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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

SFシリーズ

耳鳴り

作者:あゆ森たろ

「気のせい」について考える。

※人によっては残酷描写でグロいかもしれませんので、苦手な方はご遠慮下さい。では。



挿絵(By みてみん)




 ふと考えた。
 誕生から、およそ46億年が経過したこの地球――微惑星の衝突や合体の繰り返しにより、小さきは大きなものに吸収されていって、やがては一つの固まり、一つの惑星へと成していった地球という星に……『身体障害者』というものは、幾人位存在するのだろうと。
 知ったからといってどうこう、という訳ではない。ただ、『僕』には、聞いても興味のない関係のない話だと思っていただけだった。忘れもしない、小学5年生だった、あの夏までは――

『僕』はそれまで、特別でも何でもなかった。



 ・ ・ ・


 朝だ! 慧太けいたは、買ってもらったばかりのスニーカーに足を適当に突っ込んだあと黒いランドセルを担ぎ勢いよく家の玄関から出て、日差しの強いのを全く気にせずに元気よく門から飛び出して行った。夏休みまでもうすぐ、といった時期。これから学校へと登校するのだが、やんちゃ盛りの慧太に突然の衝撃音が頭に響いた。
 ドン、という。
 大太鼓を叩かれたような、響きが痛みのような、感覚は、でも、無いような。慧太の動きは止められてしまった。
 混乱、そう言った方が、のみ込める。
「う……」
 熱くなっていたアスファルトの地面へと、否応なく慧太は倒れてしまっていた。静かに佇む集合住宅の景色が視界で一斉に横倒しになり、暫くは気が動転してしまっていたが、直ぐに持ち直して目を開けた。「慧太くん! どうしたの!?」傍にいたのは近所に住んでいる慧太の友達、クラスメイトの朋菜ともなである。ピンクのランドセルを背負っていた。

「だ、大丈夫……」
「ほんと? 頭打ったんじゃない? 大丈夫!?」
「う、うん……」

 虚ろとなった目をこすり膝を叩いて立ち上がったあとは、今に起こったことを確かめていた。
(撃たれたのかと思った……何だったんだろう、今の。気のせい……だよね?)
 特別何かが起こった訳でもない周りの様子に、慧太の不安は消されていった。
「早く行こうよ。班長怒っちゃうよ、いつも『遅いぞコンニャロウ~』ってカンカンじゃん」
「そうだね、ごめん。行こ」
 朝の登校は集団登校、班で待ち合わせるが、慧太はどちらかというと鈍くさく、足は遅い。朋菜にいつも急かされて背中を押されているようだ。

「あれ、猫がいるよ」

 慧太たちが進む先に、一匹の縞三毛猫が姿を現していた。野良なのか何処かで飼われているのかは知れない、首輪などの装飾は着けてはいなかった。「可愛いねー」2人が近寄って見てみると、猫は首を傾げて見上げて挨拶しているようだった。「ニー」と鳴き、とても愛くるしい顔だった。
「捨て猫かなあ? 何処から来たんだろう」
 慧太が猫に触れようとした時に、恐らくは住宅地を抜けた通りの向こう、遠くから低音で「ピーポー」という、サイレンが聞こえてきた。顔を上げた慧太は、「救急車かな」と辺りを見回した。
 ところが。
「何も聞こえないよ」
「え?」
 答えた朋菜に、不思議そうな顔をしている。「だって今も……」慧太は、段々と近づいてくる音に疑いはなかった。救急車――サイレンは、騒音問題によって、音色を損なわず、音量も保安基準により定められている最低限を確保して、周波数を調整し、耳障りがほとんどなく配慮された『住宅モード』で走行されているという。
 ピーポー、ピーポー。
 確かに、慧太の耳には聞こえていた。狭い裏路から、古希の頃は過ぎているだろう老人が姿を現した。僅かに前屈みになった体で歩いてきて慧太の横を通ろうとしていた。にこりと笑い、会釈をし、過ぎ去っていく。別の所からは、犬の散歩で主婦らしき女性が歩いて来る。
 音に反応しているのは、慧太だけとも見えた。
(おかしいな……)
 救急車の音、サイレン。近づいてきたかと思えば今度は遠くなっていき、その内に時間が経って聞こえなくなってしまったが、気のせいにするには納得が慧太にはいかなかった。
「痛……」
「え?」
 気がつけば、さっきまで立っていた朋菜がしゃがみ込んでいた。「お腹、痛い……」
 とても苦しそうに、右下腹部を押さえて訴えていた。「朋菜ちゃん!」様子がただ事ではないと慧太は慌てて、たまたま近くの家から出てきた年中の主婦に助けを求めにいった。


