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Collateral Calls-コラテラル・コール- 作者:鰤(クワドラプラス/宮尾武利)

第一部:ザンクト・ツォルン襲来

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02 Dragon Fight-初陣-

 先日、味方の飛行島を襲撃したザンクト・ツォルンを警戒して僕たちセブンス警備隊は領空の警備をしていた。
 そんな時に現れたのは純白の巨竜アイラムと、それを追って漆黒の巨竜に変身した男サドゥイ。
 そしてそのアイラムが助けを求めるもんだから、それなら僕は助けるしかないじゃないか!

「離脱を躊躇うなと、言われただろうヨエク!」
「分かっていますけど!」

 竜石の干渉で聞こえてくる先輩の声に、僕は怒鳴る様にして返事をした。離脱をすべきなことは分かっている。でも、べき論でそうだとしても、それは今の僕にとっては最早最善の策じゃない。いや、最善と言うか、僕が取りたい手じゃない。

「あの竜放っておけませんよ!」

 僕はアズールに指示をして、空中でにらみ合う二匹の巨竜をめがけて最接近を試みる。

『火に入る飛蛾の、愚かさだな! 子供!』
「先に仕掛けたのは、そっちでしょう!」
『下がっていてください! 竜では戦えません!』

 男の声と女の子の声が僕の頭の中で響く。その度に、頭が割れそうなほどガンガン痛む。体験したことのない感覚が、僕を蝕む! でも、泣き言なんか言えるものかよ。

「ガイストの空で、勝手をするんじゃないよ!」

 二匹の竜の間と下から上へと飛び抜けて、上で宙がえりをし、そのまま漆黒の竜に向かって飛び掛かる。アズールに指示をして、漆黒の竜サドゥイめがけて大きく口を開ける。さっき雷撃を放たれた、仕返しでもある。

「避けない? でも!」

 漆黒の竜はこちらを睨んで微動だにしない。でも、逃げないのなら、当てる! アズールの大きく開いた口の中で急激に温度が上がり、灼熱の炎が出来上がる。次の瞬間、炎のブレスがアズールの口から漆黒の竜めがけて至近距離で放たれる。果たして、ブレスは漆黒竜の頭部に命中した。
 アズールは二匹の竜の間を急降下する。僕は振り返って漆黒竜の様子を見る。炎と煙が晴れて、現れた漆黒竜の頭を見て、僕は叫んだ。

「無傷!? 効いていないのか!」
『戦闘機が竜に敗れた歴史を、忘れたか!』

 かつて戦闘機の攻撃は竜には通じず、戦闘機は竜に敗れた。つまり、竜の攻撃もまた、巨竜には通じないと言うことか。アイラムの、竜では戦えないというのはそう言う意味か。

『私が戦います! あなたは安全なところへ!』
「助けを求めたのはあなたでしょうに!」

 頭の中で響く女の子の声に、僕は叫んだ。勝手もいいところじゃないか、そんなの!

『竜の声が聞こえるのなら、逃がしはしない!』

 漆黒竜が手を大きく広げると、その周りに黒い光が生じ始める。そして漆黒竜がその手を下へ振るうと、光は僕めがけてしなる様に襲い掛かってくる。光の鞭だ!

「下がれヨエク!」
「下がりようだって、無いんですよ!」

 僕を落とそうと、漆黒竜は次々光の鞭を振るう。アズールの機動性と運動性なら、避けることは難しくない。でも、避けるので精いっぱいだ! 純白の竜、アイラムは自分で戦うと言いながら、手を拱いている。僕がいることが、邪魔になっているのか? それとも仕掛けられない別の理由があるのか? あるいは漆黒竜が僕に気を取られているこの隙に逃げてくれたってそれはそれで構いはしないのに、逃げることさえしない。

「ゾアスア、ヨエク! 離脱を躊躇うなと!」
「そうは言っても離脱できないんですよ!」
「なら、ソキアバかギアビを応援に出すか?」
「船を手薄にできないでしょう!」

 船長の問いに、僕がそう答える。ソキアバさんとギアビさんは、僕ら同様監視船の竜乗りだ。でも、戦闘経験は無くても竜乗りとして長い訓練を受けてきた僕と先輩に対して、ソキアバさんとギアビさんはまだ訓練経験がかなり浅いし、今二人も出てしまったら、万が一の時に誰が船を守るんだ? 大丈夫、僕が、この困難を乗り切ればいいのだから!

