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腹ぺこエルフさん放浪記 作者:(=`ω´=)
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21/97

東京都葛飾区。イタリアンバル、深夜の飲食。

 その晩、タスッタさんは途方に暮れていた。
 所用があって立ち寄った場所だったのだが、その用事が予想外に長引いて終電の時間をこえてしまったのだ。
 都内の下町と呼ばれる場所ではあるが、近くには私鉄しか通っていない。
 駅前に小さな商店街はあるのだが、都内の繁華街などは違ってこの周辺は夜が早いのか、ほとんどの店がシャッターを降ろして静まり返っている。
 タスッタさんはしばらく周囲をうろつき、駅前にあるコンビニに入り、そこの店員さんに朝までやっている、長居できるお店はないのかと訊ねてみる。
「近くには、そういう店はほとんどないかなあ」
 コンビニの店員さんは面倒臭がらずにタスッタさんの質問に答えてくれた。
「ネカフェもカラオケもないし。
 少し歩いて青砥まで出れば確かネカフェくらいならあったと思うけど」
「歩くってどれくらいですか?」
「人にもよるけど、十五分からニ十分くらいというところかな」
「ああ、ねーさん」
 店員さんとそんな会話をしていると、赤ら顔をした中年男が背後から声をかけてきた。
「朝までということなら厳しいかもしれないが、惨事か四時頃までやっているお店ならばすぐそこにあるぞ。
 しかも、酒も料理もうまい」
 明らかにできあがっていた様子だったが、その中年男がもたらした情報はありがたかった。
 始発まではまだ少し間がある時間だったが、それでも

 そうしてタスッタさんはそのコンビニで購入したチキンの揚げ物を片手に中年男から教えられた方向にむかって歩き出す。
 駅前のコンビニから線路を渡っていくらもしないうちに、小さな商店街は終わってしまった。
 その終端のT字路の一角に、教えられた通りの店が存在した。
 小さいが、まだ新しそうなお店であった。
「バル、ですか」
 看板を一瞥したタスッタさんは呟く。
 灯りはついているし、人の声も聞こえてくる。
 まずは入ってみることにしよう。
 タスッタさんが扉を開けて中を覗くと、すぐに店員から、
「いらっしゃいませ」
 と挨拶をされた。
 カウンター三席にテーブルが三セット。
 外観から想像するよりは、こじんまりとしたお店だった。
 その小さな店内がもう日付が変わっている時間だというのに、ほぼ満席になっている。
「ひとりですが入れますか?」
 店員になにか訊ねられる前に、タスッタさんは確認をした。
「はい、どうぞ。
 入れます」
 カウンターの中の店員さんがそういってくれた。
「こちらのカウンター席へどうぞ」
 他のお客さんたちの間を縫うようにして、タスッタさんは店員さんに示された席に着いた。
「おねーさん、外国の方かね?」
 隣に座っていた初老の男に、いきなりそう訊ねられた。
「はい。
 日本で生まれたわけではありません」
 こうしたも運動に慣れているタスッタさんは即乙する。
「日本語、達者だね」
「はい。
 おかげさまで」
「こちら、お通しになります」
 店員さんが平皿に何種類かの前菜を乗せたものをタスッタさんの前に置いた。
「お飲み物はなんになさいますか?」
「そうですね」
 タスッタさんはほんの少し考えてから返答をした。
「まずは、ビールをお願いします」
「まずはビールか」
 先ほど声をかけてきた初老の男がいった。
「それじゃあ、トレンタにするといいよ」
「トレンタ、ですか?」
「トレンタ・ドゥエというイタリアの銘柄になります」
 店員さんが説明してくれる。
「日本では、まだほとんど扱っているお店がないはずです。
 お陰さまで、皆様にはご好評をいただいております」
「では、そのトレンタというビールで」
 タスッタさんはいった。
 突き出しの中からフォークでチーズらしき小片を刺して口に運ぶ。
 そして、
「あ」
 と、思わず声をあげてしまった。
「そこいらで売っているのとは風味がまるで違うだろう」
 隣席の初老の男がいう。
「そのモッツァレラ、この店の自家製なの。
 それは、ビールにもワインにも合うから」
「チーズを自家製、ですか」
 目を見開きながら、タスッタさんは呟いた。
 これは、とんでもないあたりのお店かもしれない、とか、思いはじめる。
 店員さんが瓶からグラスに注いで出してくれたトレンタというビールも、国産のメーカーのものとはかなり味が違う。
 ビールはビールなのだが、よく口にしているビールと比較すると、コクや後味などにかなり違和感があるのだ。
 どちらがうまいのかというと個人の嗜好によるのだろうが、タスッタさん的にはこのトレンタも十分にうまく思えた。
 これはお料理の方も期待できそうですね、とか思いつつ、次はなにを頼もうかとタスッタさんはメニューを手に取る。
「おねーさん、お腹は空いているのかい?」
 また、隣席の初老の男が声をかけてくる。
「お腹が空いているのなら、ここはパスタもリゾットもあるから。
 それに、パンもうまい」
 うわあ。
 どれもうまそうだ、と、タスッタさんは思った。
「残念ながら、お腹はそんなに空いていません」
 なにしろ先ほど、コンビニで買った脂ぎったホットスナックを完食したばかりだった。
 こんなお店に来るのだったら、あんなものを買うんじゃなかったな、と、タスッタさんはちらりと後悔をする。
「ビールにもワインにも合うお料理で、なにかお勧めはありますか?」
 タスッタさんは店員さんに訊ねてみる。
「うちの料理はどれも合うと思いますが」
 そんな前置きをしながらも、店員さんはタスッタさんに答えてくれる。
「しいていえば、家製サルシッチャになりますかね。
 幅広いお客様からご好評を頂いております」
「サルシッチャ、ですか?」
「腸詰め」
 隣席の男が説明を補足してくれた。
「ソーセージの一種だな。
 挽肉とハーブを混ぜて、この店で詰めている」
「では、まずそれをください」
 タスッタさんはいった。

