聖17(2月24日、27日、3)
三
その後高崎先輩に声をかけると、力の入らない身体を車に乗せかえる。ぼたぼたっと遠慮なく落ちた赤が、より一層不安をあおる。生々しいそれに気分が悪くなって目を背けると、その先に鈴汝さんの姿を捉えた。途端に何かがざわりと背筋を這い上がる。
来ないように、言ったじゃないか。
それでも僕自身、高崎先輩が倉庫に戻る後についたため、そのまま通り過ぎる。
車内に入ったその隣には見知らぬ女性がいた。鈴汝さんのコートを羽織ってこそいたが、襟元が大きく開いていて、思わず目を背けた。やけに大袈裟な色香をまとう人だと感じる。
再び倉庫の中に戻ると、そこには横倒れになった人間に混じって一人だけ直立した男がいた。おそらく鮫島先輩を押さえつけていた人間だ。男は僕の前を歩く高崎先輩と目が合うと、頬を引きつらせて固まった。
はっとする。視界の左端で人影が揺らめく。それはいっそ異様な速さで近くにあった鉄パイプをつかむと、高崎先輩に向かってきた。
「危な・・・・・・」
反射的に目をつぶるが、その直前までまるでその動作を切り替える様子は見て取れなかった。そうして響いてきた音は思っていたよりも軽く、それ以上に、続いて響いた音のほうが数倍重かったように感じる。本気でヒットした方が音が出ない、というのは本当なのだろう。まぶたを開くと、全身をびくびくと痙攣させた男が、鉄パイプを投げ出して横倒れになっていた。
高崎先輩は一度だけブン、と手を振ると、その後再び突っ立っている男に向かって歩き出した。
「聞きたいんだが」
声の調子は軽い。おそらくいつものようにニコニコしながら口にしているのだろう。しかし、一方でそれは相手に必要以上の恐怖を与える。僕さえごくりと喉を鳴らして、その場から動けなくなる。「ステイ」を忠実に守り続ける視線の数々。
高崎先輩は歩を緩めることなくその男の前まで行くと、視線の先をうつぶせに倒れた火州先輩におとした。その下には草進さんがおり、消え入りそうに真っ赤になっている。
「コイツに何の用だ」
男は高崎先輩が顔を上げると同時に身体をびくつかせると、実際責められている訳ではないにも関わらず、弁解を始めた。「違う」だの「頼まれてやった」だの、そのどれもが神経を逆なでするものでしかないことに男は気付かない。思わず「もう黙った方がいい」と助言してしまいそうだった。
「もういい」
案の定、高崎先輩は威圧感をこめたため息をついてそう口にすると、続けて言った。
「分かったから、コイツらが起きたらもう二度と関わらないように言っといてくれないか?」
依頼? まさか。
「絶対、だぞ」
これは完全な使役。その後男が壊れた人形の如く小刻みにうなずくのを確認すると、しゃがんで火州先輩の腕を取り、自身の肩にかけた。軽く笑って見せたのは草進さんと目が合ったためなのだろう。そうしてゆっくりと身体を起こすと、そのまま僕の方に向かって歩いて来た。
あわててもう片方の肩を取るようにして火州先輩の左側に回りこむと、運ぶのを手伝う。しかし身長差の関係もあって、本当に手伝えていたのかは危うい。それでも何もしないよりマシだと思った。
手のひらに何かぬるりとした感触が伝わる。それは見るまでもない体温だった。
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