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雅2(5月20日、3)


  三

 沈んでいく夕日が、最後の力を振り絞って世界を赤く染める。世界を赤に、濃い赤に。ついさっきまでの穏やかな橙はその余裕を無くした。校舎の影が一層濃くなる。
 鮫島先輩の染められた膝を見ながら、あたしは今何色をしているんだろうと思った。
「気に、入ってるって」
 どういうことですか? まで言葉が出てこなかった。誰かあたしが今どんな色をしているか、どんな顔をしているか教えて欲しい。胸が遠慮なくどんどんと音を立てる。
 得体の知れない不穏。あたし自身がその塊と化す。
「何かあいつ、最近一回の教室によく行ってるんだと」
 先輩の目が獲物を見定めるかのようにすうっと細くなる。
「高崎が帰りがけに一回の教室の前を通って、その時に教室内に火州がいるのを見たっつってた」
「あぁ、後輩の知り合いがいらっしゃるんですね。それで気に入って、と・・・・・・」
「いや、」
 鮫島先輩は目をつぶる。
「どうやらその相手が女の子らしい」

 目の前が血の色に染まっていく。血の色を知ったのは一年前だ。それはそれまで思っていた以上に黒く、生き物である「人間」をまざまざと見せ付けられたような心地がした。鮮明な赤では、決してなかった。初めてあれは人工の色なのだと知る。
「高崎と一緒にいる時、たまたまその子とすれ違って言ってた。『あ、あの子こないだ火州と話してた子だ』と」
 名前は何だったかな、と思い出そうとしている鮫島先輩の傍らで、あたしはこめかみに力が入るのを感じた。
 後輩の女の子。
 以前、飛鳥様は年上の女性としか付き合ったことが無いとおっしゃっていた。飛鳥様が年上好きで、だからあたしは相手にされてないのだと思っていたし、だからあたしがそれを変えてやろうと思っていた。
 なのに後輩の女の子。
 何故そんな不可解なキーワードが突如現れたのかと、頭が混乱した。鮫島先輩や高崎先輩との関係を差し置いて、その子に会いに行っているというの?

「こいつらが絶対だから」

 いつだったかそう言って満足そうに笑ったのは、
「青縁の眼鏡で、前髪パッツンで、後ろ髪が腰ぐらいまであって」
 夕日が世界の支配力を徐々に失っていく。
「高崎が言わなかったら、気にも留めないような、普通の子だった」
 喉が干上がっていく。ごくり、とつばを飲み込んだ。舌が上顎に張り付いて、意識して外すと乾いた嫌な味がした。
 その「普通の子」に何故飛鳥様が構うというの? 何故自らその教室に赴くというの?
 正座している足がいい加減痺れてきた。平らなはずのアスファルトが膝下の骨に食い込む。その上で握り締めた手が、やり場のない憤りを感じている。




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