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Collateral Calls-コラテラル・コール- 作者:鰤(クワドラプラス/宮尾武利)

第二部:レンジャーズ再建

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17 Negotiation Material-切札-

 アズールとの関係修復、トゥイアメ幕僚長の勧誘、将軍の追悼式典、僕を取り囲む問題は山積みで、飛行機の中で仮眠しながらも僕はずっと頭の中でそれらのことが巡り続けて、ちっとも落ち着かなかった。

「久々に見ましたけど、やっぱり大きい街ですよね」

 仮眠から目が覚めた僕は、飛行機の窓から見える、街を見ながらスウケさんに話しかけた。眼下に広がるのはガイスト本島の街の一つ、ノイヴィーンだ。
 ノイヴィーンはガイスト本島の東に位置する都市で、本島の中でも3番目に大きな大都市でもある。セブンスの人口が島全体で100万人強程度なのに対して、ノイヴィーンはこの街だけで200万人以上が密集している。

「20年ちょっとの歴史しかないこの街で、これだけ大きくなるんだ、人の力っていうのはすごいものだな」
「100年そこらで、空に50以上もの飛行島を作ってしまう人類ですからね」

 そんな会話をしているうちに僕たちを乗せた飛行機はポーツァベンド郊外の飛行場へと降り立つ。本島常駐のレンジャーズ兵と正規軍の兵士らが僕らを出迎えてくれた。彼らの警護を受けながら僕たちはノイヴィーン市内のホテルへと案内された。

「随分と街中のホテルを用意いただいたんですね」
「暫定司令は勿論要人ですから。街中の方が安全なんですよ、本島の場合」

 案内してくれたレンジャーズ兵がそう答えてくれた。たしかに、ガイスト本島は正規軍による防衛網がかなり厚く、警察組織による治安もしっかりしているから街中はかなり安全だ。また、セブンスをはじめとした複数の衛星飛行島が周囲に存在するため外敵がいきなり襲撃してくる可能性も低い。安全を望んで本島に暮らす人はかなり多い。
 ホテルの上層階の部屋に通された僕は窓の外から改めて街の様子を眺める。隣の飛行島で戦争が始まっているなんて全く感じさせないぐらい、街の様子は平和そのものだ。

「こっちでも、セブンスの件は報道されているんですよね?」
「勿論です。市民にも不安は広がっています」

 レンジャーズ兵はそう答えたけれど、こうして街の様子を見る限りはそういう風には見えなかった。不安は不安なのだろうけど、きっとまだ対岸の火事なのだろう。ガイスト本島にテロリストが直接やってくることは現状で考えにくい。セブンスが占領されてしまえば、その可能性も現実味を帯びてくるのだろうけど、それはまだまだ先のことなのだと感じていると言うことか。
 いや、僕だってそうかもしれない。ザンクト・ツォルンがフィフスを実効支配したことで、危機感や緊張感は持っていたつもりだし、実際にザンクト・ツォルンが動くかもしれない、動いてきたらどうしたらいいかって常に考えてはいたけれど、フィフス占拠から一年近く動きを見せなかった相手に、僕はどこかで本当に襲ってくるのか疑っていた時期もあった。実際に自分がまきこまれなければ、戦争なんて実感湧くものではないんだろう。巻き込まれていたって、それが戦争なのかどうか実感が湧かなかったわけだし。

「失礼します、ヨエク・コール暫定司令の部屋はこちらでしょうか?」

 不意に部屋の外から聞こえてきたノックと声に僕はレンジャーズ兵と顔を見合わせる。兵士に通すように伝え、現れた人物を出迎える。

「お初にお目にかかります。上院議員セニカ・トラスト・コールの使いで来ました。秘書のシウバ・ナロです」

 スーツをびしっと決めた30代前半くらいの褐色肌の男性はそう告げると、僕に握手を求めてきた。

「セニカ叔母……いえ上院議員の。初めまして、ヨエク・コールです」
「トゥイアメ議長との会談、およびヨエキア前司令の追悼式典に関連するヨエク暫定司令のサポートにあたるよう命じられてきました。以後よろしくお願いします」
「こちらこそ。セニカ上院議員は?」
「本人は党委員会で式典の承認に向けた調整に当たっています。トゥイアメ幕僚長との調整は防衛省に連絡済みです。キヌアギア議長がいらっしゃいましたら、交渉に加わっていただきます」
「具体的に、トゥイアメ幕僚長との会談時期の見通しは?」
「早ければ今日夜。遅くても明日未明までには」
「分かりました。交渉の準備に当たりたいので、資料等をご用意願えますか?」
「任されます」

