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外伝 シャリーとディアベル ④

「話が違うじゃねえか!」

「……お客さん、いきなり何の話だ?」


さっき後にしたばかりの契約所に怒鳴り込んだ男達は、ディアベルを奴隷商に向かって突き飛ばし、怒りの声を上げる。男達の剣幕を涼し気な顔で聞き流し、奴隷商は声を荒げる事無く彼等の怒鳴り声から断片的に話を拾い上げていった。荒事に慣れている奴隷商にとって彼等低レベルの男達の怒鳴り声など、子犬に吠えられた程度にしか感じないのだ。ふむふむと頷きながら話を理解し、もう十分だとばかりに手で制する。


「つまり、その奴隷が言う事を聞かないと言いたいんだな?」

「そうだよ! 命令をきかないどころか、俺達を巻き添えにして死のうとしやがった! こんな奴隷危なくて使えるか! 金返せ!」

「ふむ……」


ギャアギャアと抗議の声を上げる男達を無視して、奴隷商は考え込む。このまま返品されたところで、ディアベルの気質からして新たな買い取り先で同じ事の繰り返しになりそうだ……となれば、何とかして男達にディアベルを引き取らせなければ大損をする事になる。少ないとは言え牢に戻せば食費と言う名の維持費がかかるのだし、さっさと売り切ってしまうに限る。そこでふとある事を思いついた奴隷商は、抗議し続ける男達に一つの提案をする事にした。


「その奴隷に言う事を聞かせればいいんだろう? なら方法がある。おい、この女と一緒の牢に入れていたガキを連れて来い」


戸惑う男達を無視して奴隷商は手下の男に指示を出す。するとしばらくして、さっき姿を消した男は片手で引きずるようにシャリーを連れて現れた。


「シャリー!」

「ディアベル!」


涙目で思わず駆け出そうとするシャリーを押さえつける男。だがディアベルは勢いをつけて駆け寄ると男を突き飛ばし、涙に濡れるシャリーをその胸の中に抱きしめた。シャリーを連れてきた意味が解らない男達が疑問を浮かべて奴隷商を見ると、彼は冷たい目でディアベル達を見下ろしながら口を開いた。


「見ての通り、その女とガキは切っても切れない間柄だ。なら、そのガキを人質に取れば女は言う事を聞くだろう」


その言葉にディアベルがハッとして顔を上げた。確かに奴隷商の言うように、自分が痛めつけられるよりシャリーに危害を加えられる方が、彼女にとって何倍も辛い事だ。その下衆な発想に怒りに顔を歪めるディアベルとは対照的に、男達はいやらしい笑みを浮かべていた。


「なるほど、そう言う事か。ならそのガキも連れて行ってやろう」

「銀貨五枚だ。それで精霊魔法の使い手が戦力になるんなら安いもんだろ?」

「けっ! この守銭奴が!」


ゴネても無駄だと理解している男達は、懐から代金を取り出して奴隷商に手渡した。それを確認した奴隷商の手下がディアベルの腕から強引にシャリーを取り上げ、力尽くで連れていく。


「ディアベルー!」

「貴様等! シャリーを離せ!」

「いちいち突っかかってくるな鬱陶しい! 契約するだけだろうが!」


シャリーの身に危害が及ぶと判断したディアベルが飛び掛かるも、奴隷商の手下に蹴りをくらって阻止され、その場に押さえつけられた。奥の部屋から聞こえるシャリーの苦痛の声に居てもたってもいられなくなったディアベルが苦痛覚悟で魔法を使おうと決断したその時、奥の部屋から泣きべそをかいたシャリーが入れ墨の男と共に外に出てきたのだ。


「シャリー! 無事か!?」

「ひっく……痛かったよ……。」


涙を浮かべながらしがみつくシャリー。初めて味わう全身を襲う激痛は、幼い子供には大変な試練だったのだろう。シャリーは二度と離すまいとディアベルを掴む手に力を籠めた。そんな二人の抱擁を引き裂くように、男達は二人の腕を掴んで歩き出す。だがその時、ニヤけた男達に冷や水を浴びせるような言葉が奴隷商からかけられた。


「忠告しとくが……その女を戦闘以外に使うのは止めときな。それだけ誇り高い女に無茶すると、あんたらと女の死体だけ出来上がってガキ一人が生き残る……ってな事になりかねないぜ」

