第二十八話:彼女の導く未来
「…………けい、ね?」
胸に拳大の風穴を開けられた慧音は微笑み、
自らの胸から流れた大量の血溜まりに崩れ落ちた。
紅は倒れた慧音に駆け寄り、膝を付いた。
傷を確かめ、まだ生存の可能性があるならばと望みを掛け、
――解ってしまった。
傷は正確に心臓を貫いている。
完膚なきまでに。
完全に、死んでいる。
「あ……ぁああ、あぁ゛ああ!ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛――――!!」
言葉にすらならない慟哭。
その様を見る幽香は傘を振って血を払い、嘲笑った。
「あはははは! そのまま失意で抜け殻になってしまいなさい!」
紅には、言葉を返す余裕など、――否。
反応する余地など残されていない。
あるのは苦く、苦すぎる責め苦。
痛み、恐怖、悔恨。
顔から血の気が失せ、胃が痛くなるような感覚が紅を襲う。
そこに追い討ちを掛けるように高らかに悪意に満ちた笑いが響き渡った。
「ふふっ、最高よ……ふふ、うふふ、あははははははは!」
制裁を終えた幽香は、愉悦と哄笑を引き連れて去ってゆく。
時を遥かに遡り、千年城。
世界が沙夜という異端中の異端を消滅させる為に用意した牢獄。
時を置き去りにする位相のズレた異空間。
沙夜は、かつて己が立っていた場所を眺められる場所に居た。
「……ふむ、この辺りなら良いだろう」
言葉と同時に展開される魔方陣は沙夜以外には原理を理解出来ないもの。
時を司る術式。
魔方陣が輝き、沙夜は時を掌握/改変/跳躍する。
そして未来。
その異空間に全てが集う。
沙夜は姿を隠せる位置で、千年城で二人の姿を視認する。
灰色の大理石と紅の絨毯が目に付く。
玉座と、謁見の間とでも言うべき開けた空間で沙夜(,,)と紅(,)の二人を。
居たのは、かつての紅。
そして、生前(,,)の沙夜。
紅は姿形の変わらない、まさしくかつての紅だ。
しかし、千年城に居た沙夜には九本の尻尾が無い。
ただの一本も尻尾が無く、狐耳が妖狐だと主張する。
それは、
――空狐。
空狐とは3000歳を超え神通力を自在に操れる大神狐。天狐からさらに2000年生きた善狐が成るとされ、天狐は4本、空狐は0本というように尾の数が減っていく。これは神に近づくにつれて狐の姿を保つ意味がなくなったからと"言われている"。
空狐だった"過去"の沙夜。
妖狐である"未来"の沙夜。
半妖にして"現在"の楔たる紅。
――全てが終わり、そして始まった場所で、紅が謳う。
「……沙夜。貴女は私の全てだ。貴女と共に在る事こそが、私の誇り。私の愛。
貴女が壊れる程に愛しいが故に。貴女を狂おしい程に愛するが故に。
貴女に、過酷なまでに愛されたが故に……。私は貴女に関しては傲慢になった。だから、
――貴女の"死"を、時間になんて渡さない」
その言葉を眼前で受け止める空狐は答えない。
しかし、
――我は、此処に居る。あぁ、我は此処に居るとも! お前が愛する化生は今此処に! お前の想いは受け取った!
悠久なる時を超え貫く果てしない想いの螺旋の果て。
その誓約は、確かに届いた。
誓約は相互となり、契約へと昇華される。
「――沙夜は! 私の物だ! 誰にも渡さないッ!!」
――いずれでも構わぬ! お前は、我の物だッ!!