 この一連が、始まり。全ては、この日の朝から始まった。
 大人になった慧太は何度でも思う。『夢だったんじゃないのか』と。

 荒涼とまではいかないが閑散とした住宅地に、慧太には聞こえていたサイレンを鳴らしながら救急車が入ってくる。それで人は人を集め、野次馬の小さな集団があちらこちらとできて、腹痛を訴えていた朋菜に「もうすぐ、ね」「頑張れ」と人は声を掛けていた。
 野次馬のなかに、白い日除け帽子にライトブルーの透かし編みドルマンカーディガンを着た長身の若い女性が、『慧太』を見ていた。
 薄く口元が、笑っている。


 右下腹部の圧痛、手で押さえて圧迫し急に離すときに痛みが強くなる反動痛、腹膜刺激症状で診断され苦しんでいた朋菜は、入院を余儀なくされた。そう言うと大袈裟なようだが、正式には虫垂炎――俗に言う『盲腸』である。
 盲腸は小腸につづく大腸の始めの部分であり、その盲腸の下端に細長い形で突出しているのが虫垂である。その虫垂の炎症を虫垂炎と言う。軽傷である場合は抗生物質による保存療法が行われることがあるが、重くなると手術が行われることになる。
 朋菜の場合は、手術後の腸閉塞イレウスが起こることが懸念されたが触診の段階で手術の方向でいくことに決定し、すぐに行われたのだった。

 朋菜が入院し手術を無事に終え、そのことが慧太のいるクラス全員に知れ渡ったのは、数日後のことだった。教室で黒板の前に立って先生は、そのことを告げる。
「……と、いう訳で。お見舞いに行く人を決めようと思います。さあ誰か、行きたい人!」
 決して祭り事ではないのだろうが、先生を含めて妙にテンションが高く明るかった。慧太は自ら進んで手を挙げて、朋菜に会いにいこうと決めていた。


 4時限目、理科室で実験の授業中である。
 イカの解剖をしたりホウ砂と洗濯糊でスーパー団子スライム・ボンバークラッシュ☆を作ったりと、小学校の楽しい楽しい理科の実験があったりで、慧太たち生徒は皆、授業がとても好きだった。今に慧太たちが班に分かれて行っているのは、物のかさと温度についてを学ぶための実験で、金属の玉を熱し、実験前には玉が通り抜けることができた輪を再び通してみる、というものだった。
 実験にはアルコールランプを用いる。毛管現象によって燃料が芯を上がり、蒸発して、炎口の上の部分で燃焼するようにしたものである。燃料としては普通、燃料用アルコール(エタノールとメタノールの混合物)やメタノールが使われているが、メタノールやエタノールは常温でも引火性があるため、取り扱いには充分注意が必要だった。

 慧太たちは慣れておらず怖々ながらもマッチで火は起こされて、空気・水・金属が温められると嵩が大きくなり、冷やされると嵩が小さくなることを、この実験を通して確かめていた。
「慧太ぁ。お前、お見舞いに何持ってく?」
 同じ班の高木翔一が、結果をレポート用紙に書いている最中に慧太に問いかけた。「特に何も。花とかでいいんじゃない」慧太も用紙に小さくグラフを描きながら、話に合わせていた。
「でもさぁ。オレ、ばあちゃんの見舞いに持ってったけど、母ちゃんにすげえ怒られたんだぜぇ」
 わざと逆立てた髪を、翔一は直そうとはしない。
「何で? 何の花だったの」
「わかんねえけど、ブッカってレシートに書いてあった」
 慧太は紙を一所懸命に見ていた。実験は慧太のいる班が一番早くに終わり、まだ実験をしている班があった。
「果物持ってった時も怒られたんだよなー。オレ、ほんと自信なくすわー」
「何でだろ」
「パイナップル持ってったんだけど。そしたら、このままじゃ食べられないでしょ、何で缶詰のを買ってこないの、せめて……ってさー、やっぱり怒られた」
 どうやら新鮮なパイナップルを求めたらしい。気持ちは67%くらいなら相手には通じただろうと思われる。割らずに飾っておくことが可能ではないか、入院中に退屈せずに済む。パイナップルが友達。そう無理やりに考えてしまえばいいのかもしれない。

