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Collateral Calls-コラテラル・コール- 作者:鰤(クワドラプラス/宮尾武利)

第二部:レンジャーズ再建

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16 Take Off-離島-

 大切な存在を戦いに巻き込み、大切な存在を失ったり傷つけたりして、それでも守りたいものがあるっていうのは、まるで大切なもの同士を天秤にかけているようで、辛くて、悲しくて、難しいことなんだけれども、だからと言っても何もせずに逃げることさえできないのなら、僕は腹を括って天秤と向き合うしかないのだった。

「繰り返しお伝えしています。昨日二度にわたるザンクト・ツォルンと思われる竜による襲撃及び戦闘を受けて、エイブラハム・ウェイブ首長は昨夜未明、セブンスにおける非常事態宣言を出しました。首長は宣言の中で『島の生活、自由、そして存亡を脅かすテロリストに対して、決して屈することは無い』と述べました。一方でその後の会見では、記者から先のホテル襲撃の時点で取るべき対策が取られていなかったのではないかと厳しく追及される場面もありました」

 公共放送が流す報道番組を、僕は一人でぼうっと眺めていた。僕がいるのは、戦闘のあったポーツァベンドの基地ではない。セブンスの東端にあるステアウア基地、通称東基地にいる。
 昨晩二度の戦闘を終えて再開された幕僚会議を一旦終えた僕は、そのままレンジャーズ兵の運転するエアカーに乗り込んですぐさまポーツァベンド基地を後にして、この東基地へとやってきた。すでに日は昇り、空は明るくなっていた。

「防衛を担うコールズ・レンジャーズにも防衛力に疑問や批判が相次ぐ中、昨夜未明から今後についての話し合いが長時間にわたって繰り返し取られている様子です。ポーツァベンド基地からキュセナ・ブロード記者が伝えます」
「おはようございます、キュセナ・ブロードがポーツァベンド基地からお伝えします。昨夜未明から行われている話し合いは、被害状況の確認や今後の方針、そして最も重要な司令長官の後継者選びについて話し合われたものと見られています」

 元々幕僚会議は今日明日ぐらいまでかけて細かなことを詰めていくぐらいの気持ちで僕はいたけれど、今朝までの時点で上、つまり僕とキヌアギアさんの判断が必要な要件は出尽くし、一旦各師団、各部門で持ち帰り立て直しに向けた計画を練ることとなった。となると再建計画が煮詰まるまでわずかではあるものの、僕とキヌアギアさんには空きが出来るわけで、その間僕らが遊んでいるのは勿体のないことだった。

「昨日の襲撃において、ヨエキア・コール司令長官、ザッペ・モーレ副司令をはじめとする数名の幹部が殉職し、選定は混迷しているものと見られています。候補者として、ロヘナ・カラム南方師団長、キヌアギア・ネレイド北方師団長、ヒウミア・ティタン統制部門責任者のほか、ヨエキア将軍の長男を含む親族の基地への出入りが目撃されており、候補者の一人として話し合いがもたれたものと見られています」
「やれやれ、一体どこから情報が漏れるんでしょうかね」

 記者の長々とした報告を一通り聞き終えた時、横からやや疲れた声でキヌアギアさんが話しかけてきた。軍服はややよれていた。

「基地の外からでも、僕らの出入りは見えるでしょうし、末端の兵士も憶測でものを喋るんでしょう。真相には及んでません」
「うちの情報はザンクト・ツォルンに漏れている。記者に漏れていたって不思議じゃないと思いますがね」
「そういう状況で、僕とキヌアギアさん、今のツートップがここに揃っていていいんですかね?」
「幹部を一網打尽にしたいなら、幕僚会議中の我々を大戦力で叩けばよかったはずですがね、それは無かった」
「今の僕らには、隙がありますよ」
「分かってますって、だから飛行機を別にしたわけでしてね」
「僕も分かってます、分かっていて、だからこそ、ですよ」