 シウバ秘書はそう告げると部屋を出ていった。議長との会談には半日ほど時間の猶予がある。それまでに、トゥイアメ幕僚長を引き抜く正当な理由づけを、強引にでもつけなければならない。
 ヨエキア・コールが亡くなり、その後継者として相応しいトゥイアメ・バルトロメウ幕僚長を迎え入れる。それはでも、レンジャーズの都合だけを考えた話だ。今年で定年を迎え退任が決まっているとはいえ、既にその後の進路も決まっているだろう。その人物を、本島側が簡単に引き渡してくれるはずはない。それに、トゥイアメ幕僚長自身にも、メリットが無い話ならそもそも交渉は成立しない。昨晩の、セニカ叔母さんとの駆け引きみたいに。
 僕は別の部屋に通されたスウケさんに会いに行き、彼女にも情報集めを依頼した。

「私は別にお前ほど忙しい訳ではないから構わないが、軍関連施設とはいえ【アトリ】の研究員が得られる情報なんて知れているぞ? 重要な情報が得られるかどうか」
「情報自体が重要である必要はありません。そんなものが得られるなら、交渉の必要なんてそもそもありませんから。些細な情報から、交渉における重要な手札を探したいんです。だからごく普通の、一般に出ている報道レベルの情報で構いません。スウケさんに情報の収集と整理をお願いしたいんです。あなたの情報処理能力があれば」
「わかった、そういうことなら任されよう」
「お願いします」

 とにかく、必要なのは情報だ。何が交渉材料になるか分からない現状で、可能な限り情報を集めなければならない。レンジャーズと正規軍、双方に利のある落としどころを見つけなければ。
 僕は軽く食事を済ませた後、まずはシウバ秘書が用意してくれた資料に目を通し始める。トゥイアメ幕僚長のプロフィールや経歴、実績、近況をまとめた資料や、正規軍の組織体系など、あくまで基本情報ではあるけれど改めて頭に叩き込むために一通り目を通さなきゃ。

「どうですかね、進捗の方は」

 1時間ほど経った頃、訪ねてきたのはキヌアギア議長だった。

「セニカ上院議員が骨を折ってくれています。早ければ今日にでも」
「さすが君の叔母、コール家の人間は仕事が早い」
「血の買い被りです。セニカ上院議員個人を評価してください」
「謙遜するところではないと思いますがね、そっちはどうです?」
「まだ資料を頭に叩き込んでるところです。取引として成立する材料を、見出さないと」

 トゥイアメ幕僚長をレンジャーズに迎え入れる、それは単純なことじゃない。トゥイアメ幕僚長個人は勿論、ガイスト正規軍とレンジャーズ、本島とセブンス、それぞれがメリットとデメリットをなるべく均等に受ける様な取引でなければ、彼を迎え入れる意味がない。そしてそれが何なのか、半日で整理して、トゥイアメ幕僚長本人に提示しなきゃいけないのだから。

「キヌアギアさんは、トゥイアメ幕僚長とご面識があると昨日仰ってましたが。改めてどういう人物なんです?」
「一言で言えば、賢い方ですかね」
「賢い?」
「一言で言えば、ですよ。将軍に意見を言える、ザッペ副司令と並ぶ人物でしたが、如何せんあの方は大局が見えすぎている」
「長期的視野で見るせいで、かえって柔軟性に欠けると?」
「レンジャーズに加わらなかったのも、人々の理解を得られないからだと言ったようですし。まぁ、そのような人物だから、将軍に重用されていたのでしょう。ザッペ副司令が将軍の行動を軌道修正する役目であるならば、トゥイアメ幕僚長は周囲との摩擦を減らす役割を担っていた、ってところでしょうかね」

