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妻と愛人、どちらをとるべきか?

作者:shian2011
11.9.8 少し手直しをしました。

ぜひ最後までお読みください。
 ドアを開けるとカランカランと鐘が鳴った。
 よく喫茶店についているやつだ。
 節電の風潮など無視した涼しい温度設定の店内に、難しい顔をしたマスターがこちらをじろりと品定め。
 『いらっしゃいませ』の一言もないが、店それぞれの流儀もあるだろうからノーコメント。


 ――妻と愛人、どちらをとるべきだろう?
 2歳年上の妻とは、8年前に結婚。
 6歳と4歳の息子を授かった。

 夫婦仲は、決してラブラブとは言えないが、些細なケンカは絶えないものの悪くはない。
 世間一般としては普通か、もしかしたら良い方に入るかも知れない。
 子どもたちは健康にすくすくと育っている。
 親バカながら、2人とも優しい良い子だと思う。


 4年ほど前に、6歳年下の女性と出会った。
 いわゆる癒し系というタイプだろう。
 彼女の、若さに似合わない穏やかな雰囲気や、温もりのある優しいほほえみに惹かれた。
 3回目に会った時に男女の仲となった。

 その頃、妻は次男を妊娠中で、夫婦の夜の営みもなく、欲求不満だったということもあった。
 さらに長男の育児疲れも重なっており、一日中、目が三角形につり上がり、常にイライラ・ギスギスとしたオーラを発していた。
 比べるのも妻がかわいそうだが、彼女と一緒にいるととても居心地が良かった。


 自然と、自宅へ帰る日が減っていった。


 2年ほど前。
 週4~5日を彼女の家で過ごすようになっていた。
 残りの日は仕方なく自宅へ帰るか、帰らずに会社に泊まる日もあった。
 この頃には妻も彼女=愛人の存在には薄々は気づいていたかも知れない。
 しかし、子どもたちは父が帰らないのは仕事だと思っていたはずだ、たぶん。 

 そんなある日、彼女から告げられた。
 赤ちゃんができた、と。

 彼女はシングルマザーの道を選んだ……というより最初からそのつもりだったようだ。
 妻子を捨てて離婚し彼女と再婚するという選択肢もあっただろうが、彼女はそれを望まなかった。
 堕胎という選択肢は、2人の性格上、有り得なかった。
 元々、不倫や愛人という要素とは無縁な女性だと感じていたが、彼女はそういった世俗のことは超越した次元にいるのだと実感した。
 育児雑誌を読んでいる彼女の横顔は、いつか京都の寺で見た観音菩薩像の微笑みと重なった。


 3か月前。
 彼女との間に生まれた娘がめでたく1歳になった。
 まだ、アーとかブーとか言うだけだが、ときおり浮かべる笑顔は母親によく似た優しいほほえみだった。
 彼女は、絵にかいたような素晴らしい母親だった。
 比べるのもなんだが、長男が1歳になる頃の妻といえば、寝不足の上、初めての育児に悩みながら、昼夜問わずキレまくっていた。
 いくらかわいい我が子でも、毎晩毎晩・何度も夜泣きで起こされれば、寝不足の母親がキレるのも無理はない。
 しかし、彼女はキレるような素振りもなく、目の下にクマをこしらえて娘をあやしながらほほえんでいた。
 彼女の穏やかさは妻とは大違いだが、むしろ、妻が平均的で、彼女の方が特異なタイプではないだろうか。
 彼女に対して大きな安心感があるのと同時に、手助けをするような隙も危うさもないので、頼りにされていないような複雑な気持ちだった。



 彼女との子どもが1歳なって、それを機会として、これからの生活をどうしようか考えた。
 彼女は良妻賢母(「妻」ではないが……)という表現がよく似合い、一緒にいてとても居心地がよかった。
 感情的には彼女と娘と3人で暮らしたい。
 やはり妻と離婚をして関係を清算するべきか……?