 いくらもしないうちに、店員さんがボイルしたサルシッチャを出してくれる。
 すかさず、それをフォークで刺して口に運ぶタスッタさん。
 皮はパリッとしてていて、歯でそれを破ると中からじんわりとハーブの風味が効いた肉汁が口の中に溢れてくる。
 熱くて、おいしい。
 ああ、これは確かに、ビールに合うわ。
 そんなことを思っているうちに、トレンタのグラスがあっという間に空になる。
「今度はワインをお願いします」
 タスッタさんはすぐに店員さんに声をかけた。
「赤と白、どちらがよろしいですか?」
「赤の方で」
「赤ですと、ライトボディからフルボディまで取り揃えておりますが」
「ええと、では、フルボディの方でお願いします」
 次はなにを頼もうか、とメニューを開いて考えつつ、タスッタさんは適当に答えた。
 すぐに店員さんが、ワイングラスをタスッタさんの前に置いてくれる。
「こちら、赤ワインになります」
「それでは、次はこのハムの盛り合わせをお願いします」
 その直後に、タスッタさんは注文をする。
「おねーさん、ちょっとこれ、食べてみるかい?」
 隣の男がそんなことをいってくる。
「イタリア風モツのトマト煮込み。
 このバケットの上に乗せて食べるんだ。
 そのワインにも合うはずだ」
「よろしいんですか?」
 タスッタさんは遠慮することなく、その男の勧めに従ってバケットを手に、イタリア風モツのトマト煮込みをバケットの上に乗せて食べてみた。
 固めのバケットの食感とトマトの酸味、それにモツの甘さが口の中で交じり合い、それを嚥下してからどっしりとした風味の赤ワインを口に含むとその後味とワインの香りが鼻腔の中でまた混じる。
 官能的、というのはこういうことなんだろうな、とタスッタさんは思った。
「この辺りもその昔、昭和の頃は小さくて薄汚い町工場ばかりがわんさかあってねえ」
 初老の男が昔語りをはじめる。
「この駅前近辺にもそこの若い工員を相手に、安酒場がいっぱいあったの。
 いまでもまだまだ残っているけどね。
 センベロっていってね、千円でも酔っぱらえるようなそんな安酒場が」
「はあ」
 生返事をしながら、タスッタさんは例によってすぐに出てきた生ハムの盛り合わせにフォークを伸ばす。
「この店も、本格的な仕込みをする割りには良心的な料金でねえ。
 いつもこれでうまくやっていけるのか心配になるくらいなんだけど」
「お陰さまで、どうにかやっていけています」
 隣席の初老の男と店員さんのやり取りを耳にしながら、タスッタさんは赤ワインとハムの盛り合わせを愉しんでた。
 盛り合わせというだけあって、微妙に風味が異なるハムが何種類も味わえる一皿だった。
「それ、うまいだろう」
 初老の男がまた声をかけてくる。
「そんなハムでも、枝から直接削ぐからね。
 この店は」
「そうですね」
 タスッタさんは無難な答えをしておいた。
「おいしいです」
 確かにこれまでにタスッタさんが食してきたどんなハムよりもおいしいとは思ったが、ハムは所詮ハムであり、感動するというほどでもない。
 先ほどイタリア風モツのトマト煮込みを勧められたお返しに、タスッタさんはその初老の男にまだ手をつけていないハムの盛り合わせを勧めておく。

「次は、なににしましょうか」
 タスッタさんは自分でも気がつかないうちに、そう声に出していた。
 実際、このお店はなにを食べてもおいしい。
「おねーさん、魚は大丈夫かい?」
 その声が聞こえたのか、初老の男はそう声をかけてくる。
「マスター。
 まだ鰹は残っていたかな?」
「はい。
 残っていますが」
「産地直送の新鮮な鰹だそうだ。
 ちょうど旬だし、それでなにか作ってもらえば?」
「鰹ならば、カルパッチョがお薦めですね」
「では、それでお願いします」
「おれにはレバーペーストちょうだい。
 まだバケットが残っているから」
 これは、閉店になるまで退屈はしなさそうだとタスッタさんは思った。
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