 将軍のレンジャーズ結成に、トゥイアメ幕僚長は加わらなかった。腹心の部下でありながらだ。

「ものの見方としてですが、将軍がトゥイアメ幕僚長に正規軍を託したというのは」
「まぁ、そういう節もあるでしょうがね、誰が適任かと考えれば彼しかいなかった」
「幕僚長の座を得るために、レンジャーズに下らなかったという線は?」
「そういう賢さも、あると言えばある方です」
「幕僚長の座を定年で降りる今、レンジャーズに加入するメリットは」
「あるでしょう。そこそのものは俺も正直あまり心配はしていないんですがね。問題はそこじゃない」
「本人というより、正規軍に何のメリットがあるのか、ですか?」
「分かってらっしゃる」

 トゥイアメ幕僚長が定年で現職を退いたとしても、彼ほどの有力者ならすでに、別の何らかの要職に就くことが決まっていてもおかしくないし、おそらくは軍関係の施設や組織に属するだろう。軍の影響力を維持するためにも、人材としての流出は避けたいはずだ。

「ですが、取引で裁判の譲歩をするのは我々にとって敗北だと、そうおっしゃったのはキヌアギアさん自身です」
「そこを譲ってはならないって話をしただけですがね。それを認めればレンジャーズはレンジャーズでなくなる」
「しかし、それ以外に我々が正規軍に提供できるメリットは」
「無いから、困難な交渉になるということです」

 裁判で譲歩する以外の、正規軍がレンジャーズよりも優位性を保ち得るだけの何かを、レンジャーズの損害を最低限に維持しつつ提供しなきゃいけない、ってことか。確かにそんなものはありはしない。が、ないのなら作るしかない。

「ちなみに伺いますが、キヌアギアさんの中で何らかの答えを持っていたりしますか?」
「答えを聞くつもりですか? 君らしくない」
「あなたの腹を探りたいだけですよ」
「答えなんかありはしませんよ。それが分かっていれば、俺は難しいとか困難だとかなんて言いはしません」

 確かにそれはその通りかもしれない。キヌアギアさんであれば、何かしらアイデアでも持っているかと少し期待したのだけれども。……いや、聞き方の問題か。

「じゃあ聞き方を変えますけど、キヌアギアさんが目を付けるとしたらどこです? 僕はそういう経験値が少ないですから、ぜひ聞いておきたいんです」
「まぁ、俺もそこまで意地悪じゃあないから言いますがね、そうですね、疑問を持っているとすれば、ザンクト・ツォルンとフィフスに対する姿勢ですね」
「奪還作戦が遅々として進まないことですか?」
「それもありますが、そもそも撤退して実効支配を許したこと自体が、俺は変だと思いますがね。ザンクト・ツォルンは正規軍の戦力を持ってすれば、容易く殲滅できる程度です」
「レンジャーズの戦力としては?」
「勝てるでしょうが、消耗も激しすぎるしやり合った後役目を果たせなくなりますよ。レンジャーズの目的と使命はセブンスの防衛ですから。先制は御法度だったため、静観していた次第です」
「でも、その必要が無くなった、その矢先にこの状況……いや、ウチのことじゃないですね今は」
「いやいや、それを考えることも重要ですよ。駆け引きなのですから」
「そう、ですね。しかし、とはいえ何故……」

 レンジャーズにとって、あくまでセブンス防衛のためには、ザンクト・ツォルンの動向を監視しつつもこちらから仕掛けるメリットは無かった。だからザンクト・ツォルンがフィフスを支配して以降も戦争をすることは無かったけど、ガイスト正規軍は事情が違う。実際に領土を襲撃され、みすみす明け渡したのだ。その間、地上の紛争などには十分な戦力を割き、勝利しているのにもかかわらずだ。
 つまり、今の正規軍にはザンクト・ツォルンに攻撃できない理由があると言うことだ。それが何か。政治的な理由? 損益を考えてのこと? それらは確かにあるかもしれない。だが、長期化させてもいいことなんて何もないはずだ。勝てる見込みがあるなら、仕掛けているはずだ。だということは。

