プロローグ~第15話 ダイジェスト版
石を削り自ら建てた、やや不恰好な墓の前で黙祷する。
両脇に控えるジンとグルも、まるで祈りを捧げるかのように伏せている。
「…。 後は頼むな、グル」
立ち上がり、未だ伏せたままの巨大なオオカミに声をかける。
こく、と小さく頷くのを確認して、オレは今や立派な白虎へと成長した、ジンの背中へと跨がった。
じーさんが亡くなって一ヶ月。
その日、とうとうオレは外の世界へとその第一歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇
転生というものをした。
オレが。
海外旅行に行った先で起きたテロに巻き込まれて、死亡。
超痛い、来なきゃ良かった。とかぼろぼろ涙と血を流しながら意識を失って、気付いたら赤ん坊になって生まれ変わっていた。
とりあえず生まれ変わってわかったことは。
生まれ変わった先はどうやら現代日本ではなさそうだということ。
魔法とかがある、ファンタジーモノの話でよく見かけるような異世界っぽいこと
両親がいないようだということ。
両親の代わりに育ててくれる人がいること。
親代わりにオレを育ててくれているヨーゼフという名のじーさんは、理由はわからんが世捨て人みたいな生活を送っているようで。
オレはグルガの森と呼ばれる、じーさんとじーさんのペット以外は魔物だけという魔境の中で幼年期を過ごした。
置かれた環境や状況に対する戸惑いは尽きないものの、じーさんの手ほどきを受けながらどうにかこうにかこの地で生き抜く術を身に付けていったオレは、十歳になったある日、森の中で白い子猫と出会う。
どことなく弱っているように見えたそいつに、その日は機嫌が良かったオレは何となくいいことをしたくなって、丁度持っていた干し肉を与えると、思いの外子猫がオレに懐いてきたので特に深く考えることもなく、そいつを飼うことに。
猫の名前はジンと名付けることにした。
じーさんの飼っているペット、グルと同じく、人の言っていることをなんとなく理解できるくらいの知恵があるようで、オレの言うことちゃんと聞くんだぞ、と告げると。返事をするかのように小さく鳴くのだった。
◇ ◇ ◇
猫が猫じゃなかった。
どうやら、オレが猫だと思って飼い始めたそいつ。ジンは、王天虎、と呼ばれる虎だったらしく。その日の夕飯時にじーさんが説明してくれた。
“地を統べる皇狼、天を駆る王虎”などと称される、魔物、魔獣などとは別の、賢獣と呼ばれる知恵を持つ獣の中でも特に強力な種族らしく。
話によるとじーさんが飼ってるグルが地を統べる皇狼、地皇狼と呼ばれる種族で、オレの拾ったジンは後者の、天を駆る王虎。 王天虎の子供だとのこと。
賢獣というのは、そこらに犇く魔獣などと違って、人語を理解する知性を持ち、人間と敵対していない獣のことを指すらしい。
敵対していない、とはいっても別に味方というわけではなく。 彼らのテリトリーに入れば襲われるけれど、基本無害で、場合によっては協力して魔物を追い払うことがある。くらいの関係らしい。
そしてその中でも、グルやジンは最強種の一つに数えられる種族であるとのこと。
地皇狼であるグルは、地上戦では敵無しと言われるくらいの飛び抜けた身体能力を持っており、王天虎であるジンは、その脚で大気を掴み、自在に空を駆るらしい。
マジか、と思いながらジンを見たら、とことこ階段でも昇るように宙を歩いて、オレの肩に乗って来た。 この猫マジスゲー。
今まではとにかく、魔物だらけのこの森での生きる為の知識、力をひたすら教え込まれてきたが。
ジンのことを切欠にその日から少しずつ、日々の鍛練にこの世界についての授業が加わっていった。
◇ ◇ ◇
簡単に説明されてはいたのだけれど、じーさんからこの世界についての説明を受けていく度に、元居た世界との違いっぷりに軽く眩暈がしてくる。
オレたちがいるこの大陸は、クラルカというらしく。人や魔物のみならず、エルフやドワーフといった亜人、更には賢獣や竜等等、雑多な種族が入り乱れる大陸らしい。
やっぱ人間が一番幅利かせてたりするのかしらん。とか思ってたら。 どうやら素直にそうとは言えないようで。
なにやら、この大陸の中心部は、魔物達によって支配されており。 その大陸の中心部を囲むようにして様々な国家が点在しているらしい。
魔物領、と呼ばれるその領域からは、いくら討伐を繰り返しても底が見えないくらいに魔物が居るらしく、魔物領の中枢には神代に封印された魔神が眠っているとか、魔物を統べる魔王がいるとか言われているが、真相は確かめたものがいないため、不明。
魔物領と面している国家は日々国境近くで魔物と小競り合いを続けていて、時折起こる魔物の大規模侵攻の際には国を挙げて応戦するほどらしい。
とはいえ、ここ数十年はそこまでの争いはどこの国家でも起きておらず、小康状態が保たれているようだ。
そんな世界だからして、必然的に国は保有する騎士団に力を注いでたりするのだけれど、強力な魔物の討伐や、村や都市への魔物の襲撃やらならまだしも、常に魔物領からの侵攻について一定の余力を残しておかなければならない国の軍では、街から街へ移動する商人の護衛やら、突発的に発生する、魔物が生息する区域への貴重な薬草の採取やらには一々対応できない。
ので、そういう痒いところに手を届かせる為に発足したのが、冒険者ギルド、と呼ばれる組合。
異世界で定番のヤツやね。 じーさんも昔はこのギルドに所属していたらしい。
騎士団は街の治安維持等といった、警察的な役割も兼ねているので、魔物の大規模侵攻もない昨今では大概の魔物が関わる問題はこの冒険者ギルドがこなしているらしい。
ギルドは国からは独立した機関として扱われていて、大陸中の街に設置されているそうな。 だのでギルドに登録しておけば、身分証明もできるし、大概の国にも冒険者としてさして税もかからず入れるらしい。
…が、権利があれば義務もあり。 もし冒険者が滞在する国が、魔物の大規模侵攻に襲われた場合、彼らは国の防衛戦に参戦しなければならない義務があり、それを怠った場合、そいつは永久に冒険者ギルドから追放されてしまうらしい。
特別冒険者になる為の資格、とかはいらないらしいので、いずれこの森を出るのだとしたら、なりたいものが特に無いのであれば冒険者になっておくのが無難じゃの。と、じーさんは言っていた。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、またかれこれ数年の時が経った。
ようやくしっかりとした身体が出来上がったオレは、じーさんからの教えを全てモノにして、最早この森では敵なしになっていた。
どうやらこの身体は非常に素養に恵まれているようで、体術や魔法の上達っぷりは師であるじーさんも目を瞠るほどだ。
そんな上達しても、未だにじーさんやグルには勝てないのだけれど。
拾った猫、ジンも大きくなった。拾って最初の一年くらいは、まだギリギリ猫…かな?と言えるくらいの体格だったのだが、みるみる大きくなり、今ではグルに迫るほどの巨躯を誇っている。
王天虎、の名前は伊達ではないのか、こいつも森の中では対抗できる存在がいなくなっていて、最近ではグルとも良い勝負をするようになった。
最初の頃の、突っかかっては前足でぺちょりと叩き落とされていた頃とはえらい違いだ。
◇ ◇ ◇
人間がたったの二人だけという歪な環境ながらも、そんなことはものともせずにすくすくと育っていたオレだったが、育つということは歳を重ねるということ。
……オレが歳をとれば、周りも公平に、平等に歳をとる。
“その日”は唐突にやってきた。
幼い頃からの積み重ねはマジ重要というか。オレの身体はまるで躓くことなく成長し、最近ではじーさんとの鍛練もぼちぼちの勝率で勝てるようになってきていた。
それは、オレの成長と同時にじーさんの衰えもあったのだろう。とは今になっては思うのだけれど。
ともあれそんなある日、いつものように朝起きて朝食を作り、いつまで経っても起きてこないじーさんを起こそうと、じーさんの部屋に入って……
寝室で、眠るように安らかに天に召されたじーさんを見つけた。
その顔は、苦しそうなところがまるで無い穏やかなもので、オレはじーさんが死んだことを確認するとぼろぼろみっともなく泣いてしまったけれど、不思議とそこまで悲しくはなかった。
その後は、元々人はオレとじーさんしか居ないこの森の中。この世界の葬式の形式なんてまるで分からないので、オレの泣き声に反応してやってきたグルやジンと共に、小屋の近くに墓を作りそこにじーさんの亡き骸を埋めて、弔った。
ジンはじーさんを弔う間、普段の無邪気で闊達な様子がなりを潜め、酷く落ち込んだ様子で。
オレ達の中で最もじーさんと付き合いの長かった、じーさんの相棒グルは、己の相棒の死期が近いことを悟っていたのか。落ち着いた様子で、事あるごとに泣くオレの頬を舐めては、慰めてくれた。
じーさんを墓に埋葬し終えて、暫くすると、グルがどこからか一通の手紙を銜えて持ってきた。
中身を確認すると、それはじーさんからの手紙で、そこには自分が死んだ時のことについて、書かれていた。
曰く、家の物は好きにして構わない。とか、グルはグルの好きにさせてやれ。とか。 残されるオレに対して、教える限りは教えたが、それでも心配する言葉や、自分が居なくても怠けるな、等といった小言。
オレは知っていたが、そこにはオレがじーさんの子供ではない、この森の中で拾った子供であることなども書かれていて。家族を持ったことのない自分が、家族らしくしてやれたかどうか、気にするような内容が記されていた。
文の中にあった今後の指針については、森の外に出ても、留まってもどちらでも好きにしろ、といった旨が書かれており。 もし森の外に出たいのなら、と最寄の国への行き方と、ギルドへの紹介状。金貨や銀貨などの貨幣の置いてある場所についての説明もあった。
じーさんの厚意をありがたく受け取って、その日から時間をかけてオレは旅立ちの準備を整えた。 最早じーさんが居ない以上、オレがこの森に留まる意味は無かったし、それを予期していたのか、じーさんが旅立つのに必要なものをある程度整えていてくれたので、特に手間取ることもなく旅立ちの用意は整った。
家の整理に、保存食作りなども終えて、旅立ちの準備が全て整った日、オレはジンとグルに、オレが森の外へ出るつもりだということを話し、二匹はどうするかを尋ねる。
王天虎のジンはオレについてきてくれるようで、地皇狼のグルは、相棒の眠るこの地に留まることにしたようだった。
どちらの決定にも否やは無く。その日は3人で、この森でのめいっぱいの贅沢をした晩飯を作り、この家での最後の一日を過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇
そして明くる日の朝、
じーさんの墓前で旅立ちの挨拶を済ませて、立ち上がり、出発前に忘れ物はないか最後の確認を行う。
じーさんのお下がりの服である麻の布の服に、フードの付いた外套。
右手に持つは、これまたじーさんのお下がりである杖で、杖というよりは棒と言った方がよさそうな、オレの身長ほどの長さの細い杖で、中心部に埋め込まれた宝玉に手を添えると、魔法のブーストと、障壁の展開ができる。 あとめっちゃ硬い。
肩に提げたバッグは、じーさんが冒険者であった頃に手に入れて重宝していたという、小屋一つ分くらいの容量があるという魔法のバッグ。 名付けてワンダーバッグというらしいが、ネーミングセンスに疑問を感じたのでそのまま、バッグと呼ぶことに。
バッグの中にじーさんの遺してくれた、ギルドへの紹介状やら金貨やらが入ってるのを確認し、続いて家に保存しておいたありったけの干し肉やら果実、木の実などの確認もする。
バッグの中身を確認し終えて、よし。
森に残るグルへと別れを告げて、オレはジンと共に未だ見たことの無い世界へと巣立っていく。
目指すはじーさんが冒険者時代を過ごしたという国、アセナル王国!