沙夜は鮮烈に、酷烈に紅を求める。
過去の己如きにその死をくれてやる気は毛頭無い。
「――――!!」
重なる沙夜と紅の思想に嫉妬したかの様なタイミングで空狐が言葉にならない叫びを上げ、猛然と駆けた。
紅は腰を落とし、迎え撃つ構えだ。
その手には氷の刃。
周りには風が漂っている。
本来であれば、如何様にならない絶対的な差を考えて避けるだろう。
しかし、この時だけは逃げられない。逃げたくないのだ。
「――――来い! 沙夜ッ!!」
激突。
空狐を刃で完全に受け止めた紅は力任せに引き剥がし、
「かァッ!」
左の拳が小さな台風となって空狐を襲う。
吹き飛ばされた空狐が体を器用に回転させ着地。
「ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛――!!」
咆哮と共に虚空に巨大な金点が現れ、その範囲を拡大する。
金色の太陽は、いかなる物体も破損しない(、、、)。
圧壊でも倒壊でも消滅でもない。
起きる現象は、侵蝕。
あらゆる存在を侵す、外道の極み。
しかし、紅は恐れない。
「――無駄だ」
全てを優しく染め上げる黄金に触れ、――しかし紅は変わらない。
それを見た空狐は『侵されろ』と言うかのように範囲の拡大から密度を上げ始めた。
「ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛――!!」
「無駄だと言っている」
されど、紅に変化は無い。
輝かしく侵された世界に儚く輝く一本の線が現れる。
何故か侵されない淡い色のレールに乗って紅が距離を渡った。
氷剣を持つ手が力む。
「――沙夜ッ!!」
振り上げた刃を振り下ろす紅。
呼びかけは怒気か、或いは歓喜か。
それとも全く別の何かなのかもしれない。
「ガァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
急接近する"敵"に空狐は肥大化した爪で斬撃一閃。
二人の全力で振るわれた刃が音を置き去りにして衝突する。
そして同時に音が響いた。
鈍く、硝子を踏み抜いたかの様な音だ。
「ぐ、ぬ……!」
呻きながらも紅は辛うじて受けることに成功した。
しかし、直接受け止めた刃はその衝撃に耐えられず罅割れてしまったのだ。
「くッ!」
即座に氷剣の構成を破棄。
新規に氷剣を創り上げる。
が、如何に意識が呑まれていていようとも沙夜はその隙を見逃さない。
爪を振りぬいた勢いをそのままに回転し、遠心力の助力を得た踵を後方となった"敵"へと打ち据える。
後ろ回し蹴り。
「ッ――!!」
呻く暇すら与えられぬままに弾き飛ばされ、黒く染まった壁に叩き付けられた。
身体に奔る衝撃と激痛に顔を顰める。
損傷を確認しようとして、
「しまッ――!?」
視界にさした影で己の失態に気が付くが、遅い。
空狐は既に高く掲げた右足を振り下ろしている。
踵落とし。
紅は咄嗟に頭部への損傷を避けるために右へと身を捻り、
「があぁッ!」
踵落としは左肩に直撃。
同時。
紅は痛覚を遮断し、即座に距離をとった。
攻勢を捨て、防御の一辺倒で沙夜の爪を受け流す事を選択する。
紅が動きを動から静に変えた時、亜音速で沙夜の爪が斬線を紡ぐ。
地面に。
壁面に。
天井に。
描かれた斬線は巨大な爪痕を残す。
一振り毎に衝撃波が奔り、無数の瓦礫を積み上げた。
その様を見て紅は思う。
無様だ、と。
苛烈にして緻密に計算され尽くした美しくも恐ろしい攻撃は見る影も無い。
無駄な破壊を撒き散らし、守勢に回ればこんなちっぽけな自分ですら耐えられるのだから。
しかし、守りを固めなければ自分では耐えられないという事でもある。
――いや。
そこで紅は気が付いた。
己が死を回避して空狐に勝利しようと考えている事に。
前提を間違えている事に。
紅は、空狐に殺される事を忌避していないという事に。
――相打ち、か。……なかなか良い最期だ。私はいつだって……。
紅は思考する。
空狐の実力は堕ちて尚、紅を凌駕する。
それでも戦えているのには理由がある。
一つは空狐の『侵蝕』の妖術が効かないという点。
『侵蝕』は有象無象の区別無く一切合切を遍く侵し、犯し、冒し、終焉を齎す極光。