「なっ!? それじゃ何のために高い金出したのかわからなくなるだろうが!」

「そこまで責任持てねえよ。そんな女と契約するのを選んだのはあんたらだろう。自己責任ってやつだ」

「ちっ!」


奴隷商の言うように、既にディアベルは彼ら二人を巻き添えに自殺しようとした前科がある。仮にシャリーを人質に取ったところで、戦闘はともかく体を自由にさせる程彼女は甘くないだろう。それが理解できてしまうだけに、男達は奴隷商の忠告を聞くしかなかった。


------


翌日、ディアベル達を連れた男達はダンジョンの中に姿を現していた。高い金を払って精霊魔法の使い手を買った元を取り返すために、早速ダンジョンの探索に乗り出したのだ。人が多くて碌に戦う機会も無い階層をどんどん降りて行き、ようやくまともな探索が始まる。と言っても戦うのはほとんどディアベルだけで、男達は不安に震えるシャリーを捕まえつつ後ろで観戦しているだけだ。


「こりゃ楽でいいな!」

「まったくだ。この精霊魔法がありゃ、俺達は楽して大金持ちになれるぞ」

(好き勝手な事を……!)


一人奮戦するディアベルは、背後から聞こえてくる能天気な声にイラつきながらも剣を振り、魔法を使って迫りくる魔物達を一掃する。そうやって倒した後も、魔物を解体するのは彼女達の仕事だ。異臭を放つ魔物の死体に手を突っ込み、血や悪臭に汚れながら見つけた魔石を男達は当然の様に取り上げた。必死で戦ったところで満足に食べる事も出来ず、常に体は飢えを抱えている。そんな自分の境遇に、ディアベルは唇を噛みしめる程情けなさを感じていた。


(これが奴隷か……! 道具のように扱われ、食事や寝床も満足に与えられない。人間扱いされる事も無い。私はこんな仕打ちを受ける程の悪事を働いたと言うのか? 神と言う存在が居るなら、なぜ我等のような境遇の人間を助けない? それとも我等は救う価値すらないと言うのか?)


わが身に降りかかる不幸に、ディアベルはこの世界の唯一神であるグリトニル神を呪わずにはいられなかった。


------


多くの魔物を倒し探索を続けたディアベル達は、地下十まで到達していた。度重なる戦闘でいい加減疲れていたディアベルが休憩を訴えても、男達はそれを無視して先を急ぐ。この頭の悪い男達にとってディアベルは便利な道具に過ぎず、気遣ってやる対象では無いのだ。彼女の疲れなど無視して進めば、好きなだけ魔石が手に入るとばかり思いこんでいた。


乱れる呼吸を何とか整え男達から離れまいとするディアベル。彼女とてこんな男達の後などついて行きたくないが、シャリーを人質に取られてはどうしようもない。そして彼女達が広い通路に差し掛かった時、前方に座り込んで休憩している冒険者パーティーを発見した。


人数は全部で四人。全員年若く駆け出しに見える。女二人に男二人と言った構成で、女の内の一人は獣人の少女だ。この階層まで駆け出しが来るのは無謀だとディアベルは感じたが、よく見ると全員がレベル25前後とかなりの手練れだった。そしてリーダーらしき少年はかなり気が強い人物の様で、ディアベル達を引き連れている男達の視線を真っ向から睨み返している。不利を悟った男達は舌打ちしながら視線を外し、そそくさとこの場を後ににした。


「なんだ今のガキ共は! 生意気な態度取りやがって!」

「年長者に対する礼儀も知らんのか!」

(逃げながら何を言っているんだこいつ等は……)


さっきのパーティーの姿が完全に見えなくなった途端、急に悪態をつきだす男達に呆れ、ディアベルは呆れて声も出なかった。だがその時、ディアベルの代わりと言いう訳でもないだろうが先頭を歩いていた男が急に声を上げる。


「な、なんだこいつ等!」


怯えを含んだ男の声に反応して急いでディアベルがそちらを見ると、そこには二匹の魔物が突如として姿を現していた。一匹は森によく居るカブト虫を形はそのままに、大きさだけ牛より大きくした魔物、そしてもう一匹はそれと同じような大きさの蟷螂だ。どちらのレベルもディアベル達より高い強敵だった。