 2人が話していたその時だった。慧太は耳に異質な音を捉え、顔を曇らせていった。ウー、ウー、と、日常ではない音が聞こえてきたのだった。
(しょう……消防車?)
 慧太の耳には音がしっかりと聞こえていた。なので隣にいる翔一に尋ねてみるが、「へ? 何のこと」と素っ気ない返事がくるだけだった。胸騒ぎがする――まただ。救急車の時のように、自分だけが反応しているのか……慧太は静かに座りながら、心穏やかではなくなっていた。
 悶々としている内に、実験時間の終わりが近づいてくる。慧太はレポートに実験結果を纏め、黒板の前に出た。白のチョークで結果を書き始めていた。

 窓の傍で実験をまだしていた班があり、突如悲鳴が上がる。「うわああ!」「きゃー!」慧太、先生、クラスメイト、皆が声の方に振り向き驚愕、続いて悲鳴を上げた。
「ひ!」
「火だ!」
「早く!」
 見ると、机の上から炎が勢いよく上がっていた。机上にはノートや器具が散乱としていたが、そこにも燃え移っていた。慌てて逃げる者、泣き出す者、固まって動けない者。先生が一番冷静で、すぐに指示を出し行動に出た。着ていた白衣を脱いで咄嗟に火の上から覆い被せようとする。「離れて!」そして「水を汲みなさい!」聞いた生徒は、バケツを持ってきて傍の水道口から水を入れ出す、以降、火は燃え広がることはなく、バケツの水はすぐにかけられた。

 火はすぐに消し止められたようだが、騒ぎは思っていたより大きくなってしまったようで、時間が経ってから消防隊が駆けつけていた。だがしかし、消防車が派手に音を打ち鳴らして、ということではない。幸い重傷者はおらず火傷の軽症者程度しかいなかったので、事態は早急に沈下し、収拾していった。
 だが慧太の心中では落ち着かず、もう聞こえてはいないが警鐘としてのサイレンが頭に残っているようだった。不安が慧太を取り巻いている。
(何で聞こえたんだろう……)
 怖くなり、神経質になっていった。



 哲学者ライプニッツは言った。

『全ての人々が宇宙のなかで起きる全てのことに反応する。それ故、全てが見える人は、それぞれのなかに、至る所で起きていること、起きたことや起きるであろうことさえ、読み取ることが出来るのだ』――

「宇宙の星の動き」と「地上の人間の行動」は連動しているとする『占星術』がある。そして未来の星の動きを計算することで、その動きと連動する人間の行動を予測することが出来るという。

『水星と金星が最大離隔にあるときに地震が起こりやすい』

 ある人気占い師はそう言った。彼は地震が気に掛かる……と、その年の1月17日を警戒し、雑誌の紙面上で呼び掛ける。それが1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災であり、彼は1989年10月のアルジェリア地震でも予測を的中させていた。
 ただし震源地特定までは至らず、それは外してしまっている。当たるのかは「完全」や「100%」ではない、水星と金星の最大離隔については、科学的な根拠はない――物事の曖昧さが議論を分け、今にも至る。
 起きそうもないようなことが確率以上に表れることを『偶然の一致』といい、何故そうなるかについては結局の所、科学で説明できていないのである。

 宇宙には物事を結合させる働きがあり、物事を調和させる働きとも言われ、宇宙や自然に調和のとれた運行をさせる原理がある。人の体の組織が調和して体を維持する働きとも似ている。偶然の一致を起こしている原因、外れてもいいなら言おう、それは。

『世の中の全てのものは繋がっていて、そして連動している』 

 共時性原理シンクロニシティ、意味のある偶然の一致。スイスの心理学者ユングは、そう言っていた……




挿絵(By みてみん)