沙夜の保有する唯一無二の妖術にして覆す事の出来ない究極の終焉。
優しく、美しい黄金色の光に触れれば侵蝕され、強制的に腐り果てる。
世界の端末であるが故に不変の千年城とは違い、紅はどうして侵されないのだろうか。
それは単純にして、実践するのは不可能に近い思想故だ。
即ち、
――沙夜と共に在りたい。
純粋な、何処までの一途でささやかな願い。
魂すら捧げた儚く、しかしそれ故に強固な誓約。
空狐(沙夜)と紅は一蓮托生にして、一心同体なのだから。
『侵蝕』は『侵蝕』を使役する空狐を侵さず、既に沙夜に全てを捧げる/侵されている紅もまた、侵せない。
一つは、空狐が忘我してる為に失われた知性が齎す策略と技巧。
いつでも沙夜は雅やかに戦っていた。
不敵な微笑みを浮かべながら策謀を巡らせて、蜘蛛の巣に獲物が掛かるのを待つ狩人の様に。
故に紅は、無様にも思える空狐を殺したいと願うと同時に、殺されたいと渇望する。
そして、紅は知らないもう一つの要因がある。
沙夜が空狐の莫大な妖気、神気を相殺しているから、紅は戦える。
自力が余りに違いすぎる空狐が力押しをするだけで、紅は手も足も出なくなる。
そうならないのは沙夜がそれを防いでいるからだ。
それら全てが揃って漸く。
紅は沙夜と同じ土俵に立てるのだ。
「――ァ゛ア゛ア゛ア゛!」
空狐の怒涛の連撃に紅は改めて実感する。
空狐というアヤカシの強大な力を。
――理性を失って尚、君は強い。だが……。
空狐の横薙ぎを身を屈めてかわし、その懐に潜り込む。
そして空狐の細く女性らしい柔らかさを持った腰に手を添え、
「これ以上、――無様を晒す君を見たく無い」
腰と掌の間の数ミリの空間の空気に妖気と破魔の気の混合体を込め、電撃によって蒸発させた。
引き起こされた現象は水蒸気爆発。
ただの物理現象としての水蒸気爆発であれば、紅も空狐も気にしない。
しかし、莫大な"気"が込められていたのならばどうだろうか。
「――――!?」
驚愕と共に空狐が吹き飛ばされる。
これが答えになるだろう。
開いた距離は約15メートル。
「……だから……そろそろ、さ。――終わりにしようか」
言葉と共に紅は構えた。
手を米神辺りにし、大剣の切っ先を空狐へと向けて。
「…………」
紅の言葉を理解したのだろうか。
それとも、類稀なる本能の成せる業なのか。
空狐は全身に力を収束する。
時が止まった。
一分だろうか。
五分だろうか。
或いは、十分だったのかもしれない。
合図が聞こえた。
それは、小さな小さな音。
細かく砕かれた瓦礫の一石が転がり落ちた音。
「――――!!」
「――――!!」
二つの影が交差した。
終わりは唐突に訪れる。
最期の交差の瞬間。
空狐の刃が紅を捉えるはずだった。
しかし、沙夜はそれを認めない。
紅の義眼による擬似時間停止は沙夜という時間軸の無い存在には通用しない。
しかし、沙夜が自らが行うならば話は違う。
時間を失っているのは自分も同じだから。
紅が空狐自らが刃を止めた勘違いするのも無理は無いだろう。
――全く、世話が止める奴だ。
「あぁ、餞別だ。くれてやろう」
死によって本能を必要としなくなった空狐と紅の対話も終わり、複雑強大な術式が展開される。
沙夜はそれをただ眺めていたわけではない。
時に逆らう術式を空狐――サヤと沙夜が"共同で"行い、同時に沙夜は紅に空間転移を設定したのだ。
それに気付いたサヤは微笑み、――魔方陣が起動した。
無残に崩落した千年城が泡沫の夢であったかの様に、荘厳な広間が、姿を取り戻している。
壁面に背を預け、腰を上げる力すら残っていないサヤが呟くように声を絞り出した。
「……もう此処には誰も居らぬ。姿を現せ」
時を冒したサヤの言葉を受けてか、沙夜が影から出て来た。
そのまま歩を進めてサヤの眼前に立ち、見下ろす沙夜。
死に瀕しながらも、眼は爛々と輝くサヤ。
二人の相対は必然。
「そう急くな。かつての我よ」
「…………やはり我、か。無様だな、死を恐れたか」
侮蔑を受けた沙夜は不快気にすることもなく腰を下ろした。
至近で絡み合う視線に含まれる感情は如何様なものなのだろうか。
「くっくっく……、いや何。それだけのモノを望んだが故に、だ」
歓喜。
「忘れたか。我は力及ばずして死するならば、その死こそが受け入れるべき死だという事を」
