第41話 申し込み
「――選定戦の開催地とはいえ……ぱっと見、そこらの村と変わらないように見えますね。ガルタ村」
「そうねえ。聞いてた話からして、竜が見れる観光地!みたいなイメージがあったけれど……普通の村ね。たまに竜だか魔物だかの鳴き声が聞こえる以外は」
「観光客らしき人の姿もちらほら見えるがな。…だがまあ、選定戦や竜を、村の売り物として売り出しているわけではないのだろうな」
村についたオレたちが最初に抱いた村への心象というのは、大体そんな感じだった。
それというのも、これからこの村主催で選定戦が始まるというのに、そういった催し物が始まる直前の騒々しさというのはまるでなく、むしろ本当に開催されるのか不安になってくるくらいの、のどかな村の雰囲気。
着いて早々村の人に馬車を預けた折、オレたちが選定戦の参加者だということを告げても、村の人は皆、へえ、やら、そうなんだ、などといった淡白な反応ばかりで。
頑張ってね、などとおざなりに声はかけてくれるものの、村を観光地として盛り立てて行こうといった風には思えないリアクションばかりだった。
とは言えオレたちが嫌がられてる、というわけでもないみたいで、賢獣連れての宿なら何処がいい、とか選定戦の手続きはどこでやればいいのかなどの情報は丁寧に教えてくれるものの、なんだろう…そういった諸々の印象を合わせて、普通の村に来た、という印象を抱いたオレら。
一般的な村に比べれば宿や酒場などといった、外向けの施設は多いのだけど、もっとこう、おいでませガルタ村!君もガルタ村で竜と握手!くらいのノリがあってもおかしくないと思っていただけに、竜をプッシュする様子がまるで見えない村の姿には、少し違和感すら覚える。
「村の人々にとって竜は信仰の対象。崇め奉る神聖な存在であって、見世物や売り物にするようなものじゃないんだろうね。 勝手に来る分には村の収入にもなるし構わないけど、こっちから人を集めるようなことはしない、ってところかな」
オレたち同様、実際に村に来るのはこれが初めて、というアルさんが村を見回しながらそう語る。
ざっと見た感じ、ダフの街ではやたらと売ってた、竜関連のグッズなんかも全然売ってないしな。
アルさんの言う通り、この村の人々にとっては竜を売り物にするなんてとんでもない。といった感じなのかもしれない。
「百年以上続いてる行事だっていうのに、今まで一度も聞いたこと無かったのが不思議だったけど、少し納得したわ」
「広めようとしていないなら、広まらないのも当然か」
「選定戦の成り立ちから考えるに、彼らが選定戦を盛り上げるのに意欲的になるというのも、不自然な話だしね」
「成り立ち……、ああ」
アルさんの発言に、少し考えてから納得するオレ。
元々竜にわんさか会いに来る人の数を減らそうと始まったのが選定戦なのだから、ガルタ村の人々にとっては信奉している竜に手間をかけさせる選定戦の参加者なんて、歓迎すべき存在じゃないのかもしれない。
「言われてみれば確かにねえ……むしろ敵視されてもおかしくないわね、私たち」
「そこらへんはまあ、色んな事情が絡まって今の状況に落ち着いているんだろうね。売りにしていないとはいえ、村の収入源であることは違いないだろうし。昔は国のお偉いさんなんかも選定戦をやりに来てたって言うし」
「百年以上続いてる行事だもんなあ……」
いまや村を経営する為の重要な歯車になってるっぽいしな。選定戦の参加者やら竜見物の観光者やら。
竜に手間かけさせるやつらが来るのは嫌だけど、来なくなっても困ってしまう。来るなと言っても来るやつは来るのだろうし、一介の村程度じゃ来るなと言えない連中もたまに来る。
そういった複雑な事情や感情が年月を重ねて熟成された結果が、今の消極的歓迎というか、そんな感じの村人たちの反応なのかもない。
そんな風に考えていると、オレと同じように何か得心したような表情でナーディアさんが、うんうんと頷く。
「……つまり、お土産はダフの街で買っておいて正解だったということね」
