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真琴3(6月20日、3)


  三

 今日はまだ教室に何人かの人間が残っている。その人たちは、あたしと火州先輩のやりとりを無料で見ることが可能となっている。
 時に閉鎖された空間内で、女の子は何かにつけて目立つ人間を排除したがる。ごく普通のクラスの目立たない存在である女子が、怖そなお兄さんと何らごく普通のことであるかのように約束をして帰ろうとしている。それが事実になることだけは避けなければならない。が、
「草進さんって一見おとなしそうに見えるけど、実はそうでもないんだー」
「ほんと。人は見かけによらないもんだよねー」
 そんな声が、窓際でごはんを食べている二人組みの女の子の間から聞こえてくる。
 小さな声であるにも関わらず、ざわつく教室内を潜り抜けてその声はまっすぐあたしの耳に届いた。心臓が喉の辺りまで響くぐらい、強く脈打ち始める。
 あたしは今日こそもう関わらないように話をして分かってもらおう、と心に誓う。あたしは普通の高校一年生。それ以上でもそれ以下でもない。
 そうと決めたらとっとと図書室に行って、とっとと返して、とっとと話そう。そんでもってとっとと練習に行こう。

 教室を出ると左手に折れ、渡り廊下に向かって歩いていく途中で見たことのある人が佇んでいるのを見かけた。忘れるにはその印象が強すぎた。この間、図書室の近くの階段で見かけた美人さんだった。
「草進、真琴さん?」
 その人はあたしに気付いて顔を上げると、柔らかく微笑んで言った。この間見た顔とは打って変わって、とても親しみやすそうな笑みだった。
「え、あ、はい」
 しばし見とれていたため、あわてて返事をすると軽くうつむく。通りすがりの人間が皆振り返っていく。皆がこの人を見ていく。一緒にいる自分が何だか恥ずかしかったのだ。
「そう。初めまして。二十六(HR)の鈴汝雅です」
 よろしく、と言うと鈴汝先輩は右手を差し出した。あたしはあわてて「よろしくお願いします」と返し、その手を両手で握る。鈴汝先輩の手はしっとり柔らかく、それにふんわりいい匂いがした。しかしその際、違和感があるほど力強く握られた気がしたが、その顔は変わらずニコニコしていたので気のせいかと思うことにする。
 でも二年生の人間が、一体あたしに何の用があるというのだろう。
心なしか雨脚が強くなる。湿った空気が渡り廊下から流れ込む。少しだけ、肌寒さを感じる。

「あなた、飛鳥・・・・・・火州先輩と仲がいいの?」
 声の抑揚がとてもキレイで聞きやすい。あと、イントネーションに少しだけ関西なまりを感じる。元々ここら辺の人ではないのだろうか。
「え」
 余計なことを考えていたせいで、質問に反応するのが一歩遅れる。しかし自分の中で反芻した後、その内容に強い反発を覚えてあわてて言った。
「ち、違います! あ、えと、あの火州先輩はよく分からないんですけど関わってくるだけで、全然仲いいとかそういったものは、全くありません」
「そう」
 変わらないはずのその笑顔が、少しだけ冷ややかになったと感じたのは何故だろう。
「あの、すいません。今から図書室行かなきゃいけないんで」
 そう言って鈴汝先輩の脇をすり抜けようとすると、突然手首をつかまれた。信じられないほど強い力だった。
「あたし体調悪くて・・・・・・保健室に連れて行ってくれないかしら」
 ウソつけ。手首が痛い。まるで「逃がさない」とでも言うかのように。
「あたし、保健室に行ったことなくて、どこにあるか知らないのよ」
 ウソつけ。丸一年いたらどこにあるかぐらい分かるだろう。
 何とかして逃れたかったが、その笑顔の裏に潜む何かに抑えつけられて、「はい」と言わざるを得なかった。
 雨がさらに、強くなる。普通の声で話しかけられても聞こえないかもしれない。それほど激しく、音が飛び散っていた。
 鈴汝先輩はもう一度にっこりすると「ありがとう」と言った。そうは言っても、つかんだ手首を離すつもりは当分なさそうだった。
 大好きなはずの湿った空気が、冷たく鼻の奥を抜けて脳髄まで届き、脳全体の働きを鈍くする。それは何かを感じるのを放棄したかのようにも思えた。




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