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飛鳥9(9月9日、6)


  六

 遠く、エンジンの音。鮫島の原付の音だ。それが薄れた頃、俺はようやく真琴を向き直った。
「むぅむぅむぅ」
 おうおうおう。
 俺は珍しい生き物を見るかのようにじっと真琴を観察する。
 日に焼けたところ、だいぶ赤み引いてきたな。若干吸収して黒くなったか。それでも普通よりはずっと白い。むしろ健康的になったぐらいだ。その鼻の頭にうっすら汗をかいている。
 子供か、コイツは。
 しょうがないので捲り上げていた袖を下ろし、その先で拭いてやる。白だぞこれ。このやろう。
 真琴はうるさそうにすると、再び「むぅ」とうなる。そうして俺の肩に顔をこすり付けてきた。頼むからよだれはつけんでくれ、と思う。
 しかし、再びその身を寄せて音無しくなったのを確認すると、何だか別によだれくらいどーでもよくなった。
 礼奈だってそうだろう。・・・・・・っておい。お前幼稚園児か。
 虫が涼やかに遠く鳴く。夏の名残が感じられ、同時に今があの夜の続きであるかのようにも感じられる。
〈あたしのこと好きー?〉
 俺は重たいものを吐き出すかのように、静かに息を吐く。そうしてふっと横を見やる。
 真琴は気持ち良さそうに眠っている。
 特にあの不思議な呪文を唱えている時が一番幸せそうだ。それは「むぅむぅむぅ」の後に、ごく小さな声で「ふふ」と笑うからだ。こっちまでつられて笑ってしまう。
 ふっと見やると、そのメガネがずれていることに気付いた。さっき顔をこすり付けた時か。 俺はそれをそうっと取ると、右手の石壇のところに置いて、再びじっと見つめた。
 逆パンダ。
 もはやギャグだ。
 考えるべきことが飛ぶ。
 俺が、こらえようもなく微かに身体を揺らしたのが分かったのか、真琴は再び「むぅ」とうなった。一回だけのときは不満を漏らすとき。はいはい、分かった。
 その「目の間の少し下がったところについたメガネの跡」をちょっと押さえてみる。すると、やはり「むぅ」とうなった。おもちゃかお前は。いくらだよ。
 おもむろに辺りをキョロキョロと見回してみる。
 基本、丘の上にはこの高校しかないため、人気がない。また、今日は部活がない日であるということも手伝って、異様に静かである。
 光は、道路を挟んで向かい側にある白熱灯と、星による微かな夜空の恵みだけ。
 心臓が大きく脈打つ。



「赤とんぼ飛んでるね」
先日長谷寺に行ってきました。その際、一緒に行ったカメラ好きの友人が言った一言です。

何でもない事ではありますが、風景をどうやって文字に押し込もうかと思案していた自分が、その手前を悠々と飛んでいるトンボに焦点を合わせた瞬間、世界が奥行きを持ちました。

見ているつもりで見えていなかったこと。
現実がさらに現実味を増す。その三次元。

見えていない「素敵」は何気ない日常に埋没しているのかもしれません。貴重な体験をしました。

いえ、作品には一切関係ありません。


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