真琴3(6月20日、5)
五
現れたのは水島君だった。水島君は一瞬目を見開いて驚いたようだったが、すぐに先輩に焦点を合わせた。あたしはその二人を交互に見比べる。何かこの人と関係があるのだろうか。素朴な疑問が頭をよぎる。その後水島君はつかつかと室内に入ってくると、先輩の腕をつかんで「行きますよ」と言い、無理やり外へ連れ出そうとした。
「何すんのよ! 離して!」
そう言うと先輩は持っているはさみを振りかざした。水島君はその手を「パン」とはたくと、先輩は難なくはさみを取り落とした。軽い、音だった。金属音が室内に響く。あたしは足元に転がってきたそれを見て、初めて保健室を怖いところだと思うようになる。
「ふざけんな! 離せ! 何なのよあんた!」
先輩が自分をつかんでいる水島君の手首を押して、自身の手を自由にしようとする。それはそんなに強い力に見えないのに、水島君はびくり、と体を強張らせた。ドアの方を向いているため、その表情は見えない。
「・・・・・・音無しくしてください」
水島君が振り返って先輩をにらみつける。その時あたしは水島君の肩越しに何かを見た。
「何やってんだお前ら」
そこにはきょとんとしている火州先輩が、開いたままの入り口に立っていた。
再び前を向いた水島君と、火州先輩が丁度向かい合う形になる。その後ろで先輩だけがガチガチと音を立てて震えだす。
「あ・・・・・・飛鳥様・・・・・・」
火州先輩は入り口から一番遠いところにいるあたしを見つけて「お前、遅ぇんだよ。何やってんだよ」と近寄ってきた。そのニコニコが一瞬にして凍りつく。あたしはごくり、と音を立てて唾を飲み込んだ。
足元に転がっているはさみ。腰を抜かして座り込んでいる先輩。その手をつかんだまま立っているクラスメイト。ベッドに腰掛けて震えているあたし。肩のすぐ後ろでなくなっている、右側の髪。そして床に散らばった黒。その先は、水島君に引っ張られるのに抵抗してずった、先輩の足元に続いている。
「・・・・・・おい」
ついさっきとは打って変わって、ドスの利いた声が室内に響く。その顔はあたしが一番最初に会ったときに見た顔に近かったが、見方によってはもっと凄みを増しているという気もした。眉間にぐねりと曲がった深いしわが刻まれる。
顔の見えているあたしはまだいい。たぶん、その背中だけ見ている先輩の方がずっと強い恐怖を感じているはずだ。
「鈴汝、こいつの髪お前がやったのか?」
「違っ・・・・・・飛鳥様それは・・・・・・」
「お前がやったのかって聞いてんだよ!」
その腹から出た声は、この室内だけでなく廊下の端まで震わせたと思う。
先輩は身体を震え上がらせて、目を見開いたままぼたぼたと涙を落とした。歯がガチガチと音を立てている。顔面が色を失って、唇だけが奇妙に赤い。
火州先輩ははさみを拾い上げると、先輩の方を向いた。その様子に危険を察した水島君が、先輩の前に立ちふさがる。
「やめてください」
「んだお前。どけよ」
火州先輩は左手で水島君の左肩をつかむと、左側によけた。本当に「よけた」という風にしか見えなかったのに、水島君は軽く吹っ飛んだ。足元に先輩を見下ろし、火州先輩がはさみ片手に立っている。
「やめ・・・・・・」
水島君が壁にもたれかかった体を起こそうとする。しかし背中を打ったのか、うまく起き上がれないでいる。一方、やっとのことで金縛りが解けたあたしは、あわてて止めに入ろうとする。
「ちょっ・・・・・・」
立ち上がり、おぼつかない足取りでその背中に向かう。その時だった。
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