第17話 交渉
艶かしい褐色の肌に赤い瞳。ウェーブがかかった黒味が強い銀の髪に、長く先端が尖った耳に、女性らしい豊かな身体付き。
何が、とは言わないが、オレが今まで見た中で一番大きいんじゃないだろうか。
「奇遇ねえ。 まさかこんなところで少年と再会することになるとはね」
「そうですね。 オレも正直また会うとは思いませんでしたよ」
「お互い王都に住んでれば、有り得ないことじゃないんでしょうけどね。――隣の虎ちゃんは、少年の連れかしら?」
「はい。ジンと言って、オレの相棒みたいなもんですね」
「がう」
「よろしくね、虎ちゃん。 ――成る程ねえ。少年が最近噂の、巨大な賢獣連れの冒険者だったのね」
「噂?」
「そうよ。今んとこ王都に虎ちゃんくらい大きな賢獣は居ないからね。 そんな賢獣を連れ歩いている冒険者も含め、街じゃちょっとした話題になってるわよ」
「そういうことですか。 確かにこっちに来てからジンくらい大きな賢獣は見てないですし、話題に上がるのも不思議じゃないですね」
「そういうこと。――にしても君、あれ以来私のトコに来てくれなかったけど。 私はお気に召さなかったのかしら?」
「いや。そういうわけでは…。――ちょっと、あれから色々とドタバタしてまして」
「そうよねえ。――あれだけ好き放題しておいて満足出来なかったとか。流石にそれは無いわよね」
「いやあ、まあ。 あはは……」
後ろ首に手を宛てて、色々誤魔化すように笑うオレ。
眼の前の買い物袋をぶら提げているお姉さんは、王都に来た当初、持て余したリビドーを発散させようと花街に行った時にお世話になった女性であり。 彼女の話によるとダークエルフ、という種族であるという。
ダークエルフの特徴としては。エルフ同様、長く、先端が尖った風な耳と、総じて褐色の肌をしていることが挙げられる。
エルフもそうだけれど、全体的に魔法の素養が高く、身体能力も鬼族や獣人ほどではないが、平均的に人間よりも高い。――が、エルフよりは下位の種族と見られているらしい。何でか知らんけど。
んで。オレは花街に行った時、外れを引くのは嫌だったので、適当に質の高そうな、高級っぽい娼館に行った時に彼女と出会ったのだけれど。
その女性らしい体付きと、艶っぽい褐色の肌にすっかり参ってしまい、それこそ翌日カザネにくさい、と言われてしまうほど彼女の匂いをオレの身体に混ぜ込んでしまったのだ。
あの時は理性というものが殆ど働かなかったので、今こうして改めて会ってしまうと気恥ずかしさを覚えてしまう。
とりあえず往来のど真ん中で話していると、間違い無くジンが邪魔なので、揃って通りの端の方に寄ることにする。
「来れなかったのはまあいいわ。 でも、別に気に入らなかったっていうわけじゃないのなら、またお店に来てよね、少年。 あれだけ元気だと、放っておくと色々大変でしょ?」
「あー、いや。 それがですね――」
「ん?なに? ――あ、もしかして他のトコでお気にの子でも出来た? それとも彼女?」
「どっちかっつーと後者なのかなあ。 そんな感じの仲の相手に、花街行くくらいなら自分で発散しろ!みたいなことを言われてるんで」
「うわぁ―― やるわねぇ、その子。 私でも少年の相手を付きっ切りでするのは、ちょっと辛いかなー。って思うわよ」
「やっぱそうなんですか」
プロのご意見に、やっぱり無理させてんじゃないかという気がしてきて、少し罪悪感を覚える。
「まあ少年が毎回あれだけ元気なら、だけどね。――で、大丈夫なの?その子」
「一応、最近はなるたけ自制するようにしてるんですけどね。 見た感じ普段の生活に支障は無さそうなんですけど―― 早めに奴隷なり愛人なりを見繕え、とは言われました」
今更だけどこれ、日が暮れてるとはいえ天下の往来でする話じゃねえな。
「あら? 花街行くのはダメなのに、奴隷や愛人はOKなの?」
「らしいです。 オレも他人のより自分の、の方が良いんでそこは構わないんですが」
色々気楽だし、独占欲的なものも満たされるしな。
「ふーん、成る程ねぇ…」
