挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
腹ぺこエルフさん放浪記 作者:(=`ω´=)
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

51/97

千葉県船橋市。タスッタさん、引きこもり中。

「んー」
 と、タスッタさんは低く唸ってボールペンの尻で頭を掻いた。
 予想以上に捗らないものだな、と、そんなことを思う。

 現在、タスッタさんは仮の宿として借りていたマンションの一室で、書き物をしていた。
 この日本で見聞をしてきた様々なことを文書にまとめて本国に送付するのも、タスッタさんの仕事の重要な一部なのである。
 十二月も半ばを過ぎた現在、タスッタさんはいつも以上に大量な文書を作成する必要に迫られている。
 普段通りの報告書に加えて、本年の活動を総括する報告書も年末までに提出する必要があるのだった。
 またまだ締め切りまで十日以上あるとはいえ、今のうちから着手しておかないとどうしようもない。
 しかしタスッタさんは、具体的ないつも通りの、つまり具体的な事物に対する報告書であるのならばともかく、包括的な、ある程度抽象的な分析能力なども駆使する必要がある類の文章を書くことをあまり得意としていなかった。
 おまけに、事情があってタスッタさんの故国で使用されている文字種はパソコンなどには標準で組み込まれていない。
 手書きで、数十万字にも達する膨大な文章を年末までに書きあげなければならないのであった。
 その報告書の出来により、来年以降の給付金にも影響してくるはずで、手を抜くわけにもいかなかった。
 そんなわけで、タスッタさんはここ数日、単身者用のワンルームマンションの一室に篭って、テーブルにむかっていた。

「……お腹が、減りましたねえ」
 タスッタさんは、ぽつりと呟く。
 時刻を見ると、正午まで少し余裕があった。
 それでは、ということで、タスッタさんはいそいそと食事の準備に取りかかる。
 報告書の作成に取りかかってからこの方、この食事だけがタスッタさんの楽しみになっていた。

 キッチンと呼ぶのにはあまりにも粗末な、簡易な流しとIH式のコンロが一基だけ設置された場所に立ち、タスッタさんはまずラップに包んで冷凍庫に保存しておいたご飯を電子レンジに放り込んで加熱し、それと同時に小さな鍋を用意してその中に缶詰のカレーをあけて温めはじめる。
 あるメーカーから発売されているこの缶入りのカレーは、種類が豊富、かつ、廉価で、こうした手早く食事を摂りたいときには重宝をしていた。
 この缶入りカレーのシリーズは百円プラス消費税という値段でありながら、味の方はかなり本格的なのが特徴だ。
 その分、ひとつあたりの量の方も値段相応でしかなかったが、タスッタさんは、レトルトなどと比べると、このシリーズの方をはるかに好んでいる。
 今回の食事では、数ある買い置きの中からスタンダードな「タイ風スープカレー」を選んだ。

 温め終えたご飯をお皿に盛り、やはり温めたカレーを載せてテーブルへと戻る。
 本当ならばもう一品、サラダくらいは作りたいところであったが、今は自室内ということで作業の合間にみかんを食べていて、そちらがまだ残っているので、それでデザートも含めて代用することにした。
 今は手早く、できるだけ時間をかけずに本来の作業に戻りたいところであった。
 テーブルについたタスッタさんは、マグカップにティーパックを入れて電気ケトルで沸かしたお湯を注いだあと、自分で温めたカレーをスポーンですくって口の中に入れた。
 この缶入りカレーのシリーズは、どちらかというと粘り気がない、いわゆるびちゃびちゃというかさらさら系のカレーばかりなのであるが、味や香りはかなりしっかりしている。
 しっかりと複合的なスパイスの味わいが、タスッタさんの口の中に広がった。
 いわゆる日本風なカレーではなく、しっかりとエスニックな風味をこの値段で再現して見せたことは、かなり凄いことなんじゃないでしょうか、などとタスッタさんは思う。
 とにかく、ご飯が進む。
 ここ数日、マンションから一歩も出ていなかったため、それと缶入りのカレーの容量に合わせてご飯の方も少なめにしておいた。
 そのせいもあって、タスッタさんはあっという間にその一皿を完食して、自分でいれた紅茶を啜った。
 まだ舌の上に残っているように錯覚をしている辛味が、紅茶で濯がれているような気分になる。
 ふう、と息を吐いてから、タスッタさんは傍にあったビニール袋の中に手をいれてみかんを取り出し、皮を剥きはじめた。
 そうしながら確認してみると、あれだけいっぱいあったみかんが残りわずかとなっている。
 部屋の隅においてある段ボールごと買ってきておいたのだが、どうやらこの数日ですべて食べ尽くしてしまったようだ。
 少し食べすぎましたかね、と、タスッタさんはそんなことを思う。
 この部屋にこもって報告書を書いている間、他に楽しみがないのだから、しかたがない一面もあるのだが。