 妻に対して完全に冷めていれば、すぐにでも離婚を決断できるのだが。
 妻への恋愛感情的な愛情はすでになくなっていたものの、家族愛とでもいうような情愛は確実に存在した。
 交際期間を含めれば15~16年は妻と共に過ごし、彼女との4年間の関係とは比べられないほどの歴史を重ねてきた。
 それは気軽に捨てられるほど軽いものではなかった。
 また、妻は専業主婦であり、離婚後の収入の見込みがなかった。
 経済的・精神的に自立できているとは思えず、慰謝料や養育費を渡して別れても、子どもの事も含めていろいろと心配だ。
 離婚したからといって赤の他人とはもう思えないし、放ってもおけない。
 もう少しイライラオーラを抑えられて、あと3キロくらい痩せてくれたら……とも思うが、これは今となっては枝葉末節というところだ。

 対して、彼女の方は優良企業に勤めていて、収入面では心配はない。
 もちろん、いまの産休を終えれば職場復帰もできる。
 元々、彼女とは生活費以外のお金を渡すような関係ではなく、共稼ぎのような感じだった。
 イライラオーラなんか発した事もなく、スタイルは出産後1年足らずで元通りか、むしろほど良くふくよかになって魅力が増したように感じられた。
 経済的・精神的にも自立しているので、別れたところで彼女自身の生活には何ら影響はないはずだ。
 ……ふと感じたのは、彼女は別に一人でも生きていけるんだろうなぁ、という変な寂しさだった。


 妻と離婚せずに、彼女とも別れず、二つの家庭を行ったり来たりの二重生活を送る……うん、悪くない。
 しかし、男の身勝手な考えだ、ともすぐに思う。
 アラブの王族でない身を怨むべくもなく、そんなワガママが日本でまかり通るはずもない。
 世の中そんなに甘くはないのだ。
 特に、子どもたちがもう少し育てば、今更ながら教育上よろしくない。

 そう、子どもたち。
 この状況は、父としてはどうだろうか?

 子どもが3人できて、初めて気づいたのは、子どもへの愛情というのは『増える』のだ。
 親の愛情を3人で3等分するのではなく、1人1人に100%の親の愛情が向けられる。
 もちろん分け隔てもない。
 だから3人いれば親の愛情は300%にもなる。
 子どもが生まれる前は0%だったのだから、子どもたちには心から感謝をしたい。
 生まれてきてくれてありがとう、と。

 息子と娘の差は、実際にはないに等しい。
 父親は娘の方がかわいいという通説は、娘を嫁にやりたくないという表面的に分りやすい事柄からで、どちらもかわいいに変わりはない。
 こういった『娘を嫁にやりたくない』感情と、『息子と酒を酌み交わしたい』感情は、表面上は異なるようで根っこは同じだ。
  息子の『俺は親父のようにはならないぜ』病と、娘の『お父さんと洗濯物は別にして』病が発病した際に、どちらの方がより腹立つのかは近い将来の楽しみでもある。

 子どもの将来の楽しみは、妻とも離婚せず彼女とも別れないでいれば失われる恐れもある。
 このとき、妻と別れなければ息子2人イコール200% > 彼女とは娘1人イコール100% という比較数値は存在しないし、息子と娘という差もないに等しい。
 多数決も成立しないし、天秤にも乗せられない。

 いや、ある意味では今の状態が天秤に乗ってちょうど釣り合っているのだ。
 双方の皿に乗っている存在が、あまりにかけがえのない大事な存在。
 ずしりと天秤にのしかかる重圧。
 釣り合っているからこそ、その重圧を知りながらも実感せずに済んでいた。
 それもそろそろ限界。

 天秤がどちらか一方に傾くか、双方の重さに耐えきれずに崩壊するか。
 どちらも惨劇だ。
 妻と彼女と子ども三人の、合計五人をそんな惨い状態にはできない。
 そのような現実にはとても耐えられない。


 ……そう、だからこの店に来たのだ。
 ショーケース内の商品を指差し、購入する物を決めた。
 耐えがたい現実を耐えるための道具。
『いらっしゃいませ』も言わない店のマスターは、ぶっきらぼうにこう言った。
「弾は何発いる?」
 何発?
 決まっている。
「六発」
 妻と彼女と子ども三人と、そして『私』の合計六人。

『私』は銃砲店を後にした。
 うん?
 なぜ銃を買ったかって?
 刃物じゃ、妻も彼女も子ども三人も、みんな痛がってかわいそうだから。

 ふふふ。

 読んでいただいてありがとうございます。

 この作品の書き始めは、実はコメディ風でした。書いているうちに主人公『私』が、勝手にサイコっぽい性格を出してきたので、やむなくこのような内容に。
 ジャンルの選択肢には「サイコ」がなかったので、最初は迷った挙句に「推理」にし、次に「その他」にして、最後に「ホラー」にしました。

 次回作もぜひお願いします。

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