 将軍とザッペ副司令、二人を同時に失ったのは、二人を一緒に行動させていた危機管理意識の低さだ。そのことを反省として冷静にとらえるならば、取るべき対策はシンプルだ。たとえ同じ目的の移動でも効率を捨てて、別々に移動することだ。僕とキヌアギアさんはこれから、飛行機でガイスト本島へと向かう。
 ガイスト本島へ向かう主な理由は二つ。一つはレンジャーズの次期指導者として、現ガイスト正規軍幕僚長であるトゥイアメ・バルトロメウを迎え入れるために彼と交渉をすること。もう一つは、アズールとの連携にずれが生じてしまったことを修正するために、僕をスペシャル・チルドレンとして育てた施設【アトリ】へと向かうことだ。
 あとは、僕にとっては主目的ではないけれど、ある意味この二つ以上に重要なこととしては将軍の追悼式典に向けた動きの把握と、今後の防衛に関する正規軍との交渉だ。追悼式典はセニカおばさんが、正規軍との交渉にはキヌアギアさんがあたるけど、必要に応じて僕が出ていく必要もありそうだ。
 大事な期間に僕らトップ2人がセブンスを離れるのは苦渋の選択だけれども、僕たちは今の危機よりも未来の選択に賭けることにした。つまり、僕とキヌアギアさん揃って、トゥイアメ幕僚長を説得すると言うことだ。

「一睡もできてないのでしょう?」

 キヌアギアさんのその問いに、僕は笑いながら「お互いさまじゃないですか?」と返すと、キヌアギアさんも乾いた笑いを漏らした。

「飛行機の中で寝れればいいんですがね」
「まぁ、ものの一時間ですからね。それでも、仮眠を取るだけでも違いますよ?」
「10代の肉体と、50近くの肉体っていうのは、随分と違うんですよ。疲れなんぞ、取れやしない」

 元々痩せ型のキヌアギアさんの姿は確かに、この一日でやつれたようにも見える。飄々とした人ではあるけれど、繰り返し敵の襲撃を受け、慕っていた指導者を失い、急に軍の指揮権を与えられれば、どれほど優秀な人であったとしてもかかる負担の大きさは尋常ではないはずだ。

「年を取るのは、いやなことですか?」
「兵士としては、力の衰えを覚えるのは気持ちのいいものではありませんがね、しかし年を取って出来ることもあります」
「例えば?」
「この年齢だった時のヨエキア将軍と自分を比べるのは、年を取らねばできないことです」

 そう言ってキヌアギアさんはにたりと笑った。あぁ、この人のこういうところは好きだし、そして恐ろしい。昨日命を失った将軍のことを、将軍の孫である僕の前でそう言ってのける、これもまた強さなのだと思える。

「キヌアギア議長は、将軍とご自分をどう比較されているんです?」
「実力も実績も足元にも及びませんがね、ただあの人の失敗を踏まえて行動できる利点が俺にはあります。後に生まれた者の特権は、よく行使すべきですしね」

 その通りだと思った。将軍の失敗を、間近で多く見てきたこの人には、その蓄積がある。より最善な答えを出すには、やはりキヌアギアさんはレンジャーズにとって重要な存在だ。もしかしたら、将軍やザッペ副司令以上に。

「確かに、あなたならレンジャーズをより良いものに出来るでしょう」
「他人事のように仰る。君がレンジャーズを背負って立つのだという気概を見せる時だと思いますがね」
「兵の前ではそうします」
「君は、俺を信用しすぎではありませんかね?」
「あなたならレンジャーズをよく出来ると信じている、僕のあなたへの信は、そう言うことですから」
「よく仰る」

 そう言ってキヌアギアさんはまた笑う。よく笑う方だとは思う。清濁をまぜこぜにして全て呑み込むような、大人の笑い方だ。
 僕たちがそんな話をしていると、レンジャーズの兵士が入ってきて飛行機の準備がもう少しで整うことを伝えてきた。

「じゃあ、僕は先に行きますね」
「ああ、明日またお会いしましょう」

 僕は部屋を出てキヌアギアさんと別れると、滑走路へと移動する。自分の搭乗する飛行機を見ながら兵士から説明を聞いている時、数人の女性の声が聞こえてきた。僕が声の方を振り向くと、相手も僕に気付く。

「ヨエク!」
「キロア!」

 僕を見つけて真っ先に駆け寄ってきたのはキロアだった。その後ろからスウケさん、イニさんもついてくる。

「急なことで、驚かせてすみません。本当はキロアの傍についててあげたいし、そうするべきなのですが」
「今は自分の大切な竜と、自分が預かっている組織を優先して考えてあげてください。それが、私を守ってくれることに繋がるのでしょう?」
「そう理解してくれると、助かるんです」
「私だって、聞き分けぐらいしてみせますから」

