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神様のコール
作:和成創一



31 無駄じゃない


「これは……どういうこと? 師匠」
 息切らせた優騎がハナビに問う。黒髪をたなびかせながら、ハナビはじっと対岸の様子を眺めていた。
 仙酔島、大弥山山頂。陽はすでに海面近くに落ち、そろそろ夜の帳に包まれようとしている。
「見ろ、風が出てきた。行き場を失った偐神たちの流れが自然界に影響を与え始めている。浦安め。最期に見事な『交信』をしたものだ」
「師匠!」
 ハナビは振り返らない。夕暮れ時、本来は静かなはずの鞆のまちは今、黒煙と炎と赤色灯でひどくざわついていた。人々の喧噪がこちらにも届いてきそうなほどに。
 優騎はハナビが口を開くまで辛抱強く待った。この姿のときの師がどういう性格――いや性質の持主かよく心得ていたのだ。
「優騎。私はお前にまで一から説明しなければならないのか?」
「ああそうだね。せめてこのふたつの状況、これだけでも説明してほしい」
「見ての通りだ」
 それだけだった。優騎は舌打ちした。
 言われなくても、確かにわかる。火災の上昇気流に乗る形で、大量の偐神がこちらへ押し寄せている。それだけではない。偐神に狂わされた現神や人神が一緒になって仙酔島へと殺到しているのだ。一刻も早く対処しなければ、間違いなく仙酔島は押しつぶされる。時間がないということは肌で感じていた。
 だが知りたいのは、こうなった経緯である。
「優騎君!」
 深湖が走ってきた。肩で息をしているところを見ると、頂上にあるこの展望場所まで走ってきたのだろう。服には汚れだけでなく傷もあった。偐神によって凶暴化した神の標的になったところを突っ切ってきたのだと彼は思った。
 労う間もなく、優騎は深湖に「どうだった?」と詰め寄った。興奮のためか、深湖の目はいつも以上に大きく見開かれていた。
「やっぱり燃えているのは学校だったよ。爆発があったって、近くにいた人が話してた。今は消火や救出作業が忙しくて、犯人の捜索までは手が回っていないみたいだって。怪我人は出ているけど、幸い亡くなった人はいないそう……だけど……」
 深湖はそこで言葉を切った。口元に手を当て、青い顔でゆっくりと視線を上に向ける。大木に埋没した無惨な姿を目の当たりにしても、何とか悲鳴を出すことだけはこらえる。
「浦安さん……」
「彼の仕業、だろうね。きっと」
 優騎は言った。かねてから過激な発言が耐えなかった浦安。身内には「学校を爆破する」とまで漏らしていたらしい。おそらくありったけの破壊の力を校舎にぶつけ、同時発動した交信の力で神々を呼び寄せた。直後に、解放の力で息絶えた。そんなところだろう。現人神の宿主と同化しているところを見ると神の――依子の力をも借りようと考えたのかも知れない。
 しかし、まさか本当にやるとは思わなかった――そんな言葉が脳裏に浮かんだ途端、優騎はどうしようもない自己嫌悪に襲われた。
 くそ、くそ、くそっ……! なぜ、防げなかったんだ。どうして……!
「優騎、集中しろ。そろそろ奴らの一部がこちらにたどり着く頃だ。それに合わせ、この島で蠢いている神たちも活動を再開することだろう」
「わ、私も戦います!」
「駄目だ。お前には別の仕事を頼む」
 無下に申し出を却下したハナビは、続けて一言二言深湖に注文をつけた。「仕事」を知った深湖は唇を噛みしめた。
「……わかりました」
「よろしい。期限は延びない。そのつもりで引っ張ってこい。どんな状態だろうと、それに見合った儀式を行う。行け」
 深湖はちらと優騎を見た。そして踵を返し、走り出す。だが数歩も進まないうちに彼女は再び優騎のところに戻ってきた。
 深湖はしばらくためらった後、優騎の手を取った。その強く握りしめられた無骨な拳を両の手で包み込み、自分の額に当てる。
「どうか」
 彼女が口にしたのは、その一言だけ。しかし込められた想いは幾重にも染みついていた。ただひたすらに、一心に、全身全霊を込めて祈りを捧げている。そしてゆっくりと手を離す。
 深湖はうつむいたまま、何事かをつぶやいた。
「深湖ちゃん?」
 顔が上がる。すぐうつむく。右手を口元に当てる。目が泳いでいた。眉をしかめている。息が荒かった。
「あの……」
「行け、深湖」
 相変わらずハナビの声には抑揚がない。だがその端的な言葉は真に時間が差し迫っていることを示していた。優騎も声をかける。
「俺は大丈夫。だから、頼む」
「……一言。一言だけ……優騎君のやってきたことは無駄じゃないと思う。絶対に……!」
 深湖は今度こそ振り返ることなく走っていった。
 残った優騎とハナビ。風が強く吹き始め、木々のざわめきが大きくなってきた。
 まちの方を見る。夕陽に染まる雲を視界から覆い隠すように大量の靄がこちらに押し寄せてこようとしていた。幻想的な天上の津波だ。それはやがてむなしく消えて行く存在だが、もし波濤がこの島まで辿り着いたとしたら、そのときは――6年前の苦しみを再び味わうことになるのだろうか、と優騎は考えた。
 ふと、優騎の脳裏によぎるものがあった。
 初めて自分の無力さを痛感したあのとき。何をすればいいのか見えなくて、それでも動かなきゃいけないと自分を縛り続けて、息が詰まりそうだったあのとき。
『私たちはまだ子どもじゃない。出来なくて当たり前だってば』
 思い返せばあの一言でずいぶん救われた気がする。そして彼女を意識するようになったのもあのときからだった。
 優騎は不敵に笑った。
「だから俺は、今できることをやる。だよな、師匠」












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