飛鳥3(6月20日、3)
三
以前このことを高崎と鮫島に話したが、その時には少女の名前までは出さなかった。
「でもなら何故、お前と一緒に・・・・・・」
その先に言わんとしていることは、今度は俺が汲み取る。
「それが、どうも向こうが、そん時のことを覚えてないらしいんだ」
なんだそりゃ、と鮫島が眉をひそめ、首を傾げる。
「・・・・・・本当にあの子で間違いないのか?」
一度だけうなずく。
「バッグに、傷があった」
鮫島がマジかよ、とつぶやく。
「最初は見つけて、とっちめて、それで終わりだと思ってた。けど」
その目はまっすぐ俺を捉えている。
「どうもおかしいんだ。なんっつーか様子が。あんな常ブルブル震えているようなやつがあん時俺の前に立てた気がしない。けど、あいつなんだ」
うつむいて、複雑な胸の内をどうにか整理しようと試みた。下手な情報を口にしたらこいつが混乱する。なるべく今確かで、理にかなったものを伝えなければ。
「それで、怯んだわけだ」
鮫島は臆することなく言う。日ごろから皮肉をよく口にするため、俺は大して気にとめない。それにそれは適確に芯を突いていて、反論する気も起きない。俺は自分が冷静であることを再確認する。
「まぁ、そりゃそうだろうな。思いっきり空振りしたようなもんだもんな」
ちょっと慎重になるってと鮫島が言うと、俺はこの間夕方の風が陸上部の人間みたいだと思ったことを思い出して言いたくなったが、空気を読んでやめておいた。
「それで?」
そうして続ける。
「今どういう状態なんだ?」
あぁ、と言って顔を上げる。
「とりあえず何かをきっかけに思い出してもらえないかと思って、なるべく顔を合わせるようにしている。向こうが覚えてないんじゃ、ケンカじゃなくて一般的な暴力になっちまう」
「何か、思い出すアテはあるのか?」
ぐっ、と黙り込む。鮫島は構わず続ける。
「だってよ、火州。忘れるか普通。男四人の中に女一人で飛び込むんだぜ?」
イカれてるとしか思えねぇよ、とスリッパの裏同士をくっつけて膝を上下に揺らす。
「でもその子はそんな思い切った行動をとったわけだろ? それを忘れちまうってことは何か他に精神的なショックがあったとは考えられないか? 例えば」
大きく息を吸い、吐き出しながら言う。
「雅ちゃんみたいに」
「もういい」
俺は続く言葉を制した。
「俺は現にここにいる。あの時あいつが現れなければ叶わなかったことかもしれない」
その時点で、俺はもう助けられてんだよ。とそこまで言うと、鮫島は膝の動きを止めた。
その後右膝を立てて左手を後ろにつく。
再び沈黙が訪れる。
体が冷えたためか、若干の眠気を感じる。軽く目を閉じた、その時だった。
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