聖2(5月15日、3)
三
なるほど。聞くと会長は六組だとあっさり言った。渡り廊下を通ってくる際、英語準備室の窓際でキョロキョロしている僕を見つけたという。
「女の子の粗探しもいいけど、あんたストーカーっぽくなりそうだから、やめといた方がいいわよ。ほんと笑えないから」
なるほど。そう解釈されたのか。よかった。いや、よくない。しかし、「女の子の粗探し(もいいけど、あんたストーカーっぽくなりそうだから)やめた方がいいわよ」のくだり、これはイコール「あたしが嫌だから」ともとれないか。
所謂ツンデレってやつか。
「ってか、ほんとキモイし」
なるほど、するとこれは照れ隠し。
「ほんとキモイし」
二回言った。強調か。よっぽど照れ屋さんだろう。
ため息一つ、会長は机の上にひじを付き、書類に目を落とすと「始めるわよ」と言った。
忘れないうちにハンカチを返し、「ありがとうございました」と言う。会長は「そういえばそうだったわね。いいわよ」と軽く微笑んでそれを受け取った。その顔を見た自分がにやけてないか心配だった。
書記の仕事として、議決定事項の書類の他に会計書類、先生に対する申請書、他校との交流(文化祭の手続き)などがあり、それらは本当に書記の仕事の範囲内だったのかと思わず疑ってしまった(書記は会議の時にメモをとる人間のこと、という前提の崩壊)それほどに仕事量は多かった。
勿論聞き逃がすことのないよう、上流から下流に向かって一気に流れるような説明を必死で記憶しようと努力した。しかしその一方で、会長があと五分で戻ってしまうことに焦りを感じ、引き止める方法を思索していた。まぁ要するにかつてないほど僕の頭はフル回転していた。でもそうは言っても限界がある。最後の方の説明は右から左に受け流して、引き止める方法を考える方に集中した。
太陽は南南西。一定の時間ごとに、明るくなるのと雲のせいで暗くなるのとを行き来する。そのおかげで時に空間は優しいカーテンのパステルを纏う。フローリングの床も、立て掛けられたパイプいすも、巨大なロッカーも。
雲の間から太陽がゆっくりと顔を出す。ゆっくりと光が強くなる。
会長は東の窓を背に、ソファから身を乗り出して熱心に(というかこれ以上ない速さで)説明している。向かいにパイプいすに僕。南の窓のカーテンによって、幾分か柔らかくなった光が、優しく彼女の左頬を包んでいる。その光がゆっくりと強くなる。
下を向いているため、綺麗に上がったまつげが強調される。せわしなく形を変える口元。ペンを片手にしているため、桜というよりは梅色の指先。たよりない首元。ふいに自制の必要がほとんど感じられない空間を意識し、甚だ勝手な理由で怖気づく。
カーテン越しに色を変えた光によって、会長の左の首筋が薄黄色を照らしている。その光が再び少し弱くなる。
ちょっと、まずいと思った。この空間は、何だかとてもまずいと思った。
「ちょっと、聞いてんの?」
眉の間にしわを寄せて、不満そうに僕を見上げる。その左半身のラインが薄く光を帯びている。柔らかな、曲線を描いて。
はっとして、「あ、はい」と返事をする。
だめだ。この空気に飲まれては。この間会った時はポーカーフェイスもうまく出来たんだけどな。
再び説明が始まる。
良く通る声だ。一生懸命出している訳ではないのに、それはそっと広がりを見せて消えていく。
穏やかなアルト。少し高めの、アルト。いっそ涼やかな
鈴を鳴らしたような、というのはこういった声の事を言うのか。蒸気した頭でぼんやりとそんなことを考える。
雲が、生徒会室を覆う。
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