『ちょこまかと!』
「アズールを、なめるんじゃない!」
『警備隊と侮ったか、ならば!』

 そう漆黒竜が言うと、光の鞭の波状攻撃に加えて、漆黒竜に変身する前の男が従えていた三匹の竜が、僕とアズールめがけてブレスや突進を仕掛けてきた。やっぱり竜石無しで、三匹もの竜を操っているのか! 光の鞭に三匹の竜、さすがに僕でも厳しいか!?

「ああもう! 助けるなら、助けてくださいよ! 始祖竜の名は、伊達ですか!」
『あなただって、見栄を切って!』
「お互いさまでしょう!」

 隙を見てちらちらと純白竜アイラムを見るけど、その表情はどこか戸惑いや焦りも見える気がする。いや、ずっと共に過ごしてきたアズールならともかく、他の竜の表情が分かるほど、僕は竜の気持ちがわかるわけじゃないけれども。でも、アイラムの表情はどこか人間臭さを感じさせた。二本足で立つような姿勢が、そう感じさせるのか?
 なんて、考える余裕があるぐらいには、僕にだって余裕はまだある。隙さえもらえれば、まだやりようがあるんだから、戦うなら戦ってくれよ、アイラム! まさか、戦わないんじゃなくて、戦えないんじゃないのか?

「助けなら、そんな竜より先に、俺に求めろよ!」
「先輩! でも!」
「俺一人で、離脱できるかよ!」

 僕に襲い掛かってくる三匹の竜のうちの一匹に対して、先輩を乗せたポイズナが飛び掛かり、他の二匹に対しては毒の霧を噴射して動きを鈍らせてくれた。

『シャウラ種の毒か!』

 先輩の竜、ポイズナ・パセムはシャウラ種の竜であり、この種はその身に毒を持ち、その毒で竜の動きを鈍らせることが出来ることから、対竜戦闘で有効な竜のひとつだ。そのため一部隊に一人はシャウラ乗りがいるし、先輩にとっても一番乗る機会の多い相棒のような竜だ。もっとも先輩も竜での実戦は初経験だけど。

「ありがとうございます!」
「的を絞らせなければ、できる!」

 漆黒竜の光の鞭は、先輩をも叩き落とそうとする。でもそうすれば、僕を狙う光の鞭は半減する。竜の動きも鈍っている。今なら、隙がある!

『サドゥイ! あなたの相手は、私です!』

 そんなタイミングで急に純白竜アイラムが漆黒竜めがけて飛び掛かった! いや、隙を伺ってたのかもしれないけど、このタイミングでやることではないし、それに!

「アイラム! 迂闊に近づけば!」
『そうだ、来いアイラム!』

 その漆黒竜サドゥイは、自分を捕まえに来た竜だと言うことを忘れたのか! くそっ、先を読まれてたんだ! 先輩に作ってもらった隙は、アイラムが飛び掛かる餌に使われた! 案の定漆黒竜は僕と先輩に向けてふるっていた光の鞭を振り上げる。光の鞭が下から、アイラムの体を打つ!

「キュイィィッ!」

 僕の頭の中じゃない、アイラムの口から発せられた、竜らしいアイラムの甲高い悲鳴。頭の中で聞こえていた女の子の声とはかけ離れた、獣の声。だけど、それでも、その竜の声が、辛そうな、痛々しい、その声が。僕にはあの女の子の声で聞こえたんだから、重症だ。

『貴様から来てくれたのは、好都合だ!』
「アイラム! 逃げてください!」

 光の鞭は今度はアイラムの四肢に巻き付き、身動きを封じ込める。竜を叩き落とすことが出来るだけのエネルギーを有する光の鞭が、純白の体に食い込んでいく。か細い声で、苦しそうな表情で、アイラムが鳴く。

『このまま、貴様が気を失うまで、力を奪う!』
「キュゥ……キュイ……!」

 僕は、かっとなった。
 助けてと言いながら、助けようとすれば自分で戦うというし、いざ僕が襲われれば助けようとせず躊躇するし、不用意に敵に近づいて自分で捕まって。勝手にもほどがある。ほどがあるけども……けれども!

『助け……助けて……!』

 それでも僕は、かわいい竜が、かわいい女の子の声で、助けを求めているのに、僕を助けようとして捕まったのに、それを助けず逃げ出すほど僕は、男として落ちぶれちゃあいないんだ!