◇ ◇ ◇
アセナル王国とは、大陸の東方、グルガの森と呼ばれる広大な森に隣接する国の一つであり。
はるか昔にこの地を平定したアセナルという王と、その仲間達によって築かれた歴史ある国であるらしい。
建国時からじわじわと領土を広げていき、魔物が次々に押し寄せてくる大陸中央に接する部分と、中央から突出するように突き出ているグルガの森以外は、魔物に襲われることもさほどない、大陸の中でも比較的安全で、有力な力を持った国である。
そんな大きな国でも、大陸中央からやってくる魔物の大侵攻は完全に受け切れないというのだから、どんだけとんでもないんだろう、と思う。大侵攻。
ともあれ。そんなアセナル王国へじーさんの勧めで向かうオレと、巨大な虎、空を駆る王天虎であるジン。
地を統べる皇狼、空を駆る王虎などと呼ばれるだけあり、ジンはその足で大気を掴むことが可能であり、大地を走るのと同じように空を駆け抜けることができる。
じーさんの遺書にて、とりあえずは王都へと向かい、冒険者ギルドに登録すると良いと教わったオレは、そんなジンの背に乗って、空を駆け抜け王都へと向かっていた。
「暇だ……」
「……がう」
快適過ぎる空の旅に退屈さを感じ始めてきた頃、暇を持て余してジンにちょっかいをかけるオレに迷惑そうにしていたジンが、地上で何かを発見したのか、こちらに声をかけてきた。
見ると、ジンが示した先には全速力で逃げている馬車と、それを追う黒い犬の集団。
黒犬の方はハウンドドッグ、と呼ばれる魔物で、一匹では大したことはないのだけれど、鳴き声で仲間と意思疎通をして、常に集団で連携して襲ってくるタイプの魔物だ。
約三十頭くらいの集団が馬車と追いかけっこをしているが、魔物の方が僅かに早いのか、馬車はじりじりと囲まれるように追いつかれている。
丁度退屈してたところではあるし、魔物に襲われている人を助けるデメリットは見当たる限り無い。 見捨てても気分が悪くなりそうだし、助けるか。
さくっとそう結論付けてジンを窺うと、こちらも異論は無いのか、一鳴きして承諾。
さて、行きますか。 ――と、ジンを急降下させようとした、その時。
―― ぽろっ。 と、まるで零れ落ちるように馬車から人が放り出された。
「―――っちょ!? ッ、ジン!」
ジンの背を叩き、一気に放り出された人の元へと急降下する。
近付くにつれ見えてくるそれは、どうやら女性のようで、手と足を縄で縛られた状態で放られた勢いのまま地面を転がっている。
ハウンドドッグの群れは、目前にふと現れた獲物に注意を奪われたのか、向かう先を馬車から放られた女性へと変えて、一気に迫っている。
恐怖に歪む女性の顔と、まるで脚を緩めることなく走り去っていく馬車を視界に捉え、小さく舌を打ち左手で振り落とされないようジンの毛を掴み、杖を握った右手をハウンドドッグの群れへと向ける。
「そぉ――りゃ!」
杖に魔力を込め、右手の先に魔方陣が浮かび上がり、放たれる白光の魔力砲。
それが今にも飛び掛ろうとしていた群れの先頭を走る一頭に降り注ぎ、周囲の幾つかを巻き込み炸裂する。
唐突に出現した光の一撃に、ハウンドドッグの群れが怯んだ隙に、ジンが女性の元まで駆け降りた。
「っぶねぇ―― ジン。 オレがやるから、お前はその人護ってやれ」
「がう!」
降って湧いたように――文字通り降ったのだけれど――現れたオレ達に警戒するように唸り声をあげるハウンドドッグと、驚いたように目を白黒させる手足を縛られた女性。
女性の対応はとりあえず後回しにしようと無視することにして、オレ達を包囲するように集まってきた群れの対処を優先することにする。
「グルルルルル……」
「同じイヌ科とはいえ、グルとは似ても似つかないな…」
口から涎を垂らしながら、牙を剥き出しにしてこちらを睨むハウンドドッグに、思わず呟く。
こんなことを言ったと知られたらグルに齧られるんだろうな、と思いながら。杖を持った右手を手近なハウンドドッグへと向ける。
「―――消えろ!」
声と共に再度放つ、白色の魔力砲
森の外での初めての戦闘は、そうして始まったのだった。
◇ ◇ ◇
ものの十分程で、あっさりと戦闘は終了した。
周囲の安全を確認しながら、馬車から投げ捨てられた女性を確認する。
肩ほどまでの黒髪に、黒い瞳がやや切れ長で釣り上がっていて、普段は涼やかな印象を与えるのかもしれないけれど、今は驚きに見開かれている。
歳はオレより上っぽげで、二十歳くらい。
簡素なチュニックとズボンに、服の上から見ても分かる体型の良さ。 まあ、どこに出しても恥ずかしくない美人さんに見える。
…が、普通の美人さんとは違う点が一点。 彼女の頭部に、なんか、頭頂部の分け目あたりからひょっこりと、缶ジュースの缶くらいの長さの一本角が生えてた。
ざっと見て。流石はファンタジーなどと簡潔な感想を抱きながら女性を縛っていた縄から解放すると、陽も暮れてきたので本日はここらで野宿することに。
夕飯を突付きながら聞いた話によると、女性の名前はカザネ・ケイロンと言い。
世界中を旅している冒険者らしいのだが、昨日王都を出たところで先の馬車の連中に襲撃をくらい、奴隷として売られるところだったらしい。
拘束されたままどこかへ運ばれる途中で、先のハウンドドッグの群れに遭遇。
逃げようとしたものの、群れを振り切れそうになかったので、命を惜しんだ馬車の連中は魔物への囮として彼女を放り投げたというわけだ。
更に話を聞くと、彼女が馬車の連中に目をつけられたのは、優れた容姿もさることながら、額から生えた特徴的な角が起因しているようで。
彼女達は鬼の種族。略して、鬼族―キゾク―と呼ばれる亜人の一種族で、種族的な特徴としては総じて戦闘能力が高く、頭に角が生えている。
基本的に鬼ヶ島という鬼族が治める国に住んでいるらしく。 ――島にあるの?と聞いたらそういうわけではなく。 周りを山と魔物に囲まれた陸の孤島みたいなとこにあるから、鬼ヶ島だとか。
んで、この鬼族や夜族、魔族等といった人種は、他の獣人などといった亜人とも違って。魔物から生まれたヒト、と言われて恐れられ、見下されているらしい。
彼女は勿論違う、と否定した上で言ったけれど。 まぁ、そう思い込まれているってことだろう。
――とまあ、そんな中々に厄介な出自の彼女だったが、先の馬車の連中に身包み剥がされた上に行くアテもツテも無いと言うことなので、一時的にオレが雇うことに。
一度助けてしまった手前、放っておいたら野垂れ死ぬか奴隷に逆戻りとわかりきっている彼女を置いて行くわけにもいかない。
森を出て初めて出会った人だし、美人だし。
義理と人情と下心によって、オレとジンの一行に新たな人物、鬼族のカザネが加わることになったのだった。
◇ ◇ ◇
「はあ……ここが王都か」
アセナル王国の王都アルハイム。 遠目からでも見える長大な、そして堅牢そうな城壁と、その城壁に囲まれてにょきっと先端だけが見える王城と思われる建物。
王都に辿り着いたオレたち一行は、眼の前に広がる都の威容に思わず溜息を漏らしていた。
一頻りでっかいみやこ!といった王都の姿に感動したり感心した後、城門での審査を終えて無事王都の中へと入ることができたオレたち。
一先ずは宿を決めておこうということで、土地鑑もあるであろうカザネと共に城門の兵士に渡された冊子をパラパラとめくる。
「結構少ないなあ、泊まれる宿。 ――カザネはこんなかでお勧めとかある?」
「ふむ。予算はどれくらいなんだ?」
「ざっと見たとこ、どれでも問題無いかな。 今ある分でも宿代だけなら3ヶ月くらいは大丈夫そう」
「少し疑問なんだが。 君は今までグルガの森の中で生活してたんだよな? なんでそんなにお金があるんだい?」
「別に疚しいことをしたわけじゃないよ? 金も服も道具も全部、育ててくれたじーさんの遺産ってだけ。 じーさん昔はそこそこの冒険者だったらしいし」
「成る程な。わかった。 ――それで、お勧めの宿だったか」
「うん」
「私もずっと同じ宿で生活していたし、他の宿の評判とかは分からないんだが……そうだな。 この宿は止めておいた方がいいかもしれないな。安いが、町外れだから冒険者ギルドのあるところから遠く、他の場所に行くにも時間がかかる。その代わり静かなとこかもしれないが。 他には――」
でっかい虎の賢獣――傍目には猛獣にも見えるジンと一緒ということで、城門の兵士から泊まる宿は賢獣も一緒に泊まれる宿で。と指定を受けていたオレたち。
カザネに主に地理的な面でのアドバイスを受けつつ、最終的にギルドにそこそこ近く、割高だけど広くてジンと一緒に使える部屋がある宿、『遥々亭』に決定するのだった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませニャ」
『遥々亭』にて、オレ達を迎えたのは喋る猫だった。
いや違う。猫みたいな人だった。 猫型の獣人、だろうか。人の子供くらいの身長で、顔はまんま黒猫。ホテルマンみたいな服をビシッと着こなす姿は様になっているが、猫。
そんな猫が、カウンター越しに、丸椅子に立ってオレ達を迎えてくれた。
「――。ああ、えっと、しばらく……とりあえず1ヶ月くらい1部屋借りたい。 部屋はこいつが入れるところで」
本当にファンタジーだよなあ、とか内心で思いつつも、これ、と指で後ろから入ってくるジンを指差す。
猫は、指の先を追ってオレの背後へと目を向けて。
「……… ニャ゛?」
両目を見開いた。
一分くらいそのまま硬直していたかと思うと、行儀悪くカウンターを踏み越えて、ジンの下まで近寄っていく。
なんだなんだ。と顔を付き合わせるオレとカザネ。
「……っ!!」
「……」
にゃーにゃーがうがうと、オレたちにはわからない言葉でジンと何やら話している様子の猫だったが、やがて猫の方がジンに向かって平伏す姿を見て、膨れ上がった疑問がとうとう頂点に到達する。
「……。 えーと――すいません?」
「…ハッ、失礼いたしましたニャ。 まさかジン様のようニャ方が私めの宿に来て頂けるニャんて!お連れ様のアベル様とカザネ様ですニャ?どうぞ、歓迎させて頂きますニャ」
ハッと我に返ったように立ち上がり、両手で服の汚れを払ってからそう言う猫。
「あれ?何でオレの名前? ――つーかジンがどうかしたんですか?」