 そう言うキロアの表情は、どこか嬉し気で、でもどこか寂し気で、こういう様子は本当に普通の女の子と変わりはないんだなって改めて思ったりした。

「ヨエクくん! 照れるのもいいですけど、ヨエクくんはアズール一筋なんですよね!」
「イニさん、またその話を!」
「大事な話です! ……アズールのこと、大切に思ってあげてくださいね? あの子、あなたが思うよりもずっと、あなたのために一生懸命ですから、だから」
「ありがとうございます、イニさん。わかってます……なんて、軽々しく言ってはダメですね。僕が分かってなかったから、こうなってしまった」
「あの、あれは私が」
「僕に驕りがあったんです。だから、今度こそちゃんと僕はアズールと分かり合って……、というか、イニさんその格好どうしたんです?」

 話し始める前から気になっていたことを、つい聞いてしまった。イニさんは普段竜使いや船内庶務の業務があるから、作業着の上に警備隊のジャケットを羽織った格好をしているんだけど、今はその身慣れた格好じゃない。着ていたのは、竜乗りのスーツだった。防寒、防弾、防魔加工が施されたぴっちりとしたスーツは、イニさんの体のラインをはっきりさせていた。

「どうしたって、竜乗りのスーツですよ」
「だから、どうしてそれを着てるんです?」
「私から話をする。お前はお前でバタバタしてたから、話す時間が無かったが」

 イニさんに代わって話し始めたのは、スウケさんだった。

「離陸からセブンスの防衛圏離脱まで、アイラムが護衛をするという話は聞いているか?」
「はいそれは」

 一応、今の僕は立場上レンジャーズのボスだ。そして昨日、真竜によって前のボスをやられてしまった状況を考えれば、ボスの護衛に真竜を当てるのは至極当然の発想だった。まぁ、僕自身が真竜ではあるのだけれども、飛行機に乗っている状況じゃ迂闊に変身できないわけだし、守ってもらわなきゃいけないのは事実だ。そして今、僕を除けばレンジャーズが有する真竜はアイラムであるキロアとサドゥイであるテザヤルさんの二人だけ。ポーツァベンド基地防衛にテザヤルさんを当てているのだから、僕の護衛は必然的にキロアと言うことになる。

「真竜には暴走のリスクがある。アイラムに実際そういうリスクがあるのかどうかはさておき、一応のリスクとしてそれを踏まえて、可能な限り真竜も他の竜同様竜乗りの制御下で運用しようというのが現場判断であった。今日の護衛、アイラムにはイニが乗る」
「イニさんが?」

 僕は思わず、驚きの表情と疑いの口調でそう言ってしまった。

「驚きますよね、でも私、一応軍学校で竜乗りの訓練は受けてますから! 覚えてるでしょう?」
「ええ、まぁ一応」
「ん? 覚えてるってどういうことだ?」

 イニさんの問いかけと僕の微妙な返事に、疑問をぶつけたのはスウケさんだった。首をひねりながら僕の方を見る。

「僕とイニさんは、軍学校時代の同期ですから」
「そうなのか? 2年ずっとやってきて、そんな話初めて聞いたぞ」
「警備隊の入隊も同期ですから」
「あぁまぁ、そうか。入隊が同じなら普通は軍学校も同期か」
「はい。まぁ科が違いますし面識はほとんどなかったですけど。ねぇ、イニさん」
「え、うん、そうですね、そう言われちゃうと、そうなんですけどね」

 そう答えるイニさんのテンションは何故か低かった。あれ、僕は今何か変なことを言ったか?

「でも、どうしてイニさんが竜乗りに? 竜乗りなら他にもいるでしょう? 本職じゃないイニさんじゃなくたって」

 それは僕のシンプルな疑問だった。竜乗りは何人もいる中で本職以外を選ぶ意味は咄嗟には理解できなかった。その僕の問いに答えたのはキロアだった。

「私がわがままを言ったんです。信用できる方がいいって。ゾアスアさんはサドゥイのために待機していますから、ポーツァベンドを離れられませんから」

 キロアが、イニさんを竜乗りとして指名したってことか? どうしてだ?