「………そうだな」
「突っ込みを諦めんなよ、カザネ」
腰に手をあてそう言うナーディアさんに、何か言いよどむように口を動かしてから、溜息交じりに同意するカザネ。
いやまあ、実際問題となるのはそれくらいかもしれないけどさあ。
「王都のママにお土産買ってくるって言っちゃってたのよね。あそこで買わなかったら買う機会が無かったかもしれないと考えると、我ながら素晴らしい判断だったと思うわ」
「別に選定戦が終わってから、帰りに寄って買っても良かったんじゃね?」
「何言ってるのよ。お土産買うぞー、って純粋な気持ちで買うのと、ご当地で売ってなかったから仕方なく、帰りにお土産売ってる街に寄って買うかー、って気分で買うのとじゃ、全然違うじゃない」
「……違うの?」
「……らしいな」
「この話を知ってからダフの街でお土産を選んだんじゃ、きっとお土産選びもおざなりになって、あの彫り物には巡り合えなかったわ」
「ダフの竜の彫り物、どれも一緒なようで実際ピンキリだからねえ」
「アルさんも買ったんですか」
アルさんとナーディアさんから、お土産選びのコツなぞというものの話を聞かされつつ。
やがてオレたち一行は、これから数日を過ごすことになる、ガルタ村の宿へと辿り着いた。
◇ ◇ ◇
村の人に指示された、賢獣連れならここがいいよ、という宿は、これを宿と言っていいのかどうなのか。
伝えられた場所にあったのは一軒の家屋で、宿として機能しているどころか、人が住んですらいない空家だったので、近くをほっつき歩いていた村人に事情を説明したところ、すぐ近くの、空家の管理をしている人の家にまで案内してもらえた。
てっきりオレは改めて宿に案内し直してもらえると思っていたのだけれど、どうやらオレたちの宿は最初に辿り着いた空家で相違無いみたいで。
管理人の人の話によると、ジンのこともさることながら、オレたちの人数が人数なので、普通の宿に泊まるよりも、こっちの空家にまとめて泊まった方が都合がいいと考えてこっちへ案内されたんじゃないかとのこと。
普通の宿と違って家を借りるだけなので、炊事洗濯などの自分の世話は自分で、ということになるが。色々気兼ねせずに済みそうなのは非常に楽だと思ったので、こちらは了承。アルさんたちも了承。
そんなわけで、選定戦の期間中のみ、という限られた期間ではあるが、オレはじーさんの家を出てから初めて、宿屋でも野宿でもない、「家」という空間で数日を過ごすことになるのだった。
……だからといって特に何がどう、ということはないのだけれど、なんだか少し、感慨深いものがあった。
「正直、旅行中は私の出番なんてほとんど無いだろうなあ……と思っていたのだけれど、ここにきてこんな役目が巡ってくるとはねえ。よし、少年、炊事洗濯は任せなさい」
「正直すげえ助かる」
「旅の途中、魔物退治とかお金稼ぎとか全て少年やカザネちゃん任せだったしね、雇われの身で遊んでばっかというのも多少心苦しいものがあるし、やることがあってむしろ助かったわよ、こちらとしても」
「そんなもん?」
わりとそういうの気にしないイメージが勝手にあったんだけどな、ナーディアさんって。
「そんなもんよ。というか、人が何かやってるの見て、何も気にしないでいられる人って、そうはいないんじゃないかしら」
「それは……確かに」
何かやるかどうかはともかくとして、色々気にはしてしまうな、オレは。
得心するオレに、それに……と馬車から持ってきた荷物を片付けている、アルさんやニムニちゃんの方を見るナーディアさん。
「ニムニちゃんくらいの年頃の子が、あんまり外食や野外食ばかりっていうのもどうかと思ってたのよねえ。旅先だろうがなんだろうが、お兄さん全然料理しないらしいし」
ニムニちゃんが言ってた、とジト目でアルさんの方を見ながらナーディアさん。
そんな視線に晒されて、困ったように笑いながら帽子の後ろ頭を抑えるアルさん。
「いやあ、料理とか全然駄目でね」
