真琴2(6月15日、3)
三
一時的に下がっていた体感温度は、着替えを済ませた頃にはすっかり元に戻っていた。
瞬く間に更衣室内はカルキ臭とエイトフォーのにおいで包まれる。更衣室を出て教室に戻っても、髪に残ったにおいで室内は更衣室と同じような空気になった。
今からお掃除。図書室に向かおうと教室を出た時、再び水島君とばったり出くわして、あわてて目を逸らした。しっとり濡れた髪は、なんだかセクシーだ。格好良さの三割り増しだ。反則だ、と思う。あの目に見つめられたかと思うと、耳まで赤くなる心地がした。
「おー。草進丁度いい」
掃除をしていると、うちのクラスの国語担当の先生に声をかけられた。
「はい」
何だろうとホウキ片手にそちらを向くと、
「今日宿題提出日だったろ? 金山と水島と山本がまだ出してないんだが、ちょっと今日持って来てないのか聞いてみてくれないか?」
「水島」という響きを耳にして、どきりとする。今日は国語の授業がなかったため、朝の段階で国語の教科係であるあたしが集めて職員室に持っていくことになっていた。その時に出していなかったのだろう。
それにしてもたった三人。なんとも優秀なクラスだ。
「分かりました。聞いてみます」
「あぁ、頼む。僕もう今日部活行くから、机の上に置いとくよう伝えて」
「今日出せない人はどうしますか?」
先生はにやりと笑うと、「いい度胸してるな、って言っといて」と言った。比較的若い先生で、おちゃめな人だ。あと割と細身で、襟付きのシャツが良く似合い、そのためか一部の女子に人気がある。
「分かりました」
笑いながらそう応えると、先生は「悪いな、頼んだ」と言って去っていった。思わぬラッキーに頬が緩む。あたしはすぐさま掃除を終わらすと、教室に向かった。
雨が強くなる。
安心してよ。そんなに主張しなくても、そこにいるのは分かってるから。
ほとんど戸締りは済んでいたが、図書室を出てすぐにある左手の窓だけ開いていて、そこから湿った空気が校内に流れ込んでいた。
この匂いは、好きだ。深呼吸してお腹の底まで満たす。状況を愛せるのは、自分自身が満たされている時だ。
その窓も閉めて行こうとすると、屋上に続く階段から二人の人間が降りてくるのが見えた。階段の踊り場にいる双方と目が合う。
男性の方がこっちを指し示して、隣の女性に話しかけている。その男性はすらりとしていて、学ランを着ていなければその肩の細さから女性かとも思ったかもしれない。まなざしが強く、なんだか怖い。雰囲気はどこか水島君と似通ったところがある。
一方女性は、男性の話を聞いた後驚いたようにこっちを向くと、急に目つきが険しくなった。その中には明らかな敵意が含まれている。人間が、本能を数々のデータに埋もれさせて、少しばかりさび付かせていたとしても、その感じは肌で分かった。
ここ数日の紫外線に少し焼けてはいるものの、すれ違ったら思わず目で追ってしまいそうな美人さんだった。眉山を筆頭に、細く高いけれどどこか慎ましやかな鼻。控えめな口元。その脇にホクロ。形のよい耳たぶ。それに、細すぎもせず、太すぎもせず、絶妙なプロポーション。出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んでる。たぶんあたしがあの容姿持ってたら、人生変わってた。ううん、思ってみただけ。
なんか感じの悪い人たちだなー。美男美女カップルはうらやましいけど。若干の不審を覚えながらも、視線を外して教室に向かう。
大事な用が控えていたため、そんな小さなことに構っていられる余裕はなかった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。