「先ほどジン様に教えて頂きましたニャ! ――ニャ!どうしたもこうしたも、ジン様達王天虎の方々は、我々猫族や虎族の獣人にとっては神様のような存在ですニャ! 古来より我らを守護してきて下さった王天虎の方に、こんなとこでお逢いできるニャんて感動ですニャ…!」
「はあ…」
ははー、と再びジンにひれ伏す猫。
あまりの感動っぷりに少し気後れする。――が、とりあえず。放っておいたらいつまでたっても崇めてそうな猫を促し立たせて、部屋に案内してもらう。
猫の名前はマーカスというらしい。この『遥々亭』の店主だそうだ。
ジンのお陰でマーカスによって下にも置かない待遇で部屋まで案内してもらったオレたちは、旅の疲れもあるだろうということでギルドに向かうのは明日にして、その日は宿で夕飯を摂ってゆっくり休むことに。
寝る時に、何かしらの勘違いをされたのか元々は一人部屋なのかどうかはわからんが、ベッドが一つしか無かったのだが、こんな時間からカザネとどっちがベッドに寝るとか譲り合うのも面倒くさく、二人で仲良く一緒に寝た。
特に何も起こらず夜が明けた。
◇ ◇ ◇
明けて翌朝。
至極当たり前のようにカザネと一緒のベッドで目覚めて、ふっつーにおはようございます。と挨拶を交わして朝食を終えると、各自簡単に身支度を整えて昨日決めた予定通り早速、冒険者ギルドへ。
小汚くて雑然とした、荒くれ者どもの溜まり場!みたいなイメージを勝手に抱いていたオレの想像に反して、王都のギルド本部は綺麗だった。
むしろ前世の記憶にある役所みたいな建物で。外観もちゃんと整えられており、建物全体の落ち着いた色合いというか雰囲気というかが、入る前からここでガヤガヤ騒いだりとかしにくそう。という思いをオレに抱かせる。
「他の村や町はもっと小さいんだがね。大抵どこの国も首都だけはギルドの建物はこんな感じだな」
「はあー」
その国のギルドの本部も兼ねてるっつってたし、だからなんだろうか。 あとなんか見栄とかもありそうだけどさ。
思わず溜息をついたりなんかしちゃいつつ、建物の中へと入る。
外観と同じく、室内も整然としていて、働いている人たちもビシっと清潔そうな制服を着ていて、本当になんか前世の役所とか銀行みたいな雰囲気だった。
まあ扱ってるのは魔物の身体だったり、薬草っぽげなものだったりなんだけれど。
登録はどこに行けばできるのかと、一旦立ち止まってカザネに尋ねようと口を開きかけたところで、近くにいた職員がオレ達に近付いてくる。
長い髪をアップにして、紫の髪と瞳が艶やかな、女性の職員の制服を着たお姉さんだった。
澄ました顔にかかる眼鏡が、理知的な印象を与えてくる。 背が高くてオレくらいあり、耳が長く先端が尖ってるので、ファンタジー定番のエルフってやつなのかもしれない。
数歩の距離まで歩み寄ってくると、綺麗な姿勢で一礼し。
「ようこそ冒険者ギルドへ。 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああっと――」
「私が紛失したギルドカードの再発行で、こっちが冒険者の登録だ。この賢獣は彼の連れ合いになる」
「かしこまりました。どちらも右手の階段から二階に上がっていただき、受付にて番号札を受け取ってから御待ち下さいませ。 順番が来ましたら対応する者が番号札の番号をお呼びしますので、そちらの方でご用件をお伝えください。 賢獣殿に関しましては、こちらでお待ちになられても、一緒に二階に上がられても構いません」
手で示された階段を見る。一段が浅く広く作られてるので、ジンでも充分昇れそうだ。
職員のお姉さんに感謝を告げて、二階に向かおうとして思い出す。
「――そうだ。 一応オレの親みたいな人から、推薦状みたいなの貰ってるんですけど」
「推薦状――ですか? 書かれた方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
ギルドに行くならば渡すよう書かれていた、じーさんの手紙をバッグから取り出すオレ。
お姉さんの様子からして、推薦状を出す慣習なんてあんま無いんだろうか。 何でじーさんこんなん渡せとか言ったんだろうなあと思いながら、手紙を差し出すと共にじーさんの名前を告げる。
「ヨーゼフ・アルベルトです」
「「………は?」」
「は?」
手紙を受け取ったお姉さんだけでなく、カザネまで変な声をあげる。なんだ。なんなんだ一体。
「…え、ええと……中身を確かめさせて頂いてもよろしいですか?」
どうぞ、と首肯する。
手紙を見てオレを見て、手紙に書かれてあるじーさんの名前を見てオレを見て。
手紙に封がされてあるのを確認すると、封を解いて中に入っていた紙を確認している。
カザネもなんだか、固唾を飲んで手紙を読んでいるお姉さんを凝視している。
「………」
「………」
「………?」
沈黙している二人を見て、ジンと顔を付き合わせて首を傾げる。
じーさん。あんた一体何やってたんだ冒険者時代。
「――少々こちらでお待ちくださいませ」
お姉さんは唇をきゅっと引き結び、緊迫した表情でオレ達にここで待つよう告げると、手紙を持ったまま奥の方へと歩いて行く。
なんか拙かったりするんだろうか。 同じく緊迫した表情を浮かべているカザネに聞いてみることにする。
「…なんか拙かったの? オレ」
「…いや。 なんというか…… 本当に君は、ヨーゼフ・アルベルトに育てられたのかい?」
「そうだけど?」
「……まあ、色々と納得がいったよ。 あのグルガの森で十年以上過ごせたわけもわかった」
「うん? どういうこと?」
「そうだね。ヨーゼフ・アルベルトが語らなければ君が知らないのも当然か。 いいかい、彼、ヨーゼフ・アルベルトは―――」
「―――お待たせしたのぅ」
カザネが、オレの知らないじーさんについて説明しようとしてくれたところで声をかけられる。男の声だった。
男性職員用の制服である、灰色のシャツに黒いベスト、黒のスラックス。 髪は総白髪で、髪と同色の豊かな髭を生やしており、顔に刻まれた深い皺が木の年輪のように眼の前の人の深みを感じさせる。
恐らく歳はオレのじーさんと同じか上くらいだろうけど、背をピン、と伸ばした姿はまだまだ全然元気そうだった。
そんな爺さんの後ろに控えるようにして、さっきオレ達の対応をしてくれていたお姉さんがいる。
爺さんはじぃ、とオレの顔を見つめて。
「お主がヨーゼフ・アルベルトの子、でいいのかの」
「ああっと――厳密には父親じゃなくて、育ての親なんですが。 アベル・アルベルトと言います」
「ふむ。成る程の。 わしはこのギルドの責任者をやっておるクルツ・ロベイロじゃ。 すまぬがアベル君、色々と聞きたいことがあるので、そちらの賢獣殿と共に付いてきてくれぬかの?」
「ああっと―――」
オレはカザネの方を見る。
ひら、と彼女が手を振る。
「私のことは構わない。ギルドカードの再交付が終わったら、ここで待っているよ」
「―――分かった。 行きましょうクルツさん。 ジン!」
「がう」
「うむ。こっちじゃ」
このでっかい冒険者ギルドの責任者。つまりはギルドマスターのクルツ爺さんに案内されて、受付を越えて奥の方へと案内される。
オレ達とは別に階段を昇っていくカザネに手を振り挨拶しながら、なんだかただ登録するだけで終わりそうにないな、と思った。
◇ ◇ ◇
ギルドマスターのクルツ爺さんに案内されて、やってきたのは彼の執務室のようだった。
来客用にソファとテーブルもあり、そこに座るよう勧められる。
遠慮なく座ることにして、オレの背後にジン、対面にギルドマスターのクルツ爺さんが座る。
少しすると、最初にオレ達の対応をしてくれたエルフっぽげなお姉さんが飲み物を運んできて、オレとジンと爺さんの前に置かれる。
その後も退出するわけでなくギルドマスターの後ろに控えてる様子から、同席するらしい。
美人だし構わないけれど。
「さて。わざわざこんなところまですまんの」
「いえ。 それで、あの――じーさんの紹介文が何か問題だったんですか?」
「問題といえば問題かのう…。 お主は、お主の親、ヨーゼフ・アルベルトが冒険者だったことは知っておるかの?」
「はい、一応。 ぼちぼちな冒険者だったと、詳しくは話してくれませんでしたけど」
「ぼちぼち、のお…。 あやつめ、よう言うたもんじゃわい」
「……じーさんの知り合い、なんですか?」
憎たらしそうに、舌打ちでもしそうな様子で呟くギルドマスターの口調は、それでも旧知の間柄故の、親しさみたいなものが含まれていて、思わず尋ねてしまう。
「そうじゃの。 ヨーゼフが冒険者だった頃、わしはこの冒険者ギルドの一職員として働いておっての。特別親しいわけではないが、親交はあったの」
「成る程」
「今度はこちらから聞かせてもらいたいんじゃが、ヨーゼフは今、どうしておるんじゃ?」
「……じーさんは。 一ヶ月程前に亡くなりました」
「……そうか」
亡くなった頃のことを思い出してしまい口調が自然と暗くなってしまう。
ずず、とギルドマスターが神妙な顔で頷きお茶を啜り、後ろの職員のおねーさんも驚いた顔に落ち込んだ雰囲気を滲ませており、なんだか場の雰囲気も暗くなってしまう。
それから、気を取り直してざっと今までの経緯を話す。
オレがグルガの森でじーさんに拾われ育てられたこと。 じーさんの墓を建てて森を出てきたこと。 死んでから見つかった遺書にこちらに渡した手紙を届けるよう言われたこと。
それらを一度も口を挟まず聞き終えたギルドマスターは、もう一度茶を啜ると、成る程のう。と呟いた。
「その杖のこともある。 お主がヨーゼフに育てられた、というのは間違い無さそうじゃの。種族は違うとはいえ、賢獣まで従えているなどどんな巡り合せかとは思うがの」
「杖ですか?」
オレはじーさんの形見の杖を見る。
棒のように細長く、硬く、中心に宝玉が埋め込まれた杖を。
「うむ。そのような特徴的な杖を使っておったのはヨーゼフくらいじゃしの。 わしが見てそれはヨーゼフの持っておったのと相違無い」
まあ確かに、杖って言うより棒とか、棍って言った方が正しいような杖だしな、これ。
珍しいっちゃ珍しいのか。
「それに手紙の内容からしても、嘘を騙る意味なんて殆ど無いしの。 自分の首を締めるだけじゃろ」
「手紙にはなんて書いてあったんですか?」
「うむ。 “この手紙を持ってきた者に己の全てを教えた” とだけ書いてあった」
それは――また。
よく意味のわからんことをするなあ、じーさん。