「ソキアバやギアビでもよかったんだが、あいつらも実戦はゼロだし、だからと言って実戦経験豊富でも面識無い奴だとアイラムとの信頼関係のこともあるしな。なら普段から身の回りの世話をしているイニがいいだろうと。戦闘経験は無いが、竜の操縦だけなら腕は私が保証するよ」

 スウケさんはそう言ってイニさんの背中を叩いた。スウケさんがそう言うなら、問題は無いだろうし、実際僕だってイニさんの操縦の腕は知っている。そもそも竜使いにとって竜乗りのライセンスは必須だし、スウケさんが竜使いとして竜の管理をしているのを、イニさんは全面的にサポートしている。竜に乗って竜の調子を確認したり、任務から戻ってきた竜を竜舎まで誘導するのに竜に乗ることもある。サポートとはいえ、実力が無ければ務まらない難しい仕事だ。とはいえ。

「でも、万が一の時には戦闘になるんですよ、イニさんは、それでいいんですか?」
「……よくはないです。でも、ヨエクくんが頑張っていて、キロアちゃんだって戦っていて。勿論、私は竜使いとしての職務を全うするのが仕事ですし、役割の意味を理解できないほど物分かりが悪いつもりはないですけど、だけど。だけどね、ヨエクくんが戦っている姿を見て、キロアちゃんが戦っている姿を見て、私にも出来ることはもっとある筈だなって思えてきたの。二人のために出来ること。その時にもらった話だから。その」

 そう言いかけて、イニさんはぱたりと話を止めた。なんだ、どうしたんだろう。

「ごめんなさい、なんか、喋りすぎましたね!」
「え? いや、そんなことないと思いますけど」
「そ、そうですか? えと、つまりですね。戦いたくないのはみんな一緒だけど、私も竜乗りとして戦えるのだから、こうして任された時にはちゃんと果たしたいなって」

 そう言ってイニさんはニコッと笑った。相変わらず唐突な言葉選びで戸惑うけど、僕もつられて笑顔を浮かべた。

「アイラム、イニ、そろそろお前たちも準備をする頃合いだ。頼んだぞ」
「任されます!」

 スウケさんに促されて二人は揃って元気のいい返事をすると、お互い向かい合ってはにかむように笑った。そしてキロアとイニさんは兵士と共に移動していくのを見送ると、イニさんは僕に問いかけてきた。

「現場の検討の結果だし、イニなりにアイラムなりに考えての答えだ。心配は分かるがな」
「警備隊がレンジャーズに接収される話を将軍からされた時、イニさんは不満げな様子でした。戦うことを嫌ってるから、警備隊に入ったのだと」
「イニだって、最前線で、送り出す立場として、この戦争を見てきたんだ。昨日のことで思うところだってあるし、あいつなりに万が一の時には戦う覚悟を決めたんだろう」

 覚悟、か。戦場にいるのだから、確かに人それぞれ、覚悟を決めてここに立っているんだろう。イニさんだって、キロアだって、僕だって。さらに言えば、ザンクト・ツォルンだって。でも、イニさんは戦いを拒み、嫌う人だった。軍学校に入りながらも半民半官の警備隊を選んだのは、そういう想いがあったからのはずだ。それなのに。

「……戦いを嫌っていたイニさんが戦うようになって、キロアだってそうだ。みんな、変わっていってしまう」
「戦争っていうものはそういうものだ」
「でも僕だって、戦争なんてしたくないと思っていて、でも進んで戦って、戦えば戦うほど戦いは広がって」
「それを少しでも早くどうにかするための、本島訪問だろ?」
「そうですね、分かってます。でも」
「そういう不安は、口にしたって構わない。だが、こういう時こそヨエキア将軍の言葉じゃないか?」
「考える、そうですね。みんな考えて、行動している。そういうことですよね」

 そうだ、みんなそれぞれ、考えながら行動している。
 キロアは、人に酷使される竜を救うために、竜を元の世界に帰そうとしている。その目的のために何をすべきか、考えて行動しているんだ。
 僕はどうだ? キロアを守ることだけを考えろと将軍に言われていた。今はそれでいいのかもしれないし、そうすべきなのだろう。でも、キロアを守り切った後、僕はどうすればいい? その時戦争はどうなっている? セブンスは? ガイストは? レンジャーズは? どうなっているか分からないし、考えれば不安を煽るだけだった。

