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飛鳥8(9月6日、4)


  四

 しかし、社会はまだいいとしよう。問題なのはその他もろもろで、最低限国語と英語は出来なきゃまずい。二時間経った時点で社会を閉じ、国語の教科書をチラ見して、ポイと投げる。
 あー無理。
 俺はのそのそと立ち上がってベッドに仰向けに寝転がると、目をつぶった。
 ごうごう鳴っているクーラーの音がピタリと止む。外からはさっきのセミの声が聞こえてくる。
〈ここから見るだけで充分。あいつの自由は邪魔しない〉
 楓の言葉を反芻する。そうしてぼうっと天井を見上げる。
 俺は小学生の楓より幼いんだろうか?
 アイツの、自由?

 俺は目をつぶったままごろんと寝返りを打つ。左肩の上を冷気が通りすぎていく。
 自由にしておいたらふわふわ飛んでいくだろう。どこへだって、気が向いたらすぐに。ならば必要だと思う以上、捕まえておくのが手っ取り早いだろう? 例えそれと引き換えに、その意思を犠牲にすることであっても。
〈食っちまって、腹ん中で飼育したいくらい〉
 ふわり、とその笑顔を思い浮かべる。


 海に行ったあの日の鮫島と鈴汝がいなくなった時、空気を読んで真琴を連れ出そうとすると、真琴はあわてて「あ、ちょっと待ってください」と言って貸していたパーカーを差し出した。
「あ、あの、洗って返そうかとも思ったんですけど、次いつ会うか分からないんで」
 それはきちんと折りたたまれていて、こういうところにも性格は出るもんなんだろうな、と思う。
「あぁ」
 俺はそれを受け取ると、そのまま羽織って砂浜を歩く。ついさっきまで海に入っていたのだが、気がつくともう身体は乾いていた。
 それにしても
 波打ち際まで来て、そこに足を浸し、真琴はうれしそうにする。
 蹴り上げた水しぶきが夏の日差しを受けてキラキラと舞った。しかしサンダルまで飛ばしてしまい、あわててそれをとりに行く。その際、元々羽織っていた自身のパーカーの裾が水面に付いてしまい、グレーがそこだけ濃くなる。
 そうしてしょげて戻ってくるのだからたまらない。
 コイツは俺がどれだけこの衝動を抑え込むのに必死になっているのか、まるで知らないのだ。
〈次いつ会うか分からないんで〉
 そのためにお前の携帯に俺の番号入れといたんだろ?
 そのために高崎に頼んで、わざわざこっちからかけてやったんだろ?
 お前の頭ん中にその選択肢はまるで浮かばなかったのかよ。
「濡れてしまいました」
 波の引いていった、湿った砂浜に腰を下ろし、真琴はやはりしょんぼりした。その手で裾をぎゅっと絞っている。
 俺はその隠語に心底動揺するものの(悪い)平生を装って「どーせすぐ乾くんじゃねぇの?」と言う。そうして言った後で口を押さえる。普通に考えて自虐ネタだ。
「そうですね」
 しかしそんなこととは露知らず、真琴はふふと笑う。
 その笑顔は、前の晩とは違って強い光を目いっぱい受けて、それでもやはり同じような力で俺の脳裏に焼きついた。





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