飛鳥2(5月7日、1)
一
風薫る。ふと気が付くと、あれほど存在感を示していた近所のこいのぼりがなくなっていた。今どき飾ること自体珍しくなったのかもしれないが、そこだけは毎年欠かさず大人が中に入れそうな大きさのそれを出していた。
もう七日か。そりゃしまうわな。
雛人形をしまいそこねると嫁に行くのが遅くなると聞いたことがあるが、こいのぼりもそうなのだろうか。いやでも男が嫁に行きそこなうなんて聞いたことないぞ。あれ。
どちらにせよ「今日の日付」を意識したのは久しぶりだった。
草進真琴と再会して、今日で丁度一ヶ月になる。それほど俺にインパクトが欠けていたのか「再会」と思っているのは俺だけという現実。俺のほうは忘れるはずがない。実際一年も前に出会って一ヶ月前まで会うことがなかったのだから、記憶にも無理が生じるところかもしれないが間違いない。
忘れるはずがない。「烏の濡れ羽色」しかしああもイメージが違うと、逆に不安になる。
演技? いやまさか。 何故?
人違いとして片付けてしまうことも出来るが、それにしては忘れがたい記憶だった。
それでも自分にとってもよいのではないかと考え、自分の中でなかったことにしようと努力した。だが、
その日も俺は学校に着くと、教室に鞄を置いて屋上に行こうとした。北校舎に移り、屋上へ続く階段に足をかける、その時だった。図書室から人が出てくる。ドアを開けて振り返り、閉める。その時目にしたのは、「あの時」目にしたバッグだった。
目を見開く。何かの間違いじゃないかとも思ってみたが、間違えようがない。
深く、暗い青にレタリングされた「西」の紋章。金の刺繍でバッグの一部が縁取られている。うちの高校のバッグは、上についているチャックのところがゆるいカーブを描いていて、まぁ例えるならかまぼこのような外形をしている。しかし視線の先にあるバッグは、常とは違って長方形のものだった。うちの高校はバッグに関して特に規制がないため、中学の時に使っていたものでも本人さえよければそのまま高校で使用する事ができた。
それより何より動かぬ証拠として、バッグの外側の中央についたポケットに、左上から右下に向かって斜めに傷が入っていた。白い、切り傷が。
俺は金縛りにあったかのように階段の一段目に左足をかけたまま、じっとしていた。
図書室を背にすると、草進真琴は本を抱えながらこっちに向かって歩いてきた。
制服の襟に入った二本の白いラインがまぶしい。胸元に本を抱きかかえているため、えんじ色のリボンは見えない。まだ長いスカート。ピカピカの赤紫の光沢をもったスリッパ。
俯きがちに歩いて来ていたため、俺がいることに全く気付いてなかったようだ。目の前まで来た時に「おい」と声をかけると、草進真琴はびっくりして頭を上げ、俺を見てさらに目を丸くした。
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