を勢いよく天に掲げる。
 あいつなら、あいつならきっと山姥だって瞬殺できるはずだ!

「孫悟空になあれっ!」

 瞬間、俺と山姥の間に、巨大な雷が落ちた。

 もうもうたる煙の中から現れたもの。
 手には如意棒。
 頭には金色に輝く輪っか。
 愛嬌のあるサル顔。というかサルそのもの。
 西遊記の登場人物、孫悟空だった。

「そっちじゃないでしょおおおお!?」

「△○※×□!!」

「むっ、また何か呼びよったか!!」

「※×□&☆◇!!」

 絶望の悲鳴を上げる俺をよそに、孫悟空は中国語で何かを叫びながら如意棒をぐるぐると振り回し、山姥に飛びかかった。

「むうっ!」

 孫悟空が高速でなぎ払った如意棒を、山姥は両腕を使ってぎりぎりで防いだ。
 孫悟空は間髪入れずに山姥の腹に蹴りを入れ、如意棒を引き戻して脳天をかち割るように振り下ろす。

 速い。
 一連の動作が恐ろしく速い。
 如意棒の動きどころか、今の蹴りの動きすら速すぎてまったく見えなかった。

 孫悟空にはテレビドラマの西遊記のイメージしかなかったので、ひょうきんなイメージこそあれ、ここまで強いとは夢にも思っていなかった。
 だが、そんな孫悟空とまともに戦っている山姥もヤバイ。
 山姥が強いのはフォースリーコンとの戦いで何となく分かったつもりになっていたが、ここまで強いとは想定外だった。
 もはや人間がどうこうできるレベルの相手ではない。

 そうこう考えているうちに、2人はそこら中を高速で跳ね回りながら死闘を繰りひろげ始めた。
 あまりにも動きが速すぎて、その残像を視界の端に微かに捉えることしかできない。

 まるで神々の戦いのような状況を目にしながら、俺はゆっくりと後ずさりする。
 もし山姥が俺を仕留めることに意識を向けたら、俺は一瞬で殺されてしまうだろう。
 きっと今まではサービスタイムだったのだ。
 もし孫悟空が山姥に負けてしまったら、サービスタイムは終わりを告げるだろう。

 俺は静かにその場を後にし、和尚さんの待つ寺へと急いだ。



「和尚さあああんっ! 助けてくださいいいいっ!」

「ん、どうした小僧さん」

 俺が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら本堂に駆け込むと、和尚さんは火鉢で餅を焼いていた。

「山姥が来るかもしれないんです! 今孫悟空が戦っていますが、勝てるかどうか分からないんです!」

「そんご……? まあ、なんとかなるじゃろ。お前は床下に隠れていなさい」

 言われるがまま、俺は床板を外して床下に隠れた。

 俺には予感がしていた。
 孫悟空は負けてしまうだろう。
 山姥はここまで追ってくるに違いない。
 なぜだか、確信に近い予感が俺の胸に渦巻いていた。

 数分息を殺して床板の隙間から様子を窺っていると、修羅のような表情をした山姥が障子を蹴破って本堂に駆け込んできた。
 手には頭がひしゃげてビクンビクンと痙攣している孫悟空。

 何ということだ。
 頭の輪を締める呪文を、あいつは知っていたのか。
 これが年の功というやつなのか。

「小僧はどこだあああ!」

「これはこれは、山姥どの。小僧はここにはおりませんが、山姥どのの噂はかねがね……」

「うるせええええ!!」

「へぶっ!?」

 話しかけた和尚さんを、興奮状態の山姥は持っていた孫悟空の身体で火鉢ごと殴り飛ばした。
 和尚さんは木っ端のように吹き飛び、寺の壁に頭から突き刺さってぐったりしている。
 その尻には、山姥を挟んで食べるはずだった餅がへばり付いていた。

「あ、あわわわわ」

 その光景を目にした俺は、人生2度目の失禁をした。
 頼みの綱としていた和尚さんが、たった一撃で戦線を離脱してしまったのだ。

 殺される。
 その言葉が、俺の頭を埋め尽くした。

「どこだ! どこにおる!!」

 俺を探してどすどすと歩き回る、地獄の鬼もかくやといった表情の山姥。
 あまりの恐ろしさに、俺の全身が振動コントローラーのようにぶるぶると震える。

 何故だ。
 いったい何がいけなかったというのだ。
 少なくとも俺は、小僧さんよりもまともな行動を取ったはずなのに!

 涙と鼻水、さらには尿を垂れ流しながら、俺は床下でガクガクと震えた。
 こうなっては、もう薔薇色の人生などどうでもいい。
 生きてこの場をやり過ごすことさえできれば、悪魔に魂を売っても構わないとすら思った。

「さ、最後のお札……」

 懐に残った最後のお札を掴み、痺れた脳みそで必死に考える。
 フォースリーコンは皆殺しにされ、孫悟空は危篤状態だ。
 絶対に勝つと思っていた和尚さんは、壁に突き刺さって現代アートと化している。
 いったい何を召喚すれば、この状況を打破できるのか。

 あの山姥を相手にして、負けないやつなどこの世に存在するのだろうか。

「……っ!」

 いた。
 たった1人だけ、この状況を打破できるやつが存在した。
 あいつだ。
 あいつを召喚すれば、俺は生き残ることができるかもしれない!

 俺は床板の隙間からお札をそっと本堂に出すと、その言葉を口にした。

「小僧さんになあれっ!」

 その瞬間、すさまじい轟音とともに、巨大な雷が寺の屋根を突き破った。

「……え?」

 お決まりの煙の中から現れたのは、スウェット姿で寝転び頬杖をついている坊主頭の少年だった。
 片手はポテチの袋に突っ込まれており、呆然とした表情で目の前の山姥を見上げている。

 山姥は少年の姿を認めると、にやりと口元を歪めた。

「ここにおったか。もう逃がさんぞ!!」

「ちょ、ちょっと待」

 少年が言い切るよりも早く、山姥は少年に肉薄すると首を掴んで身体を持ち上げた。
 髪型どころか服装すら俺と違うというのに、山姥は少年を俺だと認識しているようだ。
 少年は小僧さんとして召喚されたので、山姥には小僧さん、つまりは俺に見えているのだろう。
 この少年、どことなく絵本に出てきた小僧さんに顔が似ている気がする。

「ふんっ!」

「あびゅっ!?」

 山姥が手に力を込めると、少年の眼孔から目玉が飛び出した。
 ビクンビクンと四肢を痙攣させ、少年は絶命したようだった。

「む、勢い余って殺してしもうたか。まったく、このわしをコケにしおってからに……」

 ため息をつきながら、少年を床に叩きつける山姥。
 その光景を見た瞬間、ついに俺の精神は限界を向かえ、気を失ってしまった。



「はっ!?」

 俺は目を醒ますと、自室で倒れていた。
 床には絵本が積まれており、『3枚のお札』の絵本も広げられたままだ。

「ゆ、夢か。恐ろしい夢だっ……た?」

 そう口にしながら、俺は固まった。
 俺の服装は、夢で着ていた袴姿だった。
 身体のあちこちに擦り傷があり、股間はじんわりと濡れている。

 夢ではなかった。
 夢ではなかったのだ。

 慌てて俺は、開きっぱなしになっている絵本に目を向けた。

「ひい……」

 それを見た瞬間、俺は情けない悲鳴を漏らしながら、再び気を失った。
 最後のページが開かれているそこには、スウェット姿で山姥に握り殺されている小僧さんの姿が描かれていた。 

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