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真琴14(12月25日、1月6日、5)


  五

 それからは早かったと思う。
「ごめん」
 あたしは愛しその人に、そんな顔をさせたい訳じゃない。しかし水島君は何も語らず、ただ自分の非を前面に押し出してそう口にした。
 あたしは何も言えない。「もう、うまくいかないの分かる気」がしても、杞憂であって欲しかった。笑ってもらえなくても、その一番になれなくてもただ、見苦しいほどにその存在を独占していたかった。そうしてあたしの言っていることは、はたしてどこからどこまで矛盾しているのだろう。
 鈴汝・・・・・・さん?
 水島君の中を大きく占領しているのは、鈴汝さんなのね?
 あたしは自分が醜くなるのを恐れて口にはしない。まだこんなにも好き。だから、間違っても嫌われたくなかった。そうして仮に何かあったとした時、帰ってこれる場所でありたかった。そうしてあたしを、認めて欲しかった。
 水島君は、黙ってうなづいたあたしに向かって、もう一度謝罪の念を残すと、その場を去った。第三者からして、それは「フラれた」という形をとる。でも
 愚かじゃない。決して、愚かなんかじゃない。
 あたしはゆっくりと視線を流すと、視界に映りこんでくる愛しい景色の数々を受け入れる。
 あたしは雑草。そう教えてくれたのは他の誰でもない、「あの人」だ。
 まさかここで終わるつもりなど、毛頭無かった。

 冬休みが明けて新学期。皆が皆、全体的にふっくらしたような気がしないでもない。季節の移り変わりに伴って肌も一様に沈着し、何かを間違えたらクラスメイトがおモチに見えなくもない。壇上に立つときなど、緊張した時は皆かぼちゃだと思えばいいと聞いたことがあるが、あれはきっと十月の話で、一月はきっとおモチだと思えばいいのだろう。
 そんなどーでもいいことを考えながら、あたしは教科書を机の中に詰める。
「真琴ちゃん、おはよ」
 声に合わせて右上を見上げると、そこには千嘉ちゃんがいた。前髪をカラーゴムで留めている。相変わらず快活なおでこは健在だ。あたしは「久しぶり」と返す。
「水島君とはどう? うまくやってる?」
 次の瞬間ズキン、と胸がきしむ。声を小さくして言った千嘉ちゃんの顔が近かったため、表情が強張ったのを見て取られたかもしれない。あたしは静かに深呼吸すると、口を開く。
「その、実は・・・・・・」
「大ニュース! やべぇんじゃねぇの?」
 しかし次の瞬間、あたしの声はその大きな声に遮られる。
ちょっ・・・・・・人が大事なことを話そうとしている時に・・・・・・
 キッ! と視線をやった先で、その口が再び大きく開く。
「上地、谷浦とデキてるらしいぜ!」

 一瞬、教室内の空気がピタリと止まる。完全な無音の中で、窓の外から悲しげに舞う風の音だけが聞こえる。
 あたしは一クラスメイトが言っている事が理解できない。
 音を失った教室が、誰かが再び口を開いたのを皮切りに、大きな雑音に飲み込まれる。
 何、何のこと? 慶子と、谷浦・・・・・・って国語の・・・・・・
「おい、静かにしろよー。もう時間来てるだろう。まだうろうろしてるの誰だー?」
 その時、現れたHRの先生によって各自席に戻るが、ざわめきはまだ当分の間おさまりそうになかった。
 あたしは自分の机の一点を凝視したまま、目を逸らす事ができない。
 慶子が、近かったはずの慶子が、何だか急に全く知らない人になってしまったように感じる。
「上地は体調不良で今日は欠席だそうだ。他は皆いるな?」
 あたしはびくり、としてその顔を見やる。そうしてそのどこか配慮に欠ける口調に体を強張らせる。
 慶子。
 その後あたしは休み時間になると同時に、携帯に入っているアドレスを呼び出した。目に飛び込んでくる十一桁の数字。久しぶりにその番号に触れる。
 慶子。
 指先が震える。見えない壁。何かが一歩を踏み出せなくさせている。
 クラスメイトの声は、テレビを見た後のような他人事としてあたしの耳に入ってくる。
 違う、あたしは本当に
 指先はやはり震える。このままでは埒が明かないと、席を立つと廊下に出た。
「草進さん」
 その時、聞き慣れた声が追いかけてくる。あたしは振り向くと、目だけで「何」を伝える。水島君は軽く目を泳がせた後、意を決したように口を開く。
「谷浦先生のアパートから出てくるのを誰かが見たらしい。夜八時過ぎの事みたいだけど、それだけだから」
 水島君が伝えたい事は、分かった。あたしはうなづくと、再び前を向き直って廊下の端まで行った。




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