「悪い予測をしたって、それは考えてるってことにはならないですよね。それを予測したなら、それをどうするか考えなきゃ。……うん、大丈夫です。僕もやれることを、やってみせます」
「頼もしいな」

 そう言ってスウケさんはクスリと笑った。悪い考えばかりが浮かんでしまうことがダメなんじゃない。そこにはまり込んでしまったいい考えが浮かばなくなってしまうのが問題なんだ。だから、常に考え続けなきゃ。
 アズールとの関係を修復するにはどうすればいいか、トゥイアメ幕僚長を引き抜くにはどうすればいいのか、引き抜けなかった時のリスクヘッジをどうするのか。何手も考えろ、時間は少ないが、十分だ。

「っと、我々もそろそろ飛行機に乗る時間だ。行くぞ」
「はい!」

 僕とスウケさんはレンジャーズ兵と共にタラップから飛行機に乗り込み、スウケさんは窓側の席に、僕はその隣に座る。その時、ピリッと魔力の揺れを感じて窓を見ると、白い羽毛の巨竜が飛行機からやや離れた位置に現れたのを確認できた。キロアだ。

「先に飛んで、上空から警護に当たるようだ。アイラムと言えど、飛行機のスピードには追い付けないからな」
「まさかキロアに守られることになると思いませんでした」
「不服か?」
「不甲斐ないと思っただけです」

 いや、不甲斐ないという言い方も、キロアには失礼かもしれない。でも、僕は彼女を守るって決めたのに、思い返してみればキロアが来てからのこの約10日間、僕はキロアに助けられてばかりだったな。

「だからこそ、僕はもっと、ちゃんと自分の力を使えなきゃいけないんです。僕は、キロアを守りたい」

 白い巨竜は背中にイニさんと思われる竜乗りを乗せると、羽を大きく広げて空へと飛び立つ。小さな窓からは、そのあとの様子はあまりはっきり見えない。

「この飛行機も離陸体勢に入ります。シートベルトを」

 レンジャーズ兵に促されて僕とスウケさんはシートベルトをつけて離陸に備える。飛行船に乗ってセブンスの外に出る仕事をしてはいるものの、本格的に長期間セブンスを離れるのは久しぶりだ。それこそ、軍学校に入学した時以来だろうか。
 ぼんやりと窓の外を見ながらそんなことを考えていると、ゴウっとエンジン音が大きくなり、窓の外を流れる景色の速度が一気に上がる。体に重力を感じる。やがてふわっと体が軽くなったかと思うと、外の景色が一気に空の青へと代わる。普段から竜に乗って慣れているはずの感覚だけど、飛行機のそれはその何倍も大きくてなかなか慣れない。これだけの重さのものを、多くの人間を乗せて、高速で飛行させる旧時代の技術は、尊敬するしかない。

「見ろ、アイラムだ」

 スウケさんに言われて窓の外をしっかりと見る。確かに雲に紛れて、白い巨竜がやや離れたところを飛んでいる。他にもレンジャーズの竜が数体。並行しているようにも見えるけど、実際には飛行機の方がかなり早くて、距離と飛んでる方向による錯覚なのだろうな。この距離なら、竜の声で会話できるだろうか?

『キロア、聞こえますか、キロア』
『ヨエク? 聞こえますよ。どうかしましたか?』
『いえ、ただ、守ってくれてありがとうございます』
『そんなこと、今更ですよ』
『さっき言いそびれてしまいましたから』

 この距離では、いくら僕の目がよくたって、始祖竜アイラムの表情を読み取ることは出来ない。でも、どうか、不安そうな表情はしてほしくなかった。僕自身が不安そうな表情をしてしまっていたから、この一日将軍のことで僕はピリピリしてしまっていたから、どうか安心してほしかった。だけど、何を言えばいいのか分からなくて、うまく言葉が出てこなくて。普段だったら普通に話で来ているのに、どうしてこういう時は言葉が出てこないんだろう。

