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雅2(5月20日、2)


  二

「えっ?」
 驚くより先に、胸のすぐ内側で一陣の風が吹き抜けるのを感じる。
 暖かくすべてを包みこもうとする夕日、踊る木々。影までも熱を帯びて愛おしい。
 それは授業が終わり、いつものようにここに上がって来た時のことだった。元々そんなに毎日来ていた訳ではないけれど、ここ最近はほとんど毎日来ている。というのも、最近めっきり飛鳥様にお会いしていないからだ。
 頭より先に体が理解する。心臓の音が徐々に大きく、早くなっていく。
 不穏。全身を包むのは自己防衛に用意していた「やっぱり」と、強い「何故」だった。鳥肌の立つような寂しさは四日目から感じなくなっていた。ちゃんと自己防衛が効いている。
「そうなんですか。でもなんで・・・・・・」
 頭がぐるぐるする。何も考えられないのに、ぐるぐるする。一体何が回っているのか、あたしの方が教えて欲しい。
 なるべく表には出さないようにしているつもりだけれど、それにしたって限度がある。喉元までせり上がって来る想いを押し戻すために唇を噛んだ。悲痛に眉がゆがむ。
「さぁ。俺もちゃんと聞いてないから」
 煙を目いっぱい吐き出し、側溝にタバコを押し付ける。ふわり、と一度は宙を待った不規則な白は、次の瞬間には何の違和感もなくその背景に溶け込んだ。流れたにおいは、少しだけ鼻の奥を突く。
 細い指先、浮き出たような喉仏。
 鮫島先輩は西の空を見上げながらそう応えた。その白い肌は、日頃無防備に太陽の下にさらされていることもあってか、ほんのり赤みを帯びている。
 本来なら喫煙を注意しなければならない立場なのだけれども、何にせよ今の心理状態では出来そうにない。また、彼は先輩である上、飛鳥様につながる大事な人物でもある。いたりいなかったりする高崎先輩は、今日は部活のミーティングに行ったという。

 五月二十日。ここのところ、飛鳥様は屋上にめっきりとその姿を見せなくなった。そうして気付かぬうちに、毎日顔を合わせている鮫島先輩と話せるようになった。今まで何となく怖くて近寄れなかったのだけれど。ちなみに高崎先輩はノリのいい人だから、元々何となく親近感が湧いていた。この関係は大事だ。
 飛鳥様が屋上に現れなくなってもうすぐ二週間が経つ。お昼や放課後、それに時に授業中でもここに来ていたというのに。一日目は何か用事があったのだろうと思った。二日目も何か用事が入ったのだろうと思った。三日目から、少しおかしいと思い始めた。ここに来れば毎日だって飛鳥様に会えた。その声が聞けた。小さくはにかんでドアを開けてくださった。なのに
「めずらしいな」
 鮫島先輩はタバコから手を離し、東を頭にしてごろんと仰向けに寝転がり、膝を立てて足を組んだ。タバコはもういいらしい。コバルトブルーの上靴(と言ってもスリッパなのだが)はその先がめくれている。だいぶ履き潰したのだろう。頬の辺りにそばかすがうっすらと浮いている。あまり気にならない程度のものなのだが、その白い下地の上に確かな存在を示していた。
「俺も最近ほとんど会っていない」
 鮫島先輩に会わないというのは何かよっぽどの理由があるのではないか。高崎先輩はどうなんだろう。何も知らないのだろうか? そう考えて聞いてみると、
「あぁ、あいつも聞いてないと。どうやら最近秘密主義が流行っているらしい」
 そう言って鼻で笑うと、鮫島先輩は頭の後ろで組んでいた手を片方だけ外し、その手をポケットに突っ込んだ。そうして携帯を取り出すと、何やら操作を始める。
「そうですか・・・・・・」
 十六時半。今日は水曜日だから部活は休みだ。下の方から帰っていく生徒の声が聞こえる。自転車の音。
 あたし自身、帰る事も出来たが「もしかしたら」の期待がどうしても両足から外れなかった。そうして俯いてどうしようか考えていると、あごの辺りに鮫島先輩の視線を感じた。その後、先輩は携帯を閉じてため息一つ「そういえば」と口にした。はじかれたように顔を上げる。
「そういえば、なんですか?」
 鮫島先輩は苦く笑った。はっと自らの単純さに気付いて恥ずかしくなる。ゆっくりと視線を上空に向けると、先輩は口を開いた。
「あいつ、最近気に入っている人間がいるらしい」




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