「ゾアスア! ヨエク! 帰投しろ! ゾアスア、ヨエクを止めるんだ! お前まで戦ってどうする!」
「こうなっちまえば、無理ですって」

 船長の呼びかけに対する、先輩の答えは正しかった。
 そうだ、僕はもう止められない。
 空は誰のものでもないと思っていても、僕はガイストに生まれたのだから、ガイストの空を守るのは当然だ。そう自分に言い聞かせてきた。
 竜は人間にとって大事なパートナーだけど、空を守るために必要な戦力であれば、大切な大切な愛するアズールを戦闘に駆り出して使役することも厭わない。そう自分に言い聞かせてきた。
 そして今。僕はアイラムを助ける。僕がそう決めたなら、僕はアイラムを助ける。そう自分に言い聞かせて、僕は、アイラムのために戦い、アイラムを助ける!

「アズール、君は賢い子だ、できるね?」
「キュイキューイ!」

 竜石を通じて、アズールに与えた指示は長く複雑なものだった。それでも僕は、アズールを信じる。大切な相棒を信じ切らなきゃ、アイラムを助けることは出来ない。
 僕はアズールの背中につけられた竜石と固定するための装置に触れ、金具と安全装置を外す。さらに、僕とアズールを繋ぐ、大事な安全帯も外す。アズールから振り落とされないように、僕はしっかりとしがみつく。アズールは再び漆黒と純白の竜の間を飛び上がる。
 そしてアイラムの上、十分な高さに達した時点でアズールは宙返りをする、その瞬間、僕はアズールの背中に有った竜石を外し、その竜石を両手で抱え込んだ。
 そう、両手で竜石を抱え込んだ僕は、つまりアズールから手を離していた。安全帯も、既に外している。果たして、僕の体はアズールから離れ、自由落下を始めた。

「ヨエク!」
『飛び移る気か!』

 下に待ち受けるのは、純白竜アイラムの大きな体だ。
 時間にして一秒に満たない、一瞬の出来事。それでも体に触れるもの無く、宙に浮く感覚には、やっぱりぞっとしたし、一秒以上の、長い時間に感じられた。同じ高さでも、地面に飛び降りるのとは勝手が違う。ちょっとでも風が吹いて軌道がずれれば僕は、遥か遥か下の地面まで落ち続けてしまうのだから。
 僕は意識を集中して、神経をとがらせて、竜石を抱える手を片手に切り替えて、もう一方の手でアイラムの背中、ふわふわとした毛に必死でしがみつく!
 痛くても、我慢してくれよ。光の鞭の食い込みに比べたら、これぐらい!

「キュイッ……!」
「よし……アイラム、まだ意識は!?」
『うっ、あ、あなた、なんて無茶を!』
「無茶をするのは、これからですよ」
『こいつ、何をするか!』

 漆黒竜は新たな光の鞭を作り出し始めた。僕は姿勢を正すと、抱えていた竜石をアイラムの背中に押し当てる。しかし、すごい魔力だ。固定する場所なんてないのに、魔力だけで竜石を固定することが出来ている。これが、始祖竜の力なのか!

『あなた、まさか、私を!』
「できなくはないのでしょう!」
『でも!』
「いいから、大人しくしてて!」
『わ、私の体なのに!』
『何をしても、無駄だ!』

 漆黒竜は新たに生み出した光の鞭をアイラムの背中にいる僕めがけて振り下ろした。その鞭がアイラムの体を、しがみつく僕を叩こうとした瞬間、鞭は見えない何かに弾かれた。アイラムの背中には、魔力の分厚い膜が張られ、魔力の鞭を無効化したのだ。

『これはアイラムの魔力!? しかも、上昇して!』
「なんて魔力だ、あなた、これであんな戦い方をして、持ち腐れですよ!」
『わ、私だって、戦いたかったんです、自分の体で、自分の力で』
「じゃあ、ちょっと勘弁してください。あなたの体、僕が操ります!」
『ちゃんとできるんですか!』
「自信の有無じゃないです!」
『仕方ありません……任せます!』
「任されて!」

 この世界の竜は、竜石を通じてお互いの意思を交わし、竜が竜乗りを認めれば、その体は竜石の思うがままに操れる。そしてアイラムだって、竜は竜だ。やってできないことは、ない!

