ううむ……。色々と厳しいか。実は処女作。見苦しかったらごめんなさい。
第一話:別れた先で。
――――その不意打ちは卑怯だと思うんだ、沙夜。
「最後の最後にそれか。全く、だから惚れた女には勝てないんだよ。ったく。」
奇妙な格好に黒のショートヘアの男――コウは髪をかき上げながら呟いた。
「さて……。今はいつだ? いや、ここは……どこだ?」
時間跳躍だけでも規格外の魔術行使だというのに、空間跳躍まで付与したのか、君は。一体どれだけ規格外なんだろうか。
根源的な時間軸を失った彼女だからこそ、"時間"というものを誰よりも理解してるのだろうか。
時間軸を失うという事は、自分の中の時間を失う、つまり悠久の時を得るということ。基点となる存在に依存しなければ同じ時間に留まれないという事。
失って初めて気づく、などという言葉があるように、時間もまた失って初めてその本質を理解出来るようになるということなのだろうか。
そこまで考えて、否、考えすぎていた事を気づかされた。
「全く。人目に付かないのは騒ぎにならなくていいが……。山の中、というのが中々意地が悪いとは思わないか。代わりに君のような存在と態々出会うような場所にされたのでは、と勘ぐってしまいそうだ。」
忍び寄ろうとしていた者は、足音を、そして姿を隠す事を止めて、立ち上がる。エサのその奇妙な格好の異様さに歩みを止めてしまう。だが所詮はエサにすぎない。
必要なのは、あのエサをどうやって解体するか。ただその一点のみ。
そのままゆっくりと重心を沈めてゆき、飛び掛る準備をする。だが飛び掛る、と決めたその瞬間に発せられたエサの一言は出鼻を挫くには充分だった。
「…………これでも妖怪に属するんだが。いや、そうか。この服が欲しいのか? 確かにこれは西暦2300年ほどの頃に買ったものだがな。デザインは2000年頃からそれほど変わっていないはずだぞ。」
よく分からない事を喚くが、コレは妖怪だと言った。ならば妖気があるはず。相手の力量を読み間違う者は長生きできない。コレはどれ程の存在なのかを観察する。
「ただの黒いTシャツに、Gパン。ついで、紅いジャケット。確かに珍しいと感じるのは無理も無い。だがこれは勘弁してくれ。ヴェアウルフ。む? ヴェアウルフでは通じないか? 人狼、狼男、というのを西洋風に言っただけだ。」
人狼にはソレの言葉は入ってこない。そんな事よりも何故、と考え、有り得ない、と結論付ける思考が頭の中を満たす。
妖気とは妖怪ならば生まれながらに多少なりとも保有しているもの。長く生きれば、身に付くものでもある。妖怪と名乗るものであれば保有していることに不思議はない。
だが、ソレは気を保有している。アリエナイと喚き散らしたくなる。
ただの気ならば妖怪とて扱えるものは居る。人間が主に扱うものだが、別におかしいことではない。
ソレが保有しているのは"破魔の気"だ。有り得ない。
破魔の気は陰陽師共が自分よりも高位の妖怪と戦うために編み出した妖怪だけと対象とした対妖怪の気。だからこそ妖怪がそれを扱う事など有り得ない。
破魔の気を保有する存在が妖気を纏う。陰陽師の破魔の力。これを違う方向性に利用すれば、なるほど、
長い寿命を得るかもしれない。だがこれほどの妖気を纏うまでに生きる事など出来はしない。出来て300年。それ以上は人間の魂が持たない。
破魔の気と、妖気を同時に保有している"妖怪"など聞いたことが無い――――!