そう言って、じろじろとオレの全身を見てくるお姉さん。
上から下まで余すところなく。杖やバッグ、ジンの姿もまじまじと、オレ達をチェックでもするかのように見てくる。
「――――あの?」
「ちょっと失礼」
オレの疑問の声を無視する形で、服の上からお姉さんがオレの身体に触れてくる。
とはいえ、別にやらしい意味ではなく。純粋にオレの体付きを確かめているように、腕やら腿やら腰やらの筋肉を掴んだり叩いたり。といった感じで。
一頻り触れると、お姉さんは何かに満足したように、うん。と頷いた。
「今のは――?」
「え?――ああ、うん。 ほら、私って商売柄冒険者の人と接する機会が多いじゃない? だから優秀な冒険者かどうか、大体の体付きで分かるんだけど―― うん。少年は良い冒険者ね。お姉さんが太鼓判を押してあげます」
「はあ」
「それにその棒。――最初は武器にでも使うのかしら?と思ったけれど、真ん中のそれを見る限り。杖よね、それ」
び。とオレが持っている杖を指差して指摘する。
――おお。当たってる当たってる。 こくこく頷いて肯定する。
「ふふーん。やっぱりね。 体付きは戦士のそれなのに、そんな杖を持っているってことは、少年は魔法も使えるってことでしょ? どっちが専門なのかは分からないけれど、それを少年がスタイルとして確立しているっていうことは、少年が魔法も格闘も使いこなす、高い実力を持った冒険者だっていうことよ!」
バーン!とでも音が鳴りそうな様子で、自信ありげな笑顔でオレを指差してくる女性。
すげぇ。確かに合ってる。
「ちょっと見ただけで良く分かりますね。 ――確かにオレはどっちも使います」
「でしょー。伊達に少年より長く生きてるわけじゃないわよ。 ……で、ね?少年。ものは相談なんだけど」
「はい?」
「今のところ奴隷や愛人のアテが無いなら、私を買ってみない?」
◇ ◇ ◇
――その言葉には複雑な意味など無く。それはそのままの意味であり。
言葉通りそのまま、オレにそういったものを買う予定があるのならば、自分はどうだろう。ということらしかった。
「冒険者としての見込みは充分そうだしね。 今は無名みたいだけど、名前が売れてきてからじゃ寧ろ遅いでしょうし」
現在、立ち話もアレだったので近くの公園のベンチに座ってお姉さんと話している。
適当に喫茶店にでも入ろうかと思ったけど、ジンも連れて入れるとは思えなかったので、公園にした。
つまりは先物買い的な感じで、売り付けに来るものがいない今の内に自分を買ってもらおう。っていうことか。
お姉さん―― ナーディアと名乗った彼女の話によると、彼女は元奴隷であり。娼館に買われて娼婦として生きてきたが。 見目麗しく、また娼婦としては珍しいダークエルフであった為にそれなりに人気が生まれ、自分が買われた代金はとうに自分で払い終えているらしい。
既に自由の身である彼女だが、幼少の頃から娼婦となる為生きてきた彼女は他の生き方を知らず。今も娼婦として食い扶持を稼いでいるのだけれど、娼婦という職業は決して寿命の長い職業ではないので、目ぼしい相手がいたならば己を買ってもらおう、と考えていたらしい。
「―――で、その目ぼしい相手がオレ、と」
「そういうこと。 話してる感じ、少年は娼婦だからとかそういうの気にしない人でしょ? ここでこうして会った縁を考えても、これが私の最大のチャンスな気がするのよね」
確かにオレは結構な雑食だと思う。
相手の職業とか出自とか、処女であるかとか過去の諸々は割りとどうでもいい。今後オレだけのもんになるのであれば。
ので、眼の前のお姉さんがオレのもんになってくれるというのは、オレにとっても悪くない話だ。
内面的なものは分からないけれど、外見的なものは概ね超オレの好みだし。
口に手を宛てて、ちょっと真剣にナーディアさんの提案を考えるオレ。
……とはいえ。
「正直悪くないかな。とは思いますけど。 流石にここで即決できる話じゃないですね。 現状オレも宿暮らしの根無し草ですから、色々準備も足りないですし」
女性を養うにしても宿暮らしではなんとも。だしな。
