聖2(5月15日、2)
二
最初に目を留めたのは、そのすらりとのびた背筋だった。
大会議室の前で立ち話をしていたその人は、話し終わると振り返り、自分のいる方に向かって歩いて来た。わき目を振らず、まっすぐ自分の行く先だけを見つめて歩く姿には、無駄な動きがまるでなかった。その後その人は僕の横を通り、奥の部屋に消えていった。
造作は似ても似つかないかもしれない。「彼女」の方がずっと細かったし、顔ももっと突っ込みどころがあった。しかし雰囲気というか、その人を包んでるオーラというか、そういった感覚による何かが「彼女」を思い起こさせた。
その人が入って行ったのは、生徒会室だった。その一ヵ月後、僕は生徒会に入る。
五月の十五日、昼、生徒会室。
会長との約束は忘れるはずがなかった。その強い眼差しで見上げた目とともに思い出す。問題は、はたして彼女が本当に現れるかどうかという一点だけだった。
昼前の授業が予定より少し早めに終わると、今川に昼パスすることを告げて、北校舎に移り、生徒会室に鞄を置くと、英語の準備室に入った。英語準備室は北校舎の二階の東から二番目の教室だ。そこから南校舎の二階の廊下を見つめる。
会長がどのクラスにいるのか知らなかった。だからとりあえず見つけて捕まえておこうと思った。行動がひどく人間不信じみているが、あれから十日以上も待った。逃げられたらたまらない。胸にあるはずの心臓が、喉元でなっているように思えた。
南と北の校舎をつなぐ渡り廊下の存在が邪魔である。ここからは一〜四組と、渡り廊下の窓ガラスを通して七、八組が見える。これで五か六組だったら笑える。いや、笑えない。
その時チャイムが鳴った。ガラス窓越しにガタガタッといすを引く音が聞こえる。この音が鳴ったら、先生が何を言おうと授業は終わりだ。半端な延長はもはや非効率で、全くと言っていいほど意味を成さない。支配者はその瞬間統率力を失う。
まもなくドアから押し出されるかのように人が廊下に溢れ出る。瞬きが一分前より極端に減る。目を皿にして見回した。
「何やってんのよ」
驚いて振り返ると、そこには会長が怪訝な顔をして立っていた。片方の手は腰に当てられている。
「あ、えと、すいません」
声は抑えているものの、動揺が大きくてとりあえず謝ってしまった。
暑いからか、会長は肩まである髪を黄色いゴムで後ろに一つでまとめていた。耳の高さぐらいの結構高い位置で縛っているため、ほぼ地面と平行に頭から突き出ている。毛先がツンツンしていて、もう少しリーチが長ければ攻撃にも使えそうだ。
「ふん」と言う会長っぽさがよく出ていて、らしく思う。
「なんでここにいんのよ。約束は生徒会室だったはずよ」
なんだ。ちゃんと覚えているじゃないか。とすると僕の考えは全くの杞憂だった訳だ。しかし何にせよ、何か応えなければならない。まさか「見張ってた」などとは言えない。応えに窮して視線を落とすと、会長は一つ短いため息をついた後口を開いた。
「せっかくあんたが忘れてたら屋上に行こうと思ったのに、生徒会室にあんたの鞄があったから行けなかったじゃない。あたし自分が約束破るの、嫌なの」
あぁ、と自分がここへ来る前に生徒会室に鞄を置いてきたことに気付く。書類や弁当が入っているため取り出すのが面倒で、そのまま持ってきたのだった。何気なくしたことがファインプレーだったと知り、人知れず腹の中でガッツポーズする。
「すいません」
しかし滑稽なことに表面謝ってるわけで。
会長は「分かったから早くして頂戴」と言うと、膝上のスカートを翻して英語準備室を出て行った。慌てて僕もその後を追う。
他の肌の表面より白さの際立つうなじ、赤茶のほつれ毛、のばした背筋。
ぼうっとした僕に、その小さな背中から声が放たれる。
「二十分よ」
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