「どうした?さっきから固まって。」
理解の出来ない存在が自分を下から覗き込んでいる。本能が危険だ、と喚いたのか。思わず吹き飛ばそうと、腕を振るう。
「おっと。危ないじゃないか。」
そんな言葉とともに危なげなく避ける、人間には有り得ざる運動能力。確かに妖怪なのだろう。
人狼は己を恥じる。確かに妖気を感じる。
上位に位置するこの身にはわずかに届かなくとも充分な妖気が。そして有り得ざる破魔の気を保有している。
確かに恐ろしい。だがそれがなんだというのだ。これの妖気は自分に及ばない。
これの破魔の気は平均的な陰陽師よりも多少多いだけ。そんなもので自分に対抗する事は出来ないと判断する。これだけの事であれほど接近され、声を掛けられるまで気づかない程に動揺させられるとは。
失態だ、と思う。同時に、油断してはならないとも思う。敵であると認識しなくてはならない。
「まぁ、待ってくれ。私は態々君と争いに来たわけじゃないんだ。ここが何処なのかを教えてくれないか。出来れば今がいつなのかも頼みたいが、知らんだろう?」
あれの言葉を気にする必要はない。あれはこの自分の縄張りに侵入した。圧倒的なまでの妖気を纏っている訳ではない。寧ろ自分よりも弱い。ならばこの場から逃がす理由などない。エサにもなる。
重心を落とし、隙を探し、いつでも飛びかかれるように準備する。爪を伸ばし、妖気で硬化し刃と成す。
「ふぅ……。聞きたい事があるだけなんだが……駄目か?」
地を這うかのように姿勢を沈め、後ろ足の強力なバネで一気に獲物に接近する。
獲物を切り裂くための準備は終わった。後は切り裂くのみ。
「やれやれ……。餞別は、どれくらいかな?」
水を凍らせ、剣にしたようだが、もう遅い。僅かな妖気で作られたそんな剣ではこの斬るための爪は防げない。
射程範囲に捕らえ、脚のバネで上半身を持ち上げながら腰を捻り、腕を鞭のようにしならせる事で斬る力を上乗せする。逆袈裟。剣を構えても剣としての役目を果たせぬのなら意味はない。
――殺った!
「ふぅ……。聞きたい事があるだけなんだが……駄目か?」
爪を出して、攻撃準備万端か…。仕方あるまい。水で大剣を作り出す。一度に操れる水の総量はこの大剣分。非常に少ないが、一度凍らせ、固定された存在にしてしまえば、他に水を扱うことも出来、
何より氷の剣に気を込めれば生半可な武具では話にならない耐久度と切れ味を誇る。
「やれやれ……。餞別は、どれくらいかな?」
妖怪が妖怪の血を飲んでもその力を得る事など有り得ない。だが、純粋に妖怪が力を送るためにその血を送ったのならば、有り得ない話ではない。さらにベースの体が人間ならば、その適応力は底知れず。
耐えられるか否かは本人次第だが、ほぼ確実に変質する。
沙夜の血で得たものは妖力器官。文字通り妖力を生成する器官。生成できる量はそこまで多い訳ではない。だがこれで妖気の総量は大妖怪には及ばずとも、中位の妖怪を遥かに凌駕する。
――終わりだ。
人狼には理解が出来なかった。確実に殺った。しかし、その目は驚愕に見開かれ、目や鼻、耳から血液を垂れ流し、理解する間もなく意識を手放した。
「……やっぱりこれだけの妖気があるだけで違う。」
コウがしたのた体内の水分を逆流させるというもの。直接相手に触れなければならない。相手よりも妖気で上回っていなければならない。妖気で簡単に補強されてしまう。等、まともに戦闘行為で扱える代物ではない。
だが人狼は爪に妖気を集めていたが故に防御が浅くなっていた。本来なら避けられないはずの一撃を避けたのはペーパー式の魔術、空間転移の構成術式を予め用意しておき、いざという時に魔力を通すだけで一瞬で発動するように紙か何かに準備しておくというもので対応する。
さらに剣を囮にしたことで魔力を通す時間を確保する。
これにより、一瞬で人狼の後ろに移動し、体内の水を操った。
ただそれだけで中位、あるいは上位の妖怪を殺せた事に若干の感動を覚え、何よりそれを可能としてくれたヒトへの情愛が浮かんでくる。
「ほんと……。いい女だよ。私には勿体無いくらいだ。」
不意に腹の虫が聞こえた。己の腹から聞こえた事には多少なりとも辟易とさせられた。妖怪のつもりでも精神は人間なのだ。腹は減る。
さて、腹いっぱい食ったし……。村でも探すか。
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