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雅9(9月15日、7)


  七

 風が涼やかだ。それに合わせて流れようとする横髪をそっと押さえる。
 耳に入ってくる音は一つ残らず優しくて、身体の内側からじわじわと満たされていくかのようだ。
 隣に水島がいなければ空を仰いで手を掲げていたかもしれない。でもそもそも今日水島に会っていなければ、今宵の中秋の名月に気づきもしなかっただろう。結果的にはプラマイゼロで落ち着くことにする。
「何か……いいことあったんですか?」
 スッと右を向き直る。
 水島は月を仰いだままだ。ベンチに身体を預けて、向こう側にある右肘だけ背もたれにかけている。その様子は、今までにないぐらいリラックスしているように見えた。軽く口元が緩んでいる。
「別に」
 あたしは心臓が心地よい音を立てているのを確認した。久しぶりに心が真っ白になる。そうしてきっと、あたしの頬も緩んでいたのだろう。

 飛鳥様が変わらずいてくれたこと。変わらず関わることを赦してくれたことがうれしくて、胸につかえていたものが一気に流れ出ていくような心地がした。
 見上げると、いつの間にか月には軽く雲がかかっていた。しかしそれは薄いものであり、かえってそれを奥ゆかしく見せてくれる。
 今日、その笑顔を見て分かったこと。それは飛鳥様を必ずしも恋愛に限った「好き」の対象として見ていなかったということだ。
 もちろん好きであることに変わりはないし、出来ることなら独占したい。でもそれは「他の誰かにとられるくらいなら」という、むしろマイナスの面が強く作用していた。そうしてその思いばかりが表に出て、無意識のうちに飛鳥様を苦しめていたとしたら、それはあたしにとっても、飛鳥様にとっても不本意な関係だった。いや、おそらく八割がたそうだったのだろう。
 違う。あたしは飛鳥様を苦しめたいんじゃない。真琴をかばって、それを褒めてくれた時のように、何より笑ってほしいのだ。あんなに満たされた気持ちはない。
 あの時は真琴に対しての嫉妬もあり、普段感じ慣れない感覚に戸惑ったが、あの時の感覚があたしが最も望んでいたそれに限りなく近かったように思う。あたしはうれしかったのだ。
 あたしは飛鳥様に笑ってほしかった。うれしそうにしている飛鳥様が好きで、その笑顔を独占したいと願ってしまっただけなのだ。あたしが欲張りなだけだった。
 ねぇ、飛鳥様。
 あたしは恋愛対象のあなたを除いても、あなたを好きなことに変わりありません。出会ったその日から、本当に長い時間をかけて見つめてきたから分かった想いです。
 鮫島先輩や高崎先輩を「絶対」と言い切ったこと。実はとても兄弟思いなこと。何かを守るために犠牲をいとわないこと。
 そのすべてが男性としての魅力にとどまらず、人間的な魅力だと思っています。
 ねぇ、飛鳥様。





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