『フレイルが、破られた!?』

 僕の頭の中で、男の驚く声が聞こえた。竜石を使い、アイラムの体内の魔力の動きを操って、アイラムを縛る光の鞭に流れる魔力を相殺しただけだ。それだけで、アイラムを光の鞭は瞬く間に霧散し、アイラムの体は解き放たれた。

「痛みはどうです?」
『耐えます! これぐらい』
「じゃあ、遠慮はしないですよ!」

 アイラムの体に満ちる魔力を感じながら、僕はアイラムの体を操り漆黒竜に近づく。さっき不用意に近づくわけじゃない、十分な速度、相手の動きと光の鞭をしっかりと見極め警戒しながらその間を潜り抜けるように近づき、強大な魔力を帯びた、アイラムの鋭い爪を持った手で、漆黒竜の体を切りつける!

「グウォゥッ!?」
「手応え!」
『小癪な!』

 漆黒竜は回避を取ったが、避けきれず爪は胸をかすめ、傷をつけることは出来た。でも、致命傷にはなっていない。その後も漆黒竜に接近して打撃を何度も試みるが、かすりこそすれどはっきりとしたダメージを与えられない。アイラムの体は近接格闘向きだけど、漆黒竜も運動性に優れていて、力が同じぐらいの相手に対してだと逃げ場の多い空中ではその良さを活かしづらい。
 漆黒竜は慌てて光の鞭を増やしてアイラムに襲い掛かろうとするが、僕が操るアイラムに、当てられるはずなんてない。

『何故だ、何故当たらない! 何故アイラムを容易く操れる! そんな風に動ける! 何者なんだ貴様!』
「セブンス警備隊のヨエク・コールだと、言ったでしょう!」

 漆黒竜の焦りは、鞭の攻撃を雑にしていく。他の竜は先輩が相手してくれている。決めるなら、今がチャンスだ。でも、どうすればいい? このままじゃあ一向に決着はつかない。じり貧だぞ。ブレスでも打つか? でも、魔力が強大すぎてコントロールが難しすぎる。この体にこの魔力。完全にオーバースペックだ。

「アイラム、何か手はないんです? じり貧ですよ!」
『それなら、私をサドゥイに噛みつかせてください。それで彼を人間に戻し、無力化出来ます!』
「そう言うことは先に言ってくださいよ!」

 さっきアイラムが隙を見て飛び掛かった理由が分かったけど、それが分かってれば、僕だってもっと隙の作りようがあったじゃないか! アイラムだって噛みつくためだけに飛び掛かったら、そりゃあ警戒されるでしょうに!

「他に、切り札は無いんです? 使える手は、あるんじゃないんですか?」
『制御できないので、避けていたのですが。あなたが制御してくれるなら一つ奥の手があります! 一旦サドゥイから距離を取って! そのあと一瞬だけ、体を私に返してください!』
「従います!」

 アイラムの言葉通り、僕はアイラムの体を操って尻尾を大きく振り回して漆黒竜の体を殴りつける。隙が出来た瞬間アイラムを急浮上させて漆黒竜から距離を取る。

「できますか!」
『十分!』
「返します!」

 瞬間、アイラムに体のコントロールを返す。するとアイラムの体が光を放ち始める。ぶるっとアイラムの体が震える。アイラムの体に、変化が訪れていることに気が付いた。体型が、変わり始めている。

『させるか!』

 漆黒竜はアイラムが何をしようとしているのか気づいて、迫ってくる。離れる距離が十分じゃなかったかもしれない。光の鞭を生成して襲い掛かろうとしてくる。
 でも、僕は信じてる。
 僕のアズールは、賢くて強い、僕の大事なパートナーだ!

「キュイイイッ!」
『竜石もなく操っているのか!?』

 気配を消して漆黒竜の背後に回り込んでいたアズールは、漆黒竜の体に再びブレスを何度もお見舞いをする。勿論、それは漆黒竜には全くダメージを与えられない。しかし、あの漆黒竜は元人間、いや竜が人間の姿になってただけかもしれないからそのあたりはよくわからないけど、ともかく人間のように思考しているのであれば、背後から攻撃されればその鬱陶しさに集中は乱れるのは確かだ。
 そしてこれも勿論だけど、僕はあの漆黒竜ではないのだから、竜石無しにアズールを操れるわけじゃない。でも、これを見越してアズールには指示を出していたんだ。僕が劣勢になって、漆黒竜と距離を取ることがあって、襲われそうになれば、僕を助けるようにと。普通の竜には難しいけど、僕とアズールになら、それができる!