「そりゃそうよね。 ん。それなら――とりあえず女性としての私を買う。っていうのは、どうかしら?」
「女性として?」
「そう。 愛人のお試し期間みたいなものかしらね。とりあえず今のままの生活を続けるけれど、私はママ――うちのお店の店主のことなんだけど。ママに事情を話して貴方専属って扱いにしてもらうわ。 …まあ、その分、貴方には毎月それなりのお金を私に使ってもらわないといけないけど」
私生活できないし。とナーディアさんは言う。
「ふむ」
手付みたいな感じか。
「で、貴方が私のことを気に入ってくれて、あなたの準備も整ったなら、その時は私のことを正式にもらってもらう。 気に入らなかったのならこの契約は解消してくれていい」
「なんか、大分オレに都合がいいですね」
「必ず気に入らせてみせるって自信あるしね。――これならお相手さんも納得するんじゃないかと思うのだけれど、どうかしら」
気に入らせるて。
なんか女性のこわい部分を垣間見ている気がする。
さらりと、というか思いっきり肉食系女子だなあ。
ここで頷いたら、試しでも色々と確定する気はする。――するけども。
分かってるけども。
「――そこまで言ってくれるなら、まあ、試すだけなら」
ここまでの美人さんにここまで評価されて、この提案を断るなんざ男として間違っている。とオレは思うんだ。
◇ ◇ ◇
「―――ということがあったんだ」
ナーディアさんと別れて『遥々亭』の自分の部屋に戻り、既に戻っていたカザネに先ほどの出来事を話す。
ナーディアさんはオレの返答ににんまりと笑みを零すと、具体的な金額とか諸々、細かいところを話すために後日また会う約束をして、その場は別れた。。
でまあ、カザネにこのことを話さないのは、なんていうか不義理だよな。と思ったオレは正直にカザネに事の顛末を説明したのだった。
「……確かに奴隷なり愛人なり囲うといい。とは言ったが。 何というか…少し目を離した隙に――」
オレの話を聞いたカザネが何とも言い難い。といった風に口元をむずむずさせる。
カザネは部屋のソファで、先端が尖った串のような鉄の棒を持って弄っていた。何それ?と聞いたら、投擲用に使うらしい。今日の朝までは持っていなかったように思うので、ついでに買ってきたんだろうか。
「……やっぱ嫌だったりする?」
カザネってこういうのも使うのか。興味深そうにテーブルに並べてある鉄の串を見つつ、聞いてみる。
何だかんだ言っても情を交わす相手が公然と他の異性を囲うというか浮気というか、前世的な感覚からしてもいい気はしないんじゃないかなあ、とは思うんだ。
「いや。そういったことは―――… まあ、多少はある。とは思うが。 いずれそうなるだろうとは感じていたし、覚悟はしていたからな。 そこまでではない」
「何というかすいません。 ――じゃあ、他に何かあったり?」
「あー。その女性は…つまり、アベルにあの日沢山匂いを纏わせていた、あの時の女性なのだろう? もうあの匂いを感じることは無いだろうと思っていたからね。少し複雑な心境だ」
「ふうん――?」
ナーディアさんとこういった契約をしたことについては、とりあえず反対ではないらしい。
でもカザネって、オレが決定したことに対して殆ど反対しないから、内に色々溜め込みそうで多少心配ではあるけれど。
まあ、色々気にかけるようにするしかないか。今の所。
絶対オレ他の女にも手ぇ出しちゃうだろうし。
「まあ、アベルも最近私のことを気遣って色々抑えてるようだったし、女を囲うのはいいさ。 ――が、だ。」
あれ、バレてんの? 普段と変わらない風に気をつけてたのに。
見透かした風にカザネは薄く笑うと、握り具合を確かめていた鉄串をテーブルに置いて、隣に座っていたオレにしなだれかかってくる。
「昼にも言ったが。ちゃんと私のことを構うのも、忘れないでくれよ――?」
耳朶を唇で挟まれながら、鼓膜に直接浸透させるように囁くカザネに、思わずドキドキして背筋が震えてしまう。
「忘れるわけ、ないだろ――!」