「お、おい! 早くこいつ等を始末しろ!」

「言われるまでもない!」


こいつ等は危険だ。先制攻撃で仕留めないとこちらが全滅する恐れがある。そう直感で理解したディアベルは、残り少ない魔力を使って精霊を召喚する。彼女が呼び出したのは周り中土だらけのダンジョンの中で最も力を発揮する土の精霊、ノームだ。


「切り裂け!」


彼女の指示に従ってノームは一旦地中に姿を消した後、再び姿を現しカブト虫に鉤爪を振るう。今まで出現した魔物なら難なく切り裂いたその爪は、ガキッと言う音と共に簡単に跳ね返され、ノーム自身は蟷螂の鎌の一撃を受けて消滅してしまった。


「ひ、ひいっ!」

「魔法が……! こうなったら……おいお前! 俺達が逃げる時間を稼げ!」


形勢不利と見るや否や、男達はあろう事かシャリーを魔物の方に突き飛ばし、回れ右して今来た道を戻り始めた。咄嗟に飛び出したディアベルは、逃げ出した男達を無視してシャリーの前で剣を構える。振り下ろされる蟷螂の攻撃を何とか剣で受け流し、背後にいるシャリーの下へ進ませないよう必死になって剣を振るう。


「シャリー! 立て! 立って走れ! 逃げるんだ!」

「いや! ディアベルといっしょにいる!」


いくら世間知らずの子供であるシャリーだとしても、今自分の命が危機的状況にある事ぐらい理解できる。しかし、それを上回る恐怖が彼女をその場に押しとどめた。両親が居なくなった後、唯一心を許せる存在だったディアベル。彼女と再び別れる事は、幼いシャリーにとって死ぬより恐ろしい事だったのだ。


ディアベルは必死で剣を振るうが、魔物達は大して怯えもせず二人をいたぶる様にゆっくりと攻撃を続けている。体力、魔力共に限界のきていたディアベルは、次第に剣を振るう力すら無くなっていた。疲れや空腹、体の痛みで次第に意識が朦朧としてくる。


(ここまでか……せめてシャリーだけでも逃がしてやりたかったが)


彼女が絶望し、諦めかけたその時、目の前にいる魔物二匹が突然体の向きを変え、背後を警戒し始めた。


(なんだ?)


誰かがこちらに駆けてくる。一瞬さっきの男達が戻って来たのかと思ったが、そうではないとすぐにわかった。こちらに走り寄ってくるのは四人の人影だ。先頭を走るのはさっき通路で会った黒髪の少年で、彼の仲間が後に続く。少年はディアベルの魔法を物ともしなかったカブト虫の攻撃を掻い潜ってその背に飛び乗ると、深々と剣を突き刺してカブト虫を内部から焼き尽くす。彼の仲間も連携攻撃であっと言う間に蟷螂を倒してしまい、その見事な手並みにディアベルは言葉も出なかった。


「大丈夫か?」

「……余計な事を。助けてくれなんて言ってないぞ」


奴隷生活を続けるうちに、素直に人を信じる事が出来なくなっていたディアベルは、反射的に心にもない事を口走ってしまう。


(何を言っているんだ私は……せっかく助けてくれたのに! い、いや、それでも警戒はする必要がある。私だけならともかくシャリーも居るのだから)


感謝するべきか、警戒するべきか、判断がつかないディアベル。ディアベルの態度に一瞬戸惑っていた少年だったが、気を取り直したように笑顔を浮かべる。


「まあまあ、とりあえず落ち着けよ。危害を加える気なら助けたりしないから。まずは傷の手当をしよう。そっちの小さい子は腹は減ってないか? お兄さんが美味しい物をあげよう」


少年は顔にわざとらしいほどの笑みを浮かべて敵意が無い事をアピールしている。怪しい笑顔ではあるが、不思議と嫌悪感は感じない。態度こそふざけているものの彼からは誠実さが感じられた。よく考えれば、一度すれ違っただけのディアベル達を助けるために、急いで駆けつけて来る人間が悪人のはずが無いのだ。この少年達なら信用できる。そう確信したディアベルは、彼等の助けを受ける事にした。


……この後、彼女達はエストと行動を共にする事になるのだが……それはまた別の物語だ。

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