「正規軍は、ザンクト・ツォルンに何かの不確定要素を見ているってことでしょうか」
「正規軍が、勝てないほどの何か?」
「そうです、既存戦力では太刀打ちできない何か……」

 そう話しながら、僕とキヌアギアさんの表情は一つの確信を得たものに変わった。
 そう、あるじゃないか。忙しい中で情報過多だと、簡単なことさえ見落としてしまっていけない。はっきりしているじゃないか、強力な戦力を持つ正規軍が、あっさりザンクト・ツォルンに負けてしまう、決定的な要素が。でも、それをそうだと決めつける情報が少ない。

「キヌアギアさん、当時の情報、報道や諜報で、何か心当たりは」
「あの時は……序盤から正規軍が劣勢を強いられていたが、それでも次第に戦局が硬直し、盛り返せるかという矢先に、突如撤退を発表したんだったと記憶しています。その前の戦闘で被害が大きかったからだと」
「確認してみます」

 僕はキヌアギアさんの言葉を聞いて、通信端末を手に取りスウケさんに連絡を取る。

「スウケさん、ヨエクです。状況はいかがですか」
「連絡早いな、まだあまり進んでいないぞ」
「じゃあちょうどいいです。ザンクト・ツォルンと正規軍の、フィフスでの戦闘について、軍の記録や報道資料から、丁度撤退を決めた時期の情報を集めてください。特に、例えばそう、謎の竜とか、新種の竜とか、そういった類の記録が無いかどうかを見たいんです」
「なるほど、理解はした。そのままちょっと待ってろ、すぐに洗い出す」

 そう言ってスウケさんは無言のまま端末の向こうで何かをしている様子だったが、数十秒すると向こうから話しかけてきた。

「あったぞ、ザンクト・ツォルンが初襲撃した際に地元紙が小さくだが、謎の新竜について書いている。二週間後ぐらいにゴシップ誌でも小さく、住民の証言が載っていた。これまでの竜よりも一回り大きい竜が襲ってきたと。二誌で取り扱っているが、それ以降は出てこないな」
「ありがとうございます。じゃあついでに竜の専門家として伺いますが。この時代に新たな竜が見つかることって、軍が把握していない強力な竜が現れるなんて、あり得ますか?」
「竜の品種改良は進んでいる、今までの竜よりも強い竜が現れるっていうのは、有り得ない話じゃない。が、それがザンクト・ツォルンから突然出てくるかと言われると、疑問だな」
「だとすれば、その新しい竜というのは」
「お前の予想の通りじゃないか? 報道でこれだけ小さくしか、新たな竜について扱われていないし、軍の記録も、閲覧できる権限の範囲では新たな竜に関する報告が一切ない。不自然なほどにな」
「ありがとうございます。助かりました。引き続き情報収集お願いします」
「任される」

 僕はスウケさんとの通信を切って、キヌアギアさんの顔を見た。

「おそらく、間違いないです」
「間違いないとしてどうするんです? それが交渉の切り札になり得ますかね」

 正規軍がザンクト・ツォルンの何を恐れているのかは分かった。そしてそれは僕らにとっての強みでもある。だがそれを、どう交渉に用いるのか。考えなきゃいけない。考えろ、ヨエク・コール!

「……僕が本島に来た目的はもう一つ、【アトリ】へ行くことでした」
「パートナーとの連携の確認のためだと聞いていましたが、なるほど。【アトリ】であれば、それを天秤に」
「かけるしかないでしょう。あそこに行くことは不利益ばかりで心苦しかったけど、良かったこのことは十二分に利益になる」
「レンジャーズとしては、この切り札は不利益に違いありませんよ」
「セブンス、ガイスト全体の防衛のことを考えれば?」
「……プラスでしょうな」

 キヌアギアさんは苦笑いしてそう言った。分かってる、この切り札は、うちにとってデメリットが大きい。だからこそ、トゥイアメ幕僚長と引き換えにするだけの価値は十分にあると思っている。

