逆転人魚姫
むかしむかしあるところに、美しい声を持つ人魚姫がいました。というのは定石なので省略。海に溺れた王子様を助けた人魚姫は王子様のことを忘れられず、岩場の魔女の元へと向かいます。
「その声と引き換えにあなたを人間にしてあげましょう」
魔女は指を鳴らします。
靄が晴れると……。人魚姫の美しい姿は、人間の足、魚の頭になっていました。
何か言おうと口を開きますがもう声は出ません。
「あっれー?なんで失敗したんだろー?」
魔女の視線は泳ぎます。
「あっそろそろ魔女免許更新に行く時間だ!これ行かないと免許剥奪されるんだ!じゃあね!」
残された人魚姫は途方にくれます。こんな姿じゃ王子様の元へも海へも戻れません。
ふいに岩場の入り口が騒がしくなります。
「王子!お戻りください!」
「ここで最後だから!」
現れたのは王子様でした。人魚姫と目が合って、しばし無言の時が続きます。
「セバスチャン!水槽を!」
魚頭の人魚姫は水槽に入れられてお城へとやってきました。
「淡水かなー?海水かなー?」
人魚姫は必死で海水に首を向けました。水槽に海水が注ぎ込まれます。王子様の部屋には珍しい生き物でいっぱいでした。
王子様は人魚姫を眺めて、やがて夜になりました。水槽に月が映ります
するとどうでしょう。人魚姫の魚頭は人の頭に、人の足は魚の尾に戻ります。
「君は……人魚だったのか」
それでも人魚姫の口から声が漏れることはありません。
「王子!大変です!」
執事が飛び込んできました。
「先ほど海の使者が参って、妹姫を返さなければ国に嵐を起こすと……」
王子様は窓を開け、水槽の蓋を持ち上げました。
「この下はすぐ海だ。勝手に連れてきてすまなかった」
その表情を見た人魚姫は水槽のふちに手を掛けます。そして王子様と口付けを交わしました。
(あいしてる)
声にならなかったその声を残して、人魚姫の姿は窓の外へと消えました
海に戻った人魚姫は相変わらす昼は魚頭、夜は元の姿でした。声も出せないままです。姉姫たちは怒り狂っていましたが、人魚姫は静かに首を振るだけでした。
ある晴れた日のことです。
「人魚姫ー!」
海に王子様の声が響きます。
「僕はあなたがどんな姿でも愛している!もし応えてくれるのなら姿を見せてくれ!」
人魚姫は王子様の元へ向かおうとします。姉姫たちは止めますが、人魚姫は笑って首を振ります。
(私はあの人を愛してるの)
顔を出した人魚姫のところへ王子様は波を掻き分け進みます。そして魚頭の人魚姫に口づけをしました。
するとどうでしょう。人魚姫の姿は人のものになりました。
「わ……」
その口から声が漏れます。
「私もあなたを愛している!」
王子様は人魚姫をきつく抱き締めました。姉姫たちは愛の力を認めるしかありませんでした。
その後のお話。
人間になった人魚姫は王子様と結婚しました。姉姫たちもお祝いに駆けつけてくれます。魔女だけは魔法が失敗したことで免許停止になり、再受験となりました。
王子様の部屋は相変わらず珍しい生き物でいっぱいです。ただ、最大級の愛は一人の姫だけに向けられていましたとさ。