「………。まあ、男手一つで育ててるみたいだし、仕方の無いことなのかもしれないけどね。でも丁度いいから、少年たちが選定戦やってる間、こっちはこっちでカザネちゃんと一緒にニムニちゃんに、多少の家事を仕込んでおくことにするわ」
「…、ああ、構わないが」
「………っ。」
同じく荷解きをしていたカザネが、話を振られて少し意外そうに頷き、ちまちまアルさんの手伝いをしていたニムニちゃんが、ぐ、と拳を握ってナーディアさんを見る。
なんかやる気っぽいな、ニムニちゃん。
というかすっかり打ち解けてんだなあ、女同士。オレに対しては未だに人見知りバリバリだってのに、ニムニちゃん。
「…ニムニがやる気なら、いいかな。それじゃ、短い間だけどニムニのことをよろしくお願いします。お二人共」
そんなニムニちゃんの様子を見て、僅かに目を細めたアルさんは、カザネとナーディアさんに向けて深く頭を下げる。
それに対してどん、豊かな胸に手をあてるナーディアさん。
「任せといて。選定戦が終わる頃には、手料理の一つは作れるくらいにしといてあげるわよ」
「うわそれすごい楽しみ!」
きらっきら目を輝かせるアルさんに、なんかもうほんと、この人安心してしまうくらい、妹以外興味無いんだろうなあ、と思うオレだった。
◇ ◇ ◇
さして時間もかからず荷解きが終わり、夕飯にするにはまだ早い時間だったので、オレとアルさんは選定戦の主催者である、ガルタ村の村長の家へと挨拶しに行くことに。
選定戦の手続きもそちらで行っているということなので、あわよくば纏めて済ませてしまおう、という心積もり。
「――にしてもニムニがあんなに打ち解けるとはなあ。選定戦中ニムニのことどうしようか迷ってたんだけど、助かったよ。彼女達と一緒なら僕も安心だ」
「……ちなみに、もしオレたちが安心できない人たちだったら、どうするつもりだったんですか?」
アルさんと共に村長宅へと向かって歩きながら、先ほどの出来事について話すオレら。
そういう可能性も充分――というか、そういう可能性の方が高かったと思うんだけど。
オレの質問に対して、帽子のつばを弄りながら、少し上向き加減にアルさん。
「安心できない加減にもよるけれど……とりあえず、宿を別けるのは当然として」
「はあ」
まあ、それくらいはするよな。
「あとは部屋からなるべく出ないように言いつけて、待っててもらうつもりだったけど……」
「成る程」
実際それくらいしかないもんなあ。聞くだけ愚問ってやつか。
「……でも、どうしても不安な場合は、主催者に相談して一緒に参加出来るように頼むつもりだったよ」
「そこまで心配ですか」
仮に許可が下りたとしても、危険度は参加した場合の方が高い気がするんだけどなあ。
勝ち抜ける可能性も低くなるし。
「いや、ニムニが心配ってのも当然あるけどね。 …でもそれでなくても、正直、預ける相手が安心できようができまいが、できるだけニムニから目を離したくはないんだよねえ」
「…うん?」
アルさんの何か含むような口調に疑問を感じて、それについて尋ねよう――とする寸前早く、アルさんが声をあげる。
「――お、周りの家より一回り大きな、赤い屋根の家。 あれが村長さんちじゃない?」
「あ、本当だ」
村の人に伝えられていた、村長宅にまんま合致する家が視界の先に見えてきて、オレとアルさんの話題と意識はそちらへと移る。
見えてきた村長さんちは、なんかもうえらい目立つ家だった。
他の家より大きな家、というのもさることながら、真っ赤な屋根に非常に視線を惹かれる。
他の屋根が地の素材の色のままの、素朴な感じなのに対して、村長さんちだけ、塗料を塗りたくったかのように真っ赤だった。
目印としては間違えようのない、とてもわかりやすい目印ではあるが、牧歌的な周囲の中、その家は派手過ぎて目立っているというよりは浮いている。
他に伝えられていた特徴と合致する家は無いし、おかげであれが間違い無く村長さんの家だと判断することが出来たけど……。
……一体あれは余所者に対する親切心からの目印なのか、家主の趣味なのか。
