挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
腹ぺこエルフさん放浪記 作者:(=`ω´=)
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

56/97

神奈川県足柄下郡。ベーカリーのシチューパン。

 のどかなところだな、と、タスッタさんは思う。
 いわゆる温泉街でもあり、宿泊施設や観光客向けの施設もそれなりにあるのだが、人通りが多い割にはどこかのんびりとした空気が漂っている。
 宮ノ下周辺とは、そんな場所柄であった。
 それとも、山中で、周囲に緑が多いせいで、そういう風に錯覚しているだけでしょうか?
 タスッタさんは、そんな風に思ってひとりで小さく首を傾げた。

 タスッタさんの用事は温泉にも観光にもない。
 しかし、肝心の用事は午後からであり、正午にまだいくらかの間がある今は半端に時間が空いている状態であった。
 散策がてらに近くの神社に参拝をしながら、さて、どうやって時間を潰しましょうかね、とタスッタさんは考える。
 そういえば、お腹が空きましたね、とも、思った。
 タスッタさんは、よほどの事業がなければ朝食を省略したりはしないのだが、今日は移動の都合のため、朝がいつもよりずっと早かったのだ。
 そのため、この十時半を少し過ぎたかというこの時刻にも関わらず、タスッタさんは空腹を感じていた。

 どうせ他にすることもないので、タスッタさんは付近を歩き回って見ることにする。
 温泉目当ての人がそれなりに押し寄せる地域であるから、飲食店はそれなりに充実しているはず、であった。
 しばらく周囲をうろついていれば、なにかしらよさそうなお店に遭遇することもあるでしょう。
 と、タスッタさんは考えた。

「パン屋さんか」
 あまり重い、本格的な食事を摂ることも想定していなかったので、ちょうどよかったのかも知れない。
 幸いなことに、店内にイートインスペースも設けられているお店のようだ。
 ウィンドウの中を確認して見る限り、十一時をいくらか過ぎたこの時間帯で、すでにかなりのお客さんが入っているようだった。
 繁盛しているようですね。
 と、タスッタさんは思った。

 店内に入ってみると、外から見て予想していたよりは、大勢のお客さんが入っていた。
 お客さんのほとんどは女性で、どうもこのお店は、かなり評判がいいらしい。
 タスッタさんはお店の入口付近におかれたトレーとトングを手に取り、パンが陳列されている場所へと移動する。
 実際には、列を作って移動しているお客さんたちの、最後尾に着いた。

 うむ。
 と、タスッタさんは思う。
 定番の菓子パンや調理パンの他に、他ではあまり見かけないような種類のパンもいくつかありますね。
 それだけ、お店の人が商品開発に力をいれているということであった。
 熱意が空回りしている場合もあるのだが、こうしたお店は当たりである公算が大きい。
 そうしたこのお店のオリジナルらしい商品の中でも、タスッタさんの目をひときわ引いたのが。
「シチューパン?」
 なんだ、それは。
 と、タスッタさんは思う。
 名前からして調理パンの一種なのであろうが、他では見かけたことがない種類のパンであった。
 見本として置かれていたパンを見ると、丸くて、かなり大きいなパンだった。
 見本の横に置かれていた説明書きによると、このパンをくり抜いて、その中にシチューを入れるものらしい。
 ああ。
 とタスッタさんは頷く。
 これは、おいしそうだ。
 タスッタさんはそのシチューパンを頼むことにした。

 レジで会計を済ませ、番号札を受け取ってから、タスッタさんはイートインスペースへと移動した。
 ほとんど満席に近い状態だったが、どうにか空席を見つけてそこに座る。
 シチューパンをテイクアウトせずにこのスペースでいただく場合、パンを焼いてからその中に熱々のシチューをいれてくれるということで、注文をしてから数分ほど待たされるということだった。
 品物が来るまでの間、タスッタさんは他のお客さんのたちの様子をさりげなく観察してみた。
 前述した通り、ほとんどが女性客であり、同時に、やはりほとんどのお客さんがシチューパンを注文している。
 持ち帰って冷めたものをたべるよりは 、熱々のものをこの場で食べたいですよね。
 と、タスッタさんはお客さんたちに共感をおぼえた。

 しばらくして、タスッタさんが持つ番号札が呼ばれたので、タスッタさんは注文した品を受け取りにいく。
 カウンターで受け取ったトレーの上には、直径二十センチほどの、丸いパンが乗っている。
 よくみると、かすかに湯気をあげているのが確認できた。
 タスッタさんはそのトレーを持って確保していた席にまで移動をし、そこに座る。
 そして、その丸いパンの上部の、蓋になっている部分を持ちあげてみた。
 あ。
 と、タスッタさんは思う。
 デミグラスソース特有の、あの芳醇な香りが、くり抜かれたパンの中から立ち昇ったのだ。
 これは。
 と、タスッタさんは思う。
 想像をしていたのよりも、ずっと本格的なシチューなのかも知れない。
 こうして実物を目の当たりにし、その香りを実感するまで、タスッタさんは、ここのシチューもパン屋さんの惣菜パンにありがちな、あまり本格的ではないものか、それとも出来合いのものを使用していると思い込んでいた。
 しかし。

 タスッタさんは、持ちあげた円形の蓋の部分の感触を確かめながら、それを手でちぎってみる。
 かなり硬い感触であり、ちぎるのににもかなりの力を入れる必要があった。
 いわゆるフランスパンのような、パードブレッドタイプのようだ。
 ようやくちぎった一片を、まずはなにもつけずにそのまま口へと運び、咀嚼してみる。
 硬い表皮を何度も噛むうちに、じんわりと、焼いた小麦粉特有の甘味と風味が、口の中に広がっていく。

 あ、おいしい。
 と、タスッタさんは思う。
 ここ最近食べたパンの中では、一番素直に「おいしい」と思えるパンだった。
 これもまた、事前の期待値を遥かに超えたクオリティである。

 あるもんだなあ、こういう出逢いって。
 と、タスッタさんは内心で感心してしまう。
 感心をしながら、タスッタさんはちぎったパンの一片を手に取り、そのままシチューの中に入れ、よく浸してから口の中に放り込んだ。

 うん、これだ。
 と、タスッタさんは、一人でうなずく。
 よく煮込まれ、味の染みたお肉と野菜、それにスパイス。
 レトルトや出来合いのものでは出せない、重層的な味と香り。
 これだけの奥行きのある風味を出すまでに、一体どれほどの時間、煮込めばいいのか。
 パン屋さんが片手間に調理したような、そんな軽い味ではなかった。

 しかも。
 パンが、それ自体だけで、もうおいしい。
 と、タスッタさんは思う。
 そのパンとシチューを一度にいただくと、それだけでとても幸せな気分になる。

 これだけの品を提供しているのならば。
 と、タスッタさんは思った。
 このお店は、仮にこのような観光地になかったとしても、やはり相応の人気店になるのではないでしょうか、と。
 さほど大きくもない店内に、途切れることなくお客さんが来訪し続けているのには、やはりそれなりの理由があるのであった。

 ここは、いいお店ですね。
 と、タスッタさんは、シチューパンをいただきながら、そう思う。
 タスッタさんはそう思いながら、帰りにテイクアウトでどんなパンを買っていくべきか、検討もしていた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