真琴9(9月9日、2)
二
「・・・・・・それで・・・・・・その人は?」
師匠は再びタバコを口にくわえると、離すと同時に、それを側溝に押し付けた。そうして、白を吐ききってからつぶやく。
「学校側にそれがバレて、女は退学になった。子供は」
あたしはその顔から目を逸らす。もはや見ていられないほど、その顔は
「流れた」
風は生暖かく、これ以上ないくらい穏やか。それは、無臭であってもどこか生々しく、風の身体に触れているような感覚を残す。
あたしは体内にある勇気を、この場につぎ込む。そうして、再びその顔を見やる。
師匠。
遠く、微かな虫の声。
「リイリイ」と鳴くそれはどこまでも涼やかで、同時にどこまでもどこまでも脳の奥を震わすような鋭さを併せ持つ。
柔らかな風。それは決して自然のものではなく、意思の、人工の、しかしそれでいて確かに自然な、衝動だった。
「殺したんだよ、俺が。何にも出来ない、俺が」
そっと包んだ腕の中で、鼻声を隠すことなく師匠がつぶやく。
あたしは心臓を押さえる代わりに、抱きしめる腕に力をこめた。本人、気付いているかどうか分からない。たぶん感情の高ぶりに理性が付いていけてないのだろう。
「友人」の話の一人称が、その姿を現す。
あたしはその頭を強く抱え込むようにして、じっとしている。それは必ずしも相手のためにしているのではなく、そうしていなければ自分がどうにかなってしまいそうな気がしていたためかもしれない。
胸が、つぶれる。
師匠も同じくじっとしている。頭を垂れたまま、時折ズッと鼻を鳴らして。
「でも・・・・・・師匠、それは」
「続きが、あんだよ」
もう一度ズッと鼻を鳴らして、あたしの声を遮る。その奥深くから来る微かな振動は、それでも確かにあたしに伝わる。
「女の両親が黙っちゃいなかった。俺んちのこと知ってて、莫大な慰謝料を請求してきた」
腕の中にある身体は、心なしか冷たい。
「親父は俺を咎めた後、それでもそのことを聞いたら『何、はした金だ』っつってまんま払ったんだ。息子の失敗全部飲み込むためにな。でも俺はそれがやるせなくて、汚いかもしれんけど、元々誘ってきたのはあいつの方で、でもそうした以上、形の上で完全に俺が悪いってことになるだろう?」
「それってフェアじゃねぇって思わねぇか?」そう言って、師匠は再び鼻を鳴らした。「俺がちっちゃいだけなのか?」とも言った。
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