免許皆伝の証みたいなんかも知れないけれど、そんなのギルドの人に渡したってだからどーした関係無いわ。だろう。
なんでそんな推薦状でギルドマスターが出張ってくるような大事になってんだろう。
「……よく分からないですね。 一介の冒険者であるじーさんの太鼓判なんかあったって、幾ら親交があったとはいえ、今やギルドマスターである貴方が出てくるほどのことだとは思えないんですが」
「ふむ。 一つずつ説明していくとしようかの。 …まず、アベル君は一つ勘違いをしておるの。 ヨーゼフは一介の冒険者などではない。
―――40年前の魔物の大規模侵攻から王国を救った大英雄。 SSランクの冒険者じゃ」
……マジでか。
◇ ◇ ◇
ギルドマスターの話によると、オレを育ててくれたじーさんは、40年前にあった魔物の大規模侵攻から王国を救った超が付くほどの一流の冒険者であり、英雄であったらしい。
話によると、40年前にアセナル王国を襲った魔物達の大規模侵攻は、今までの歴史から見ても類を見ないほどのものであり、当然王国は騎士団と国に滞在する冒険者を全て動員して迎撃するものの、まるで大津波のように押し寄せる魔物の群れに、為す術もなく蝕まれていった。
王国は魔物の勢いを押し留めることが出来ず、やがて魔物達は王都にまで至り、城壁は破壊されこのまま王都まで陥落されてしまうかに見えた、その時。
当時一介の冒険者であったヨーゼフが、賢獣最強種の一つである、地皇狼のグルと共に魔物達の前に現れたのだという。
それまではグルが地皇狼だということも知らず、ヨーゼフの実力もランク通りのCランク程度だと思っていた人々の制止の声も聞かず、魔物達に向かって飛び出したヨーゼフとグルは、多くの騎士団と冒険者達が為す術なく飲み込まれていった魔物の海嘯を、押し留めるどころか一時とはいえ彼らだけで押し返したのだ。
その姿に士気を取り戻した王国の騎士団と冒険者たちは、王都を護るため軍を纏め直しヨーゼフたちと連携して魔物の群れを攻撃。
これを契機に、王国は態勢を立て直し、絶望的な戦いであった大侵攻はヨーゼフとグルを中心に、人類側の勝利で戦いを終えることが出来た―――らしい。
「雷光を纏い魔物の群れを引き裂く地皇狼と、杖を手に魔物を殴り飛ばし焼き尽すヨーゼフ。 あの戦を知る者で、ヨーゼフを知らぬ者は誰も居らぬ。 溢れかえる魔物の前に、屈辱に塗れながらこの国の象徴である王都を放棄せねばならないと、誰もが思い知らされ、絶望しておった。魔物には勝てない――と。
そんな我らの前に光明の如くヨーゼフは現れたのじゃ。忘れようとてその恩義は忘れられぬ」
そうして、アセナル王国から魔物達を追い払った後、じーさんは救国の英雄としてSSランクの冒険者という称号を得て、褒賞とかも色々もらったらしい。
じーさんの遺産である、オレの持ってるバッグもその一つだとか。
民衆はじーさんを知らぬ者はおらず、国もギルドもじーさんという、強力な力の存在を知り、一躍じーさんは時の人となったらしい。
―――が。
「――その後が問題での。 ヨーゼフの凄まじい力を知った王国が、ヨーゼフを召し抱えようとしたり、力を恐れたものが陰謀を張り巡らせたり。静かな暮らしを求めていたヨーゼフは、そんな己の環境に嫌気がさしたようでの」
冒険者ギルドも、国を左右する戦争の直後で非常に慌しくじーさんを護ることが出来なかったとか。
…で、そんな国に愛想が尽きたのか。じーさんはある日、グルと共にふっと姿を消して、王国からいなくなってしまったらしい。
それを知り王国もギルドも慌てて国中で捜索し、ギルドも他国の支部に連絡を回して探し回ったが、結局終ぞその姿を見かけることはなくなったとか。
まさかグルガの森に行っていたとは。 とギルドマスターはしみじみと呟いた。
その後の王国はかなり大変だったらしい。国の偉いやつらのせいで英雄は去ってしまったんじゃないのか。とか民衆に突き上げくらったりして。
「そんなわけでの。 ヨーゼフ・アルベルトの名は、この国で最も新しき英雄として、今でも人々の間で語り継がれておる。 …じゃから、ヨーゼフ・アルベルトの全てを継いだ者。というのは、この国に住む者にとっては特別な意味を持つのじゃよ」
「……なるほど」
あのじーさん、そんなとんでもない人だったのか。
てーことは、老いていたとはいえあのじーさんに勝てるようになったオレも、この世界の人の中じゃかなりの強さを持っているのだろう。
「……じーさんのことは分かりました。 …となると、あんまりオレ、じーさんの息子だって吹聴しない方がいいですよね?」
「そうじゃの。王国の騎士になりたいとかであれば別じゃが、普通に冒険者として暮らしていきたいのならば、あまりヨーゼフ・アルベルトの名は出さぬ方がいいかもしれんの。 それでなくともそちらの賢獣殿と一緒というだけで目立ってしまうじゃろうし。 ただの虎の賢獣じゃないじゃろ、それ」
「分かるんですか? 王天虎です」
ちょっと目を瞠る。猫族の人達といい、なんで分かったんだろう。
ギルドのトップに隠すのも旨くないし、正直にバラす。
「王……っ!?」
オレの答えが予想外だったのか、背後で控えていた職員のお姉さんが驚愕の声を漏らす。
漏れた声にしまった、とばかりに口元を押さえてるお姉さんを見つつ。
そんなお姉さんの様子にやれやれ、といった様子でギルドマスターが肩を竦め、オレの疑問に答える為に口を開く。
「獣人族の者達は同種の賢獣の区別がつくらしいが、わしはそんな眼は持っておらんの。 …じゃがまあ、ただの虎にしては風格があり過ぎるし、ヨーゼフの子が従えるのがただの虎なわけがない、と思ったから言ってみたんだがの」
まさか王天虎とはの。やや呆れを含んだ口調でギルドマスターがオレを見た。
「賢獣殿の正体についても、あまり口外しない方がよいじゃろう。 “地を統べる地皇狼、天を駆る王天虎”
地皇狼を従えた英雄、ヨーゼフの後継者が王天虎を従えるなど、本当にどんな運命の巡り合せじゃ…」
「ですよねー」
オレも正直できすぎだと思う。
なんか職員のお姉さんとか、ちょっと興奮してんのか目を輝かせながらうんうん頷いてるし。
「猫族や虎族の者達には流石に隠せないじゃろうが……彼らにとって王天虎は神のような存在。 まあバレたところで悪いようにはせんじゃろうて」
それはマーカス一家を見ていて分かる。もう至れり尽くせりだもんな、ジン。
「――ともあれ、ヨーゼフ・アルベルトについてはこんなところじゃ。前置きだけで中々時間をくってしまったが、これからが本題での。 お主、アベル・アルベルトについての話じゃ」
……っと。 ジンを横目に見ながら緩みかけていた気持ちを、居住まいを正しながら張り直す。
お茶を口に含んで、喉を湿らせ。
「はい」
「先に説明した通り、お主の親、ヨーゼフ・アルベルトの名前は、有名過ぎて、徒に広まればどうなってしまうのか予測がつかん。 ので、お主が望むのであれば意味は無いので別じゃが、ギルドとしてはヨーゼフ・アルベルトの後継者ということは伏せて、ただのアベル・アルベルトとして扱おうと思う」
「はい。それで構いません」
「まあ、流石に完全に秘匿することは出来ぬので、王国の王や重臣、ギルドの上層部には伝えることになるがの。
だが、わしら冒険者ギルドとしては非常に有望な冒険者でもあるし、決して悪いようにはせんことをわしの名にかけて誓おう」
「はあ、ありがとうございます」
なんかやたら待遇良いなあ。
「うむ。 次に冒険者としての登録についてじゃが、登録に関しては何も問題無いの。 普通にアベル・アルベルトとして登録して貰おうと思っとる。 が、ランクについてはどうしようか悩んでおる」
「ランク――ですか?」
「そうじゃ。王天虎を従えてることからして、お主が普通の冒険者より高い実力を持っていることはわかりきっておるしの。 本来なら冒険者として登録したものは、Gランクから始まって、A、或いはその上のS、SSへと手順を踏んで一段階ずつランクを上げていくのじゃが、お主はヨーゼフのお墨付きじゃしの」
「はあ」
「ヨーゼフのように飛び級でランクを上げる方法もあるにはあるのじゃが、王天虎も付いていることじゃし、最初からある程度のランクを与えてしまおうと思っているのじゃが、どうかの?」
「どうと言われても…今まで比較対象が周りに無かったので何とも言えないのですが。 グルガの森に出てくる魔物程度でしたら、問題ありません」
「……あそこはB級の冒険者のパーティが、入念に準備してようやく多少の探索が出来るような森なんじゃがのう。 まあよい。ならばとりあえずCランクの冒険者として登録することにしておくでの。冒険者としての生活は森での生活とはまた勝手が違うじゃろうし、下位の依頼も受けることが出来るからとりあえずここから慣れていって欲しい」
「わかりました」
「また、わしに何か伝えたいことがあったら、後ろに控えているマールに伝えてくれ。ヨーゼフの件については秘匿する以上、他の者に伝えてもスムーズに話が繋がらない可能性があるでの。
わしから何かあった場合も、基本的にマールから伝達する。日中にギルドに来れば、ほぼマールは常駐している筈じゃ」
「よろしくお願いします。アルベルト様」
「こちらこそよろしくお願いします」
やっとお姉さんが同席している理由がわかった。オレとギルドマスターの連絡員にするためか。
優雅な仕草で一礼する様子に、こちらもぺこりと頭を下げる。
「わしからはこんなところかのう。 何か質問はあるかの?」
「いえ、今のところは」
「では、あとは冒険者としての登録だけじゃの。 ――ふう。長々となったが、これでわしの話は終わりじゃ。あとの登録や説明などはマールが行うでの」
「はい。ありがとうございました。――これからお世話になります」
「いや。有能な冒険者は冒険者ギルドでは常に歓迎じゃ。 こちらこそじゃて」
◇ ◇ ◇
その後はマールさんによって別室に案内されて、そちらで冒険者としての登録をして、規約や注意事項、冒険者としての心得などを教えてもらったオレ。
情報量が多すぎてほっとんど頭に入ってこなかったのだけど、ざっと要約すると。
「ギルドが身分を保証するので家や土地が買えるようになる。滞在する国での準国民として扱われる。割安で国の行き来ができる。ギルドの系列施設の利用料金が安くなる。
