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飛鳥18(2月28日、3月27日、2)


  二

「・・・・・・え?」
 水島は一瞬その目を見開いて固まるが、すぐさま視線の先を落として戸惑った。
「でも、絶対あの人そんなこと考えてません」
 俺はこめかみに力をこめると、それでも意図して敵意なくその姿を見る。
「だろうな」
 水島に対する呼び方が変わる。平安時代以後、清涼殿の南面の殿上の間に昇ることを赦された五位以上の者、及び六位の蔵人を殿上人と呼んだ。対して「ひじき」は官位のない地下人に等しい。「非職」これで「ひじき」と読む。
「ランクが上がったな」
「・・・・・・」
 そうして「聖」は僧を示す。「日知り」の意から「日のように天下の物事を知る人」、転じて天皇をも指し示す。
 水島は目を丸くして、無遠慮に俺を見回した。
「・・・・・・何だよ」
「いえ」
 その口元を手で覆うとまだ何か言いたげにしていたが、その後立ち上がって背を向けた。ただそうしたはいいが、その足はなかなか動こうとしない。
「『時雨の記』、」
 その背中から声が放たれる。表情は窺えない。
「・・・・・・読んでおいたらいいと思います。著者名は中里恒子」
 そうして「では」と残すと、病室を出て行った。俺はその後姿をぼんやりと見つめる。そのとき同時に、高崎の言っていたことを思い出す。
〈上がるんだよ。いろんな制約から解放されてな〉

「・・・・・・よかったのか?」
 俺より何段か階段を下ったその姿に声をかける。一段降りる度に揺れるその髪が、一瞬不規則な動きを見せる。
 真琴は振り返らない。その後踊り場のフロアで立ち止まるとうつむいた。その顔が眼前の鏡によって映し出される。赤い目に白い肌。はたしてそんな外見を持った小動物はいなかっただろうか。草食の。その口元が小さく開く。
「はい」
 階段を下りる。その小さな背中を目前に、「そうか」と応えた。伝えたくて、一心で暴れ狂っている想いを必死で留める。そうして爪が食い込む程強く、手のひらを握った。
 真琴はメガネを外してその涙を拭うと、再びかけ直して俺を見上げる。そうして空気を和らげるために微笑むと、踊り場を抜けてさらに階段を下って行った。
 俺は中途半端な場所に残ると、どっちつかずな自分の姿を鏡に見た。
 リカはちゃんと別れられた。鮫島と話をすることも出来た。そうして一見、もう何の障害も存在しないように思えたが、まだ気持ちを言葉にするに至っていなかった。まだためらうものがある。それはびびってるとか、そんな問題じゃなくて。
 まだ口にするべきではないと思う。それは俺がこの地を離れる事を考慮した上でも、だ。自信などまるでないというのに、それでも「まだ」と決めてかかっていた。
 強く、唇を噛む。
 きっと「今だ」と思えた時にはもう手遅れなのだろう。遠くに離れた自分が、元々基盤さえ存在しない相手に、何をしてやれるというのだろう。
 額を押さえる。一見、ここにある気持ちに不純物はないように見えるのに。
 俺はゆっくり足を踏み出すと、せめて踊り場までの階段を下った。




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