 本当に偶然なの――

 朋菜が入院している大学総合病院は、森をり開いたなかにある。送迎バスやタクシーなどが出入りするターミナルを抜けると、回転式のガラス製ドアが見えてきた。慧太の他、翔一、女子で朋菜の親友である赤木小枝が一緒で、担任の先生が同伴しており、受付で訪問者記入の手続きを済ませた後は廊下の奥へと進んで3階へとエレベータで上がって行った。
 朋菜の病室へ行くまでに、2人の患者とすれ違っていた。昼すぎだったが人の往来が極少ない。

「……どうやらさ、アルコールが机の上に零れていたらしいんだよ」
「へええ。怖いね」
「明日から理科の授業がなくなるかも、って言っててさ。それじゃつまんないねーって言ってたの。新井先生、可哀そうだったなぁ……」
 白いシーツのベッドに上半身を起こし、朋菜は見舞いに来た友人たちと話をしながら、横で聞いていた先生の顔を見ていた。「大丈夫ですよ。暫くは無いかもしれんけど」と、先生は何でもないようなケロっとした顔で肩こりのする首を回していた。
「朋菜ちゃん、術後の経過は?」「全然へっちゃら」慧太に向き直って笑顔を見せていた。
「そっか、盲腸の手術後ってさ、確かガスが出ないと……」
 翔一がニヤニヤしながら言い出した。朋菜が「お黙り!」と声を張り上げて、近くに置いてあった扇子で翔一を指していた。ガス、言い換えると『オナラ』である。手術でストップしていた腸のぜんどう運動が再度うまく働くようになったのかどうかを判断するため、『オナラ』が出たかどうかは重要だった。待ち焦がれていた。

 デリカシーの無い翔一をひと睨みしている朋菜を苦笑いで迎えていた慧太に……またもや『警鐘』が表れる。

 カンカンカンカンカン。

 踏切の音だったのである。

(え!)

 慧太はびっくりして、思わず背筋を伸ばしてしまっていた。
「慧太?」
 翔一が気がついて、呼びかけていた。「うわあああ!」敏感にも、慧太は声を上げてしまった。「どうした」「何なの」「びっくりした」
 音量が大きかった。高く大きい音が、慧太の頭に響いている。カンカンカン、止まらずにずっと鳴り響いていた。「――やめてよ!」それを最後に、慧太は病室を飛び出して行ったのだ。「慧太くーん!」……走り出した慧太は止まらなかった。振り向きもせず、駆け下りていく階段の途中で人に当たりそうになりながらも、慧太は逃げるように病院をあとにした。
(おかしいよ、僕の『耳』!)
 とにかく場所を離れたかった。音は時間が経って消えていったが、今度は心臓が早鐘になって慧太を襲う。息が切れるまで走り続けていた……

 ……慧太と、たまたますれ違った階段での女性は、面白く笑う。
「成程……『未来予知プレコグニション』……」
 トーンの低い声で、そんなことを呟いていた。何が楽しいのか嬉しいのかは理解不能だが、とても面白そうに呟いている。



挿絵(By みてみん)






「[欲しい]わね……」

 ……あの耳を、と、付け足していた。



 病院から夢中で走って、走って、走って。息が切れて、やっと走るのを止めた所、坂道を下っていく途中で、バスの停留所を見つけていた。市バスだったが慧太は病院に戻る気はなく来たバスに乗り込み、駅まで直行で帰るものなら帰れたのだが、そうはしなかった。
 バスの窓から線路が見えて、慧太は次の停留所で降りていた。

 だいぶと落ち着いて、木陰ともなっている坂道で歩道を一心不乱に歩き、再び線路を見つけたのだった。踏切の前で、慧太は立ち止まる。
(何してんだろ僕……。こんな所で……)
 夕刻も5時を過ぎていたが、夕日ではない。太陽は残った熱が日の沈むまで面倒をみるに、無邪気に輝いている。
 踏切にくると、渡らずに足が止まってしまっていた。遮断機は上がっている。
(何してんだろ僕。渡らないでこんな所にいてさ。早く帰れば……)
 言っていることと行動が一致せずに、慧太に時間が流れていっていた。辺りには古びた家屋や駐車場や駐輪場が広がり、人の姿は見えない。時折、何処か遠くからトラックが通りすぎる音が聞こえ、工場や運送会社の建物が見えていた。
 風に吹かれ慧太が黙って立っていると、誰かがやって来る。線路に沿っていくと視界に駅が見え、そこに電車が遠くから来るのが見えていた。
 慧太の向かい……一車線車両の分、数メートルはある幅、その対向側に、誰かが慧太と同じように、立っている。
 慧太がそれに気がつくのは、まだ先だった。

