夕暮れ時。
真っ赤な太陽が沈むころ。
警視庁の一階でただぼんやりと煙草を吸っていると部下の石垣がこっちへ走ってくるのが見えた。
「先輩!お客さんです!」
「客…?弥子ちゃんか?」
自分に客が来るなんて、あの探偵か、笛吹ぐらいしかいない。
「いえ、外国人です。変な日本語でエイシに会わせてくれないかって言っています。追い返してきましょうか?」
息も切れ切れに石垣は玄関の方を指差す。その先には金髪ヘアーの女性、その隣には体格の良さそうな男がきょろきょろと辺りを見まわしながら立っていた。
「エマ、トガシ!」
思わず俺は叫んで二人の所へ駆け寄る。その声を聞いて、二人は俺を見つけて駆け寄ってきた。
「エイシ!」
「久し振りだなエイシ。何年ぶりだろう。」
エマは俺に抱きつき、頬にキスをした。しばらく会わない間にエマは身長も伸び、よりいっそう綺麗になった気もする。トガシはキスをする様子をちょっと怒りの篭った目付きで見ている。
「先輩、知り合いですか?」
石垣が俺に近づきながら聞く。エマのほうもこの人誰?とでも聞きたそうな目つきだ。
「まぁ…知り合いっちゃ知り合いだな。コイツがエマ。そっちがトガシだ。エマ、トガシ。俺の部下の石垣だ。」
「下の名はなんと言う?」
エマが石垣の方をじっと覗きこむ。石垣は顔を少し赤らめて答えた。
「石垣…旬。」
「ジュンか!エイシ、偉くなったんだな。部下持ってる。」
「まあな。…ちょっと待ってろ。」
自分の携帯が鳴っている。画面を見ると相手は弥子ちゃんだった。
「…どうした?」
「あ、笹塚さん!ちょっと事件が起こって、手伝って欲しい事が…。」
「あー…。分かった、どこで?」
場所に事件の詳細をちょっと聞いてから携帯を切った。石垣の方を振り向いて俺は言った。
「石垣、事件だ。行くぞ。エマ、トガシ。悪いが事件が起こったから…」
待っててくれと言おうとしたのにトガシの方が早かった。
「俺達も行くぞ、エイシ。文句は…ないよな?」
1歩俺にずいと近寄るトガシ。いつになってもトガシに近寄られるとさすがに迫力がある。エマも俺の腕を持って俺の方をじっと見つめている。
こんな事になるとさすがに断りきれない。はぁと1つ溜め息を付く。
「分かった。邪魔はすんなよ。一応仕事だからさ。」
「いいぞ、エイシ!」
にこっと笑顔になるエマ。今気付いたのは、エマの耳にはきちんと俺のあげたバラのピアスがつけられていた。
***
「パパ・エンゾーは元気か?」
「まだまだ元気だ!ちょっとうるさいくらいだが。」
車を運転する石垣の横で、俺は後部座席に座っているエマに尋ねる。
「まだ蝶は飛ばしているのか。」
「当たり前だ、エイシ。トガシも一緒に飛ばすんだ。な、トガシ。」
トガシはエマに急に話題を降られてちょっと慌て気味だったが、すぐに平静を取り戻すと何遍も頷いた。
「先輩、ここで良いんですかね。通称幽霊ビルの本名は木更津ビル。」
「あぁ。ここだ。」
目の前にあるのはオンボロのビル。本当はテナントが入る予定だったのだが、ビルの建設会社が倒産し、結局処分もされないままただ壊れるのを待つだけのビルだ。
「あ、笹塚さん!あれ、後ろの人達は…?」
弥子ちゃんがビルの中から降りてくる。後ろにあの助手のネウロとか言う男もついてくる。エマは弥子ちゃんの姿を見つけると、すぐに駆けよって話しかけた。
「ワタシ、名前、エマ言う。お前、名はなんと言う?」
「え…っと私は桂木弥子。よろしくね。」
「後ろのお前はなんと言う?」
今度は助手の方を指差すエマ。
「僕は名乗るほどの者ではございません。この探偵桂木弥子先生のしがない助手ですから。」
丁寧に返したつもりなのにエマはそれが気に入らなかった様だった。
「アジア系の人、皆言う。名乗るほどのものじゃない。それよりそっちの事教えて。そればかりだ。名前を言う、当たり前!お前の名前は?」