そして、静かな蔑視。
しかし、その感情は否定される。
他ならぬ己から。
「戯け。我は欲したモノを手にするまでは消えぬよ」
「無様を晒して尚欲したモノ、だと?」
「紅の全てが欲しくなった。ただそれだけ、――それだけなのだよ」
沙夜はサヤから視線を外し、押し寄せる感情に身を火照らせる。
それだけであるが故に、それが全て。
「……紅、か。最早……紅は我の手を離れた。我が関わる理由も――」
「――紅が、貴様の死すらも欲しいと言ったのでな」
「――!」
押し寄せる驚愕。そして歓喜の波にサヤは言葉を失った。
それは、一体どれ程の感情なのだろうか。
圧倒的なまでの幸福感がサヤを満たし、自然と感情が言葉として零れてしまう。
「……ああ、そうか。それは……死ねんな。なるほど、……死ねぬ訳だ」
そう、紅に死を望まれたのならば、万全の自分で在らねばならない。
意志を失った状態の命でどれだけの意味があるというのか。
それが、――沙夜/サヤの全て。
「クク、全く因果なものだ」
サヤの意思を見て、沙夜もまた笑う。
「……そうだな」
「時の流れより放逐され、世界からも飛び出した我に異時間同位体は存在せん。しかし」
「――我らは死者と生者に別たれたが故に今を同じ時に在れる」
「そして死者が生者を死という幻想へと誘う」
「因果、と言う他にないな」
言葉が止まり、どちらからだったのだろうか。
「ふ」
「く」
「はははははは、はーはっはっはっはっはっは!!」
笑い声が、木霊した。
不意に沙夜は立ち上がり、サヤも合わせる様にその背に背を向ける。
「……ではな。いつかの我よ。我には我の時求める刻がある」
「ではな、いつかの我よ。我は我の終焉に驀進するとも」
それ以上の言葉は無い。
しかし、それで十分だった。
決して交わらぬはずの一人の二人は、逆方向へと駆け出した。
時は戻り、朔月の夜。
「――――」
紅は慧音の身体を抱き締め、啼いていた。
血の気が失せ、青白くなった体を。
体温を失い、生者の温もりを失ったヒトガタを。
その肌に零れ落ちる涙という名の水滴も、夜の風が冷やしてゆく。
何の反応も出来ない屍骸をただ、抱きしめる事に終始する。
己という存在そのものを悔いるかのような、深く、鋭い懺悔。
その内面を占める感情は、後悔。
しかし、其処に明確な思考は最早存在しない。
漠然とした痛みが、脳を麻痺させている。
一体どれだけの間、体を震わせていたのだろうか。
月が、傾いている。
「――――すまない」
それは、ようやく搾り出した万感の想いの結露。
「――――何を謝っているんだ、紅は」
虚空に飲まれるそれを、呆れを多分に含んだ声音で返した者が居た。
「…………え……?」
「謝るのは、私の方だろう?」
そんな哀しい響きの残る、聞き覚えのある声を引き連れた誰かを確認する為に紅は振り返ろうとして、
後ろから抱きつかれてその動きを止められた。
「――ごめんなさい」
「……慧音、か? なら、こっちは――」
背中に感じる体温の持ち主が慧音であるならば、地に伏した慧音は一体誰なのか。
そして、思考と同時。
言葉が響いた。
『――リザレクション』
生まれた疑問に答えるかのように生命の息吹が再びその肉体に宿る。
それは、蘇生。
その秘法を為すのは、不老不死の妙薬。
蓬莱の薬。
「……ふぅ。ただいま? それとも……おかえり、かな?」
「な……妹紅、なのか?」
「ああ」
短い、しかし力強い返答。
それは、失いたくなかった日常という名の家族。
失ってしまったはずの家族は、失われていなかった。
「…………ッ」
「あっ、ちょっ!?」
紅は妹紅を抱き締めた。
ひたすらに、強く。
今のまるで母に縋る赤子の様に幼く、脆い。
その姿にさせてしまった、と妹紅は悔いる。
これは自分が撒いた種だ、と。
謝罪の代わりに酷く儚い紅を妹紅は抱き返すことにした。
「ごめんな、紅」
家族に囲まれた安堵に気を失う一瞬。
そんな呟きが聞こえた気がした。
「……」
紅が身体を温める暖気に眼を覚ました時、最初に眼に入ってきたのは見慣れた天井。
ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡せば確かに紫に用意して貰った自宅だ。