(耳鳴りは……この『耳鳴り』は、僕に何かを教えてくれているのかもしれない)

 考えごとに夢中で、全然気がついてはいなかった。
(気のせいかと思ったけど、そうじゃない。確かに聞こえてたんだ。あの救急車や消防車のサイレンは、『僕』に何かを警告していた! そう考えれば)
 俯いてばかりの慧太に、声が掛けられた。


「違うわ」


 女性の声。小さくとも、よくはっきりと通る綺麗な声だった。
 慧太は顔を上げて驚いている。考えごとに夢中で、話し掛けられるとは思ってもみなかった。そして自分以外に話し掛けられている様子ではないと察した。
 大きなパターンのチェック柄をあしらった、モダンな雰囲気の白いスモックワンピースを着ていた女性は、片手には小さな籐のバッグ、片手には細い杖を持っており、盲目なのかと思えば、そうではないらしい。慧太をしっかりと見つめ、話し掛けていた、いや、語り掛けていた。
「未来があなたに教えてたんじゃない、むしろ逆。――あなたの『能力ちから』よ」

 その『力』とは。

「『未来予知プレコグニション』」

 女性は告げた。
 踏切の音が鳴り出している。もうすぐ、電車が通過しようと迫ってくる時刻だった。カンカンカン……遮断機は上がったままで、待っていた。
(未来……予知?)
 プレコグ……聞いたことがない言葉に、慧太はどう反応していいのかが判らなかった。
(あの耳鳴りが全部……未来を予測したものだっていうんだよね? ……僕の『能力ちから』?)
 女性の言いたいことが明らかでないと、慧太は怪しみながら、言い返していた。
「本当に……そうだとしても。何でそんなこと、お姉さんが知ってるのさ? お姉さんは誰?」
 すると女性は目を細めて、薄い唇からこう答えた。「私には分かる。何故なら」もったいぶったように、告げる。「私も特殊な人間」遮断機は下りきり、電車がやって来た。2人の間に電車はさし迫ってくる。そして通過した。カンカンカンカンカン……

「超能力者なの」

 ガタンガタン……ガー……

 線路の上を電車が滑っていく音と、殴るような風が顔と耳に当たっている。対向側、慧太の正面に女性はいるが、車両の隙間から覗く顔は、微かに笑っている。笑っている……。
読心能力テレパシー+α。能力者同士、仲良くしましょう? ……ね?」
 通りすぎて遮断機が上がると、女性はニッコリと明るい笑顔だった。

(てれぱしー……だって!?)

 思わず心臓を慧太は押さえてしまった。




 その日の晩、慧太の家では、母親、帰宅の早かった父親、姉と食卓を囲み、夕飯にはカレー麻婆豆腐や豆腐のトマトソースグラタン、豆腐と牛肉のあんかけ炒めが並んでいる。やけに豆腐率が高くヘルシー志向なのか買いすぎたのかと思いたくなるのは気のせいである。
 水溶き片栗粉でとろみをつけた麻婆豆腐を口へと運びながら、慧太は自分の能力について考えていた。もしこの力があるなら――。慧太は、呟くように聞いてみた。「ねえ、もしもさ……」
 テレビでアイドルバラエティ予告番組『AKIBANA8「すくなッ!」』を観ていた母親と姉は少し振り向き、なあに、と慧太の箸の進みの遅さを見て言い出した。
「ははーん、朋菜ちゃんのことが心配なんでしょ。そんな深刻な顔しちゃって」
 姉が茶々を入れていた。「それはそうだけど、もしも、もしもだよ。未来を知ることができたとしてさ……」
 ふにゃけたグラタンを見つめながら言った。
「それは……ラッキーなのかな……」
 損か得か。慧太には上手く説明ができなかった。もし未来を知れたなら。宝くじを当てたり、地震などの災害から回避ができると考えていた。しかし慧太の思惑とは裏腹に、姉たちは姉たちで盛り上がっていた。
「未来ィ? そりゃアンタ得よぉ。自分の旦那も簡単に見つかるしー」
 姉は、自分のことばかりを考えていた。
「競馬で万馬券当てたいわねぇ」
 母親は、家計のことを考えていた。

