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飛鳥3(6月20日、1)


  一

 最初に目にしたのは、視界九割の灰色と一割の立体を表す影だった。その後それが天井だと気付くまでたっぷり十秒を要した。続いてそこが「屋上の屋外に続くドアの前の踊り場」だということを認識するまで、さらに十秒を要した。
 むくりと起き上がると、勢いをつけた訳ではないにも関わらず、頭が前の方へつんのめった。異常に重たい。首だけでは支えきれないのだ。それでもなんとかバランスをとると、今度は胸の辺りから何かがこみ上げてくる感覚がした。
 ヤバい。吐きそうだ。
 体をずって、壁に背中を預ける。
 くそ。鮫島か。
 仲良くなる前、よくケンカをして知っていたため何だか懐かしい感覚でもある。いやしかし、できれば二度と経験したくない種類のものだったが。
 息を整え、胸を突き上げる嘔気を何とかやり過ごすと、俺は近づいてくる足音に耳を傾けた。
「お、起きてんじゃん」
 おはようおはようと、この上なく陽気に手を振りながら階段を上がってくるのは高崎だった。
「・・・・・・!」
 だが声を出そうとした途端再び強い嘔気に襲われて、生唾ごとその声を飲み込む。口の中が苦い。
「あー鮫がやったからな。もうすぐあいつも帰ってくると思うけど」
 俺の前にどっかりと座り込むと、ニンマリ笑って高崎は続けた。
「でもあいつは悪くないぜ? お前が暴走しちまったからやむを得なかったんだ」
 そうしてあぐらをかいた膝に右肘を乗せ、あごをなでる。
「それにしても久しぶりに見たよ。お前がキレんの。え、何? あの草進って子がらみ?」
 その後ん? と首を傾げる。この上なくうれしそうだ。
 俺は嘔気を抑え込むため、細く長く息を吸い込み、同じように息を吐きながら視線を落とす。高崎はそれを肯定と捉えたのか、「そうかそうか」と俺を見つめた。
「話はまた今度ゆっくり聞かせてもらう。だがその前に鮫が言いたいことあるらしい」
 俺は席外すぜと言うと、高崎はタバコを買い足して戻ってきたという鮫島と入れ替わりに階段を下りて行った。

 高い位置にある窓から入ってくる光は、相変わらずぼけた灰色をしている。今何時なのか、まるで見当がつかない。さっきまでどしゃぶりだった雨の音が聞こえない。ドアの近くにいてもだから、たぶん止んだのだと思う。ドアの隙間から入ってくる冷気が左肩をへばりつくようにして覆っていく。
「起きたか」
 鮫島は階段を上りきると立ち止まってタバコを開け、その中身を取り出した。そうして慣れた手つきで火を付ける。俺はいやにのんびりしたその動作に、何かの前兆を覚える。ドアの鉄臭さが鼻につく。冷気が回って、いつの間にか全身を包んでいる。
 五感が冴える。この感覚、どこかで感じたことがある。
 あぁ、そうだ。ケンカをする前に感じる、程よい緊張感。
 緊張感、だ。




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