ランク、状況、依頼内容によって変わるが毎月一定数の依頼を受けなければいけない。滞在する国が魔物の大規模侵攻に襲われた場合は防衛に参加しなければいけない。ギルドの仲介無しで起きた問題に対してはギルドは関知しない。
――最低限、これらを覚えておけば問題無いかと」
ということらしい。
「あとはギルドでの依頼についてですね。登録されました冒険者の方は、最初はGランク…アルベルト様の場合はCランクからとなりますが、そこから初めていただき、基本的に自分のランクより上の依頼は受けられません」
「基本的?」
「はい。 冒険者の方には個人のランクの他にチームランクというものがあり、冒険者同士でパーティを組み、それをギルドに申請するとチームとしてのランクが与えられます。そのランクが例えばCであったなら、個人ではC以下の冒険者の方でもそのパーティで依頼を受けることによりCランクの依頼が受けられます」
「チームランク……」
なんかまた新しい単語が出てきたな…。
とりあえず単語だけは覚えておこう。
「このランクを上げる方法ですが、個人のランクもチームのランクも、どちらも今のランクの依頼を一定数受けた後、ギルドにランクアップの申請をしていただくことで、こちらでその冒険者様の依頼の達成具合を審査し、問題無いと判断した際にこちらから斡旋する上位の依頼を受けていただきます。
見事その依頼を果たした場合のみ、一段上のランクへとランクアップすることができます」
「成る程」
雑把に大枠だけ頭に入れてもっともらしく頷くオレ。
わからなくなったら渡された書類見直したり、改めて聞くことにしよう。
内心ではそんなことを考えながら、ようやく終わった説明にとりあえず礼を言う。
今日作った冒険者であることの証明書。ギルドカードは三日後に出来上がるらしい。
ではまた三日後に、とマールさんと別れを告げて、ロビーで待っていたカザネと合流しギルドを後にするのだった。
◇ ◇ ◇
ギルドを出た後は、まだ陽も高かったこともあり、カザネの案内で王都の観光がてら買い物をすることに。
時間のほとんどを身一つの状態であるカザネの衣服の購入で費やすことになったが、その他にも森の生活ではとんと縁の無かったお酒を興味本位で購入したりしてみた。
また、観光がてらさりげなく花街の位置を確認することも忘れない。
今まではじーさんとオレの二人しかいない森の中での生活だったのでどうしようもなかったが、オレも健全な男である以上、そういう問題の解消ってすごい大事だ。
そうして一通り買い物と観光を終えたところで、いい具合に陽が暮れてきていたので遥々亭に戻るオレたち。
宿で夕飯を食べて、昨日は入りそびれた久しぶりの風呂に入って悦に浸って、本日買った酒を早速飲んでみよう、とカザネと部屋でワインの封を開けたー―ところで。
オレにとって、新たな事実が発覚した。
「――――あ。だめだ」
「アベル―――!?」
この身体は、酒への耐性がまるっきり無い体のようで。
乾杯してから一口目で急速に襲ってくる酩酊感に、オレは抗うこともできずに意識を落としたのだった。
◇ ◇ ◇
目が覚める。
微かに頭痛がするのは、酒の所為なんだろうか。
ワイン一杯で頭まで痛くなるとか、弱いにも程があるな、オレ。
上半身を起こして周りを見渡すと、どうやらベッドにまで運んでもらったみたいで、今日もまた一緒のベッドでオレとカザネ。 ベッドの傍にジンが丸くなって眠っていた。
とりあえず二人を起こさないように立ち上がって、備え付けの水差しから水を飲む。 まだ少し頭が痛いけど、眠気がすっかり飛んでしまったようで、どうしよう。と思う。
辺りは真っ暗で、正確な時間は分からないけど、日が昇るにはまだ相当時間がかかりそうだ。二人起こすのも忍びないしなあ。
「――――そうだ」
花街に行こう。
――この身体、正直若いエネルギーが迸って仕方が無い。
今までは周りに女性0人の強制禁欲状態だったけども、今は完全に自由であるし。
ここ数日はリビドーをやたらと刺激してくれるのが傍に付きっ切りだったこともあり、自分で処理する隙もないし、そろそろ発散しておかねば拙い。
バッグから財布だけ取り出して、足音を立てないように扉の方まで向かう。
忍んだつもりだけど、ジンはどうやら気付いたようで、闇に光る金の瞳を片目だけ開いて、こちらを見た。
しー、と口元に指をあてて、少し出かけてくる、とジェスチャーをすると、興味を失ったのか、ふり、と尻尾を一度振って、見送りの挨拶をしてくる。
オレもひらり、とジンに手を振って、そーっと部屋の扉を開け、そーっと部屋を出る。
そのまま小走りに宿を出て、今日確認したばかりの花街の方へと脚を向ける。
そして
―――その日、オレはなにがしかの階段を一段、昇ったのだった。
◇ ◇ ◇
翌日。
おもいっきりハメを外して遊んだせいか。
カザネに昨夜部屋を抜け出してシテいたことがおもいっきりバレた。
その後、説教なんだか怒られているんだか迫られているんだか窘められているんだか求められているんだかなんともよくわからない経緯を経て、結局、カザネともイタしてしまったオレ。
なんかもう、よくよく振り返ってみると自分でも呆れるくらいアレだったが、若さってこわいなあ、とどうにかこうにか、若さの所為にして自分を誤魔化す。
どのぐらいアレだったかと言うと。
「ゆうべはお楽しみでしたニャ」
などとマーカスに言われるくらいで。
マーカスやジンに、冷やかされたり茶化されたりしながらも、そういう仲になった以上、否定することもなく。ギルドカードが出来上がるまでの三日間、カザネといちゃいちゃしながら日々を過ごすのだった。
◇ ◇ ◇
それから三日後。
ギルドから伝えられていた、ギルドカードが出来上がる期日になったので朝一でギルドへと向かうオレたち。
着くなり出迎えてくれたマールさんに案内されて、2階の銀行のロビーみたいなところでギルドカードの受け取りと、それに関連する説明を受けた後に、早速ではあるが、冒険者として依頼を受けてみることにする。
受けた依頼は、オレがスタートしたランクと同じCランクの依頼である、ミズドの森という場所でのゴブリン10~20体の討伐。
正直、グルガの森で生活してきたオレとジンにとってはこんなんでお金貰えちゃうのかってくらい容易に感じられる依頼だったが、カザネが言うにはCランクの冒険者と言えば冒険者としてはいっぱし。一人前、ベテランに分類される格付けのようなので、初めての依頼ということもあるし、気を引き締めてとりかかろう。
行き掛けにカザネの装備を整えつつ、いざ、ゴブリン退治へ!
◇ ◇ ◇
ミズドの森とは、王都の北にある小規模な森であり、更に北へと向かうと魔物領と隣接する国境がある。
ミズドの森自体は、既にアセナル王国の領地として平定した場所で、普段は近隣の村や街の樵が木を伐採にきたり、木の実を取りにこれるような安全な場所なのだけれど、時折国境から魔物が侵入してきて今回のように恵みの多いこの森を根拠地にすることがあるらしい。
国境を護るのは王国の騎士団を中心とした国境警備隊なのだけれども、大規模侵攻は無くとも日々うじゃうじゃ魔物は魔物領から湧いてきており、目の届き難い場所からぽつぽつ魔物が侵入してくるらしい。
これはもう仕方のないこととされており、そういった魔物によって起きる問題の対処も、冒険者ギルドの仕事の一つというわけだ。
今回の依頼も、そうして侵入してきたであろう魔物、ゴブリンの集団が森にて集落を作ろうとしているので、それを潰してこいということであった。
ゴブリンとか、オレのイメージだと初期装備のダガーとかでさくっと倒せる魔物ってイメージなんだけども。
そう思って聞いたカザネの説明によると、簡単な武器や防具も使うし、知恵もある。 単体だと個体にもよるが、EからGランク相当の相手らしいけれど、集団となると組織的な動きをして襲ってくる為、冒険者が単独で相手するには、確実に倒すにはCランク相当の実力が必要。ということらしい。
確かに現実じゃ死んでもセーブポイントからやり直し。とか出来ないわけだし、依頼を受ける時はただ倒せる。ではなくて“楽勝で倒せる”くらいが丁度いいのかもしれないな。
特に一人じゃ何らかのアクシデントが起きた時、誰もフォローしてくれないわけだし。
ジンに乗って森に向かいながら、依頼に対する認識を少しだけ改めるオレだった。
◇ ◇ ◇
そんなわけでミズドの森。
オレとジンが暮らしてた、グルガの森ほど広くもなく、おどろおどろしくもなく、殺伐としているわけでなく。
ちょいと周りを見渡せば必ず魔物が見つかったあの森と違って、静かーな、大人しいって表現が合ってるのか分からんけど、そんな感じの森だった。
そんな森の中ほどで、ゴブリンの集団が集落を作ろうとしているらしいので、とりあえず森の中に入る。
森の中でジンの上に乗っていると、咄嗟の時にジンもオレも動きが制限されてしまうのでカザネと二人してジンから降りつつ。
「……どこら辺にいるとか分かる?ジン」
「がう」
「分かるのか……」
森に入ってすぐのことだというのに、ジンが前足で森の中を示す。
カザネが驚いたようにジンを見つめている。
どんな超感覚だかオレにも分からんけど、ジンもグルもやたらと気配に敏感なんだよな。 オレがこっそり忍び寄ろうとしても必ず気付かれるし、森で夕飯を探す時も最初に気付くのは必ずジンの方だった。
もしかしたらゴブリンの位置もわかるかなー、と試しに尋ねてみたら本当に分かるとは…。
正直オレも驚いてる。
そんなジンの先導で、森の中へと進んでいく。
グルガの森を思い出しながら、意識を戦うためのそれに切り替えていき、どんな状況にも対応出来るように杖を握り心構えを作っておく。 油断してあっさり死亡とか洒落にならんし。
見るとカザネも先ほど買ったばかりの両手剣を鞘から取り出し片手に持っていた。 かなり重そうなんだけどな、あの剣。 片手で難なく持ってるあたりは、流石に鬼族ってことか。
やがて歩いた先に、森の中に木を切り倒して出来たような小さな広場があり、その奥に丸太を突き刺して作ったような柵。柵に囲まれて建てられた小型の砦みたいなものがあった。
砦の中に、ギルドで説明を受けた魔物―― 緑の肌色に、子供くらいの背丈をしたゴブリン達がうろちょろしており、それぞれ石を削り出したようなナイフや手斧、木製の弓などで武装している。 いっちょまえに腰布とかも巻いている。
