ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
真琴4(7月26日、4)


  四

 ドン。
 あたしは食い入るように先輩を見つめる。
「他の人とあたしを見る目が」
 ドン。
 橙がまた一つ、その姿を消す。
 先輩は胸が張るほど大きく息を吸い込み、同じように息を吐き、もう一度息を吸うと言った。
「男の人は怖いわ。どんなにいい人だって、表の皮一枚はがせば皆同じよ。結局皆ヤりたいだけなのよ」
 あたしは、ぼうっとこの夢のような非日常の空間で考える。
 水島君もそうなのだろうか。
 先輩は帯と浴衣の間に両手の親指を入れ、軽く左右にずらす。お腹周りが苦しいのかもしれない。
「でも」
 その声に反応して、あたしは再び顔を上げる。
「飛鳥様だけは違うわ。あの人はいつだって暖かく、優しく微笑んではあたしを包み込んで下さる」
 火州先輩が? 暖かく? 優しく?
 あたしは先輩が目を閉じたのをいいことに、首を傾げる。
「あの人だけは、他の男と違うの」
 もう一度そう言うと、先輩はゆっくりと目を開ける。
 そうして薄く下唇を噛み、手のひらを握り締める。
 先輩を包む空気が、再び一瞬の内に張り詰める。

「だから」
 あたしはその指先に目を落とす。ここからだと握った手の親指の爪だけが見える。桜色の、ラメの入った、かわいらしいネイル。
 それは、少なくなった橙の光を、それでも最大限に吸収して、キラキラと輝く。
 ドン。
 あたしは緑に照らされたその横顔を見る。
 赤い頬。包む緑。
 やっぱりりんご飴が食べたかったなぁ、と思う。出来れば色違いの方の。
「・・・・・・この間は、その・・・・・・ごめんなさい」
 首筋の辺りから、暗い感情があふれ出るのが見えた気がした。
 あたしは例の通り「いえ、いいですよ」と首を振る。
 勿論、一度出来てしまったしこりはなかなか消えない。それが恐怖のものとあっては特に。
「でも」
 先輩の目が強い光を帯びる。その視線はあたしを貫く。
「飛鳥様は渡さないわ。絶対」
 ドン。
 最後の花火が上がる。
 それと同時に、人々の歓声が上がる。
 それは、その歓声は、あたしには彼女のその強い覚悟に向けられたものではないかと錯覚する。
 ここまではっきりと、自分の思いを主張できる人間もいるのだと知る。
 あたしはそうして、先輩をうらやましく思った。

 夜空は、再びその穏やかな静けさを取り戻す。
 代わりに耳に入ってくるのは、人々の間から出るざわめきと、微かな虫の音。
 橙の、減少。
「戻りましょう」
 先輩の声が、響く。
 鈴虫がそれに反応するかのように「リン」と鳴いた。






+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。