飛鳥2(5月7日、5)
五
昼間のうちはほとんど感じられなかった風が、夕方になるにつれて徐々にその活動を始める。陸上部の人間と同じかよ、とちょっとうまい事考えたと思い、鮫島に言いたくなる。
窓のすぐ外で、夕日のオレンジをのせた木々が枯葉色になった頭をしきりに上下させている。こうして室内からそれらを眺めると、ここは隔離された空間なのだと改めて感じる。
草進真琴は質問から間を空けずに、やはり左右に激しく首を振った。
「じゃあ聞くが」
俺は席の背もたれに左肘をつき、同じ手の親指と人差し指で口の両端を押さえると、人差し指の側面で上唇のラインをなぞる。言葉を選ぶために、自然と手が口元を覆うような格好になる。
「お前、そのバッグの傷、どうやって付けた」
はっとして草進真琴は自分のバッグを机の上に出し、表を見た。その中央のポケットには、朝見た傷がくっきりと付いている。しかしそれをしばらく見つめた後、その頭を斜め横に倒した。
「その傷がだよ! どうやって付けたか聞いてんだよ!」
俺は自身のイライラが抑えきれず、つい声を荒げて言った。草進真琴はびくり、と身体を強張らせると、ただただ左右に首を振る。
「それはお前・・・・・・」
ともすればこのまま泣かせてしまうかもしれない。強い自制を要すること自体慣れていないのだが、やむを得まい。こいつが口を閉じてしまえばそれまでなのだ。
俺は一つ咳払いすると、声を抑えて言った。
「それはな、お前、あれじゃねぇのか?」
固まってしまった草進真琴を解凍するために、なるべく暖かく、優しい口調で言う。
「笑わないで聞けよ。俺が知る限りでは、それは海高の奴らに付けられた傷だ」
自分で言うのは恥ずかしくて嫌だったが、この際仕方ない。事実に変わりはないのだ。
「俺が高一だった時、海高の奴らに目をつけられてリンチされたことがあった。その時、お前が現れた」
草進真琴は目を見開いたまま、ぴくりとも動かない。
「やつらの一人が刃物を持っていて、それを防ぐために盾にして付いた傷がそれだ」
あごで差すと、草進真琴はその動作につられるように傷に目を移した。信じられない、というような顔をしている。
「あ、でもこれ少し穴は開いていますけど、そんなに切れてはないんですが」
「向こうの刃物の切れ味が悪かったか、その中に何か硬いもんでも入っていたか」
草進真琴はそのポケットからシルバーの二つ折りの鏡を取り出した。その表面にも、うっすらと同じ形の傷がある。それを見て俺はますます確信を強めたが、対して草進真琴はますます顔を青くして引きつった苦笑いをする。
「で、でも何で・・・・・・」
「『何で』は俺のほうが聞きたい」
俺は丸まっていた背筋を伸ばすと、上半身を左右に振って背中の筋肉をほぐした。そうして口にする。
「いずれにせよ、俺、お前の事倒さなきゃいけないから」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。