一先ず広場から距離を取るように森に戻り、3人で顔を突き合わせる。
想像していたよりも拠点が大掛かりだな。というか―――
「――あれ? あいつら10や20じゃきかなくね?」
――明らかに30匹以上は居た。見える範囲で。
「……ゴブリンは以前のハウンドドッグと同じく、集団で行動する魔物だからな、仲間が多いところに集まってきたのだろう。――こういった状況も含めて、Cランクの仕事だということだ」
そうそうあることではないけどな。という。
こういう状況から無事に戻ってこれる能力も含めてCランクの依頼だとかで、別に逃げ帰ってもペナルティにはならないらしい。
別に逃げ帰るほどじゃないけれど―――
よし。
「したら、カザネの実力も見たいし、とりあえず突っ込むか。 オレが後衛でジンとカザネが前衛。 オレが魔法であのバリケードみたいな柵をぶっ壊すから、ジンとカザネは砦から出てくるゴブリン達の掃討。オレ援護。って感じでどうよ」
「いいんじゃないか? 私はそれで問題無い」
「がう」
「ジンは張り切り過ぎるの禁止な。 お前が頑張りすぎるとオレ達の仕事が無くなってしまう」
「がう」
一応釘を刺しておく。 ジンも美味そうな相手でも手強そうな相手でも無いし興味が沸かないのか。大人しく頷いた。
「――そんじゃ。 オレが魔法をぶちこんだら開始で。 各自怪我などしないように気をつけること」
「了解」
「がう」
◇ ◇ ◇
改めてゴブリン達の拠点となっている広場の手前まで来て、砦に目を向ける。
なんかゴブリン達もちょろちょろ忙しなく動いていて、森で取った木の実や猪などを砦に運んだり、砦の増築をしたりと一生懸命働いているのが見える。
その光景にふと、海岸で一生懸命砂の城を作っている子供を邪魔してしまう時のような心地を抱いてしまう……が。
まあ、可哀想だけど仕方ないよな。
そういうモノは、グルガの森に置いてきた。
「行くぞ――!!」
後ろに控えている二人に声をかけ、杖を握った片手を砦に向ける。
声と共に、手の前に魔方陣が浮かび上がり、そこから太く、白く輝く魔力砲が放たれる。
狩りや自己防衛ではなく、冒険者としての、初めての戦闘が始まった。
◇ ◇ ◇
「―――や。 なんか思ったよか強いのな。カザネ。 アレでもCランクなん?」
砦に篭っていたゴブリンも無事殲滅し、築かれていた小さな砦もオレが魔法で破壊した。
オレの魔法で焼き消えたゴブリンや、ジンに顔を食い千切られたヤツなどは別として、とりあえず採れるだけの討伐部位を集めて袋に纏めてバッグに詰め終え。
周りに生き残りや他の魔物がいないことを確認してから休息を取る。 丁度広場になってて周りの見晴らしもいいし。
ゴブリン達が切り倒したと思われる切り株の上に座って、剣についた血糊を布で拭き取っているカザネに尋ねる。
「鬼族の一人旅である以上、それなりには実力が無いと話にならないからな。 …私の場合は、他人をアテに出来ない日々だったから、確実に問題無いと判断できる依頼しか受けてこなかったんだ。――そのラインがCランク、というわけだな」
つまりCランクなら大概の依頼は余裕で達成できるというわけだ。
頑張ればBランク以上の実力なのかもしれないな。あの感じだと例え一人でもいけそうだったし。戦いが終わった今も、じんわり汗が滲んでいるくらいで、さして疲れてる様子は無い。
仮にこのまま連戦となっても、充分戦えるだろう。
「成る程なあ。――この感じだと意外と全然ついて来れそうじゃんか、カザネ」
「流石にそこまで自惚れられる気はしないな…。 ジンなんかまだ動き足りなかった感じだし。アベルもあれだけ凄まじい魔法を放っておいてまるで消耗した様子が無い」
オレの言葉に肩を竦めながら否定を返すカザネ。
――その噂のジンはというと、ゴブリン達を倒して小腹が空いたのか。殲滅を果たしてからすぐに森の中へと走っていき、猪を捕まえて小腹を満たしていた。
ゴブリンは食べる気はしなかったらしい。
…まあ、人型の生き物って骨が多くて肉少なくて、美味くないらしいからな。
オレの方もカザネの言う通り、アレくらいの魔法では微塵も疲れたりはしないため、カザネの言葉を否定することも無く、これからに期待している旨を告げた。
さてさて、ともあれ。
そんなこんなで無事ゴブリンどもも討ち果たし、見事依頼を果たすことに成功したオレたち。 空を見てみると、まだようやく日が陰ってきたかな。という頃合で。 日没まではまだまだ余裕がありそうだ。
みんな大して疲れてるわけでなし、ジンもそろそろ猪を食べ終えそうだしさっさと帰ろうか。
そう、二人に伝えようと――――
ずんっ
―――――した、
ずしんっ
―――――その時。
ずしんっ!
不意に地響きが起きる。
二人に声をかけようと、腰を浮かしかけていたオレは、思わず蹈鞴を踏んで辺りを見回す。
見るとカザネも、大剣を支えにして立ち驚いたような表情を浮かべており。 そしてジンが―――
「…………」
肉を食べるのを止めて、顔を上げ、じ、と遠くの空を見つめていた。
方角的には、オレたちがやってきた王都の方が南だから、北の方――になるか。
「なんだ。地震か?」
地響きは断続的に今も続いており、それは段々と大きく、強くなっているように感じる。
カザネもジンも、オレの疑問に答えることなく、顔に緊張を張り付かせており。 オレも答えを聞くまでもなく分かる。 これは地震なんかじゃないということが。
「………」
ジンが起き上がり、首を振って己の背を指し、乗れという仕草をする。
オレとカザネがジンの背に乗ると、今まで念の為にと人に見られることを嫌って止めていた、ジンの足が大気を掴む。
螺旋階段を昇るようにその場をぐるりと回りながら空へと駆け上がっていき、森の木々を見下ろせるほどにまで駆け上がると、視界に広がる光景に息を呑む。
ミズドの森から動物が逃げ出していた。
それらは全て、先ほどジンが見据えていた方角。北の方を避けるようにして散っており。
――その、北の方角からも、疎らに馬などの動物が逃げてきていて。
鳥が必死の形相でオレの真横を飛び去っていく。
そして。
これらの問題の原因と思われる北の方。 そこから、夕焼けに照らされた、この距離からだと影のようになって見え難いソレが、姿を現す。
…次第に目が、そいつの正体を解析していく。
影は、人のようだった。
ただ、地平線の端から見ても分かるようなサイズの人型の存在を、オレは知らない。
あれほど遠くからはっきりと分かるとか、どれほどの身長があるのだろうか。
片手に大きな棒のような獲物を持っており、そのシルエットは武装した戦士のようだった。
「…………ギガース」
オレの背後で、オレと同じように北方を見詰めていたカザネが、緊張に声を震わせながら呟く。
ギガース。というのだろうか、あのシルエットは。
成る程。
「……。 確かに、ギガ。って感じではあるよな、アレ」
納得した。
◇ ◇ ◇
ギガースとは、魔物の一種であり、身長五メートル超の巨人である。
総じて筋骨隆々の体つきをしており、容姿は個体によって様々ではあるが、男性の体つきをしており、皆一様に顔には憤怒の形相を浮かべている。
知能は低いが、武器を使ったり目標に向かって投げたりする程度のそれはある。
その巨体を活かした膂力は凄まじく、更には決して鈍重というわけでもない為。
討伐するには最低でもチームランクB、出来るならばチームランクAの冒険者達で立ち向かうのが望ましいとされる。
――――以上。
カザネさんの魔物講座でした。
どうやら巨人はこちらの方に向かってきているらしく。段々とはっきりと姿が見えてくるにつれ、その正体を悟ったカザネが魔物についての説明をしてくれた。
魔物の中でも姿を見ることは稀であり、決して個体数は多くないらしい。 カザネも見るのは初めてだと言っていた。
確かにこんなでっけぇのがうじゃうじゃ居たら、人間なんてとっくに全滅してるよな、常識的に考えて。
片手に持っていた獲物は、どうやらどっかしらで引っこ抜いてきた大木らしく。 樹齢何年だよ、というくらいにでかい幹と、幹から生えた枝や葉。持ち手のあたりに根っ子らしきものが見える。
……武器を使う程度には知恵があるっつっても、木ぃ引っこ抜いて武器にするとかある意味バカだろ。
「…恐らく、魔物領からやってきたんだろうな。 国境を守る騎士団がどうなったのかは分からないが、あんな巨大なモノを見逃すハズがない。 突破されたのだろう」
うん。これは見逃せないよなぁ。
見ない振りしたくても視界に入ってしまう。
ギガースを追ってくる人の姿も見えないし、警備隊の方はやられたか。もしくはこいつにまで手を回せない状況だったりするのだろう。
最低チームランクBが必要ってことは、結構な戦力を割かねばならんってことだろうし。
ふむ。 さてはて。どうしたもんかな。
「――どうする? 私は一旦王都に戻って、このことを知らせた方がいいと思うが。 このままアレが進むと王都に突き当たるし、既に早馬が向かっているかもしれないが、念には念を入れた方がいいだろう」
「そうだな。 ――アレって依頼とか受けてはいないわけだけど、倒した場合お金とか貰えんの?」
「は? ……あー、そうだな。基本的に依頼外での魔物の討伐は、報酬は無いが、倒した魔物の部位を剥ぎ取って売る等して、金に換えたりする。 例えばレッドベアーの肝や、毛皮などはそこそこの値段で売れるしな。――だが、アレは換金できるような部位があるような魔物には見えないし……」
巨人とはいえ人の皮とか、趣味が悪すぎるもんな。使い道も無さそうだし。
「じゃあ無理?」
「……いや。 恐らくではあるが、こういう突発的な国や都市の危機を防いだとなれば、国なりギルドからなり、それなりの報奨金は出るだろう。どれぐらいの額になるかは分からないが」
「そっか……」
なら、いいかな。 うん。
「よし。そしたらちょっと倒してみるわ。 念の為ジンの手も借りたいし、カザネはここらで待っててよ」
「………は?」
「まだ結構距離あるし、森に一旦下ろすから。 ――まあ、終わったら迎えに来るよ」
言ってることが分からない。といった風に、惚けた顔をするカザネ。 いつもきりっとしているだけに、ちょっと珍しい。
「いやいやいや。ちょっと待て! ――最低、チームランクで、Bのランクが必要なんだぞ? 分かってるのか? 個人でやるならばSランクだ。 流石にそれは無謀というモノだろう」