「ですが、それだけじゃあ交渉の準備は十分じゃありませんがね」
「分かっています。仰る通り、これは切り札。手札はまだまだ必要です。ですが、果たして糸口は見えました。首を振る方向を選ばせるくらいには」

 そう、まだまだ手札が足りない。相手は海千山千の幕僚長。子供の僕が普通にやり合って口で勝てる相手じゃない。それでも勝たなきゃいけないのだから、やれることは何でもやらなきゃいけない。僕とキヌアギアさん、そこにキヌアギアさん配下の幕僚、ボアザさんが手配してくれた法務部門の数名を加え、スウケさんとシウバ秘書が集めてくれた資料に目を通しながら、意見を交わして方針をまとめていく。
 今の僕たちに何が出来るのか、正規軍とレンジャーズはどう付き合っていくべきなのか、ザンクト・ツォルンを、フィフスをどうするべきなのか、そして、僕はこれからどういう役割を担っていくべきなのか。夜まで半日強、それは長いようでいて、あまりにも少ない時間だったけれど、短い針が一周し終える前には大まかな方針を策定し、セブンスに残った幕僚会議の面々にも大筋の同意を得ることが出来るところまで持っていくことが出来た。ザッペ派は案の定色よい返事ではなかったけれど、背に腹は、ということで了承はしてくれた。

「準備万端、とは言い難いのが厳しい状況ですな」
「昨日の今日です。思いつくことはやりました。後はもう、思いつけなかったことは今後の反省としましょう。そうするしかないです」
「組織の人間らしいこと言うようになりましたな」

 キヌアギアさんはこの状況でも、笑顔を見せた。本当に、感情というか、手の内を読ませない人だなとは改めて実感する。

「シウバさん、準備は出来ました。会談は?」
「確認します。……時間を詰め切れていないようですが、早ければ1時間後ぐらいです」
「分かりました。僕とキヌアギア議長は、会場に向かいます。他の皆さんは、ここで待機して幕僚会議側との連絡に備えてください。シウバさん、案内を」
「任されます」

 僕とキヌアギアさんは、警護の兵だけを連れてホテルを後にし、外でシウバさんが手配させていたエアカーに乗り込もうとした。その時だった。

「待ちくたびれたわよ、ヨエク」
「セニカ叔母さん!」

 エアカーから降りてきたのはセニカ叔母さんだった。交渉に当たっていたんじゃなかったのか。

「どうしてここに? 交渉は?」
「交渉は大分進んだからね、後は詰めの部分は偉い方々におまかせ。私としては会談をセッティングした張本人として、あなた達の状況を把握にね」

 そう言いながらセニカ叔母さんはキヌアギアさんの方へと歩み寄っていった。

「あなたがレンジャーズ幕僚会議議長キヌアギア・ネレイドね。ガイスト上院議員セニカ・トラスト・コールよ」
「お話は伺っております。この度は無茶を聞いていただいたそうで」
「無茶でもないわ。私はただかわいい甥の手助けをしてあげただけよ。そうよね、ヨエク」
「ははは……」

 何だろう、渇いた笑いしか出せなかった。得体の知れない野心を内に隠して、僕の価値を値踏みしようとするキヌアギア・ネレイド幕僚会議議長と、理想をもないまぜにした野心をあらわにして、甥の僕さえも翻弄するセニカ・トラスト・コール上院議員。恐ろしい者同士の邂逅に立ち会ってしまったな。

「会談は議事堂の会議室を押さえたわ。乗って頂戴」

 セニカ叔母さんに促されて僕たちは用意された複数のエアカーにそれぞれ乗り込んだ。僕はセニカ叔母さんと同じエアカーの後部座席に並んで乗った。エアカーを発進させた後、セニカ叔母さんが不意に聞いてきた。

「交渉案はまとまったって感じかしら」
「そうですね、何とか」
「どう? 人を束ねる立場っていうのは。どういう気分?」
「気分って、それどころじゃないですよ。やれることをやろうとしているだけです」