 夕刊を広げて、そのため表情が見えていない向かいにいる父親は寡黙だったが、慧太に言った。
「知らない方がラッキーってこともあるさ」
 父親だけは真面目に答えていた。
「運命は変えられないだろう。知ることができたとしてもよ……それはそいつの運命だな……」
 真面目に答えようとしていただけかもしれなかった。
「お父さん、ハゲたね」「何!」姉の茶々がかわせずに父親に入っていった。知らない方が良かった。

 賑やかだったテレビの番組は終わり、地域ニュースが流れていき、グラタンが残り僅かになった頃、慧太の知っている場所がテレビの画面に映り、驚いて手が止まってしまった。
(あ、あそこ……)
 そこは昼間に訪れた駅の近くで、報道は若い男性が『電車に撥ねられ病院に運ばれたが間もなく死亡した』と告げていた。「うっわー、すぐ近くじゃん」姉は大げさに身をさする。慧太に複雑な心境が迫られた。
(当たった……)
 そして泣きそうにもなっていた。
(運命って。運命? ……僕の運命なの? こんな……知るだけで何もできない、ただの力)
 昼間に出会った女性の声がした。


 あなたは 目覚めた


 覚醒したのだと言う。眠っていた力が、起こされたかのように。女性は、それを言うだけで慧太に特別どうしろと言ったわけではなかった。自分も超能力者だと告げ、挨拶をしただけのやり取りだった。慧太の不安は解消どころか解決の糸口さえ見当がつかない、不安は、膨らむばかりである。
 慧太は叫ばずにはいられなかった。

(いらない……いらないよ!)

 夕飯を終えて部屋のベッドの布団に潜り込んだ後も、慧太は怖くて興奮し眠れなかった。
 朝が近くなるまで……。



 耳の構造には、大きく分けて4つの部位がある。まず外耳、中耳、内耳、そして脳神経である。
 一般に『耳』と呼ばれる部分は外耳で、音を集める。外耳と中耳の境にあるのが鼓膜であり、鼓膜は外耳で集められた音を振動に変換する。中耳には耳小骨と呼ばれる小さな骨があり、この耳小骨はツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨とそれぞれ呼ばれ、鼓膜からの振動を増幅する役割を持っているのである。
 内耳は主にカタツムリの殻の形をした蝸牛と三半規管から成り立ち、中耳と内耳の境にあるのが前庭窓と呼ばれる所で、前庭窓では中耳で増幅された振動を内耳の蝸牛へと受け渡している。蝸牛の中はリンパ液で満たされており、その中には有毛細胞が存在して、前庭窓から伝わった振動はリンパ液を震わせ有毛細胞に伝達されていく。この振動が電気エネルギーに変換されて、聴神経へ、脳へと伝わるのである。

 東洋医学で耳は足裏と同じように耳ツボがある。耳の形は胎児の姿に見立てられており、大体が耳たぶは頭、中央部は内臓、上部は脚周辺あたりに対している。現在では300種類以上の不調症状に用いられているが、胃、便秘点、飢点、脳点、神門などを刺激しての耳ツボダイエットもお試しあれといった所である。
 効果があるかは……『偶然の一致』かもしれないが。恐らく気のせいである。

「行ってきます……」
 朝が普段と変わらずに訪れて、慧太は憂鬱だった。ランドセルを背負い靴を履き支度を終えて、家の玄関からトボトボと歩いて出ると、塀伝いをしばらくして曲がり角に出る。するとそこにひとりの女性が立っていた。電柱の陰で待ち伏せていた女性は、朝に相応しいように爽やかに笑いかけながら、慧太に挨拶をしていた。
「お姉さん」
「おはよう。待っていたわ、あなたを」今日は首回りを広く開けたバレエネックセーターを着ていた。やはり片手には杖を持っており、目は慧太を見ている。