『こいつ、ただの竜のくせに!』
「お前の相手は、僕とアイラムだろう!」
『ちぃ!』

 変化を終えて襲い掛かってるアイラムを、漆黒竜はぎりぎりでかわす。
 アイラムの姿は、元々獣に似た姿をしていたけれど、その体躯は二本足で立つのに向いた体だった。でも今のアイラムは違う。他の竜と同じく、その足は踵が伸び、四本の足を下にした格好になっている。牙や爪、角もより伸びて鋭くなっている。竜の体躯に、オオカミかトラでも混ぜたような姿だ。それはまさに、獲物を狙う獣そのものの姿だった。

『コノ、姿……私ハ、制御デキマセン……任セマス……!』
「任されて!」

 頭に響く女の子の声が、絶え絶えでたどたどしいものに変わっていた。姿が獣に近づけば、その思考も獣に近づいてしまうのか。だから、この姿に変身しようとしなかったんだ。だって、乗っていて、竜石を手にして、分かる。さっきでさえすごかったアイラムの魔力は、今は尋常ではないほど溢れている。敵を倒すことも、逃げることも難しくない。でも、制御できなければ、意味がないのだから。

『ええい、けだものめ! 連れ戻して、しつけ直してやる!』
「できないことを、言うんじゃないよ!」

 これまでとは比べ物にならないあふれ出る魔力。それはほんの些細なことにだって影響する。漆黒竜の光の鞭は避けるのは今まででも容易だったけど、今は避ける必要さえない。魔力の膜を張るまでもなく、強大な魔力を前にして光の鞭は霧散してしまう。

『うぁ、来るな、来るなぁぁぁ!』
「覚悟が無いなら、気取るんじゃない!」

 うろたえる漆黒竜にはもうなす術なんてなかった。僕の目は、アイラムの目は、既に漆黒竜の首筋を捉え、そしてアイラムの牙は確実に、力強く、その首に噛み付いた。

「ガッ……あぁ……!」

 漆黒竜の固い体に無数のヒビが入り、そしてそれらが割れて霧散していく。内側の肉体は風船の空気が抜けるようにみるみるしぼんでいき、やがて変身する前の男の姿に戻った。男の体は残った魔力でしばらく浮いていたが、すぐに先輩の攻撃をかわして駆けつけた竜の一匹が男を助け、その背に乗せた。

「あ……まだ、まだだ、まだ、私は、終わっていない……」
「いいや、終わりだ」

 そう、終わりだ。竜が先輩の攻撃をかわして男を助けることが出来たのは攻撃をかわしたのではなく、この状況を見越して先輩とポイズナがわざと攻撃を外したからだ。先輩は懐に忍ばせていた銃を、男に向けている。ポイズナで、男の竜にぴったりと寄り添って、撃ち損じないほどの距離まで近づいてだ。

「比べてみるか? あんたの頭に穴が開くのと、俺の体が雷撃で焼きあがるのと、どっちが早いか」
「……くそっ……!」

 男はこうべを垂れて、手を上げた。先輩は笑みを浮かべると、親指を立てて僕の方を見上げた。

「いいところばかり持っていくんですね」
「お前ばかりかっこいいことしてたから、最後ぐらいはいいだろう」

 竜石の干渉で先輩と会話をする。初めての戦い、緊張や混乱はあったけど、ひとまず無事生きている。

「アイラム、大丈夫ですか?」
『ウ……ハイ、デモ……私モ、限界……デス……』
「限界? どういうことです? って、アイラム、体が!」

 ついさっき、目の前で漆黒竜が男に戻るのを見た瞬間だったから、今アイラムの身に何が起きようとしているのか、咄嗟に察した。
 まずいぞ、僕はとんだ思い違いをしていたんだ! 始祖竜の名を聞いて、僕は勝手に思い込んでしまっていたんだ。でも、気付いてもよかったんだ、男が巨大な竜に変身した瞬間に、その事実に!
 男は巨竜に変身した。巨竜は他の竜と違う。僕の頭で響いていた、アイラムのかわいらしい女の子の声。そうだよ、導き出される答えは、たった一つじゃないか!

