真琴1(4月7日、5)
五
翌日、オリエンテーションはまだまだ続くようだ。あたしも何度か自己紹介をしている内に、何となく新しいクラスでの生活の実感が湧いてきた。その後一時間目が終わり休み時間になると、右隣の席の子が話しかけてくれた。彼女の名は寺岡千嘉ちゃんといった。
「真琴ちゃん中学の時バレーやってたんだね。あたしもやってたんだけど、高校でも続ける?」
「うん。見学行ってみて決めようと思ってる」
「そっか。じゃあそれ、行く時あたしも一緒に行ってもいい?」
うなずくと千嘉ちゃんは「わぁい、約束だよ」とうれしそうに顔の前で手を合わせた。
うれしい時「うれしい」を素直に表現できる。そんなごく当たり前の事を出来る人はうらやましいと思った。
千嘉ちゃんの髪はベリーショートで、いかにも「スポーツしてます!」という感じだ。斜めに流した前髪をピンで留めており、惜しげなくおでこをさらしているのもその快活さを強調していた。中学、高校生によく見られる、特徴のある肉付き。その多くの人は「痩せたい」と口にするが、低体重で警告を受けているあたしからしたら、彼女達の方がよっぽど健康的でうらやましいと思った。
決して自分を卑下しているわけではない。それなのにうらやましい、と感じることが多いのは何故だろう。ひがんでない。ねたんでない。だから悪質なものとは思わないけれど、ただぼんやりと思うだけで終わってしまっている以上、一生付いて回る思いなのかもしれない。あくまで、自分と他者。
千嘉ちゃんが「用事」と言って隣のクラスに行ってしまった後、入れ替わりに慶子と慶子の左隣の席の子がやってきた。休み時間はあと五分しかなかったが、あたしはここの席から動いていないため、問題ないから気にしないことにした。
「真琴、昨日の人のことミヤが知ってるって」
慶子の後ろからひょっこり顔を出す。「ミヤ」と呼ばれたその子はひょろりと背が高く、少し猫背だった。もしかしたらあたしの机の上にかがむためにそう見えたのかもしれない。あごを突き出し、指を立てて、得意そうにその子は言った。
「火州飛鳥先輩ってうちの先輩で、あ、うちのっていうのは南中の事で、そこで結構有名だったのよ。ケンカ強くて、で、あの髪でしょ? やたら目立って。ここの学校面接なかったし、だからじゃないかな? するりと通っちゃって、今に至るワケ」
やたらと早口な子だった。テープを巻き戻したときのあのキュルキュルって音が、どこからともなく聞こえてきそうな心地がした。
「そうなんだ」
かろうじてそう口にはしたものの、その後も何人も病院送りにしただの、女関係がだらしないだのどうでもいい情報を休み時間一杯しゃべっていた。聞いている途中飛んでくる唾に辟易としたが、なんだかんだでクラスメイトだ。波風立てないようにふんふんと素直に聞いていた。今あたしが知りたい彼についての情報は「あたしと何の関わりがあるのか」その一点だけだ。人違いならそれでいい。あたしはごく普通の高校生。それ以上でもそれ以下でもない。
引き続き、担任の先生が明日から始まる授業についての説明を始める。六十五分授業。中学の時より十分も長い。
外はいい天気だった。相変わらず緑がゆらゆらと揺れている。その時ふと、登校時に見た校門の桜がとてもキレイだったのを思い出す。舞う花びらを掴めたら幸せになれるというのは、一体誰が言い出したんだろう。
〈翻弄されているという事は状態として美しいでしょうか〉そう歌ったのは椎名林檎さんだ。〈いいえ綺麗な華は枯れ、醜い過程が嘲笑うのです〉
桜は見るだけにしておこう。空虚は感じただけで罪だと感じた。
大切である程その距離を置く。それはあたしにとって一種の美学だった。
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