「待っていた……?」

 不思議な顔をした。結局の所、慧太は目の前の女性が自分にとって害の無い人物なのか、さては蛇の道は蛇へと誘う悪意を持った者なのか……判断がつかず困っていた。
「いらないって言ったでしょう、その耳が。あなたの叫びが聞こえたわ」
 慧太は思い出したのだった。女性が言っていた、自分は読心能力テレパシー+αの超能力者であると……。テレパシー 、Telepathy。超感覚的知覚 (ESP) の一種であり、特に道具や器具を使用せずとも遠くにいる者との通信ができる能力である。mental telepathy、精神遠隔感応の短縮形として用いられ、ESPによって他人の心を読んだり、識別したりすることを指している。
 日本では明治時代の頃から博士による研究や実験がなされており、それは現代でも続いている。

「お姉さんは、人の心が読めるんだっけ……」
 家族の者ですら知らないことを赤の他人が知っている。テレパシーが使えるからと一応の納得はいったが、慧太にはどうでもいいことだった。
「言ったよ確かに、心のなかでね。こんな耳いらないって。でも、だからってお姉さんに何の関係があるのさ? その力でお姉さんに僕を救えるの」
 慧太は泣いていた。ひと晩抱えていたものを、今に吐き出している。
「お姉さんが僕を助けてくれるの? 助けられるわけないよ。僕のこの役立たずの力と同じだよ……」
 直視したのではないけれど、情報として慧太に飛び込んでくる。情報、情報、情報、事故のニュース。
(人が死んでいくのに、救えない)
 留まることを知らない情報の波。抵抗空しく感受する体。脳に詰め込まれる無秩序な情報の羅列。
(救えなかった……)
 吐かずにはいられまい。

 誰も……


 ここではない何処かで、走り騒ぐ子どもたちの声がした。登校時間中である、近所では親も付き添い学校や保育所などへ向かって町の時間は流れていく。風はふいにピタリと止み、人の姿が見えなくなった時間の隙間を突いて、女性は優しく微笑みながら慧太との距離を縮めず、言い出していた。
「私は……あなたを救えるわ」
 意外な答えに慧太は驚き、ひるんでいた。
「ほら、見て」
 女性はそっと、自分の片耳に手を触れる。そして。
 思い切って、耳を引き千切ったのである。「見て」ブチリ、と、草の根を引っこ抜いたような音がした。


「え゛」


 驚いていた顔は息を吸い心臓が止まりそうなほどの寒気で凍りついてしまい、背中が反っていた。女性の指先には取れた片耳、血は付着してはいないが、確実に耳は体から離れていた。
 耳の外耳道に対する部分はスポイトのように先が細く、先には唾液のような粘々としたものが付着し、少し垂れている。「ひ」慧太は絶句した。
「言ったでしょう? 読心能力テレパシー、プラス、αだって。プラスの能力はコレよ。他人ひとと体の部分を交換できる。凄いでしょ?」女性は耳を持ちながら、悠々と言い放っていた。
 血などが付いていないため、又は痛そうにも見えないため、本物の耳であるのか義耳であるのかは見た目では特定ができない。何でもないことのように女性は言い放ってはいるが、明らかに『異質な』光景だった。
(そ、そんな……)
 ショックは大きかった。これも『超』能力なのか。慧太には全く理解ができない。
(僕と耳を交換する!? ……すればいいじゃないか)
 自分の震える手を見つめながら、慧太は発する言葉を失ってしまっていた。
(これで普通の暮らしができるのなら。何をためらっているんだ、僕は……)
 またとない機会チャンスとは、こういう時のことなのかもしれない。しかし慧太の体は、一向に受け入れる気配がしなかった。
(怖い……)
 女性は、耳をじれったくも慧太の前に突き出して言った。
「さあ、耳を出しなさい。痛くはないの、やってあげるから」
 そう誘うが、慧太は怖がるばかりで、一歩退き耳を手で庇っていた。
(怖い……!)
 ついに恐怖はピークに上がり、交換する決心はつかないまま、慧太は頭で悲鳴を上げながらその場から逃げ出していた。怖い、怖い、よぉ……慧太の小さい足で、最大速に走り出していった。
(いやだぁぁぁああ……!)