『ヨエク、私も私なりに考えて、行動しようと思ったんです。私は、自分の意思でここにいます。あなたも自分の意思で、自分のなすべきことをしてきてください』
『キロア……ありがとうございます。すぐに、戻ってきます。それまでセブンスを、任せます』
『任されます!』

 飛行機は加速して、アイラムの姿はすぐに点となって見えなくなっていく。そしてその点はやがて地上へと降りていき、完全に見えなくなった。そのあとキロアに呼びかけても、声は返ってこなかった。この後キロアは、キヌアギアさんの離陸の護衛にもあたってくれる。

「何か話をしていたのか?」
「え?」
「真竜は真竜同士、心の声みたいなのが聞こえるんだろ?」
「何故わかったんです?」
「黙っているのに表情が変わったりすれば、普通じゃないって思うだろう?」

 そう言えば、自分が竜の声で会話している時の自分の様子なんか考えたことは無かったけど、そうかそういう風に見えているのか。実際に言われるとそれはちょっと恥ずかしいな。

「その、ちゃんとお礼を言いたくて。昨日はずっと、僕がピリピリしてしまいましたから」
「肉親が死んで、平気でいられる方がおかしな話さ」
「スウケさんは、実戦経験があると聞きました。ヤシマ軍に?」
「ん、ああ。ヤシマにいた何年かは、軍にいた」
「味方や敵の死も、ご覧になったことは」
「……大人には、事情があると言っただろう?」
「あ、あの、すみません。無配慮で」
「いいさ。聞きたかったんだろう? 人の死を、目の当たりにした人間の、様子のこととかをさ」

 スウケさんはこちらを振り向かず、窓の方を見ながら小さな声で答えた。自分でもわかる、さすがにちょっと不躾が過ぎる質問だった。聞き方があったはずだ。

「ヤシマのサド・スカイルで内乱が有った時、8年前だが、その時同期を一人失った。私の部隊はそこには参加していなかったが、だからかな、余計に、今でも、実感が湧かないんだ。知らせを聞いてもピンと来なかったし、今でもまだあいつが生きてるんじゃないかって思える時もある。でも、死人は生き返らない。どうやったって、どう願ったって、な」

 軽々しく聞いたことを、悔いていた。スウケさんの言葉の重みを感じて、僕はそれが、その同期一人の死だけではない、もっと重要な後悔が込められているのを察した。そもそも人の死が、軽いもののはずないじゃないか、昨日それを経験したばかりだっていうのに、僕は。

「そんな顔をするな、ヨエク。分かってる、不安や悲しみは、共有して和らげるべきだものな。昨日のお前には、その余裕さえなかったんだ。今ぐらい、弱音を吐いたっていいさ。だが、さっきも言ったが」
「分かってます。もう、大丈夫です」

 思慮を欠いてはいけない。一つ一つ慎重に、考えて物事を進めなきゃ。たとえ、親しい人との会話にだって、今後意味が出てくるはずだ。

「……とはいえ、根は詰め過ぎるなよ? 寝ていないのだろう?」
「そうですね、そうだった。すみません。ちょっと、仮眠してもいいですか?」
「はは、まぁ構わないだろうさ。敵が攻撃可能な空域は抜けたようだし、1時間寝るだけでも違うだろう」
「スウケさんも、ご無理をなさらず」
「そうだな。私も一睡するかな」

 スウケさんだって、昨日はずっと竜の看病や診療に当たって、ほとんど寝れなかったはずだ。本当は今日だって仕事が有ったのに、僕に合わせてくれた。迷惑をかけてしまっている。
 いや、迷惑をかけたって、仕方がないんだ。誰かを頼る以上、他の何かを犠牲にしてもらうってことなんだ。だからこそ、僕はそれに見合い、報いる必要がある。期待と重責が僕にのしかかっている。
 でも僕は、だからこそそれに応えたい。キロアを守って、レンジャーズを守って、セブンスを守る。そのために僕に何ができるのか、何をしなきゃいけないのか。出来ることをするために、僕は本島へと向かうんだ。
 アズールのこと、トゥイアメ幕僚長のこと、将軍の追悼式典のこと、僕を待ち受ける様々なことを僕は相手にしなきゃいけないけれど、その先で待つ更なる試練を僕はまだ想像できていなかった。
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