 それからタスッタさんはスマホにインストールしたアプリでどこかのラジオを流し聞きながら、しばらく報告書の執筆に戻った。
 日本での情報収集と合わせてこの報告書をまとめることこそ現在のタスッタさんの本業であり、タスッタさんとしてもそれなりに身をいれて取り組んでいる。
 そしてタスッタさんは、集中するときは時間を忘れるタイプでもあった。

 次にタスッタさんがふと気がついてテーブルから顔をあげると、窓の外ではすでにどっぷりと日が暮れていた。
 肩を回しながら大きく伸びをすると、すっかりこわばっていた背中からなにやら音が聞こえてきたのだが、気にしないことにする。
 タスッタさんは立ちあがり、カーテンを閉めてから外出の支度をはじめた。
 いい加減、買い置きの食材などが不足して来ているので、ぼちぼち買い出しにいっておきたい。

 近所にあるスーパーまで足を運んだタスッタさんは、適当に吟味をしながら食材をカゴの中に放り込んだ。
 報告書の作成はまだ数日はかかる予定であり、いつもとは違って食材が余ることは考えなくてもよかったのだ。
 どうせ一日中、あのマンションの中にいるのであれば、いっそのことこの機会に時間がかかるお料理とか試してみますかね、などとタスッタさんは思う。
 そして豚のかたまり肉があったので、あとで煮豚にでもするつもりでカゴの中に放り込んだ。

 買い出しから帰ってきたタスッタさんは、スマホで複数のレシピなどを確認しながら、さっそく豚のかたまり肉を調理する。
 たこ糸で縛り、フォークでいっぱい穴をあけたかたまり肉をネギなどと一緒に一度ざっと煮る。
 その際に使ったお湯を冷やすと表面部に脂がかたまり、それはそのまま炒め物などにも使えるので、肉を取り出したあとは別容器に移して保存をしておく。
 再度同じかたまり肉にニンニクやショウガ、それに醤油や紹興酒、水などの調味料を加えて、今度は弱火でじっくりと煮込む。
 一時間強、煮汁をまわしかけながら煮込んだところで、コンロから鍋を降ろし、あとはしばらく放置。
 冷めていく間に味が染みてていくということであったから、こちらを実際に食べるのは明日以降のことになる。
 しばらく放置して冷えてきたら、鍋にいれたまま冷蔵庫の中にしまうつもりだった。

 煮豚の調理がひと段落してから、タスッタさんは土鍋を取り出してその底に昆布を敷いて水を入れ、タラの切り身と豆腐を何丁か包丁で一口大に切って蓋をして、コンロで加熱しはじめた。
 調理が簡単で、体が温まって、消化が良く、そして、お酒のあてにもなる。
 いそいそと晩酌の用意をしながら、タスッタさんは、
「今夜のように冷える晩には、湯豆腐って最強のお料理なんじゃないか?」
 とか、そんなことを思う。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