ふと、嗅覚から満腹中枢を刺激する味噌汁の匂いを感じた。
その方向に首を回せば、トントントンッ、と小気味の良い単調な快音が聞こえてくる。
調理の音だろうと当たりを付け、紅は床から身体を引きずり出す。
そして音の出所に居るであろう家族の姿を求めて歩を進めた時。
丁度戸に阻まれた視界が、戸の向こうから出て来た者によって開かれた。
「あ、紅。おはよう」
「……ああ、おはよう妹紅」
「もう直ぐ飯だから布団片付けておいてねー」
「ん」
先日までの出来事が嘘の様な穏やかな朝。
その優しいを時間を愛おしく想いながら言われた通り布団を畳んで押入れに運ぶ。
作業を終えて振り返れば、鮭の塩漬けとご飯に味噌汁という和の代表的な朝食を慧音が運んでいる。
「紅。ほら食事だから早く」
紅に気が付いた慧音が催促し、紅は簡潔に答える。
「……そうだな」
それを懐かしく、眩しいモノに感じながら
三人でちゃぶ台を囲み、
『いただきます』
箸を手に取り、一口。
その瞬間、紅の頬に一滴の涙が流れ落ちた。
「……紅?」
「おい、どうした?」
慧音と妹紅の困惑の声が聞こえる。
心配を掛けてしまっている。これはいけないと自覚する。
「……いや、大した事じゃない。ただ、無性に懐かしかっただけだ」
紅の言葉を聴いた二人は悲しげな表情になり、
頭を下げた。
「……すまなった」
「ごめん」
慧音と妹紅による突然の謝罪。
紅はその意味を図りかねた。
涙を拭い、簡潔に問う。
「……何を謝っているんだ?」
「あたしが、紅を追い出さなければこんな事には――」
「戯け阿呆」
妹紅の見当違いの罪悪感を一刀両断する。
それは、紅の想いであり、他の誰のモノでもないのだから。
「あれは私の決意で、妹紅に責はない。……慧音もか?」
「……ああ。私達が紅の傍に居るべきだったのに……」
「慧音。私の決めたことだ。その結果に責任があるとすれば、それは私自身にでしかない。
……確かに、無様な結果に終わったがね」
自嘲するかの様に吐き捨てた紅。
その様を見て尚、慧音も妹紅も引かない。
「でも……」
「……あたしが……」
「でもも何もない。謝るならば、私の方だ。…………ずっと二人を、家族をほったらかしにして、すまなかった」
ただ頭を下げる。
それ以外に出来る事など無い。
誠心誠意謝罪するのみ。
「あー……謝れてもなぁ。……なぁ、紅」
妹紅の戸惑いながらの問いかけ。
紅は聞き返す。
「なんだ?」
「……もう、終わったんだよな……?」
もう、約束は。
そして復讐は。
「……一応は、な」
一応。
つまり、全てが終わって訳ではないという事。
慧音はその事を真正面から聞きだす。
此処で聞かなければ、きっと後悔すると考えたのだ。
「つまり、終わってないんだな?」
「気持ちに整理は付けた。後は意地と……」
「意地と?」
若干の恥じらいと共に言った紅に鸚鵡返しで続きを促す。
そして、紅は表情を一片させた。ひたすらに真剣に。
「矜持だ」
「……矜持、か」
慧音が口の中で言葉を反芻し、
「…………どうしても、譲れない?」
妹紅は懇願の様な、しかし何処か傍観の念の含まれた問いを投げかけた。
いや、寧ろ確認だろう。
紅がどう答えるかなど解りきっている。
「どうしても譲れない。が、命を掛けるような真似はしないと約束しよう」
「え……?」
「な……」
しかし、紅の返答は予想外の部分も含んでいた。
まさか紅が譲歩するとは思ってもみなかった。
「駄目か?」
「い、イヤッ! 約束! 約束だッ!」
「ああ、約束だとも!」
紅が譲歩してくれたのだ。
断る理由など存在しない。
一も二も無く二人は頷いた。
「妹紅、慧音……ありがとう」
紅は久しぶりに心から微笑んだ。
「そう言えば」
紅が呟いた。
「ん? ン゛ア!?」
妹紅が口に鮭を頬張りながら反応した。
が、慧音が笑みを向けただけで過剰に反応させられた。
代わり、というように慧音が紅に聞いた。
「どうしたんだ?」
「……あー……いや、まぁ、素朴な疑問なんだが」
「うん?」
「どうして、私と幽香が決闘した場にタイミング良く現れる事が出来たんだ?」
そして、味噌汁を啜る紅。
啜りながら二人を見てみれば、なにやら難しい顔をしている。
何かまずいことだったのだろうか。
