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飛鳥15(1月7日、8日、3)


  三

〈いつだって真琴は俺の欲しいものにそっと触れては微笑んだ〉
 クラクション。目を突いては変化する赤と緑。それは真琴を通じた間接的なものであるにも関わらず、強く脳を刺激した。
 頭の芯がイカれるのを感じる。それは必死で何かと戦っているようだった。
 患部が熱を帯びる。生命を保つために抗体が集まる。危うく涙腺がゆるみそうになって目を逸らす。
〈俺を覆ったのは、さらさらと流れる漆黒の髪だった〉
 渇望した事。それは「包まれる」ことだった。ただ無条件で受け入れられ、保護されることだった。
 静かに息を吐く。冷気をまとって、白が舞う。
 ただ、安心したかった。一瞬でいいから、休みたかった。そっと顔を上げる。
 あなたが欲しがっているものは、これでしょう?
 まるでそう問いかけているかのように真琴はふわりと微笑んだ。礼奈まで包み込んで、ふわりと微笑んだ。

 遠い雑踏。強い光がその肌に触れては去り行く。それは丁度花火の夜見たその姿に酷似していた。街灯が浮き立たせる柔らかなライン。その顔がほころぶ。
「きっとそういったところで『大変』はカバーされているんですね」
 その後うれしいですねと言うと、真琴は口元に手を当ててふふ、と笑った。
 耳元を、一陣の風が吹きぬける。

 誰か教えてくれ。

 真琴はその後「すいません」と軽く頭を下げると、二、三歩進んで俺の隣まで戻ってきた。白くて赤いその頬が信号の光を反射する。耳を切り裂こうとする風は、近く道沿いの木々を大きく揺らし。

 誰か教えてくれ。

「だから、もう二度と礼奈ちゃんを悲しませるような事はしないで下さい」
 再びその顔を見やる。反射するメガネの奥で、小さな目が俺をしっかりと捉える。
「その長い腕は誰かを傷つけるためにあるのではありません」
 漆黒の髪がふわりとなびく。
「大切な誰かを、護るためにあるんです」
 そう口にすると、真琴は今度は俺より一歩先に足を踏み出した。
「誰でも持っているものではないんです。それは、特権です。あたしはそれをうらやましいと感じます」
 そうしてこっちを向き直ると同時に風が流れた。その長い髪が、踊る。逆光に縁取られた、柔らかな輪郭。
「だから」

 再び信号の色が変わる。十メートル先のそれは、そんなに長い間こうしているつもりはなくても、定期的に変化して空間をあおる。
 空気は、冷たい。でもそう感じるのは意識した時に限りだった。感覚は人の中で大事な部分を司っているはずなのに、「寒い」と意識しないと気付けなかった。俺はその姿に目を細める。
 誰か、教えてくれ。
 俺は手のひらを強く握り締める。ポケットの中で身を縮めたそれは、その中に収めるものを欲する。強く、強く欲する。
 教えてくれ。どうしたらこいつを俺の中から追い出せる? どうしたら楽になれる? どうしたらこの痛みを感じずに済む?
 どうしたら、もう一度その身体を抱きしめられる?
 ふわり、とその後ろに影が浮かぶ。それは蜃気楼。それは空気の密度の違いによって光の屈折が生み出す幻影。それは、豊かな「水」を伴った蜃気楼。
 歯軋りをする。例えば目の前にある柔らかな笑顔を潤す供給源があるのだとしたら、いっそのこと枯れてしまってもいいからその供給源を断ち切ってしまいたかった。




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