「僕は脳噛ネウロです。これで良いですか?」
ネウロは少し不満げな顔が見えた気もしたがとりあえずはきちんと名を名乗った。面倒くさい事になる予感もしたがとりあえずは弥子ちゃんに話しかけてみた。
「で?俺に手伝って欲しい事って何?」
さっさと仕事は終わらせてしまおう。
「それがですね、ここで殺人事件が起こって…」
弥子ちゃんのいう事は、つまりこう言う事だった。
ここで殺人事件が起こった。
犯人の大体の目安もついている。だが決定的な証拠が見つからない。
そこで隣のビルの監視カメラにビルの最上階の様子も僅かながら映ってそうなので協力を依頼した。
だが監視カメラの保有者がどうしても見せようとはしない。警察でないと信用が出来ないというのが彼の言い分だった。
そこで、俺が呼び出されたと言うわけだった。
ちょっと呼び出しの理由が気に食わないが、殺人が起こったのであれば仕方がない。
「分かった、じゃぁちょっと行って来る。エマはここに残ってろ、くれぐれも邪魔はしてやるなよ。」
「…」
思いっきり不満そうな顔をしていたが、ここまではさすがに無理がある。変なことして、結局解決に至らないなんてことも十分ありえる。
***
事件は解決した。案の定カメラには犯人が殺す所までしっかりと映っていた。
だがその後のエマはどうにも仏頂面を変えようとはしなかった。
その後俺は石垣に任せるとエマとトガシと近くの公園に行った。
「エイシ、変わったな。色々。」
急にエマが話し始めた。
「昔のエイシ、あまり元気なかった。いつも死にたがってるような顔つきしてた。
でも今、違う。ジュンやヤコやネウロといる時、エイシ私達に見せなかったかおしてる。
それがちょっと羨ましかった。」
―――変わった…か。
自分ではあんま意識してないけど変わったように見えるのだろうか。
「エイシ、Xは見つけたのか?」
「…いや。」
こんな風にすぐ話題を変えるのもエマのクセだった。そしてちょっと痛い所を付かれた気もした。
「ワタシ達も、Xの事色々調べてる。エイシ、きっとエイシなら出来るから。
何かあったら頼って。絶対、力になるぞ。」
「あぁ…。ありがとな。」
「エマ、あれを。」
今までずっと黙っていたトガシがふと空中のある一点を指差した。そこにいたのは、色鮮やかな蝶々。
「アサギマダラだ!」
エマはそれを捕まえようと手を動かす。
「ニホンにもいたんだな、ホントに。」
うっとりするような目でアサギマダラを見つめるエマ。いつのまにか周りは真っ暗で、良く捕まえる事が出来たなと感心できる所がある。
「エイシ。」
ふと隣にいたトガシが俺に声をかけた。
「あまりあせるなよ。あせってると捕まえれる物も捕まえれなくなる。」
「分かってるさ。その辺は心得ているつもりだよ。」
「そうか…。」
それからまた、トガシは口をつぐんだ。エマが蝶をまた宙に返すのをじっと見つめながら。
***
「ん…?」
日の光が眩しい。いつのまにか俺は自分の部屋のソファで眠っていた。
―――夢オチ?
漫画みたいなベタな展開だな…
そう思いながらいつものスーツを着直す。
いつもの様に事件は起きた。そして何故か弥子ちゃんと助手に遭遇する。
なぜ事件をここまではっきりと感じて来れるのかは一番の謎だ。
事件が片付くといつもの様に警視庁で煙草を吸う。笛吹に色々言われたり、石垣のプラモを壊したりが俺の日課となっている。
そして…
「エイシ!」
夢にまで見ていたあの声が俺の耳に届いた。
振り返ると懐かしいあの影。それに付きそう大きな影。
とても愛しかったあの声。
夢の中じゃない、現実の世界で聞く事が出来た。
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