――夕食を食べる時間が。いつもよか遅れることになった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、後日。 専属娼婦?みたいな感じになるナーディアさんと、毎月払う金額やらなんやら、細かい話を決めた後に、ナーディアさんが勤める娼館のママさんという人と多少雑談。
ママさんは豪快な感じの、こう、ふくよかな、下の子とかに慕われてそうなおばさんだったけども。 オレを見るとナーディアさんと同じように身体をじろじろ見られたり触られたりした後、ナーディアさんと似たにんまりとした笑顔で、うちの子を頼むよ。と言われた。
親譲り。とでも言うんだろうか。
ナーディアさんとの逢瀬の場所は、娼館の部屋を使って良いそうで。
オレの借りてる部屋では色々と気まずいものがあるので正直助かる。
んで、そっから数日後。
やたらと充実した夜の生活が始まるのだった。
基本的には今までと同じ生活だけれども、3,4日に一度ほどの割合でナーディアさんに逢いに行く。
流石プロというか、様々な手練手管に加えて、オレが依頼で少し疲れている時などは純粋にマッサージをしてくれたり、ご飯を作ってくれたりと。 もうこれでもか。というくらいに甲斐甲斐しく奉仕してくれる。
このマッサージやご飯というのが、またやたらと上手く、そして美味で。 オレの何気ない仕草から、求めているものを読み取って、その日その日のサービスを変えてくれるのだ。
この人を家に迎えたら、さぞや快適な生活を過ごせるんだろうなあ、と。自然と思い知らされてしまう。
「――なんかやたらと美味いですね、これ。味付けも丁寧だし。 料理人とかでも行けるんじゃないですか?」
「ふっふー。そうでしょそうでしょ。 うちのママがね、男をモノにするには上と下の袋を虜にしなくちゃいけない。って、小さい頃から教えられてきたのよね」
「へえー」
「他にも編物や洗濯から、簡単な護身術まで。家庭に必要なことは人並み以上にできるわよ。 旦那様の留守はお任せあれ――ってね」
「ここはあれですか。 花嫁養成所とかそんなのなんですか」
「そんなわけじゃないけどね。 お店の子達も、ただ毎日働かされてるだけじゃ嫌になってきちゃうからね。チャンスがあれば良い男にもらってもらえる。 そういう風に考えて一生懸命働くように、ママの方針で色々教えられるのよ」
「成る程」
いやいや働いてるんじゃ、店の質も落ちてきちゃうもんな。
希望を与えることが、店の為にもなる。 ちゃんと考えてんだなあ。
「だから――ね?」
ナーディアさんが、オレの口元の食べ残しを啄ばみながら、片腕を豊かな胸で挟み込み、しなだれかかってくる。
「私、貴方の留守を守れる、いい女になれると思うなあ」
「………」
………。
なんという、したたかさー――!
◇ ◇ ◇
そんな生活を続けていると、カザネも何だか対抗心を燃やしたのか。
最近マーカスに厨房を借りて料理とか作ってくれるようになってきた。
なんだか鬼ヶ島の料理というのは、前世の日本の風習に似ているのか。 魚の煮付けとか、ほうれん草のおひたしみたいなのとか。 やたらと懐かしい味付けのものが多い。
「米や味噌があれば、もう少し色んな料理を作れるのだがな」
「――米あんの!? 鬼ヶ島って!」
思わず前世のオレが表面に出てしまう一幕もあった。
それ以外にもやたらと積極的になってきて、出来るだけ自分で搾り取ろう。という思惑が所々見え隠れする。
前世では夢のまた夢だった、理想の生活がオレの前に築かれようとしていた―――。
――――が。
世の中全てが上手く転ぶ筈もなく。
今のチームランクC程度の稼ぎでは、生活するには問題無いが、お金も貯まってはいかないという状況になってきた。
このままでは、今後ナーディアさんを貰い受けるにしても、そのお金が稼げ無さそうなので。
やや性急ではあると思ったが、オレはギルドにランクBへのランクアップの申請をしに行くことになるのだった。
+注意+
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