ほぼ間違い無く前者だとは思うけど、もしも後者だったら――この村の村長は相当愉快な人だろうなあ、と思う。
「……どっちが聞く?」
「……。そういうのはもうちょっと、子供の頃にたしなむ遊びだと思います」
アルさんもオレと同じ感想を抱いたのか、少しわくわくした雰囲気でそんな提案をしてくる彼を、押し止める。
答えがどっちだろうが、それ聞いたら絶対気まずくなるじゃねえか。
自ら人間関係に波風を立てるようなことはしたくなかったので、屋根についての疑問は流す方向で話を纏め、ごく普通に村長宅を訪ねるオレら。
出迎えてくれたのは、四十過ぎたくらいの穏やかそうな女性で、村長の奥さんだと言う。
オレたちが選定戦の参加希望者だということを告げると、とても驚いたかのように目を見開き、それから部屋の中へと招いてくれた。
その反応に少なからず疑問を抱いたオレとアルさんだったが、とうの奥さんが居間っぽい部屋にオレたちを案内すると、さっさと村長を呼びに部屋を出て行ってしまったので、それについては聞けずじまい。
アルさんと二人、テーブルの席について顔を見合わせ、先ほどの奥さんの反応は一体どういうことなのか考えてみるも、たったこれだけの情報で答えなんて出る筈も無く。
村長さんが来た時に機を窺って聞いてみよう、ということで話が纏まったあたりで、村長さんが部屋にやってきた。
村長さんは大柄で、髭の生えた、威厳のある中年といった感じの人で、特にアクが強そうな感じはしない人だった。
より具体的に言えば、屋根の色は他所者への目印として使ってそうな感じの、そんな人。
その村長さんも、部屋に入って早々、オレたちの姿を確認して、少し驚いたように顔を強張らせる。
「………本当だったのか」
「?」
「?」
何が本当だったのか。言葉の意味が分からず首を傾げるオレとアルさん。
そんなオレたちの様子を見て、僅か呆然としていた村長さんは、気を取り直すように咳払いを一つ。
「おほん。いきなりすまない。――あー、私がガルタ村の長をしているグンタだ。まずはようこそ、ガルタ村へ」
「冒険者をやっているアルフレートです」
「同じくアベルです」
席を立ち、互いに軽く自己紹介するオレら。
それぞれ握手を交わした後、椅子に座り直して早々、グンタさんが神妙そうな顔で口を開く。
「早速なんだが……君たちは本当に、選定戦に参加するつもりかい?」
「……そのつもりですが」
アルさんが答える。
答えたアルさんの表情を見て、次いでオレにも意思を確認するように視線を向けてくるグンタさん。
それに対して首肯すると、そうか……とグンタさんは重々しく頷く。
「…何か問題が?」
なんとも重たげな村長さんの反応に、率直にそう訪ねるアルさん。
村長さんは、思い悩むようにあごひげを撫でた後、ゆっくりと口を開く。
「むしろ何か問題があったのか聞きたいのはこちらの方なんだが……その様子だと、君たちは何も知らないのか?」
「オレたちが?」
顔を見合わせるオレとアルさん。
問題と言われても、思い当たる節がまるでない。
しばし探り合うように黙りこくっていたオレたちだったが、やがてグンタさんが大きく息を吐くと、テーブルの上で手を組みながら重々しく口を開く
「……そうだな。まずこちらから話そうか」
「お願いします」
「とはいえ、順を追って話さねばならないような複雑な話でもないのだがな。 率直に言ってしまうと、だ」
「はい」
「はい」
グンタさんは、多分な戸惑いを声音に含ませて、彼らの事情を話す。
「今年の選定戦参加者がね。異常に少ないんだよ。――いや、少ない、というのは少し違うな。確かに例年に比べると参加者も少ないのだが、それ以上に参加表明をしても、辞退するものが続出している。 もうまもなく選定戦が始まるというのに、今年の参加者は現在、君たちを含めても三組しかいないんだ」
………。
………。
あー、成る程。
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