そんな疑問が脳内に生まれては消えてゆく。
「ふ、む……。どう説明すればいいものか……」
口の中を空にした妹紅も眉間に皺を寄せて悩み始めた。
悩んだ末にまずは言ってみる、という行動を選択する。
「んー……言っても信じられないかもしれないけど、ああなるって知ってたんだ」
「知っていた? 未来予知か何かか?」
味噌汁を飲み干した紅には疑問だらけが浮かぶ。
そしてその疑問を氷解させるのは教職に努める慧音だ。
「いや、そうじゃないんだ。そうだな……紅。もし私達があの場に現れなかったらどうなっていたと思う?」
「死んでいただろうな」
「そうだ。簡単に言えば、私達はそうなった場合の記憶を持っている」
記憶のみ、という事象に紅は眉を顰めた。
時間跳躍ではなく、記憶だけを持っているというのは予知ではないのかという疑問を持って。
「その記憶では、私のワーハクタクの歴史を創造する力を利用している」
「――不可能だ。その力では、あくまで一時的な状況を作り出す事までしか出来ん。別の歴史を完全に創造するのは最早一介の存在の範疇にはない」
慧音の示した回答は紅にとってはありえない事象。
つまり、
「他に、何があった?」
「……はっきりとは覚えていないんだが、時の特異点に会ったらしい」
「――」
紅は絶句し、一人の女性を思い浮かべた。
慧音はそれに気付かずに言葉を続けた。
「時間というモノを破壊する因子を貰ってしまったから、私の能力で別の歴史を創造する事が出来た……そのはずなんだ」
「……なるほど、そういう事か」
――沙夜。全く、君にはかなわないな。
「……紅、信じられないかもしれないけど――」
妹紅が信じられない事実を紅に信じて貰おうと言葉を重ね、
「――それならば納得だ。実に判りやすい理由だ」
紅はその必要は無いと断じた。
慧音は信じてもらえた事を心底驚いていた。
逆に問うてしまうほどに。
「なんで、信じてくれるんだ?」
「ん? ああ、簡単な話だよ。その時の特異点とは懇意にしているからな」
何の気なしの言った紅の言葉は二人を驚愕させるには十分すぎる内容だった。
事実二人が呆けてしまうほどに。
「な……?」
「は……?」
「ん、ご馳走様」
紅はこれ以上は秘密だというかの様に立ち上がった。
言葉に思わず慧音は反応してしまうが、はぐらかしていると気付き声を張り上げる。
「え、あ、お粗末様でした……あ、待てッ紅!」
「はっはっはー!」
腹立たしい笑い声と共に外へと紅は逃げ去った。
慧音はその様に呆れを多分に含んだ溜息を付いて、見逃す。
意識を現実へと戻した妹紅が事実を呟いた。
「……行っちゃったねぇ」
「はぁ……全く。…………ん?」
全く以ってその通りで、何も言えない慧音は食器を片そうと振り返り、
視界に漂う一枚の紙を見つけた。
何かと思い拾い上げれば、
~今まで迷惑を掛けた。それと、ただいま~
短い文章。
確かにそれは紅の文字。
「何? どうしたの?」
妹紅に手渡し、結局二人は溜息を付いた。
しかし、その表情にあるのは微笑。
「本当に……」
「はは……、紅らしいね」
二人はほぼ同時。
紅が去っていった方向に向かって、
『おかえり、紅』
おまけ
「紅。しばらくは何もないんだろ?」
「ああ。平和な日々を謳歌するさ」
「そうか……紅は、誰に復讐したかったんだ?」
妹紅は自然と質問が零れてしまった事に、言ってから気が付いた。
しかし、紅はその問いに頓着せず、簡潔に答えてくれた。
「八雲紫だ」
「え」
大変お待たせいたしましたッ!
待ってないとか言わないでー(´;ω;`)ブワッ
とりあえず此処から一気に大結界騒動辺りまで飛びます!
平和?ほのぼの?
それもいいですけど、番外編で。
気が向いたら書きます。
長かった……この件はかなり長かったですね、ホント。
一番書きたい吸血鬼異変まではもうちょっと!
色々布石がありますから。
なんで紅が妹紅と慧音を見分けられなかったとかそういうのは結構後になってから出すかも……。
まぁ、簡単に言えば色盲っていうだけなんですが。青なんてみえな~い。
リアルが落ち着くのはいつなんでしょうかね……。
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