 優しく微笑んでいた女性の表情は、すう、っと深呼吸していくと共にかたくなっていった。そして大声で叫んだのだった。
「あなたが言ったんじゃない! ――『いらない』って! だから私は……!」

 走る慧太は振り向かず、謝っていた。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……確かにこんな変な耳、嫌だ、いらない、でもでもでも……!)
 懺悔し、だがそれでも慧太を追い詰めるかのように、昨夜の父親の言葉が蘇ってきていた。
『運命は変えられないだろう。知ることができたとしても』
『それはそいつの運命だな……』
 運命、という言葉が重く慧太にのしかかる。

 それはそいつの運命ダ。

 非情である。

(僕の『耳』なんです)

 慧太は前がよく見えていなかった。過ぎ去っていく足元の地面を見て泣きながら、走るのを止めなかった。

(こんな能力を持ってしまったのも、僕の『運命』なんです)

 するとそこへ、対向してきたバイクが突っ込んできて、慧太と衝突した。ドン、と……。
 大太鼓を叩かれたような、響きが痛みのような、感覚は、でも、無いような。
 慧太は数メートル吹っ飛ばされても尚、『運命』を繰り返していた。かけられた呪文のようである。
「――子どもが!」「――早く救急車を!」
 慧太の耳には事の経過の喧騒が聞こえてはいるが、何も感じてはいない。衝撃と同じくして意識は飛び、もしくは途絶えて別の所へと旅立った。
『運命』は、しつこくも繰り返している。世界のなかで。

「気がつけば防げたはずよ、こうなること。最初に聞いたでしょ……」
 慧太の姿が人だかりで見えなくなっていくにつれ、女性は関心が薄れていった。
「自分で自分に警告しておきながら回避できないなんて皮肉ね。一生その耳に苦しむがいいわ。……それが超能力者の、『運命』。私たちは……」

 慌しい人なかで女性は、笑わずに背を向ける。
「逆らえないのだから……」
 言い捨てて、そして人波に逆らい、去る。決して振り向かなかった。


 慧太が事故に遭った翌々日、運び込まれた病院で、右足だけを骨折しただけで済んだ慧太は入院を暫くすることになった。
 見舞いに来てくれた学校の友達と話しながらも、慧太の胸中には女性のことがいつまで経っても離れないでいる。耳の交換の申し出のことが今でも思い出すと怖く、気分が悪くなるほどだった。
 あれから女性は慧太の前に現れてはいない。
(最後に、聞こえたような気がする……)
 声を発しない限り聞こえるはずのない声を、女性の訴えを、慧太に届けていたのだろうか。
「運命、かぁ……」
「へ?」
「何でもない」
 惚けた慧太は友達の前で、頷いていた。
(この能力と向き合っていくことが、僕の『運命』なんだね……)

 女性は言った、私たちは運命には逆らえないと。運命とは。
 運命とは、自然。それを受け入れた者だけに、解ることでもある。



 慧太に興味を失った女性、今日は前ボタン開きの赤いリブニットカーディガンを着て、変わりなく片手には役目の分からない杖を所有していた。街を外れて宅地へと近づく道をゆっくりと歩き、沈みかけている日に向かって行くために光が女性に当たっている。
 視界のなかからトコトコと来訪してきたのは、猫だった。その姿格好はとても愛らしいが、逆光に隠れて見れる顔の目には、損傷があった。片方の目だけが、傷ついている。
 女性が屈み込み猫と対峙すると、猫は「?」と女性を見上げていた。慧太の時とは違い、女性の手は素早く、猫と自分の目を交換するという無茶をやってのけていた。
「ごめんね……私見える目は持ってないの」ため息が出そうなほど疲れた声を出す、しかし口元は笑っている。「でもそっちの方がマシでしょう?」そんなことを言いながら、だった。

 女性は満足し立ち上がって、呆然とも取れる猫を見下ろしながら、笑うのを止めずに堂々と言った。きっと、何度でも言うのだろう。「悪いよ、って? 平気よ? 猫ちゃん」何度でも。
 逆光が可笑しく眩しかった。

「これが、私の『運命』なの」



《END》



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