「アズール、来てくれ!」

 僕が大きな声で叫ぶと、アズールが僕の傍に飛んできてくれた。僕は慌てていた。アイラムの体は、間もなく崩壊する。いや、そう思った瞬間に、その体は霧散し始めた!
 僕はアズールに急いで飛び乗る。竜石をアズールの背中に固定して、安全帯を結ぶ。これぐらい僕は一瞬でこなせる。アイラムの体が完全に霧散するまでの、ほんの一瞬でもそれができたから、だから……間に合った! 霧散したアイラムの体の中心に、魔力の余韻でうつ伏せに浮かんでいる、一人のかわいらしい女の子が、自由落下を始める前に、その体を僕の両腕で受け止めることに。

「アイラム、しっかりして! アイラム!」

 僕の腕の中のかわいらしい女の子に呼びかける。僕より少し下ぐらいの年で、まるでさっきの竜の姿を思い起こさせるような純白のショートヘア。
 呼吸は、している。でも意識は戻らない。瞳を開かない。まずいぞ、さすがの僕も、最低限の応急処置程度は出来ても、医療の心得は無いぞ!

「俺も乗せるなら、捕虜じゃなくて女の方がいいな」
「冗談言ってる場合じゃないです! アイラムの意識が戻らない!」
「何だって!」

 銃を突きつけながら男をポイズナに乗せていた先輩も、コトに気付いてくれた。一刻を争う事態かそうじゃないか、分からないけど、とにかく早く、診れる人に診てもらわないと!

「サドゥイって言いましたか! 竜石の干渉であなたも聞こえてますよね! あなただって、アイラムに死なれたら困るでしょう!」
「ちっ……無理をし過ぎたんだろうさ、初めての変身のくせに」
「そんな……助かるんですか!」
「……」
「おい、ヨエクの問いに答えろさもないと!」
「分かっている! ……だが、俺にも分からん」
「こいつ!」
「嘘じゃない! 俺だって、アイラムの変身を初めて見たんだ。とりあえず、診せるなら竜医だ。医者じゃなくな。今はそんなナリをしているが、アイラムは竜だ」

 男、サドゥイの言葉を受けて、僕と先輩は顔を見合わせる。もし医者に見せなきゃいけないなら、船に医療スタッフは乗っていないし、医者のいるセブンスまでまだ距離が大分離れているからまずいと思った。でも、専門の竜医ではないけど竜の医療に比較的明るい人間なら、船に一人いるじゃないか。

「船長、そっちも竜石の干渉で聞こえてますね! スウケに準備をさせてください!」
「聞こえていた! よくわからんが、人間姿の竜を診るぞと伝えればいいな!」
「よくわかってるじゃないですか! あと捕虜の捕縛も!」

 先輩は大声で船長にそう呼びかけた。そして僕の方を見る。

「急ぐぞ!」
「はい!」

 僕はアズールを促して、船を目指して一気に加速する。繰り返すけど、僕は焦っていた。緊急事態だったから色々言い合ったけど、それでも僕は、竜の姿のアイラムに一目惚れしていたんだ。その相手に助けてもらって、僕も彼女を助けて、そしてようやく落ち着いたのに、これっきりになったら悲しいなんてもんじゃないじゃないか!
 船も僕たちの方に近づいてきてくれて、行くときの半分の時間で船まで戻ることが出来た。後ろのハッチは空いている。

「ヨエク・コール、アズール・ステラ、着艦許可を!」
「OKだ! 入って!」

 中で待っていたのは、スウケさんだ。この中で一番竜に詳しいのは、やっぱり彼女だ。

「その子がアイラムかい?」
「はい、でも意識が!」
「分かっている! イニ! 彼女を休憩室に運んでくれ! ヨエク、あんたもすぐ下りてイニを手伝うんだ! 竜どもを戻したらすぐ見てやるから」
「はい、分かりました!」

 僕はアズールからアイラムを降ろし、自分もアズールから飛び降りる。そして、庶務として船内の雑務やスウケさんの助手を務める女性クルーのイニさんと共に、アイラムを休憩室へと運んでいく。置いてあるベッドに、ゆっくり、優しく、アイラムを寝かせる。それでも、アイラムが目を覚ます気配はない。

「私、スウケさん手伝ってきますから! ヨエクくんは彼女のそばにいてあげてください!」
「はい!」

 イニさんはそう言って部屋を出て、まだあわただしい後部ハッチへと走って行った。

「頼むよ、アイラム。僕はまだ、君のことを、何も知らないんだ……僕は、君を助けたいんだ……!」

 純白竜アイラムを操って、漆黒竜サドゥイを退けた僕。
 そのアイラムは人間の女の子の姿になったけど、意識を失ったまま目を覚まさない。
 だけどそんな彼女が僕のこれからの運命を変える存在であることを、僕はまだ知らなかった。
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