「大丈夫だろ。たぶん。 ――まあ、無理そうだったらジンに乗ってトンズラしてくるさ」
そう言って、猶も考えを改めるよう告げてくるカザネを一旦森に下ろす。
ジンも反対してくる様子は無いし、多分いけると判断しているのだろう。
正直今の自分がどれほどのモンなのか試す為にも、丁度いい試金石になるだろう。 うまくすれば報酬もゲットで、一気に懐に余裕が戻るし。
「したら、行って来るわ。 何が起こるか分からんし、待ってる間気をつけろよ、カザネ」
「それは私の台詞なんだが……。 アベルも、ジンも、本当に無茶はするなよ? 別段私達がやらなくともいいことなんだからな」
「あいよ、了解。―――んじゃまた後で。 行こうぜ、ジン」
「がう」
まるで考え直す様子の無いオレを見て、説得することを諦めたのか。カザネは額に手をやって溜息を吐く。
森で見送るカザネにひら、と手を振って。 跨ったままのジンに声をかけてとことこと巨人の元へと向かうオレとジン。
確かに、別にオレが倒さなければいけない理由は一つもないし、倒したとこで得られるメリットも大したものではない。
けれど、逆にそんな状況が良い。 この先じーさんの息子ということが周囲に広まった場合、どんな無茶振りされるか分かったもんじゃないし。後に引けない状況でぶっつけ本番をやらされるより、こういう状況で自分がどれくらい出来るのか確かめておいた方がいいだろう。
それに、だ。
「――なんか、じーさんやグルに比べると、それほど大した相手には見えないよな、ジン」
「がう」
◇ ◇ ◇
「……ふぃー。 流石に、首が取れたら死ぬか……」
ジンに外套のフードを食まれぶらさがりながら、宙に浮かんだまま土煙を上げて大地に崩れ落ちる巨人の様子を観察する。
どうにか無傷で倒すことが出来たけど、こんな巨大な魔物の直撃、もらった時点で即死だろうし。余裕ぶっこくわけにはいかんよなあ。
魔力砲の一撃で片付かない魔物というのも久しぶりだったし、いやはややっぱり世の中は広い。
ギガースとの戦闘を終えて、地上に下りてその強さに感心に似た感想を抱きながらジンと共に休息をとっていると、遠目からでも戦闘が終わったことが確認できたのか、しばらくして森の方で避難していたカザネが、オレたちの下へとやってきた。
「―――まさか本当に、しかも無傷で倒してしまうとはな……」
改めてギガースの死骸を確認して、次いでオレたちを見て、呆れたように半笑いで、腰に手を宛てるカザネ。
「いやいや。あんなの当たったらあっちの勝ち。避けきれなかったらこっちの負けの弾幕ゲーだろ。 無傷だってのは別に関係ないさ」
それに被弾ゼロだったのはジンの功績によるところが大きいし。
ぽんぽん、とジンの背中を叩いて、ご褒美代わりに一つジャーキーをやる。
手ごと食べられた。
「弾幕ゲー?なんだいそれは」
「いや、なんでもない。こっちの話」
涎でべとべとになった手を、ジンの毛で拭いながら返事をする。
「ふうん。 ――だがまあ、それでも勝ったことには変わり無い。 森からでも二人の戦闘の様子が見えたぞ。なんなんだあのバカでかい魔法。 つくづくとんでもないな、君は…」
「カッコよく見えたりした?」
「…まあ、鬼族としても私としても、強い者に好感を得るところはある」
「よしゃ」
なら、とりあえず頑張った甲斐があったかな。
自慢の毛並をべちょべちょにされて、ウザそうな目で見てくるジンを尻目に立ち上がる。
「したら、とりあえず――どうすりゃいいんだろな、コレ。 褒賞貰うには、持って帰ったりした方がいいんかね」
「それが一番確実、ではあるだろうが……、手段はともかくとして、持って帰ったら間違い無く大騒ぎになるだろうな」
「――――あ。 そうか…」
「正直本当に倒してしまうとは思っていなかったからな。 勢いで答えはしたが、アベルは親御さんのこともある。いきなり目立つのは旨く無いんだろう? 対処が難しいところだな…」
そういやそうか。 いずれじーさんとのことが周知になるのは仕方ないにしても、ギルドカード貰って即日に目立つのはあまりにも悪手な気がする。
ギルドマスターだって恐らくオレのことを広め過ぎない為に色々手を尽くしてくれてる最中だろうし。
こんなん王都に持っていったら、色んなヤツから根掘り葉掘り探られるのは決まりきってるもんなあ――。
「……。 オレはあくまでお手伝いで、…カザネが倒した。ということにするのは」
「幾ら鬼族の私でも、流石にギガースの首を断ち切れはしないぞ」
「そっすか……」
うわー。しくったなー。勢いだけでやっちまった所為で、後のこと全く考えてなかったや。
あー。
うあー。
あー。
……よし。
「―――いいや面倒くさい。褒賞の件は諦めよう。 とりあえずゴブリンの報酬だけ貰って、ギガースのことは一応マールさんに報告するだけにしとこう」
「マールさん?」
「オレ達にギルドカード渡してくれた職員さん。 オレとじーさんのこと知ってて、ギルドマスターとの連絡役もやってくれてるらしい」
「あの女性か。――アベルがいいのならば、私に異論は無いな。 依頼の成功報告をすればアベルがこの辺りに来たことは知られるだろうし、信じてもらえるかは別として、伝えておけば余計な手間が省けるだろう」
「よっし。じゃあそんな感じで。 ――したらさっさと帰ろうぜ。今から帰ればギリ夕飯にもありつけるだろうし」
ぱん。と手を叩いて方針を纏めると、ジンの上に跨るオレ。 ちんたらしてて野宿することになるのもアホらしい。
後ろにカザネも乗っけて、ジンを促し王都へと戻る。
王都に辿り着いた頃には既に辺りは真っ暗で、行きの時に使った北門がなんだか騒がしい。
オレ達が門を通る際、門番の騎士に何処に行っていたのか。何かおかしなことはなかったかと聞かれ。
多分あのギガースのことかなぁ。とは思ったものの、面倒臭いので特に何も無かったと伝えた。
この時間にギルドに行ってもギルドは営業しており、とりあえず換金してから帰ろうかな。と考えたが、今日は行きも帰りも戦闘の際も動き回ったジンが腹が減った様子だったので、ジンを尊重して換金は明日にして宿に帰る。
夕食は、ジンの夕食代だけでやたらかかった。
まだ成長期だったりするんだろうかコイツ。
食欲旺盛な相棒の様子に戦慄しつつ。 夕食を食べ終えたら風呂入って歯ァ磨いて寝る。
◇ ◇ ◇
ゴブリン討伐したり、でっかい巨人とケンカした翌日。
とりあえず、ゴブリン討伐の報酬を受け取りに行こうとギルドに向かったオレたちは、そこでマールさんを探し当てると、報酬受け取りの手続きを行いながら、ついでに倒したギガースの件についてさくっと報告する。
「………はい?」
「森の近くで、ギガースってやつを見つけたので。ついでに倒しておきました。 死体を持ち帰るのは色々とアレだと思ったので、放置してきましたけど」
ぱちぱちと、両目を見開いて目を瞬かせるマールさん。
数秒後。――は。としたように周りの様子を確認すると、眼鏡をくい、とさせて。
「……少し別室で、お話を窺っても構いませんか?」
「構いませんけど?」
そう言うと、マールさんは取り出しかけていたゴブリンの耳を袋へと纏め、同僚の職員に何事かを告げてオレたちを個室へと案内してくれる。
オレとカザネは、勧められた椅子に座って、一旦退出したマールさんが部屋に戻ってくると、改めてマールさんに昨日の詳細を話すことにした。
「……つまり。 昨日ゴブリンの討伐を終えたら、北の方からギガースがやってくるのが見えたので、ついでに討伐したと。
ギガースを倒したのはいいものの、目立つのは嫌だったので放置。念の為今日私に報告しておいた。と…」
「はい」
「そうですか…」
「信じられません?」
「―――いえ。 国境を突破して、ギガースが侵入したという情報は、昨日の時点でギルドの方でも掴んでおりました。 警備隊の話によると、ギガース数体が同時に現れ、その内の一体の侵入を許してしまったそうです。
早馬でその報告を受けた我々は、緊急依頼として、騎士団と共同で対応出来るチームを編成していたのですが。 一先ず放った斥候の報告によるとギガースは既に殺されており。 一体誰が――と、ギルドと騎士団の両方で話題になっていたのですが。 …アベル様の仕業でしたか」
仕業て。
「何かマズかったりします?」
「いえ、即応できるAランクのチームが出払っていた為、多少の被害を覚悟でBランクのチームを中心に編成していたところでしたので、討伐していただいたことに関しましてはこちらも助かりました。
先ほどギルドマスターに報告したところ、さしあたって問題は無いようです。 …ただ。出来るならば昨日の内に報告に来て欲しかった。というのがギルドマスターとしても私としても正直なところですが……」
そう言って溜息を吐くマールさん。
何か色々バタバタして大変だったらしい。すいません。
「ギガースの討伐に対する褒賞についてですが。 申し訳無いのですが、今のところ褒賞はお支払いできません。 この件に対して褒賞を支払うとなりますと、必然様々なところにアベル様の名前を出さねばならないからです。 アベル様がそれでも構わないようでしたら、問題無いのですが―――」
「いや、いいですよ。 オレも倒してから気付きましたし。折角伏せてんのにこんなことで周知にするのもアレだし」
「ギガース討伐の報酬は、大体金貨3枚から5枚ほどとなるのですが…」
「………」
揺れた。
超揺れた。
別にいいんじゃねぇかな。どうせいずれはバレるんだし。 今バレても後でバレても結果は同じだって誰かが―――。
「……ッ。 …い、いや……大、丈、夫…っ、です。 ……伏せて、おいてください……」
「アベル――」
せめて無闇に人に集られたりしないように、根回しするか権威みたいなのを持ってから公表したい。
どうしようもない状況でバレてしまうならともかく、自分からばらすのは現状、上手い判断じゃあ無いだろう。
そう考えて渾身の自制心を持って金に目の眩む自分を押さえつけていると、なんともいえない感じでカザネがオレの名前を呟いた。
「そうですか…分かりました。 それでは、この件に関してはそのような方向で。 …まぁでも。後日、断言は出来ませんがギルドマスターから何らかの褒賞はあると思いますので、そう気を落とされることはないかと思います」
「マジっすか!」
やた!完全にタダ働きだと思っていただけに、報われるものがあるってのは嬉しいな!