 仮にも僕にとっての祖父、セニカ叔母さんにとっての父であるヨエキア・コールの死を受けて、今僕はこの状況に置かれている。どんな気分って、気分がいい訳ないじゃないか。人が、死んでいるんだ。

「ヨエク、あなたがあの竜のことを気に入っているのはよく知っているし、あなたが今パパに託された状況を受け止めることに必死だろうし、それに遠い未来の話なんてまだまだ見えてはいないと思うけど、でもそろそろ自分の将来のこと、考えてもいいんじゃない?」
「何が言いたいんです?」
「ヨエク、政治家にならない?」

 そう言ってセニカ叔母さんはにやりと笑った。その笑顔は、キヌアギアさんのものと似てはいるけれどなんとなく別のものだとも感じた。楽しんでいるというよりも、僕に本気で期待しているというか、今の僕じゃなく、これから先の僕を見ているというか。

「何を言うんですか、いきなり」
「パパの素質を受け継いで、【アトリ】で【調整】を受けて、警備隊で武者修行。パパの望んだ道ではないにしろ、パパの望んだゴールにあなたは向かっているわ。遅かれ早かれ、パパの死に直面すればきっと遺言を受けて、そしてあなたはこの状況に身を置いていたはず。パパの思惑通りにね。でも、それにヨエクは反発したんでしょう?」
「だからと言って、それ以外の選択肢を選ぶとして、何故僕が政治家なんです。向いてませんよ」
「素質や性格というより、胆力ね。議員なんてやっているとつくづく実感させられるのよ、この世界、良い奴も悪い奴もいるけれど、堂々としている奴が一番強いって。昨日啖呵を切られて思ったけど、ヨエクはそれを備えていると思うの」
「昨日のことはすみません、でも買い被りですよ。大体、僕が政治家になって何をするっていうんです」
「それはあなたが何の代表者となりたいか次第よ。でも例えばそう、人と竜の関わり方とか、不満有るんでしょう? 警備隊員や軍人にその世の中は変えられないけど、政治家なら、いえ政治家も変える力自体はないけれど、世の中を変える方向に誘導する力は持っているわ。野心と胆力、備わっていればこの世界を戦い抜けるわ」
「だったら御免ですよ、竜乗りとして竜との絆で戦い抜いた方が、よっぽど僕に合ってます」
「今すぐにとは言っていないわ。10年後20年後30年後、選択肢の一つとして持っていてほしいのよ。政治家なんて未来、考えてなかったでしょう?」
「そりゃあ、勿論」
「だから言ったのよ。選べる選択肢が多いことはいいことよ。豊かさの証拠だもの。もし気が向いたらいつでも私を頼ってくれて構わないわ。いつまでもエイブおじさんばかり頼ってても、あの方だっていい年ですものね。だからヨエク、よく考えておいて頂戴。いつでも待ってるわ。いつでもね」

 セニカ叔母さんが笑顔を浮かべながらそう言ったけれど、僕はどうとも返事が出来なかった。選ぶ言葉さえ、見つけられなかった。僕が政治家だなんて、今まで考えてもみなかった。
 アズールと共に育ってきて、アズールと共にできることが何か、それを考えてここまで来た。でも、僕が本当にやりたいこと、目指さなきゃいけないことを、これから先に進むのなら目をそらさずに本気で考えなきゃいけないところまで僕は来たんだ。今は政治家になることは考えられないし想像もつかないけど、確かに今僕が目の前にあると思っている道だけが道ではないものも確かだ。

「考えては、おきます」

 僕はしばらく間をおいてから、そう答えるのが精一杯だった。やっぱり今は考えられない。でも、セニカ叔母さんが僕を見てそう思ったのなら、その意見も客観的な意見として聞くべきだ。もう、独りよがりに考えて行動する立場じゃないんだから、僕は。
 レンジャーズと正規軍。セブンスとガイスト本島。軍人と政治家。前世代と現世代と次世代。各々の様々な思惑が複雑に絡み合う中、僕たちはついに邂逅の時を迎える。
+注意+
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