ギガースの件についてはまた後日、ギルドの方から連絡があるということなので、その後はゴブリン討伐の方の報酬を受け取って、その日は終了。
それからしばらくは、取り立てて挙げるようなこともなく日々が過ぎて行き。
折角一緒に行動しているのだからということで、オレとカザネとジンでチームを組んでみたり。チームでぼちぼち依頼をこなし、時折カザネとデートしたり、ジンと狩りに行ったり。
チームランクDの依頼だと楽勝過ぎるし稼ぎも大したこと無いので、マールさんに進級してみたいと言ったら、あっさりOKされてCランクに上がったり。
そんなこんなで二週間が経った頃。
ギガースの件かどうかはわからんが、オレは、ギルドから呼び出しを受けたのだった。
◇ ◇ ◇
「朝も早くからすまんのう」
マールさんに案内されて通されたのは、以前も案内されたことのあるギルドマスターの部屋だった。
部屋の中ではギルドマスターのクルツ・ロベイロ爺さんが、以前と同じ職員の制服を着て、執務机に座りながらオレを出迎えた。
「いえ。特に予定もあるわけじゃなかったんで構わないんですが―― 何かあったんですか?」
「そうじゃの。 とりあえず――先日のギガースの件なんじゃが、色々事情があっての。 褒賞についてはもう少し待ってくれんかの?」
「あ、はい」
正式に依頼を受けたわけじゃないし、オレとしては貰っても貰えなくてもどちらでも構わない。
ので、頷く。
それから少しの間、ギルドマスターは書類になにやら書き込んで、一段落ついたのか控えていたマールさんに纏まった書類を渡すと、椅子から立ち上がり。
「今日の用件なんじゃがの。 申し訳無いんじゃが、アベル君にわしと一緒に王城まで来て貰いたいんじゃよ」
「……はい?」
「先日のギガースの件について、お主がやったということはわしのところで留めたんじゃがの。 ――ならば誰がやったのか。ということになるんじゃが…… 王がお主がやったんじゃないか?と疑っておるようでの」
「……はあ」
「お主のことは、前にも言った通り王や重臣の一部には既に伝えてあったからの。 あちらもお主の意向を理解して、とりあえず接触する気はなかったようじゃが…… 一目お主に会ってみたいと、先日打診があっての」
「他の人がやったとは思っていないんですか?」
「他の者が討伐したならば、倒した事実を隠す意味が無いからの。ギガースを倒した者には決して安くは無い報酬と、それなりの名声が手に入る。 それをわざわざ放棄する可能性がある者で、倒せる可能性がある者――となると、お主ぐらいしか居らんのじゃよ」
「成る程……」
つまりはオレの迂闊さが齎したことってわけか。
やっぱ勢いだけで行動するもんじゃないなー!
「じゃがそんな難しく考える必要はあるまいて。 あちらもヨーゼフの教訓がある。力ある者を失うのは所属が王国じゃろうと冒険者じゃろうと手痛い損失じゃからの。 顔合わせくらいはしておきたい。ということじゃと思うぞ」
わしも一緒に行くしの。とギルドマスターは言う。
自分で撒いた種だし、仕方ないかな。
クルツ爺さんもああ言っていることだし、諦めて承諾することにする。
「分かりました。――礼服とか持ってないんですが、このままでいいんですか?」
「うむ。正式な面会じゃないからの。 そのままでも構わんじゃろう。――では、早速で悪いんじゃが、裏に馬車を待たせてあるでの」
そう言って執務室を出るギルドマスターに続き、オレも部屋を出る。
本当にそれっぽい服着ていかなくていいんだろうか。
少し気になりはしたものの、まあギルドマスターがいいっていうなら構わないんだろう。
裏口で待っていた、普段街中で見かけるより立派そうな馬車に二人して乗って、かっぽらかっぽら王城へと向かうオレ。
◇ ◇ ◇
王城へと到着したオレとギルドマスター。
王都の中枢に威風堂々と建てられたその中へ、城の騎士に案内されてギルドマスターと一緒に入っていく。
中はオレがイメージしていた通りの、城!といった感じで、高そうな絵画や壺がちょこちょこ置いてあり、大体イメージに沿った感じの中身だった。
おのぼりさん宜しくまわりをきょろきょろ見ながら城内を進んでいくと、やがて一つの大きな扉の前に辿り着く。
この先に王様が待っているようで。 失礼のないようにと軽く注意される。
それにこっくり頷くと、開かれる扉の中に、ギルドマスターの後に続いて入って行く――。
◇ ◇ ◇
謁見は、オレの予想していた以上にあっさりと終わった。
王様はオレが冒険者のままやっていきたい。という意向を尊重してくれるようだし、聞かれると思っていたギガースの件についても触れてくることはなかった。
後の会話の殆どが王様がじーさんと会った時のことや、王様が見たじーさんの武勇伝。 そしてオレとじーさんとの森での生活についてなど、じーさんの話尽くし。
途中オレの持っている、じーさんが使っていた杖を触らせて欲しい。と言われたけれど。それだってその杖をどうこう。ということもなく。 何か感慨深げに一頻り杖に触れた後に返してくれた。
他に謁見の間に控えていた人達も、オレと王様の会話に口を挟んだりすることはなく。
まあ色々と胡散臭げだったり興味深げだったりといった多様な視線で見られはしたけれど。 逆に言えばその程度であり。
一通りじーさんの話をし終えた後、オレとギルドマスターは謁見の間を退出することになった。
無駄に気疲れしたぜ……!!
王族とか、前世の記憶を含めても初めて会うから緊張したなー!
「ふはー」
謁見の間から出てすぐ、緊張が解けて思わず息を吐いてしまうオレを、ギルドマスターが可笑しそうに見て笑う。
「ほっほ。 緊張したかの?」
「はい。 ――でも、特に大した話はしなかったと思うんですけど、あんなんでいいんですかね?」
城の出口へと歩きながら会話するオレとギルドマスター。
正直殆ど中身の無い話だったと思うんだけども。
「だから言ったじゃろう。顔合わせじゃと。 ――今回の謁見は顔を合わせることに意味があったんじゃ。言ってしまえば他のことはオマケじゃの」
「そんなもんなんですか…」
よくはわからないが、とりあえずギルドマスターの言葉に頷いておく。
まあでも、王族やら重臣っぽい人らがわざわざ時間を割いてまでするくらいのことなんだから、あちらには何か意味のあることだったのだろう。今日の謁見は。
「お主が仕官しないと決めておる以上。今のお主に求められることは殆ど無いからの。実力についても今一未知数じゃし――――、 と」
「はあ。 ―――?」
先の会話についてギルドマスターと話していると、不意に前方を見たギルドマスターが足を止める。
なんだ? ギルドマスターへと向けていた顔を前方に向けると、そこには人が3人ほど。 オレ達の道を阻むように立っていた。
「――ほう。こやつが例の英雄ヨーゼフの息子か。 なんじゃ、そこらの冒険者と変わらぬではないか」
「英雄の子が英雄になる。というわけではないでしょう。 ――それにヨーゼフの息子だってことも、グルガの森に住んでたなんてのも、全て自称らしいですし」
「私は本当だと思いますが……」
3人の真ん中に立つ、金髪の豪奢なドレスに身を纏った女が、オレをじろじろ見ながら何か言ってくる。
左右に居る騎士甲冑を身に纏った男と、ローブを身に纏った女が続いて口を開くが――
なんだこいつら?
なんか色々と初対面なのに無遠慮なことを言われている気がする。
歳は総じて若く、三人ともオレと同じか少し上くらいだろうか。
「これはこれはマルグリット様。 お久しゅうございます」
「おう。久しいな、ロベイロ爺。 ――して、隣のやつが父上の言っていたヨーゼフの息子かの?」
「左様でございます。 アベル・アルベルトという者です」
「―――はじめまして。 アベル・アルベルトと申します」
ギルドマスターが丁寧に対応しているのを見て、一先ずオレも自己紹介しながら頭を下げる。
それをギルドマスターにマルグリット、と呼ばれた真ん中の女性がまたまじまじ、と見て。
「ふむ。 やはりこうして見るだけでは、とても英雄ヨーゼフの息子のようには見えぬのう…」
「えーっと…… あの?」
「おおっ。申し遅れたの。 私はマルグリット。マルグリット・ティル・アセナル。この国で王女をやっておる」
うっわお姫様かよ。
そう名乗った王女様は、輝くような金髪を腰まで垂らし、さっき謁見の間で出会った王に似た金の瞳は、利発そうな目の輝きをしている。背は160くらいだろうか。
上品な感じはするが、淑やかな感じはしない。色々アクティブそうな女性だ。
「隣に居るのが私の護衛をしているランスロット。 ローブを着ているのが友人のフィオリじゃ」
「ランスロット・オリガだ」
「宮廷魔術師を務めております、フィオリ・グリムと申します」
王女様の紹介を受けて、左右の二人が名を名乗る。
ランスロットと名乗った男は、白銀の甲冑を身に纏った金髪碧眼の美丈夫で。180cmくらいはありそうな細身の身体と意思の強そうな顔つきで。 胡散臭そうな視線をこちらに向けている。
フィオリと名乗った女性は、王女様と同じくらいの背丈で。3人の中では最も大人びて見える。
神秘的な銀の髪に銀の瞳。長い髪を後ろで三つ編みに束ねた温和そうな女性だった。黒のローブに身を纏い、手には先端に黒い魔石と思われる石の付いた杖を持っている。
正直。堅っ苦しい用事終わったー!!と思っていたところでの彼女達の襲来は、オレの精神に中々クるものがあったものの。
努めてそれを表に出さないようにして、この場を切り抜けようとしたオレ。
……が。
眼の前の、アグレッシブ過ぎるアセナル王国の第二王女様は、無難に、適当に避けようとする程度では避けきれないほどの興味をこちらに抱いてくれていたようで。
これは後からギルドマスターに聞いた話だが、このマルグリット王女様は、アセナル王国救国の英雄ヨーゼフの熱烈なファンなんだとか。
その関係で義理とは言えじーさんの息子で後継者であるオレに興味津々だったようなのだけど、最初からこれを知っていればまだやりようは……あったのかなあ。わからん。
ともあれ。
そんなヨーゼフ大好きな王女様の押しに完全に押し負ける形で、オレはとある依頼を受けることになってしまったのだが。
その依頼の話については、複雑なようでしょーもない事情が絡んで来るのでここでは割愛させてもらう。
どこか別の場所で語る機会もあるかもしれないが、まあその時はその時。別に知らなくても全く問題の無い話なので安心して欲しい。
とりあえず、今日のこの日は王様の謁見の後に、奇襲じみた王女様ご一行との会話をこなした以上の出来事は起こることは無く。
王女様たちと別れると、行きと同じくギルドマスターと一緒の馬車に乗り、冒険者ギルドに戻ってから執務室で少しの間ギルドマスターと共に茶ぁしばいてから、遥々亭へと帰宅した。
戻ってから王城で起きたことをジンとカザネに話すと、二人共心底行かなくて良かった。といった風な顔を浮かべた。
いやほんと。お前達が心底羨ましいぜ……!!
その後は、王女様からのちょっとした依頼という小事はあったものの、それ以外に特にこれといって特筆すべきことは起こらず。
内心ちょっとだけ恐々していた、王国の人たちからのアレやれコレやれといったちょっかいをかけられることも無く。
王様との謁見自体は本当に顔合わせだけだったのかと、正直驚いてしまうオレだった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。